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神様に仕える犬

※ 実話をもとに創作した物語。

【出来心】
ソラは神様に仕える犬です。境内の掃除等、神様の住んでいる所をキレイにするのが仕事です。

暮れも迫ったある朝のこと。お正月に備えて、皆で大掃除することになりました。この日のソラの担当は、神社の本殿です。ホコリ1つないよう、ピカピカにする役目を与えられました。

掃除を始めてしばらくすると、祭壇にある、お供えのお団子が目に入りました。掃除が終わったら、皆で食べることになっているお団子です。つやつや、ピカピカに光って見えるお団子が、ソラはずっと気になって仕方ありません。

『1つくらい、イイよね?』ソラは1つつまんで口に入れました。ホワッと口の中で広がるお団子。『おいしい。』思わず笑顔になります。

その時でした。「あっ! 食べたな!」叫んだのはヤスでした。ヤスは頭は良いけれど意地悪です。すぐにあちこち言いふらし、あっという間に他の犬たちに知れ渡ってしまいました。ソラは皆の前に引きずり出されました。

騒ぎを聞きつけた神様がやって来ました。神様を目の前にし、皆の好奇の目に晒され、ソラは顔を上げることが出来ませんでした。まるで針の筵です。『たったお団子1つで…ココを追い出されたらどうしよう…』

神様は何も言わず、ソラをじっと見つめていました。ソラは時々イタズラするけれど、掃除をきちんとする良い犬です。たった一度の出来心。神様にはソラの気持ちが良く分かりました。すべてお見通しです。

けれど、他の犬たちの手前、無罪放免という訳にはいきません。しばらく考えた末、神様はソラに1つの役目を与えることにしました。その役目とは…

【お参り】
少女の家から車で20分ほどの所に、神社があります。少女がお宮参りの時からお世話になっている神社です。

少女は小学校最高学年。その年の冬、少女の妹が病気になり入院しました。そこで、病気治癒を願って、祖母と二人で神社に歩いて行くことになりました。その日は大雪の後で、道路は一面雪で覆われていました。「苦労して行かなければご利益がない。」と言う祖母に従い、少女はただひたすらついて行きました。

自宅から道路沿いに一本道。雪こそ止んでいたものの、深く降り積もった雪の中を、2時間くらい歩くと、少女はすっかり凍えてしまいました。途中、立ち寄ったお店で購入したカイロを靴に押し込むと、足に感覚が戻ってきました。まだ先は長いです。足が温まると、気力も戻ってきました。

歩き続けて約3時間、ようやく鳥居をくぐりました。

【出会い】
『あの二人かな?』ソラは大雪の中、歩いてくる二人を見つけました。

神様はソラに言いました。「これから祖母と孫娘が山の神社にお参りにやって来る。二人が無事に祈願を終えるまで、鳥居から鳥居までお伴をするように。」

気が付くと、ソラは知らない土地の鳥居の横にいました。大雪の中のお伴。それがソラに課せられた役目でした。

二人が鳥居をくぐり抜けたのを見て、じっと待っていたソラは、二人の前に飛び出しました。

「何だろうね? この犬は?」二人は言いました。少女はそっと撫でてくれます。『犬が嫌いじゃなさそうで良かった。』ソラは思いました。

鳥居をくぐってからの道のりは、さらに険しい山道です。その日は車は通らず、ほとんど人もいませんでした。

首輪がなく、人懐っこいお利口な印象の柴犬を、少女はすっかり気に入りました。お伴が一匹付いたことで、険しい道のりが、急に楽しいものに変わりました。 

ソラは、前になったり後になったりしながら、二人にしっかり付いて行きました。時々少女が撫でてくれるのが嬉しくて、寒さに負けずに歩けました。ペナルティとして与えられた役目にも関わらず、いつの間にか、お伴をするのがすっかり楽しくなっていました。

『ずっと一緒にいられたらいいな。』少女もソラも、同じことを考えていました。

途中、散歩中の犬とすれ違った時、ソラはとっさに少女の後ろに隠れました。『知らない犬は怖い。』その様子を見て、少女は言いました。「この犬、捨て犬かな?」

半日近く歩き続け、ようやく神社の本殿に辿り着きました。賽銭箱の所まで、ソラはついて行きました。二人がお参りを済ませたところに、神主さんがやってきました。

「この大雪の中、歩いてきたんですか?」神主さんはビックリしたようです。「帰りは車でお送りします。」と仰って下さったのを、祖母が断りました。

神主さんに見送られ、私たちは帰り道に向かいます。ソラはホッとしました。『良かった。断ってくれて。神様は鳥居から鳥居までお伴をするようにと仰った。それに、自分はきっと、車に乗せてもらえないモン。』

一方で少女も思いました。『良かった。もう少し、この犬と一緒にいられる。』大雪の中、一緒に歩いたことで、いつの間にか、少女とソラの間に絆が出来ていたのです。

帰りは下りで、行きより楽なはずでしたが、それでも1時間以上は歩きました。ザクザクと雪の中を歩き続け、ようやく来る時にくぐった鳥居を、今度は逆にくぐりました。ソラの役目はここまでです。

鳥居の前にはバスが停まっていました。祖母が言いました。「あれに乗ろう。」

二人と一匹でバスに乗り込みます。すると「犬はダメ。」と言って、運転手さんがソラを外に連れて行ってしまいました。最後にソラに触った感触が、少女の手に残りました。

【許された罪】
ソラは鳥居の所に戻りました。すると神様が現れました。「お役目ご苦労。」そう言うと、いつの間にか、いつもの境内にいました。

すっかり雪で覆われ、真っ白に凍えて戻って来たソラを見て、他の犬たちは何も言いませんでした。「はい。今度はコソコソではなく、堂々と食べなさい。」と言って、神様は作り立てのお団子を出してくれました。無事にお役目を果たしたソラのために、用意してくれたのです。

『もう二度と見たくもない。』と大嫌いになったはずのお団子。けれど、作り立てのお団子は温かくて、口に入れるとホワッと崩れました。無事に役目を終えた後のお団子はやっぱり美味しくて、ソラはあっという間に全部平らげてしまいました。

冷たかった体も少しずつ温まってきます。そして何より、心が温かでした。役に立てたことが嬉しくて。『あの少女の妹の病気が、早く治るといいな。』心地良い疲れに身を委ねると、ソラは深い眠りに落ちていきました。

もうすぐクリスマス。それが過ぎれば、いよいよお正月です。澄み切った夜空を、一筋の大きな流れ星が駆け抜けて行きました。






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