Yohji Yamamoto×RAUL TGC SPECIAL STAGE
※2022/9/4 11:45 後半に追記しました
見ているこちらの心が押し潰されそうな圧巻のパフォーマンスだった。
会場内に響くのは、山本耀司氏がこのショーケースのために歌詞を一部変更し、自ら歌入れし直したという楽曲『ガラスの時代』。
誰かの言いなりに、何かを諦めて生きる人の姿を歌う歌詞から始まる。
その楽曲とともに、ランウェイを重い足取りで歩く彼の表情に見えるのは、諦観。
目に光はない。
時折止まっては観客を無表情で見つめて、また歩き出す。
まるで、諦めて生きる彼に呼びかけるような歌詞、歌声。
その瞬間、風が吹いて彼は立ち止まり、眉を顰める。
足下に広がる漆黒に気づき、片足を上げる。
そして片足を上げたまま堰を切ったように溢れ出す葛藤、絶望。
心の叫びが目に見える。
ガラスが割れる音。
同時に、“ガラスの入れ物”が割れて飛び散る様を体で現す。
両手で片足を抱えて、無理矢理手で押し出すように一歩大きく飛び出した彼は、軽やかに踊り始める。
解放され、嬉しくてたまらないといった恍惚の表情を浮かべて。
それまでとは違う生き方を楽しむように。
ステージから降りた彼の足取りはとても軽やか。
その歌詞とともに最後のカメラ目線に込められた思いは、オーディエンスへのいざないなのかもしれない。
心にざっくり刺さった
✳︎
(以下9/4追記)
一夜明けて、Yohji Yamamoto TOKYOの Instagramに、書き換える前の原曲の歌詞が投稿されていることに気づく。
こちらが原曲。
何気なく読んで、血の気が引いた。
一部変更なんてとんでもない。
原曲はもっともっと、突き放している。
そして何より、突き放したまま終わっている。
こちらが新しい歌詞。
ここで唐突に、今回のTGCのテーマを思い出す。
原曲の歌詞は、退廃的でアウトローなYohji Yamamotoの世界観にとても近いように思う。
一方、新しい歌詞は希望を提示し、オーディエンスに呼びかけ、誘っているように聴こえる。
今回のイベントのテーマに合わせて、イベントのオーディエンスに合わせて、“わたしらしく”を伝えるためにストーリーを足して、解放と希望を提示してみせたんだとしたら。
パフォーマンスで、その全てを体現してみせたんだとしたら。
山本耀司さんとラウールくん、そして制作スタッフのみなさんのクリエイションに頭を抱えてしまう。
一流ってこういうことなんだ。
一流同士の化学反応ってこういうことなんだ。
弱冠19歳にして、ジャニーズ事務所のアイドルという肩書きで、その一流の仲間の一員となって革新的なクリエイションを創り上げる「ラウール」という存在。
ここに書いたことは、あくまで私個人の推察に過ぎないけれど。
改めて、心の底から畏怖の念が湧き上がる。