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映画『君の名前で僕を呼んで』/鮮烈なオープニング、ショット、音楽

(ルカ・グァダニーノ監督/2017年/イタリア、フランス、ブラジル、アメリカ/132分/原題 "Call Me By Your Name")

 さまざまな裸像彫刻の写真を背景に、黄色い走り書きのキャストクレジットが画面に映り、ジョン・アダムスの『ハレルヤ・ジャンクション第1楽章』が流れる。鮮烈な印象を刻み付けて始まるオープニングがカッコいい。所在無き知性と性的欲求に満ち溢れた少年がこれから迎えようとする動揺の季節を、予告している。

 1983年の夏を、17歳のエリオ(ティモシー・シャラメ)は一家で、北イタリアの避暑地にある別荘で過ごすことになった。父は考古学者で、毎年、学生を助手として招いており、この夏はアメリカ出身の24歳の青年オリヴァー(アーミー・ハマー)がやってくる。エリオは、次第にオリヴァーへの憧憬、思慕を自覚し、オリヴァーもまたこれを認識する。

 エリオが思慕を伝えるシーンが素晴らしい。第1次大戦・ピアーヴェ川の戦いの戦勝碑がある広場に自転車で来た2人。オリヴァーが売店に入り、タバコを買ったのだろう。吸いながら出てくると、エリオにも薦める。これに応じて2人は吸いながら自転車を押す。

 このとき画面奥の道路を青い車がボーと音を立てながら横切る。まるで号砲が鳴るかのようである。すでに口元に火は灯っている。緊張の会話劇の幕開けを告げるロングショットにしびれた。戦勝碑、エンジンの内燃、タバコの火。戦いの象徴がこれでもかと散りばめられた場での告白は、初恋の衝動に下支えされなければ実現されないのだろう。だから、核心にふれる会話は、オリヴァーがタバコを始末することによって打ち切られる。

 このように、心惹かれる美しいショットが数々ある。今のは「戦闘」的なシーンだったが、その後の「安楽」や「喪失」のシーンも含め、音楽はラヴェルやサティ、坂本龍一といったミニマル・ミュージックの至宝が土台を固めている。

 多くの人間にとって初恋の体験とは、同時に喪失や痛みの体験でもある。オリヴァーがそのことをすでに知ってしまっているはずの人間だと考えれば、エリオを受け入れるまでの逡巡には理解もできるし、結果的に受け入れることにしたことの業にもやるせなくなる。

 一方、さらに長い時間生きているエリオの両親たちの度量には胸が熱くなる。夏が終わった頃の父子の会話、そして訪れる冬の一家の振る舞いには、知性を用いて現実を生き抜く実践を垣間見たような思いがする。

=2024年4月29日、U-NEXTで鑑賞



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