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エチオピア軍が北朝鮮起源の軍用無線機を使用している画像について

ぐう・たらお(@GreatPoppo

1 はじめに

 令和4年11月6日に、エチオピアの主要な通信社である「エチオピアン・ニュース・エージェンシー」が「ティグレ人民解放戦線との停戦合意を受け、エチオピア国防軍の参謀総長であるビルハヌ・ジュラ陸軍元帥が司令部に帰還した」旨の報道を複数の画像とともに配信しました。
 配信された画像は全部で6枚であり、このうち1枚はビルハヌ参謀総長が無線機を用いてどこかと通話しているものでしたが、私はあらゆる特徴から当該無線機がマレーシアに拠点を置く北朝鮮の軍用無線機輸出のフロント企業Glocom(グローコム)が販売している「GR-310」UHF/VHF/衛星無線機であるという判断をしました。

無線機で通話するエチオピア軍のビルハヌ参謀総長(Ethiopian News Agency)
        「GR-310」UHF/VHF/衛星無線機(Glocom)
配信された画像の無線機と「GR-310」を対比したもの

  Glocomの製品は朝鮮人民軍航空軍及び反航空軍(空軍)で使用されていると思しき証拠はありましたが、海外で実際に使用されている事例は未確認でした。仮にこれが「GR-310」であれば海外における初の確認事例ということになります。
 今回は当該無線機が「GR-310」であると結論するに至った根拠を中心に考察していきます。

2  GR-310について

 Glocomによると、同無線機は30~512MHzの周波数で作動する、陸海空軍での共同作戦に適している衛星無線機として2014年に開発されたとのことであり、マンパック(背負い式)または車両・艦艇・航空機といった移動体で運用可能な頑丈でフル機能を備えた戦術衛星無線機として売り込まれています。 

3 今回撮影された当該無線機について

  この無線機が「GR-310」であるとした根拠はその独特な形状と付属品にあります。当項目では、その点について細かく確認していきます。

(1) 本体について

ア 形状
 マンパック型であり、一般的な軍用無線機と何ら違いはありません。
イ 塗色 
 本体の塗色は黒または濃い灰色であり、一般的な軍用無線で見られる濃緑色や茶色ではないことに特徴があります。
ウ 配置や細かな形状
 (画像を基準とした)上面中央部に操作パネルとみられる突出部があり、同所には長方形のディスプレイらしき横長の溝とともに横6列のボタンが配置されている。
 操作パネルの左側には、(画像を基準として)奥から手前にかけて①アンテナの接続部、②赤色または黄色状の突出部、③黒色のツマミがある。
 操作パネルの右側には、奥から手前にかけて①スピーカーマイクなどの送受信機用端子の接続部が横並びに2個、②何らかの接続部が横並びに2個あるほか、右端には①黒色の突出部が縦並びに2個、②銀色の突出部が1個ある。
 右側面に、射線状の太い溝が6個(大4個、小2個)ある。
 前面左右端に、持ち運び時に使用される取っ手と思しき三角形状の突出部がある。
 手間側の側面は、大きく分けて本体カバー・吸排気口・底面の3つから構成されており、このうちカバーについて、①左右端にネジが縦並びに2個、②前後にネジが横並びに2個あり、前後のネジを繋ぐような位置にリブ状の模様、③上側と下側に横線のリブ状の模様がある。

(2) 受話器について

 操作パネル右側に設けられた横並びの接続部の右側と繋がっている。
 受話口は受話器本体と水平に設けられており、低めの突出部となっている。
 送話口は受話器本体とは斜めに設けられており、同所の直近からケーブルが伸びている。

(3) ヘッドセットについて

 操作パネル右側に設けられた横並びの接続部の左側と繋がっている。
 本体と無線機を繋ぐケーブルの間に送受信機ボタンがあると思しき大きな円形の 部品がある。
 本体と頭部に固定するバンドの形状は単純な直線状ではなく、額に接する部分が若干広くなっている。
 バンド側面に設けられたケーブルの接続部を中心に受話口(イヤホン)と送話口(マイク)が別々に設けられている。

(4) アンテナについて

 操作パネル左側に設けられた接続部と繋がっている。
 三脚式であり、脚部はそれぞれ地面に近い位置にある。
 三脚本体とアンテナ本体の接続部には、角度の調製や固定に使用すると思しき1本のハンドルがある。
 アンテナ本体と無線機は1本のケーブルで接続されているが、黒色とベージュ色風の2本から構成されている。
アンテナ本体の下面には8本の線上アンテナが横に広がっており、各外縁は1本の白いコードで繋がっている。
 8本のアンテナの上側には4本のブレード状アンテナがあり、さらにその上には線上アンテナがある。

