「なごり雪」を歌った
2年ぐらい前だったか、都内を車で走っていると、頭にティアラを付けた女子高生が歩いているのを見た。1人だけなら何も思わなかったんだが、ちらほらいる。あくる日も別の場所でティアラを付けた女子高生がいる。ティアラってどこかで売ってるんだな。
流行ってるのかなと思って、俺の友人で「女子高生に造詣の深い者」がいるからその話をした。
「卒業式で付けるのが流行っててさ〜」と、さも自分の身の回りのことみたいに彼は言った。「今度わたしも付けて行く〜」みたいなテンションだ。彼は本人がJKなんじゃないかと思うぐらい詳しい。
「なんでいつもそんなに詳しいの?」
「ほ? ふん? なにか疑ってるのかにゃ〜? 俺きゅんは? ほん?」
「うわ! うっわ」
「TikTokを見まくってるだけなんだが? ほ? は? ほん?」
「きっっっしょ」
実際の「ほ?」とか「ほん?」は日本に存在する文字では表現できない音だ。「可愛い声」のつもりらしいが、身の毛もよだつ響きだから機会があったら聞いてもらいたいものだ。インドのマントラで悪魔を呼ぶ発声方法があるらしいが、誤って日本に召喚されてしまったのだろう。帰ってくれ。
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すっかり春らしい日もちらほら、さすがに過ごしやすい季節だな。この時期に旅行なんか行くと、昼間の過ごしやすさと夜のちょっと寒くて寂しい感じがミックスされて旅先の街そのものを大好きになってしまう魔法の季節である。夜、旅先で街をうろつく派にはうってつけだ。
街の中でふと振り向いて雑踏を眺めてみる。はて? ここで「大切な何か」を思い出せないでいるかのような表情をする。目線の先には「少年の日の自分」が立っている。
「遠くまで来たんだなあ」意味ありげにつぶやく。
「……」
「今の俺は、君が想像してた通りかい?」
「……」
「もう行くよ。行かなくっちゃ」
「おじさん」
「……なんだい?」「さよなら……」「ああ」
セリフはてきとうで良い。あんまりたくさん喋らない方が「解釈の幅」が広がるからな。また前を向いて、知らない街を歩く。煌びやかな夜の灯りに、ひゅっと吹く生暖かい風。流れる人混みにまかせて気分のまま歩いてみよう。春先の賑やかな街路は、もう1人じゃない。あの頃の自分と一緒に歩いているのだ。……。
一人旅らしきデブが急に立ち止まって振り返り、瞬時に色んな表情をしてたらそれは多分俺だから、ああ、なんか脳内で色々やりとりしてるんだなと思ってスルーしてもらいたい。一人旅は寂しすぎてこうでもしないと気が狂うのだ。たのしいよ。
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大学の卒業式は行ってないし、中学は中高一貫だから無かった。小学校は俺以外みんな同じ中学に行くから晴れやかなだけの日だった。俺だけブレザーでいっぱい写真撮られた。
俺は「卒業式で泣く」をしてみたかった。地元の友達は中学の卒業式でめちゃくちゃ泣いたと聞く。俺の地元は幼稚園がひとつしかないから、かなりの割合で10年以上一緒に育つ。「生徒会長の答辞」は毎年、みんな号泣してとんでもない感動の別れになるらしい。いいなあ。中高一貫の最大のデメリットはヌルッと高校生になるからひとつも感慨が無いことだ。
だから俺は「高校の卒業式」には大いに期待していた。地元ほどじゃないが、12歳の頃から知ってる連中とのお別れだ。青春のうんじゃかんじゃもたくさん見てきた。高校デビューする奴もいた。デビュー前を全員知ってるのに。インディーズの頃そんなんじゃなかっただろというファンの声を無視してツンツンに髪を逆立ててたな。
高3のときの担任は増田先生(仮)といって、バレー部の顧問をやっている熱血漢だった。45歳ぐらいでサザンが大好きだ。良い感じだ。泣かせてくれそう。
増田先生、通称「まっすん」は、俺の中1のときの担任でもあった。先生方も学年に連動して持ち上がるので、担任陣も6年の付き合いだ。
そしてこのまっすんこそが俺の6年間のキャラを決定づけたその人だった。入学式の日にさっそく俺をイジってきたのだ。これ以来、俺は学年に一人はいる「明るいデブ」のキャラを確立することになった。これが無かったら「ありふれたデブ」とか「二番煎じのデブ」「手垢のついたデブ」になっていた可能性が高い。結構マジに恩人だ。
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当日は学校全体がふわふわしたムードだった。話したいことがあるようで無い。みんなどこか上の空だ。「おわりだねえ」「そうだねえ」「……」「おわりだねえ」。
なんかやることもないし早く式始まんねえかなと思っていると、まっすんが教室に入ってきた。髪がカチカチに固まって、シワひとつない礼服を着ている。
「さて、最後のホームルームだな」
その一言に皆しんみりする。もう二度と、ここでこうやって集まることはない。「ホームルーム」という響きも。
「卒業式までちょっと時間があるから、みんな聞いてもらっていいか?」
お、きたきた! これだよな。いや実際、教師としても最大の見せ場だろう。「金八先生」だって最終回はひとりひとりに心のこもったメッセージを伝える。そしてそれが最も盛り上がる感動のクライマックスなのだ。まっすんはどんな言葉を用意してるんだ? 教室は静まり返る。全員が号泣したまま卒業式に突入してもいいんだぜ。
「ちょっとこの紙を回してくれ」
プリントを配る。前から順番にプリントが行き渡っていく。前の方の奴らの表情が不穏だった。プリントを見るなり、ちょっとニヤついている。どんなプリントだ?
