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悪魔~阪南市・19歳男性虐待餓死事件~

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幼い子供が一人で生きていくことも周囲に助けを求めるすべも知らずに家庭内で虐待された挙句、死亡するという事件は後を絶たない。

その事件は当初、すぐに事件化しなかった。
それは死亡した人物が19歳の男性だったということも関係していた。

19歳、普通で考えれば、自分で考えて行動できるはず。
男性は高校を卒業までは何ら変わった様子もなく、当然、持病などもなかったが、警察はその遺体の状況から司法解剖を実施。結果、男性は餓死していたことが分かった。

この男性に何が起きていたのか。

身長182センチ体重32キロの遺体

通報があったのは平成16年8月2日午前4時過ぎ。大阪府阪南市の民家から、「息子が息をしていない」と通報があった。
救急隊員が駆け付けた民家で見たのは、信じられないほどに痩せ衰えた男性の姿で、すでに死亡していた。

通報してきたのは男性と同居している母親で、夜中トイレに行こうと男性がいる部屋の前を通った際、動かない息子を発見したのだという。

それにしてもその男性の状態は異常だった。
身長は182センチあったにもかかわらず、体重はなんと32キロ。まさに骨と皮だけと言っていいレベルに痩せていた。
母親に事情を聞いたところ、男性は元々食が細く、3週間ほど前からは水分しかとらなくなっていたと話した。弱っているのは感じていたが、経済的に苦しく病院に連れていくことを躊躇してしまった、とも話した。

死亡していたのは北村昇平さん(当時19歳)。
昇平さんは発見時、白の半そでシャツとナイロン製のズボンを身に着けてあおむけの状態だった。外傷は見当たらなかったというが、なぜか腰のあたりにビニール製のシートが敷かれていたという。
司法解剖の結果、胃の中に内容物は全くなく、少なくとも一か月以上固形物を口にしていないとみられた。

昇平さんは病気だったのだろうか。

現場の住宅は長屋タイプの借家で、住宅が密集している場所にあった。近所の人らによれば3月ころに昇平さんが同居するようになったが、その時は体格としてまったく違和感のない状態だったという。
ところが夏になったころには、昇平さんは明らかに痩せていて、「がりがり」と言っていいほどだったが洗濯物を干すなど日常生活は送れていたようだった。

警察は母親の話や昇平さんが急激に痩せていたことなどを踏まえ、保護責任者遺棄致死なども視野に慎重に捜査を進めていた。

その母子


最初にその借家で暮らしていたのは母親だけだったという。
昇平さんは泉南市の中学を卒業後は祖父母が暮らす沖縄県那覇市の定時制高校に通っていて、この年の3月に卒業した後、就職のため父親が暮らす泉南市に身を寄せていた。
この時点で昇平さんの両親は別居しており、父親宅に数日滞在した後、昇平さんは母親が暮らす阪南市へ移っていた。

高校卒業時の体重は70キロ近くあり、182㎝の身長から見てもごく普通の19歳の男性の体型だったと言える。

一方の母親は、泉南市で夫と暮らしていたが「ある事情」から別居することとなり、その年の2月ころに阪南市の借家に入居していた。
清掃のパートをしていた母親は、月収7~10万円。家賃は4万5千円だった。

昇平さんが母親宅に移ってから、父親は母親に対して昇平さんの様子を確認している。
その際、なぜか母親は詳しい住所を教えることを拒んだというが、昇平さんはアルバイトをして元気にしている、と話していた。

ひとり暮らす母親を心配したのだろうか。しかし昇平さんはその後父親のもとに帰ることはなく、その4か月後には体重を40キロ近く減らして餓死してしまった。

警察は近所の住民らからも聞き込みを続けていたところ、ある情報に行き当たった。

「あの家には、ほかに何人か人がいたと思うけど……」

昇平さんが死亡した時、家には母親の姿しかなかった。ただ、昇平さんがいたその隣の部屋には、カップラーメンが大量に買い置きしてあったという。

母親の話にも、どこか不自然な様子があった。しかも、昇平さんが死亡したその日も、その家には母親と昇平さん以外の人間の姿があったという。

警察が母親をさらに追及したところ、母親は昇平さんが死亡する直前まで、知人の男女ふたりと同居していたことを明かした。男女は食事を摂らない昇平さんに対し、食事をするよう言いふくめていたという。
そして、昇平さんがもう長くないことを悟った後、ふたりに迷惑がかかることを恐れて出ていくように言ったと話した。

