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『アプローズ、アプローズ! 囚人たちの大舞台』と、元気にくすぶってる中年

劇場で見た予告編は「何か前に見たことあるやつ」という印象であった。囚人が演劇に挑戦し、成功を収める物語。おそらく、粗暴だった囚人が「ゴドーを待ちながら」を演じる経験を通じて精神的に変化する、みたいな話だろう。生きがいを見つけるのだ(たぶん)。教師役は厳しくも愛がある演劇ひとすじの男。憎まれ役の看守なんかもきっと出てくる。無関心を装いつつ、しだいに演劇が気になってしかたなくなるお茶目な一面があるといい。もちろん最後は囚人が舞台に立って演劇をみごとにやり抜く。拍手喝采。何か前に見たことあるやつ。炭鉱が閉鎖されて困った男たちがストリップダンサーになるとか、ブラスバンドをやるとか。落ちこぼればかりの寄宿学校生徒に合唱を教えてもいい(先生はかつて天才指揮者と呼ばれた男)。追い込まれた人ががんばるモノ、とでもいうか。たぶんいい映画なんだろうと思う。でも劇場へ見に行くかというと微妙。だって「何か前に見たことあるやつ」だから。

そんな気持ちでスルーしかけていた『アプローズ、アプローズ! 囚人たちの大舞台』だが、評判がよく見てみることにした。これが意外な展開で実にいい。そういう話なのか! と驚いてしまった。サミュエル・ベケットの存在、「ゴドーを待ちながら」を演じる、といった物語の重要なモチーフと、ストーリー全体の方向性がきちんと重なっているのもいい。なるほどその手があったか、と唸ってしまうようなあらすじだ。とはいえ定番の展開もおさえていて、囚人が演劇に没頭し始める過程は楽しい。何かを表現する、というのはそれだけで胸躍るものだ。初舞台のくだりはスリルもあって、思わず「よし行け」と応援してしまった。劇場へ行くために、囚人たちが刑務所の外へ出るショットもいい。塀のない場所を歩けるよろこび。また、表現や芸術に対する社会の寛容度が映画の雰囲気をとてもよくしていて、フランス映画だから成り立っているバランスであるように感じた。日本映画で「囚人が演劇をする」となると、成立するかどうかも怪しい。日本の刑務所で、文化的な活動(音楽の演奏や落語の披露など)は推奨されているのだろうか。パンフレットには、そのような例はとても少ないと書かれていた。

それにしても、主人公の演出家を演じる俳優(カド・メラッド)はとてもいい顔つきをしていた。何かをしたい、というエネルギーを抱きつつ、どのようにその情熱を昇華していいものかわからない、といった表情。言葉で説明しなくても、顔が饒舌というか。囚人たちに「ゴドーを待ちながら」を演出し、これだとの確信を得たときのきらめきが感じられる。柔和な顔を奥に、演劇に対する熱い気持ちを抱きつつも、それをうまく発揮できないフラストレーションが感じられる。いい中年だろうが、ちゃんと元気にくすぶってるのだ。いいね、そのくすぶり。私も上品にわかったふりしないで、もっと「あれがしたい、これもしたい」と思い続けようと感じた映画だった。

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