旅慣れない旅人のウズベキスタン旅 [1]首都・タシケント
2018年の初夏、無職の私はシルクロードの終着点、ウズベキスタンにいました。海外経験の乏しかった私にとって、旅行が大好きになったきっかけの国。5年経っても色褪せない、美しい景色と優しい人達との思い出を、少しずつ書き溜めていこうと思います。
まずは空港からおりてはじめに辿り着く、タシケントのことから。
首都の街並み
空港に着き、初めて辿り着いたウズベキスタンの街は、首都・タシケント。現代的で美しいけれど、日本とは明らかに異なる街並み。真四角で構成された建物が目立つ。翌年、モンゴルのウランバートルを訪れたとき、ちょっとタシケントに似てるな、と思いました。旧ソ連的な建築様式のようです。
宿は少し郊外。少し歩くと急にのどかな景色になる。
英語を話す少年
友人と宿に荷物を置いてから、まずは飲料水を手に入れようと、近くのスーパーマーケットに向かいました。宿を出てすぐに、遠くから手を振って近づいてくる少年が。初めは身構えたものの、利発そうな顔と上品なたたずまいに思わず気を許して向き合います。すると"May I help you? I can speak English." 驚きました。なぜならウズベキスタンは旧ソ連から独立した国、基本的にはウズベク語とロシア語しか通じません。宿の受付でも英語は通じず、身振り手振りとつたない単語でのやりとりだった。
少年は、ロシア語を話せない観光客を心配して(そしてきっと英語を使いたくて)、声をかけてくれたのでした。「スーパーマーケットに向かってたよ」と伝えると、さっそうと道案内。お店の前でありがとうと伝えて別れようとすると、「初めて使うでしょ?」と店内にも同行。「カバンはロッカーにいれてね」「これがミネラルウォーター」「お菓子はロシアから輸入してるものの方が美味しい」「レジにはこうやって商品を出して」・・・。
最後にレジを通ったあとニコニコと「ここに募金箱があるからよければいれてあげてね(自分も小銭をチャリン)」。賢くて、冒険心に満ちた優しい少年。付き合ってくれたお礼を、といっても断固拒否、それはこちらも大人として困るといって、なんとかお菓子を受け取ってもらいました。
地下鉄の乗り換え
翌日は、地下鉄に乗ろうと街中へ。改札前で、どの路線に乗るべきか、看板のキリル文字とガイドブックを交互にらんでいると、背の高い男性が声をかけてきました。前夜のスーパーの少年との出会いもあり、もしかしたら通りすがりの親切な人・・?案の定、自分は英語ができるし地下鉄に乗るところだから、と、目的の駅まで連れて行ってくれることに。途中に乗り換えもあったのに付き添って、最寄りの出口まで案内すると、サラリと地下鉄に戻って行きました。
前日の少年もですが、相手の状況を察し、どこまでの手助けが必要かを一瞬で見極め、自分の時間を割いて実行するって、かなり難しいことなのに。同じことを私は日本でできるのか・・?
この後も、旅の間中ずっと、困った状況になってもすぐに親切で敏い方が「誰か英語できるやつはいないかー!観光客が困ってる!!」と呼びかけ、英語を話せる人を連れてきてくれました。一つ一つもっと長文で紹介したいぐらい、優しい人が多かった。もっと言葉を覚えていれば、きちんとお礼もできたかもしれない、と心残りです。
シルクロードの終着点、旅人を受け入れる国民性でしょうか。または、2018年当時はやっと日本といくつかの国だけビザなしでの渡航が可能になったタイミングで、ウズベキスタン国内でもまだ外国人がすごく珍しかった、という理由もあったからでしょうか。
理由がどうであれ、渡航前に想像だにしなかった親切に助けられる旅でした。ウズベキスタン。国名の響きだけで情勢不安な偏見をもっていたことを恥じました。生活に余裕がなければ一期一会の他人にあそこまで親切にはできない。当然、観光客が歩くような場所の治安はとてもよく、夜9時になっても子供たちだけで屋外で遊んでいました。美しく、優しい国。
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タシケントの次に訪れた、ヒヴァについてはこちら。青いタイルの美しい中世イスラム様式の建築を堪能しました。
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