警察は10月14日、淀川区内にいたその男女二人を確保。
母親とその男女を、昇平さんに食事を与えずに殺害したとして殺人容疑で逮捕した。

共同生活

逮捕されたのは昇平さんの母親の北村奈央子(仮名/当時48歳)と、同居していた住所不定で自称廃品回収業の中村智(当時42歳)、そして、中村と内縁関係にあった女性(当時36歳)の3人。
後に内縁関係の女性は関与が低いとして釈放されている。

調べによると中村と奈央子は共謀し、昇平さんに食事を与えない、暴力をふるうなどして衰弱させ、結果餓死させたとされた。
3人が同居し始めたのは2月ごろというが、この3人の関係はどんなものだったのか。

奈央子が中村らと出会ったのは平成15年の秋。
奈央子はその頃から清掃の仕事をしていたが、帰宅の道すがら空き缶やゴミを持ち帰るという「癖」があったという。
その「癖」を通じて、廃品回収をしていた中村と知り合った。ちなみに、夫と別居するに至った「ある事情」というのが、このごみを持ち帰るという奈央子の癖である。
中村は廃品回収業と言えば聞こえはいいが、この時点でホームレスだった。泉南市の河川敷にバラック小屋を建て、そこで数名のホームレス仲間と暮らしていたというが、夫と別居せざるを得なくなった奈央子も、一時期その河川敷のバラック小屋で生活を共にしていた。

その後、奈央子が阪南市内に家を借りると、中村が「遊びに行こうかな」と言い、内縁関係だった女性を伴って奈央子の家に入り浸るようになったのだ。

女の家に男が入り浸ってそのまま居つく、というのは聞かない話ではないが、そのケースの中には居ついた人間が家主や家族を奴隷のように扱い始める、というものが少なからずあり、その多くがその後事件となる。
中村ももれなくそのタイプで、奈央子らに空き缶ひろいをさせ、自分は一日中テレビを見て気ままに過ごすようになる。

そこへ、奈央子の息子である昇平さんが加わった。

地獄

昇平さんが一緒に暮らすようになってすぐ、中村は些細なことで昇平さんに制裁を加えるようになる。
食事をこぼしたと言いがかりをつけ、食事をさせないよう奈央子に指示した。それ以外にも、ことあるごとに難癖をつけてはしつけと称して昇平さんに長時間の正座を強いたり、自分が食べるカップ麺の熱湯を頭から昇平さんにかけるといったいじめが行われるようになった。
犬のリードで昇平さんの足を縛ったうえで正座させ、少しでも姿勢が崩れるとその脚にタバコの火が押し付けられた。
正座の時間は日に日に長くなり、時には丸一日の正座を強要されたこともあった。

そうはいっても子どもじゃないのだから逃げればいい、と思うだろう。しかしこの頃、日中は奈央子と内縁関係の女性らに外に廃品回収に行かせ、中村はずっと家にいるという生活だった。
当初は奈央子らと一緒に廃品回収に出ていたという昇平さんだが、食事を抜くなどのいじめが始まって以降は、常に中村の監視下にあったようだ。
その上、殴る蹴るといった暴力行為もあり、いくら男性とはいえ父親ほど年の離れた中村に対し、昇平さんは立ち向かうことができなかった。
加えて、満足に食事を与えられず、さらには殴る蹴るの暴行や睡眠の制限などがあったことで、昇平さんはもはや正常な判断が出来るような状態ではなくなっていたと思われる。

昇平さんはみるみる痩せ衰え、7月頃には自力で立つことも難しくなっていた。
昇平さんは四畳半間に軟禁状態となり、トイレに行くのが遅れて失禁したことをきっかけに、水も与えられない状態となっていた。

7月中旬、内縁女性が昇平さんの体重を図ったところ、42キロにまで落ち込んでいた。それまでは現実から目を背けていた内縁女性だったが、あまりのことに「このままでは死んでしまう、病院へ連れていこう」と中村に提案したが、それを制したのは母親の奈央子だった。
「虐待がばれてしまうやないの」
それを聞いた中村も同調し、内縁女性に対して「お前関係ないやろ、口出しすな」と恫喝した。

