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転んでいる人に「なんで転んだの?」なんていうべきではない

人付き合いって、言うべき言葉と言うべきタイミングの掛け合わせが超大事だな。ということを、母とのあるやりとりを通して思ったよって話です。

私→母へのプレゼント

前置き

2022年9月、マイルがかなり溜まっていることに気がついた。どうやら北海道まで行けるマイルが9月いっぱいで失効するらしい。教えてくれてありがとうAIRDO。
(過去遠距離恋愛をしていた時代に、せっせと通っていた分が溜まっていて、そのままコロナ禍に入り忘れられていたものだ。それがついに9月に切れると。)

ちょうど北海道には兄夫婦が今住んでいるので、妊娠前であれば小躍りしながら空港に向かっていたと思う。
しかし残念かな、コロナ禍のマタニティ旅はちょっと難しく、自分が使うという選択肢を早々に排除した。

そこで、「たまには親孝行でもするか」とn年ぶりに思い立ち母に連絡し、兄夫婦に会いに行ったらとチケットを取って渡した。娘の鏡である。
(本当は「ここで好感度を上げておけば孫が生まれたときに気持ちよく手伝ってくれるのでは?」というトンデモ下心もあった。)

母は思ったよりも喜んでくれて、ウキウキで有給をとり空港へ。
そこで問題が起きた。というか道中に。

派手に転んだ母

渋滞にひっかかり、飛行機に乗り遅れたのである。マジか。
母から「乗り遅れてしまいました」と連絡が来たとき、人生で一度も飛行機に乗り遅れたことがない身としては全く共感できなくて、”ありえないでしょ”と思ってしまった。
「なんでもっと早く家をでないの」なんて小言を言おうと電話した。

電話口の母の、開口一番の「もしもし」のちからのなさ。全く元気がない。なんならさっきまで泣いてたの?ってくらい。
慌てて軌道修正して、頭の中にあったなぜなぜ分析シートを即座に八つ裂きにした。
自分が失敗をしたときにしてほしかったことを思い出していった。
「泣いてる?大丈夫?」「もともとタダ券みたいなものだし気にしないで」「次の便は取れそう?こっちでも見てみようか?」
なんて柔らかい言葉が口からどんどん出てくる。

話しかけるうちに母の声色が少し潤んで、そのあっと徐々に明るくなっていた。それを聞いて、”ああ、この方向で正しいよな”って思ったり。
結局母はその後の便のキャンセル待ちで無事に北海道にいった。私がどんな言葉をかけても母は北海道に行ってたと思うけど。

言葉とタイミング

トラブルはありつつも、母はしっかりと旅行を楽しめたようだった。あのとき私が「なんでもっと早く家をでないの」なんて言っていたら、最悪の旅行の幕開けになっていたし、意味のない問答になっていたと思う。ゾッとする。(そもそも旅行の目的は、母への親孝行だったわけだし。電話で声色聞けて、軌道修正して本当によかったです。)

なんて、そんなことを思えるくらい私も大人になりました。よかった〜!

母とのやりとりから思ったこと。

・転んでしまってまだ立ち上がってないうちは、一緒にしゃがんでほしい。手を引いて起こしてほしい。(どうして転んだとか、そんな靴履いてるからとかはその後でいい。)
一人の人間のちょっとした言葉に、その人の1日の楽しさは思いっきり左右される。

無理やりビジネスに絡めると、
心理的安全性がない環境でなぜなぜ分析やって、虚無ルールを生み出してしまうケースが少なくない。(嫌な思いして再発防止策を生み出しても、正直次はどうやってその作業を避けるかを考えるのが人の心の動きだと思う。)
打ち合わせ相手のたった一言で最高の一日か最低の一日か左右されがち。
とかですかね。

いい一日を協力して作っていこうぜって、そう思います。

お読みいただきありがとうございました!





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