4 当該無線機と一致する海外製無線機の検討について

  エチオピア軍では多岐にわたる無線機を使用していますが、情報が著しく不足しているために国産か海外製を使用しているのかは判然としていません(スーダンのように輸出活動も確認されていません)。
  したがって、当該無線機については海外製であるとの前提に立って検討していきました。
  この過程で判明したものは以下のとおりです。
(1) 操作パネルに横6列のボタンと液晶ディスプレイが配置されているのがアメリカの「AN/PRC-117F」といった一部の海外製軍用無線機であること
(2) アメリカ製以外に韓国の「PRC-999K」や中露製軍用無線機で形状が合致するものがなかったこと(特に本体の左右端に設けられた取っ手の形状を有しているものが皆無)
(3) 当該無線機と特徴が完全に一致するのはGlocomの「GR-150」か「GR-310」であること、つまりこのどちらかである可能性が極めて高い

エリトリアへ輸送中に押収された「GR-150」短波無線機
(国連安保理北朝鮮制裁委員会専門家パネル)

5 GR-310である可能性について

  本稿については「結論ありき」で検証したものではありませんが、著者は常にエチオピアなどでGlocom製品が使用されていないかという綿密な観察を続けてきました。したがって、上記4のウで当該無線機と一致するものが「GR-150」か「GR-310」しかないと結論づけていますが、「なぜGlocomなのか」「なぜ冒頭で後者であると結論づけたのか」を説明していきます。  

(1) Glocom製品である根拠

  エチオピアは歴史的に北朝鮮と深い関係にあり、武器の輸入のみならず同国の小火器などの製造を手がける中核的存在ある「ガファット・アーマーメント・エンジニアリング・コンプレックス」設立などの支援を手がけたとされています。アフリカでは北朝鮮の武器密輸が国連による制裁後も継続しているとされているため、同製品が流入しても不思議ではない環境にあります。
 2016年にはエチオピアの隣国であるエリトリア向けのGlocom製「GR-150」短波無線機やマイクスピーカーなどが某国で押収されている事実からも、その輸出活動が活発であることを覗わせます。

(2) エチオピアである根拠

 Glocomはウェブサイトのニュース項目で同社製品が実戦で使用されていることを 示唆する情報を数年前にリリースした過去があります(注:現在は閲覧不可)。これを踏まえると紛争地帯で使用されていることは明らかであり、北朝鮮と関係が深いシリア・キューバ・エチオピア・エリトリア・モザンビーク・イラン・スーダン・リビア・ミャンマーを中心に観察し続けてきましたが、エチオピアは2020年10月に勃発したティグレ戦争があるため、有力な候補として絞られます。なお、エチオピア以外の国でGlocom製品が使用されていると思しきエビデンスは確認されていません。

(3) GR-310である根拠

 前記「GR-150」と「GR-310」はGlocom社のウェブサイトを確認する限りでは形状が一致しています。しかし、今回配信された画像が明確に後者である可能性を示しており、その差は「衛星通信の可否」が上げられます。「GR-150」は短波無線機であり、衛星通信機能を有していません。その一方で「GR-310」は当初から衛星無線として開発されています。Glocom社のウェブサイトでは製品ごとに付属品やオプションが細かく記載されていますが、前者には衛星通信アンテナの記載はありません(そもそも短波通信に衛星通信アンテナはそぐわないという前提もあります)。その一方「GR-310」では当初から衛星通信が可能なものと開発され、SATCOM Mobile Setの中に衛星通信アンテナが備わっています。
つまり、両者を比較した場合は必然的に「GR-310」に絞られるのです。

(4) 付属品について

ア 送受信機
「GA-10A」Officer Handsetであり、「GR-310」の標準装備となっています。形状
は今回配信された画像と一致しています(ただし、同種形状のものは他国の製品にも存在することに留意する必要がある)。

「GA-10A」Officer Handset(Glocom)
    配信された画像のヘッドセットと「A8100-TH11」を対比したもの

イ ヘッドセット
「A8100-TH11」Tactical Headsetであり、各種形状からもGlocom製品と同一ですが、「GR-310」ではなく「GR-8100HV」と「GR-8100MS」無線機のオプションとして紹介されています(「GR-310」用Tactical Headsetは「GA-11A」という別種類)。
 これが、エチオピアに別のGlocom製品が使用されていることを示唆するのか、単に何らかの事情で「A8100-TH11」が付属となっているのかは不明です。