さらに、昇平さんが死亡する数日前には、中村と奈央子が昇平さんが死亡した後の段取りについて確認し合っていたのをこの内縁女性は聞いていた。

狭い家の中で、母親とホームレスの男が自分の死後の処理を相談している……
衰弱していたとはいえ、昇平さんの耳にそれは届いていた可能性もある。子どもではないからこそ、逆に昇平さんの胸中を思うとやりきれない思いである。

昇平さんにとっては、かけがえのない母親の奈央子。どうしてこんなことになってしまったのか。
つい半年前までは、沖縄の祖父母のもとで将来に夢をもって元気に、何の問題もなく暮らしていたのに。大阪へ出て、専門学校に行くのが夢だったのに。

この中村という薄汚い男はいったいなんなのだ。こんなやつに、自分は太刀打ちできないのか。

昇平さんは8月2日深夜、19年の生涯を終えた。

隠されていた二つの事件

逮捕された当初、奈央子が中村らの存在について詳しく話していなかったことや、中村について「いい人、息子のことを案じてくれていた」などと虚偽の供述を繰り返していたことで昇平さんの死の真相究明は遅れてしまったが、その後の捜査ではこの中村という男の恐ろしい人間性が明らかとなった。

そして、隠されていた別の事件も明るみになった。

中村は奈央子と出会う前から泉南市の河川敷でホームレス生活をしていた。ただ、場所柄ほかにもホームレスはおり、4~5人の仲間で共同生活を送っていたという。
夫と不仲になっていた奈央子が、空き缶拾いを通じて中村と知り合ったのは先に述べたが、家に帰りづらかった奈央子は一時期、この河川敷で中村らと5〜6人で共同生活を送っていた。
おそらく、内縁関係の女性がいたことで奈央子も共同生活を受け入れたのだと思われる。

ところが中村は、この河川敷での生活の際も、昇平さんにしたようないじめをホームレス仲間に行っていたと言うのだ。

「弱いものを徹底的にいじめ抜く癖」があったという中村は、奈央子の家に入り浸ったのち、昇平さんが同居するまでの間も河川敷から一緒に連れてきていた男性をターゲットにしていじめを行っていた。
その男性は当時28歳。中村に言われるがまま、空き缶拾いなどの仕事をさせられていた。そして、昇平さんのように食事や睡眠を制限されるといういじめを受けていた。

ある時、自分たちの弁当を買ってこさせるためコンビニに男性を行かせた際、戻った男性の口元に「パン屑」がついているのを中村が見咎めた。

無断で食事をしたことに激昂した中村は、その男性の前歯をペンチで抜いた。男性はその後、このままここにいれば間違いなく殺されると感じ、隙を見て逃げ出した。
ちなみに男性が中村の目を盗んで食べたパンは、万引きで手に入れたものだった。

この男性と同じく、河川敷で共同生活を送っていた人の中にも、身の危険を感じて姿をくらませた人もいた。
そして、そのうちの一人はその後の調べで中村によって命を奪われたことも判明した。

亡くなっていたのは尼崎市出身の仙波豊司さん(当時35歳)。
仙波さんは平成15年の12月頃から河川敷で中村に言われるがまま他の仲間らと共同生活を始めていたが、ある時から中村に目をつけられたという。
「空き缶拾いの仕事が遅い」
河川敷に不法に建てた小屋の一室に仙波さんを閉じ込めると、外からかんぬきをかけて仙波さんを監禁状態にした。
時期は真冬。仙波さんは十分な食事も与えられず、次第に衰弱していく。そして、年が明けた1月23日、栄養失調で死亡した。
中村が仙波さんを死なせたことは仲間もわかっていたというが、みな中村を恐れ、警察には通報したものの、「風邪をこじらせたようだ」と口裏を合わせた。
ホームレスが栄養失調で死んでも、おそらく不審に思うものはいないだろう。警察も検視の結果、「凍死」と判断していた。

中村が奈央子の借家に転がり込んだのが2月。中村は仙波さんが死亡したことを受け、後始末を仲間にさせて自分はとっとと奈央子の借家に逃げ込んでいたのだ。

警察は昇平さんの事件を踏まえ、この仙波さんの死についても再捜査を行った結果、中村を監禁致死で再逮捕した(この仙波さんの事件では中村と共謀したとして別のホームレスの男も逮捕され、執行猶予付きの判決が言い渡された)。