「今からこれを練習しよう」
なんで?
「俺の好きな曲なんだ」
知るかよ。
そんなことあるか? 「なごり雪」はたしかに名曲には違いないが、俺たちの世代的には「懐メロ」を超えて「大昔の曲」だった。生まれる15年前の曲だからな。まっすんが小学生ぐらいのときの曲である。卒業生に自分の聞きたい曲リクエストするやつがあるか? 意味がわからん。俺らがサプライズでやるならわかるが、わざわざ今から練習させて、式が終わった後に聞きたいらしい。やりたい放題じゃねえか。
「俺がちょっとずつ歌うから、みんなついてきてくれ」
「汽車を待つ君の横でぼくは〜時計を〜気にしてる〜♪」「はい」
『汽車を待つ君の横でぼくは〜時計を〜気にしてる〜♪』
「季節はずれの雪が〜降ってる〜♪」「はい」
『季節はずれの雪が〜降ってる〜♪』
なんだこれ。なんだよこれマジで。意味わかんねえすぎる。今からでもやめないか。頼む。「東京で見る雪はこれで〜♪」「はい」『〜〜♪』
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式は式でそれなりに盛り上がった。部活やってるやつは、前で卒業証書貰うタイミングで後輩たちに「〇〇先輩おめでとう〜!!」みたいなことを言われてる。いいなあ。俺は帰宅部だったが、クラスメイトに同じようにやってもらうよう頼んだ。誰も何もしてくれなかった。
卒業証書を貰った奴から一人ずつ教室に戻る。中学の教室の前を通りがかった。ちょっと入る。入学した頃を思い出す。まさかこの学校に入るなんて思ってなかった。スベり止めのスベり止めで、入試の日までどこにあるかも知らない学校だったのだ。
親父はそんな聞いたこともない学校に入学金は出さないと言っていたらしい。そういえば公立行けってすげえ言ってたな。母親がヘソクリから全額出してくれたことを卒業の直前に聞かされた。6年。色んな奴に会った。面白くてとても敵わない奴もいた。こんなキャラになった。エピソードトークすげえ練習した。1年間スベり続けることもあった。モテなかった。文化祭でコントやってスベった。合わせたら6年のうち3年ぐらいスベってた。モテなかった。大体スベった思い出だ。たくさんスベったなあ。モテなかったし。
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教室に戻り、ほどなく全員が揃う。まっすんが帰ってくる。まっすんはソワソワしている。ソワソワするだけで何も言わない。
学級委員が「なごり雪っていつ歌いますか?」と聞く。
「ん? 任せる」。うざ。
「じゃあみんな立って」と学級委員が促す。彼は良い奴だ。
「じゃあ行くよー。さん、はい」
『汽車を待つ君の横でぼくは〜♪』
『〜〜♪』
ところどころグダグダになりつつも、メロディはみんな知ってる曲なので一応フルコーラス歌いきった。しかしなんだろうなこれ。誰の気持ちで歌えばいいんだ。「汽車に乗って旅立っていく恋人」かなんかに向けてるような歌詞だが、俺たちはこの歌の誰に感情移入して歌えばいいかわからん。してみると「仰げば尊し」ってよくできてるな。生徒目線の歌詞だし、あとテンポが遅いから歌詞の切れ目でめちゃくちゃ色んなこと思い出すような曲になってる。まあそれはそうと、とにかく歌いきった。ふと教卓を見る。
まっすんが何の感情も無い表情で俺たちを見ていた。嘘だろ。せめてお前は泣けよ。
「ありがとう」
なんか不満だったのか、特にありがたくも無さそうに言った。
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「最後にちょっと話をしよう」
お、きたきた! これだ! 来たぞ「担任の先生の最後の話」。こっちだってドラえもんの映画見に行く奴ぐらい今日は泣きに来てるんだ。ちょっと琴線に触れたら泣くつもりだぞ。さあ来い! どんな話だ。大一番だぞ。
「先日、みんな知ってるかな? 男子バレーの植田監督に会った」