「A8100-TH11」Tactical Headset(Glocom)
    配信された画像のヘッドセットと「A8100-TH11」を対比したもの

ウ 衛星通信アンテナ
「GA-310-AT-04」Manpack SATCOM antennaで「GR-310」の標準装備ですが、Glocom社のウェブサイトでは「2018年に廃止」となって、現在は僅かに形状が異なる「GA-310-AT-04M」に置き換えられています。
これがエチオピアに流入した時期を示唆するものなのか、それとも在庫を納入したのかは不明です。

「GA-310-AT-04」Manpack SATCOM antenna(Glocom)
配信された画像の衛星通信アンテナと「GA-310-AT-04」を対比したもの(右下は同種の「A310-AT04B」チュートリアル映像:https://glocom-corp.com/video/satcom-antenna.mp4 からキャプチャしたもの)

6 今後の動向について

  ティグレ戦争は、今年11月初旬にエチオピア政府とTPLF側で停戦合意が交わされましたが、将来的に再開する懸念もあるほか、エチオピア国内では多くの反政府組織もあるため、今後も軍が対ゲリラ戦などに投入される可能性があるために「GR-310」などが活用される機会が残されていることは言うまでもないでしょう。

7 おわりに

  著者は5年間にわたってGlocom製品の海外ユーザーをリサーチしてきましたが、今回まで疑念を抱かせるものすらキャッチできませんでした。
  それだけに今回の配信はエチオピア軍首脳がGlocom製品を使用しているという衝撃的なものであり、北朝鮮の軍用無線機の有用性や信頼性そして需要があることを痛感しました。
 Glocom社は2022年11月現在でもウェブサイトを更新し続けており、数か月前にも新製品をリリースしているため、今後も輸出活動を継続していく方針であることは明らかです。
今後もリサーチを継続し、新たに判明した際はこの場にて再度公表してまいります。

8 参考資料

 Glocomのウェブサイトは悪意のあるソフトウェアやウイルス感染、乗っ取りのリスクがあるためアクセスはおすすめしません。アクセスは各自の自己責任でお願いします
https://m.facebook.com/story.php?story_fbid=pfbid0oouCFUQyBVEWMZiQVDDNZp4AZZy96LteeZcT2GzFRwk4qLyLJxGoPJTCdxuw6NvAl&id=100069403920568
https://glocom-corp.com/index.php/product/detail?p=gr-310
https://glocom-corp.com/index.php/product/detail?p=gr-150
https://glocom-corp.com/index.php/product/detail?p=gr-8100hv
https://glocom-corp.com/index.php/product/detail?p=gr-8100ms
https://glocom-corp.com/index.php/site/page?view=introduction
https://www.collinsaerospace.com/what-we-do/industries/military-and-defense/communications/ground-communications/ground-vhf-uhf-l-band-communications/trunet-an-prc-162-v1-networked-communications-ground-radio
https://www.collinsaerospace.com/what-we-do/industries/military-and-defense/communications/ground-communications/ground-hf-communications/rt-2200a-wideband-hf-radio
https://www.l3harris.com/all-capabilities/an-prc-158-multi-channel-manpack
https://www.l3harris.com/all-capabilities/an-prc-117gv1c-multiband-networking-manpack-radio
https://www.ia.nato.int/niapc/Product/AN-PRC-117F_7
https://www.janes.com/defence-news/news-detail/lig-nex1-delivers-initial-batch-of-tmmrs-to-south-korean-military
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:VHF_무전기_PRC-999K.jpg
http://www.81it.com/2021/0322/8842.html
http://www.cdbyt.com/dbdt
http://www.zjkaichi.cn/product/国产军用短波电台.htm
https://roe.ru/catalog/sukhoputnye-vosyka/voennaya-tekhnika-svyazi-i-avtomatizirovannye-sistemy-upravleniya/sredstva-i-kompleksy-radiosvyazi/
https://rhs.com.ru/products/category/radiostancii-dlya-svyazi
https://www.reuters.com/article/uk-northkorea-malaysia-arms-insight-idUKKBN1650YG
https://www.securitycouncilreport.org/atf/cf/{65BFCF9B-6D27-4E9C-8CD3-CF6E4FF96FF9}/s_2017_150.pdf

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