快楽のためのいじめ

世の中には他人が涙を流したり、悲しんだり、痛みや苦しみで悶える様子を見て快感を覚えるという性質を持ったものたちがいる。
子供を虐待する親の中にも、虐待を続けるうちに子供が泣き叫ぶとスーッとするようになってやめられなくなるケースもある。

中村はその点でいうとおそらく生まれついてのほんまもんだったと思われる。
最初こそ、空き缶集めをさせるためにホームレス仲間や昇平さんを利用していたふしも見えるが、昇平さんも早い段階で収入源ではなく、単なるいじめの対象にするためだけに同居させていたような感がある。
裁判の様子は詳しく残されていないが、ホームレス仲間が証言するように、弱いものを徹底的にいじめ抜くという性格と、殴ったり蹴ったりどころか、ペンチで歯を抜くといった行為を嬉々として行っている点でこの男の残虐性も十分わかる。
普通の人間は、どれほど憎い相手であっても、いざその人間が「無抵抗の状態」で目の前にいて、ナイフで刺してやれと言われてもおそらく躊躇するだろう。いや、平手打ち程度でも躊躇する人も少なくないと思う。
それは罪に問われるとかそう言うことではなくて、本能的に他人に肉体的な苦痛を与えることを拒否してしまうというか、それこそが人間性であると思う。

それを、なんの非もないのに、粗探しをしてまで非を論って暴力を伴ういじめを行うと言うのはもはや人間ではないどころか、動物や昆虫ですらない。

その存在は悪魔である。

一方で元々は夫がおり、泉南市内の団地でパートをしながら生活していた奈央子は、なぜこの短期間に悪魔に魅入られてしまったのか。

この中村という男は、あの伊勢崎市で起きた主婦監禁餓死事件の主犯、金井幸夫と重なる。被害者を監禁したうえでの餓死という経過を見れば事件自体も似ている。
中村も幸夫も、言葉を選ばずに言えばド底辺どころではないスペックであるにもかかわらず、中村には内縁の女性がおり、幸夫にいたっては結婚も複数回、それ以外にも女性の姿は絶えずあった。
女性側で見ても、伊勢崎の被害者も奈央子も既婚者であったが、伊勢崎の被害者は軽度の障害を持っていて、奈央子も障害とは言えないかもしれないが、空き缶やゴミを持ち帰る癖があった。

被害者加害者の違いはあれど、男女の関係でみると似ている。

ここから先は事件備忘録得意の決めつけで書いてしまうが、奈央子は中村の「男」の部分の逆らえなかったように思う。
検察は奈央子が中村を庇った理由について、「好意」があったとしている。そして中村はその奈央子の自分に対する「好意」を知り、利用したとしている。
奈央子がその「好意」を抱いたのは、おそらく中村との肉体関係があったからだろう。そこには女としての複雑な心情も見える。中村には奈央子より若い内縁女性がいた。その女性に対するライバル心、優越感などもあったのではないか。
現に、途中から昇平さんの体を心配する内縁女性とは対照的に、奈央子は母親でありながら昇平さんを心配することがないばかりか、中村に同調し、時には中村に気に入られたいがためにギョッとするような発言、提案もしている。

子供を虐待する母親に共通する点とも言えるだろう。
子供が殴られてもかばい、レイプされても殺されても離婚しない、その理由は経済力かセックスか薬しかないのだ。ホームレスの中村に経済力も薬もないわけで、残るはセックスだ。時々、暴力を振るわれて云々とか言うのもあるが、それも大きく見ればそれ以外の原因がまずあることがほとんどだ。
そしておそらく昇平さんにも、逃げ出せなかった理由があった。

それは、母親の奈央子だったのではないか。

涙の訴え

奈央子らが家を空けている間、その借家には悪魔と二人きりの昇平さんがいた。
ソースとして残っているわけではないが、昇平さんも初めの頃は脱出を試みたり、外部と接触しようとしていたのではないかと思われる。
昇平さんには、沖縄の祖父母や泉南市に暮らす実父の存在があったからだ。

