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エッセイ|第25話 柔らかな色彩あふれる大地

マドリッドへはパリからエールフランスで入った。その時のことを昨日のように覚えている。淡々と静かなのに、とんでもなく衝撃的だったからだ。

私は窓から外を見ていた。ピレネーを越えたら景色が変わった。それがどの辺りだったかは定かでない。けれどずいぶん鮮明に見えたから、空港が近かったのかもしれない。

マドリッドの南は「ドン・キホーテ」でお馴染みのラ・マンチャ地方。赤茶けた不毛の大地を勝手に想像していた。アラビア語の「乾いた土地」が語源だと言われているから、木も生えぬような茶色い土地が広がっていてもおかしくはないだろうというわけだ。

けれど私が見たものは茶色などではなかった。赤でありピンクであり淡いオレンジであり……それはなんとも可愛らしい色をした大地だった。そしてその上を走る多くの道によって、見事なパッチワークの出来上がり。

まるでクレーの絵だ。色といい形といい、彼がチュニジア旅行で描いた「モスクのあるハンマメット」や「チュニス近郊のサン・ジェルマン」を思い起こす色彩だった。クレーが好きな私の興奮度合いをどう書けば伝えられるだろうか。瞬きの間も惜しいと思った。微動だにせず、ただただ色あふれる大地を食い入るように見つめ続けた。

そして、2週間のスペイン滞在ののち、家に帰った私はスケッチブックを開いた。クレーのような水彩画が描いてみたかった。あの色、この色、私を魅了したすべての色を並べて、画面を埋め尽くしたいと思ったのだ。色彩の魔術師クレーを引き合いに出すなどおこがましいにも程がある。けれど気持ち的にはそれ以外あり得なかった。

もちろん簡単にいくはずもなく、理想とは程遠い結果になったけれど、それでもその絵を前に、なんとも嬉しい気持ちがわき起こった。

後になって、それはスペインらしい風景なのだろうかと検索したけれど、どうしてもわからない。これといったものが見つけられない。あの日、私が見たものは何だったのだろう。旅先の高揚感のなせる技だったのか。

けれどそれが、忘れがたいスペインであることは間違いない。そしてそんな風景に巡り合ったことは、今も変わらず深い喜びだったりする。

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