27時のバカンス
イチローの打率ぐらいの確率で夜中3時過ぎに起きている。中高生の頃にハマっていたラジオが一番面白いのが1時〜3時という狂ってるとしか思えない時間帯だったからだろうか。思えばあの時期ぐらいからずっと、特に理由が無ければ起きられるだけ起きている。
夜中3時ぐらいの世界が放っているワクワク感はなんとも言いようがない。面白いことが起きそうな気がする。大抵は何も起きない。だがときどき、頭の中に洪水みたいに「クリエイティブ」が氾濫してきて、ちょっと待てよ、俺はこれからすごいことを成し遂げてしまうのでは? という気持ちになる。
アイディアがとどまることを知らない。大変だ! コンビニで大学ノートを買ってこよう。外に出ると暗闇が俺を包む。俺と地球が一体化してる感じがするぜ。宇宙の意思が俺に創作せよと言っている。
夜中にコンビニに買い出しに行くのはいつだってワクワクする。余計なものだって買ってしまうな。グミとか。グミは俺たちが買い支えている可能性がある。
買ってきたまっさらな大学ノートを開いて、さっき思いついたアイディアを書き込む。いい感じだ。んん、しかし眠くなってきたな。起きたらまた続きをやろう。
起きるとびっくりだ。やる気がゼロになってる。どうしたんだ俺。ノートがある。お、ノートじゃねえか。しまっておくか。1ページ目だけ破いて。
こうして最初のページだけ切り取られたピカピカの大学ノートが溜まっていく。破いた1ページ全部残しておけばよかったな。「アイディアノートの最初の1ページ展」があったら俺は絶対見に行く。
■
サラリーマンに想定されている生活リズムと乖離しすぎているから、しょうがないから2時間ぐらい寝て仕事に行くことが多いんだが、そういう日は小学4年生ぐらいまでで習う「スターターパック」みたいな言葉しか出てこない。睡眠は大切だ。
休日は主に夜中に活動する。12時ぐらいに車を出して、朝までドライブして帰ってくる。どこにも寄らないのだ。開いてないからだ。
たまに同じような芸風の車が走ってると「ファミリー感」がある。おう兄さん、どこまで行くんだい? 先を走る車のことを俺は「兄さん」と呼ぶ。
どこにも行かずに帰るのさ。そうかい。一緒に走ろうぜ。
信号で違う方向に行かれるとファミリーに別れを告げなくてはいけない。ああ兄さん、またどこかで。俺はもうちょっと先まで行ってみるよ。
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このnoteにたまに登場する「永山」は俺の親友で、ラジオのせいで生活リズムをぶっ壊された仲間だ。数年前、俺が東京に帰ってきた頃、久しぶりに会って深夜ドライブに誘った。
俺たちはダサいので、四谷三丁目交差点に差し掛かるときには必ずビートたけしの「四谷三丁目」を流すし、月が見えたら「今宵の月のように」だ。
おい永山、岡村靖幸流してくれ。なんの曲にする? 「真夜中のサイクリング」に決まってるだろ!