それがいつの間にか諦めてしまったのは、おそらく中村による暴力と精神的虐待による意思喪失だけでなく、逆らえば母親がどうなってもいいのか的な、脅しもあったのではないだろうか。

昇平さんと奈央子の母子については、その関係性についての情報はほとんどない。それでも、沖縄の祖父母は奈央子の両親の可能性が高いことや、いったんは実父と同居したにもかかわらず、突然やってきた母親・奈央子について家を出ていることを考えると、決して関係が悪かったとも思えない。
疎遠だった母親との、久方ぶりの時間は、昇平さんにとっては悪くないものだったのではないだろうか。

まさかその背後に、得体の知れない悪魔の存在があるなどとは夢にも思わなかったろう。

昇平さんは衰弱が激しくなるまでは時々、廃品回収を手伝わされていた。
ある時、廃品回収の仲間からおにぎりを一つもらったことがあった。その時、昇平さんは何度も何度も「これ、もらっていいんですか、食べてもいいんですか?」と確認していたという。
昇平さんの日常が、中村によって支配されていたことは明白だ。

体が動かなくなる直前、昇平さんは奈央子に懇願した。

「お父さんの所へ帰りたい」

しかし奈央子は、冷たく言い放った。今更帰っても迷惑なだけだと。

昇平さんは泣いていた。

どうしてこんなことになったのか。昇平さんに理解できるはずもなかった。母親の奈央子ですら、わからなかったろう。

大阪地裁堺支部の細井正弘裁判長は、奈央子に対して中村の虐待癖を知りながら同居させ、虐待を止めもしなかったこと、治療が必要だと内縁女性に助言された後もそれを放置したことで殺意と共謀の成立を認めた。
そして、「実の母親の行動としてはおよそ考え難いほどに無慈悲で非道な犯行」と厳しく批難し、懲役12年(求刑懲役15年)を言い渡した。
中村に対する検察の怒りは激しかった。未成年とはいえ被害者は19歳の男性で、殺人と言っても刃物で刺したり首を絞めたりといったことに比べるとその殺意の判断は難しいとも思われたが、検察の求刑は無期懲役だった。

検察は、中村の虐待癖をかなり重く見ていたように思う。昇平さんの事件の前に起こしていたホームレス仲間に対する監禁、保護責任者遺棄致死を含めれば死亡者は二人で、それをどストレートに反映させた求刑だった。

判決は懲役20年。弁護側は無罪主張だったが、裁判所は「被害者に責任転嫁している」として退けた。
当然、仙波さんの事件でも「死亡したことが分かった途端に逃走しており悪質」と断罪した。
奈央子は夫と不仲になったとはいえ、出ていかなければならない状況だったとは思えず、しかも収入が7~10万しかないのに4万5千円の借家を借りていることを考えると、そもそも借家を借りたのも中村にそう仕向けられたのではないのかと思える。

そして奈央子は、中村に好かれたくて、女として見てもらいたくて、そのすべてを飲み込んだ。

もっと言えば、河川敷で何が起きていたのか知らなかったはずがなく、裁判所が言うとおり、中村の危険な面を知りつつ、それでも中村に好かれたくて、我が息子を巻き込んだのだ。

その後、奈央子は控訴。大阪高裁は「奈央子が死の認識をした時点ではもはや救命不可能だった」として、懲役12年を破棄、懲役10年を言い渡した(のちに確定)。
中村も控訴していたが、高裁でも一審判決は支持され、その後確定した。

昇平さんは最期に何を見たか。沖縄で暮らした日々か、母との幼い頃の思い出か。

その眼は、見開かれたままだった。

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参考文献

朝日新聞社 平成16年8月3日、11月3日大阪朝刊、8月4日東京朝刊、10月15日大阪朝刊、大阪夕刊、平成17年6月24日大阪地方版/大阪
読売新聞社 平成16年8月3日、10月15日、18日、平成19年1月18日、3月29日大阪夕刊、10月15日、16日、11月5日、12月23日大阪朝刊、
毎日新聞社 平成16年10月15日大阪朝刊、大阪夕刊、平成20年3月7日大阪朝刊
産経新聞社 平成16年10月15日、17日、11月5日、25日大阪朝刊、平成19年8月31日大阪夕刊
中日新聞社 平成18年10月12日夕刊

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