当時の全日本の監督だった植田辰哉監督の名前を挙げた。俺の学年には中1で既に178cmぐらいあったフィジカルエリートの奴がいて、まっすんが半ば無理やりバレー部に入れ、高3のとき国体選手に選ばれた。まっすんが一応指導者だったから、その縁で会ったんだろう。
「植田監督に俺の『見抜く力』を褒められた」
「俺は彼のフィジカルが別格だと見抜いていたわけだ」
中1で178cmある奴のフィジカルを見抜くのは簡単だと思うが、とにかくその点で褒められたらしい。そして植田監督というのがかつてどれだけスターだったかを語った。
「植田監督に会えるなんて夢みたいだった。バレー部の監督をやっていてよかったよ」
?? なんだ。なんだこの話。ちなみにその国体に行った選手はうちのクラスじゃなかった。
「卒業おめでとう」
は? 終わった! 話が終わってしまった。嘘だろまっすん。意味わかんなかったぞ。今日ずっと意味わかんねえぞ。
教室全体にでかい「?」が浮かび、うちのクラスの卒業式は終わった……。
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というわけで、おじさんが小学生だった頃の卒業ソングを聴いてくれ。
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高校の卒業式から7年。
25歳でやっと社会に出て、まず面接で落ちる人のいないような(誰も進んでやりたがらない)仕事から始めた。死んだような人生だったからゼロからやり直したかったのだ。そこで感じたことはただひとつで、世間の人の暖かさだけだった。経歴がさすがに珍しいから最初は壁を作られることもあったけど、腐らないようにだけ、誰よりも声を出して、誰よりも明るく振る舞った。
そうしてると「でかい声出してるね」と声かけてくれる人が何人もいた。それから関わった人はみんな俺の人生を面白がってくれた。誰もが色んな経路を辿ってそこに行き着いていた。元高校野球のエースでドラフト候補になった人もいた。北海道でまんま蟹工船の世界から来た人もいた(ちなみに蟹関連業界はいまだに漆黒中の漆黒らしい)。これまで何があったかマジで言えないっていう人もいたし、ただ普通に高校出て新卒で入ってきてる人もいた。
俺ぐらいの失敗は別に普通だった。別に普通。もう一回やり直すのも別に普通。そこでまた失敗したって別に普通。何度でも立ち上がるチャンスがあって、そういう人に冷たくする人なんかどこにもいなかった。別に普通だから。
選びたくてそうなったわけじゃなく、単に様々ミスったわけだが、俺の全身全霊のミスも酒の席でちょっとネタになる程度で、一生食ってけるような大ネタにはならない。みんないろいろミスってるからだ。別に普通の、笑える程度の失敗だった。
さっき紹介した川本真琴さんの「桜」は、たまに思い出して聴くんだが、「誰も選ばない風に吹かれて」という歌詞のところで毎回泣きそうになる。少なくとも後半は、俺と代わりたい奴なんかあんまりいないような人生を送ってきた。誰も選ばない風に吹かれてきたような気がする。
だが、その風は案外暖かかった。
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卒業した人、卒業おめでとう。卒業できなかった人や留年が決定した人、退学した人(3月に限らないが)、めでたくはないな! だが大丈夫だ。
選びたくはなかったかもしれないが、「誰も選ばない」風に吹かれて、その先で何かを見つけてみてくれ。風が案外暖かいことに気づいてもいいし、俺の見出せなかった「大ネタ」を発見してみてもいい。電車に一本乗り逃しただけのことだ。次の次の次ぐらいの電車に、俺は乗ってる。次が来るまで駅を出て散歩して、そのへんの草に意外な美しさを見出したっていい。名前の付いたものだけに価値があるわけじゃない。
それにしても俺は風邪ひきました。寒い。今回はルルアタックEXがやや効くという奇跡が起きた。市販薬なのに効くとは。
早く暖かくなってほしい。長くなってしまった。今回は以上!
ありがとうございました。
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