鎌倉の海へ「せぷてんばぁ」を流しながら向かう。湘南の海は道路沿いに、弓なりに砂浜を作ってどこまでも続く。逗子方面からささやかに放たれた光が、真っ暗な海をすこし照らす。潮騒が聞こえてくるような海沿いの道路を茅ヶ崎へ向けて走る。ここで永山がカーステをいじる。
サザンだ。
サザンじゃねえか。おいおいおい、たまんねえな! 俺も永山も互いに何かを思い出して涙ぐむ。ダサいなあ。湘南でサザン流して涙ぐんじゃだめだろ。ダサいからフラれたんじゃねえのか? もしかして。なあ、永山。
■
そうだ、あそこ行こう、永山。俺たちといえばあそこだ。落合だ。俺たちは「最後の青春」と呼べる時代のほとんど全てを、永山の当時住んでいた落合南長崎駅周辺で過ごした。死ぬほど思い出がある。あのへんをちょっと歩こうぜ。今日はセンチメンタルな夜にしよう。
車を北に、東京方面へ戻る。新宿区の外れ、落合に着いたのは夜中3時ごろだった。
コインパーキングに車を停め、深夜の落合を歩き始める。
え、らんぷ亭なくなったの!? なんか家系のラーメン屋になっちゃったよ。そうなんだ。ここのローソンでお前が「オムそば飯」買ったときはセンスの塊だなと思ったよ。あれ異常に美味かったな。
思い出話に花が咲く。何度でも思い出すだろう。あの時代のことは。
裏路地のような道に入ったところで、マンションの陰に人影が見えた。
■
うずくまって、ずーっと何か喋っている。1人だ。ときどき鼻をすすっている。泣いているようだ。視界の端に収め、見るともなしに見ると、長い金髪を振り乱した女性である。年齢はわからんが、夜中の3時にこんなところでうずくまって1人で喋っているぐらいだから関わらない方がいいだろう。外れとはいえ「新宿区」だからな。何が起こるかわからん。
俺と永山は気づかなかったふりして前を通り過ぎた。ほっ。絡まれたりしなかった。よしよし、続行しよう。今夜は思い出に浸る夜なんだ。誰にも邪魔はさせないぜ。
「おにいさーん……」
後ろから声がする。ええ……。来たよ。どうする? 永山と小声で打ち合わせる。
「おにいさーん……」
こ、こええ。呼んでるよな。俺たちのことだよな? ええ……。最悪だ。ロックオンされた。
振り返ると明らかにこっちを見ている。うわあ……。仕方ないか。なんか困ってるかもしれないしちょっと絡むか。「な、なんですか?」
「こっち来て」
距離をとりながら「どうしました?」と聞く。
「ここ座って」彼女は自分の真横を指差し、座るように促してきた。「はあ」とりあえず言うことを聞く。
■
彼女の右手に持ったスマホから声が聞こえる。
『〜〜〜、誰? 〜〜〜じゃないの?』
1人で喋ってるように見えて通話してたようだ。
よく見ると、彼女は思ってたよりだいぶ若かった。あとで聞いたら20歳だったらしい。なるほどそっちか。酔っ払ってうずくまってた感じか。ああ、ちょっと安心した。マジでラリってる人だと思っていた。
あと暗闇だったし視線を外していたから分からなかったが、めちゃくちゃ可愛かった。めちゃくちゃ可愛いじゃねえか! おいおい。なんてことだ!
「ねえ、手繋いで」
え、いいの? まったくしょうがないなあ、という感じを出しながら手を繋ぐ。
肩を寄せてくるからありがたいなあと思いながらそのままにしていると、電話口の向こうの人が大きな声で呼んでいる。彼女の友達らしい。
『〜〜〜!! 〜〜〜!』
「ん〜ん、大丈夫。男の人。大丈夫だって。とっても素敵な人」
俺が素敵に見えるとはだいぶ酔ってるな。それにしても彼女の友達は俺たちがまともな人間じゃないだろうと疑ってかかってるようだった。彼女はスピーカーに切り替える。『こんな時間にうろうろしてる人でしょ!? 絶対やばい人だって!』
それもそうだな。正論すぎて俺たちは爆笑した。しきりに『電話代わって!』と言っている。彼女はスマホを俺に手渡した。
「お電話代わりました。俺です」
いくつかやりとりをしたんだが、思ったより簡単に信用してもらえた。彼女は帰宅途中で足を挫いて、ここでうずくまって泣いていたらしい。そうなんだ。聞いてもさっぱり意味はわからんが了解した。彼女を落ち着かせて家まで送る役目に任命された。
