納豆が腐った

 お正月ということでね、俺のギャグ100連発から始めていきましょうかね。腕が鳴るぜ。ぽきぽき。うお、いってええええええええええ!!!!! 骨折しちまったああああああ!!!!!!!

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 【TIPS】

 クレープは焼きたてである必要が無い

 ところで最近ワイヤレスイヤホンが流行ってるな。俺も最近ちょっと興味がある。よく知らんのだけど、みんな「AirPods」使ってるのかな。

 国産メーカーはワイヤレスイヤホン出してないのかな、と思って調べたんだけど、みんな「SONYで一番良いワイヤレスイヤホン」の名前知ってる?

 「WF−1000XM5」だ。やる気あんのか?

 いったいどこの誰が電気屋行って「『WF−1000XM5』ありますか?」って聞くんだよ。ちゃんと名前をつけろ。と思ったらSONYで二番目に良いやつは「LinkBuds」だ。いいじゃん! その調子だ。
 三番目は「WF−C700N」。使えよ「LinkBuds」の名を!

 ざっと調べたところ、東芝は「RZE−ABT950」、パナソニックは「EAH−AZ80」。なんなんだこいつらマジで。俺が決めといてやるから感謝しろよ。

 「東芝スペシャル」「パナソニックデラックス」だ。決まりな。今よりは確実にマシだから。よかったな東芝とパナソニック。

 家に冷蔵庫がない。正確にはあったんだけど、なんか知らんけど冷蔵庫内に「藻」みたいのが発生したのでベランダで干してたら室内に戻すのが嫌になってそのままになっている。ちなみに部屋は綺麗なんだよ。「藻」が発生したのはもっぱら冷蔵庫側の落ち度だ。

 冷凍庫だけがあって、何かを冷やしたいときはちょっとだけ冷凍庫に入れたり一旦ガッツリ凍らせてから解凍したりしている。ギリギリ不便だ。

 とはいえ買うのもなあ、と思っているのは、学生時代に俺が冷蔵庫を持っていたのに使っていなかったからだ。買ってきた食料は全てその場で食う(我慢できない!)ため、「余ったから冷蔵する」するという行為が基本的には発生しなかった。食材が余らないのだ。
 だから3回生ぐらいになると学習して、コンセントを抜いて「棚」として使用していた。紙コップとか「塩」とかが俺の冷蔵庫から出てくる光景は、当時の俺を知る者にとっては当たり前のことだったはずだ。

 納豆を腐らせたことがある。一時期、納豆ダイエットをしようとして、すぐに納豆ダイエットをやめたくなってやめた。3パック中の1パックが余ったので冷蔵庫(a.k.a. 棚)に入れておいた。いつか食いたくなったら食おう。

 「納豆が自然に食いたくなるタイミング」というのは1年に1度ぐらいしか来ない。普通、納豆は「出てきたから食う」ものであって、出てこないかぎり別に食わないものだ。俺は冷蔵庫の中にある納豆の存在感を常に微かに感じながら、「まあ今度でいいか」としばらく過ごしていた。

 数ヶ月経った頃、部屋に帰ってくるたびになんらかの異臭がする。そしてほんの少しずつだが、その異臭が日々強くなっていく。原因は分かりきっている。冷蔵庫の中にある納豆であろうなとアタリは付いているのだが、冷蔵庫を開けて原因を特定すると問題に対処しなくてはいけなくなるので、最大限先延ばしにしようという構えだった。俺は具体的な問題が発生するまでは問題解決を棚上げにする悪癖がある。そのせいでKDDIから裁判を起こされそうになったことがあるぐらいだ。その話はいつかしよう。

 人間の鼻はよく出来ているもので、最初「うわ、臭い!」と思っても、しばらくその場で過ごしていると「いや、やっぱりそこまで臭くはなかったか」と考え直してくれる。この便利な機能のおかげで、納豆の異臭は部屋のドアを開けた瞬間以外はそれほど俺の生活を阻害することはなかった。

 あるとき、そろそろこの問題に決着を付けようと思い立った。そういうのは突然だ。恋と一緒だ。一緒なんだろうな。わかんないけど。やろう。冷蔵庫を開けよう。

 意を決して冷蔵庫を開ける。ビンゴ。やっぱりここからの異臭だった。あの臭いは何に例えたらいいだろうか。とにかく凄まじい臭いだ。通常の納豆の臭さを任意の自然数nとすると、この臭いはまるで納豆が腐ったみたいな臭いだった。とにかくすごい。「大リーグ」だ。通常の納豆を草野球とすると。もうとんでもない臭さだ。

 見た目は案外普通だった。冷蔵庫の中に地球から独立した生態系が発生しているのを想像していたんだが、別に全然そんなことはなかった。まるで兄貴が遠くの大学に行ってから帰ってきてない部屋のように「あの頃のまま」だった。高校の制服も、阿部慎之助のポスターも、机の上のロイヤル英文法も、あの頃のまま。ノスタルジーすら感じる冷蔵庫の中に、小動物の死体が放置されてるかのような異臭が充満している。