■
しばらくカップル繋ぎをしながらじっとしていると、不意にまた彼女は泣き出した。
「死にたい」と言い出す。事情は聞かないようにしてたから分からんが、とにかく死にたいらしい。
「死にたいなんて言うなよ」
「なんで?」
「死んでほしくないからだよ」
「どうして死んでほしくないの?」
「誰にも死んでほしくないからだよ」
「なんで?」
「悲しいだろ」
「悲しいの?」
なんなんだ俺たちは。鬱バカップルか。「死にたいと思うこと無さそう」と言われる。
「そんな人間いないだろ」
「いないの?」
「いないよ、きっと」
「死にたいと思うことあるの?」
「大抵の夜は死にたいと思うよ」
「それならなんで生きるの?」
鬱クラムボンか俺たちは。「生きてたらこうやってまた会えるかもしれないだろ」とか言って納得させる。納得したんだろうか。わからんが、しばらく話していると落ち着いてきた。「とにかく今日は家に帰りなよ」「わかった」
■
彼女は立ち上がると急に元気になって「家まで競走しよう!」と言い出した。足挫いたんじゃないのかよ。「もう治った!」。そんなことあるかよ。
手を離さないので引き続きカップル繋ぎしながら小走りする。家はびっくりするほど近かった。100mぐらいだろうか。ちょっと走ったら着いた。俺の役目は終わりだ。
それじゃあ、またどこかでね。と帰ろうとする。
「ねえ、ハグして」。え、いいの? まったくしょうがねえなあ、という感じを出しながらハグをする。そのままの姿勢でしばらく語り合う。なんとなくお互いに良い感じになってきたので離れた。無言で見つめ合う。……。
うお! あっぶねえ! 危うくキスしそうになったぞ。いかんいかん。
それじゃあ、またな。「なんでそんな帰ろうとするの?」「いや帰るだろそりゃ」
途中から薄々思っていたんだが、なんかどうも明らかに好意を持たれている気がする。全然悪い気はしないが、この状況は相手にとって「若気の至り」だろう。俺にとっても前例のない状況すぎてどうしていいかわからなかった。
「部屋にお酒あるよ」「お酒はもう飲まない方がいいよ」
俺ははぐらかすんだが、なんとか部屋に上げようとしてくる。こんな気持ちなのか。ムードとかさあ、作ってくんないとな。やっぱりムードが大事だからな。俺も軽い男だと思われたくないからな。
「半年ぐらいしてない」「そ、そうなんだ」
俺には刺激が強すぎる話だぜ。もうやめよう。解散しよう。
■
もうちょっと一緒にいたかっただけかもしれないが、さすがにこの状況で部屋まで行くのは俺の心の中のルパン三世が許さなかった。彼は最後までクラリスを抱きしめなかったからな。俺はがっちりハグはしたわけだが。ありがとう。
別れ際、彼女は連絡先をくれたが、典型的な「若気の至り」を後に引かせるのはどうかと思って、一部始終を黙って見ていた永山に渡した。ちょっと捨てるのはもったいない気がしたからだ。捨てるのはもったいないよな。永山がそれをどうしたかは知らない。
互いの人生の交差点でちょっとすれ違った俺と彼女はもう二度と会うことも無いだろうが、それこそが「東京の真夜中3時」という感じがして気に入っている。どっかで強く生きていてほしい。もう死にたいとか言ってないでほしいが、そう言えるだけの材料もさほどこっちに無い。
「なんで死にたいのに生きるの?」
「生きてたらこうやってまた会えるかもしれないだろ」
「……」(それだけ? という顔をした)
「それだけだぞ」
自問自答が煮詰まって、生きる意味すら宙に浮いて弾ける真夜中3時。あのときお互いに起きて生きていたから会えた、というだけで俺にとっては十分生きる理由になる。会ってどうするのか。思い出になるだろ。
市川春子先生の短編のようにはステキな話にならなかったが、俺にとっては27時、大好きな時間だ。面白いことがまた起きるような気がする。
今となっては良い思い出である。
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