 静かに鎮座している納豆のパックと向かい合う。納豆はもう何も告げてはくれない。ただ刺激的な異臭だけを発しながら物言わずただそこにある。真っ白だろ? 腐ってるんだぜ。「タッちゃん」が平成の浅倉南こと俺にそう告げてくるかのようだ。開けるぞ。開けたらもう元には戻れないのだ。開けた状態であの頃と同じようにそのまま暮らし続けることはできないのだ。かならず対処しなくてはならない。

 パカ、と納豆のパックを開封する。どんな見た目だったか。

 それは澄んだ透明な茶色の液体だった。澄み切っていた。まるでグレートバリアリーフの真っ青な海のように、底まで澄み切った液体になっていた。こうなるのか。納豆のことを要は「腐った大豆」だと思ったら大間違いだ。大豆が納豆である状態は人間で言えば「思春期」ぐらいの過渡期であって、まったく最終的な状態ではないのだ。

 俺は澄み切った茶色の液体になった納豆の美しさに胸を打たれ、激烈に発され続ける異臭のことを、一瞬忘れるほどだった。

 かつて納豆だった茶色の液体はティッシュに染み込ませ、何重にもビニール袋を重ねて厳重に封印し、燃えるゴミの袋に入れた。これで一件落着、かと思いきや、例の刺激臭はビニール袋を貫通して部屋中に充満し続けている。さすがの鼻も「やっぱりそんなに臭くはなかった」とはならず、外に出すしかなくなった。

 燃えるゴミの日は数日後だった。俺は仕方なくゴミの袋ごとベランダに出したのだが、あれは近隣から苦情が来なかったのがまさに奇跡としか言いようがないほど外でも元気に異臭を発し続けていた。数日間ベランダで放置して、燃えるゴミの日が来た。

 ゴミ袋を持ち上げると、ボタボタと汁が垂れてきた。見るとゴミ袋の底の先端に「あの液体」が溜まっていて、さらにそこに小さな穴が空いている。ビニールを溶かすほどの液体になっているのか? 理科は中学で諦めたから全然わからんが、とにかく例の液体はゴミ袋から垂れ続けている。

 俺は捨てる予定のタオルをゴミ袋の底に当て、アパートの燃えるゴミのコーナーへ慎重に運んだ。

 部屋に戻る。もうあの液体が立ち去った部屋は少し広く感じる。いつもより眺めがいい左に少し戸惑っているよ。もう納豆なんて食べない。走馬灯みたいな数日間だったなあ、なんて思ったりなんかして。よかったよかった。もう終わったんだ俺たちは。

 エピローグのオルゴールが鳴ってくるような空気の部屋に、「あいつ」の残り香がしたのは突然のことだった。部屋の特定の場所を通ると、必ずあいつの臭いがする。このへんだな。立ち止まってみる。やっぱりあの臭いだ。あのときより微かだが、たしかにあの臭いだ。姿は見えないけど、まだいたの?

 四つん這いになってフローリングの臭いを嗅いでいると、一滴だけ垂れたあの液体の痕跡を発見した。ゴミ袋から垂れていたやつが一滴こぼれたのだ。床に鼻を近づける。くっせえ! ちょっと顔を上げて、もう一度床の臭いを嗅ぐ。やっぱりくせえ!!

 洗剤を付けて拭くが、まったく歯が立たない。いろんな洗剤を試すが、もう染み込んでしまっているみたいだ。「こういうときはガソリンだ」と聞いたことがある。ガソリンは何でも溶かす恐ろしい液体だと聞いている。毒をもって毒を制す。俺はZIPPOオイル(ホワイトガソリン)を持ってきてビャーッとかけた。

 ゴシゴシ拭く。臭いを嗅ぐ。無意味だった。百式観音のゼロの掌が通用しなかったネテロ会長みたいな気持ちだ。部屋ごと爆破するか? いやいや。もう共に生きよう。俺の部屋はそれからずっと、微かにその臭いが残り続けることになった。

 俺が京都を去ってから、もう6年ぐらいが経つ。あのアパートは学生が多かったから、2人ぐらいは入れ替わっただろうか。フローリングに染みた臭いはまだ残ってるだろうか。さすがに普通に張り替えたかな。

 2024年も明けまして。おめでとうとも言えないような出来事が立て続けに起こった正月だった。こういうときに、行ったことのない場所の地名に詳しくなってしまうのは悲しい。東日本のときと同じように、テレビを見ながら祈ることしかできなかった。

 悲しい現実に、忘れずに覚えておくことでしか対抗できないのは無力だ。せめて一刻も早く日常が戻ることを祈っている。

 祈っている。

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