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誕生日には、愛を込めたプレゼントを

子どもの時は、その日が来るのが楽しみで
1か月前になると、いそいそとチラシで情報収集。

記憶にある最初のプレゼントは、小学4年生でマウンテンバイクを弟と一緒に買ってもらった。田舎の子どもだから離れた地区の子と遊ぶのに困らないように、そして、習い事に自分で行けるようにという理由だった気がする。

中学1年になるとプレイステーションのソフトだった。そう、たしかホラーもの。映画のゴーストシップをプレステゲームにしたものだった。めちゃくちゃ怖かった。探してもヒットしなかったので、タイトルも何も覚えていないけど、とにかく怖かった。

誕生日は何か特別


いつもは、お願いしても簡単に買ってもらえないものがやってくる日。
ワタクシは夏生まれなので、クリスマスにも欲しいものがやってきた。
子ども版ボーナスという感じ。

✐中学生編

ところが中学2年生になったころに、この子ども版ボーナスも家計見直しのあおりを受けてなくなり、好きなカットケーキを2つ食べられるケーキポイント2倍DAYになった。
その時は、何か欲しいものがあったわけではないけれど、

単純に
「そうか、もう子供時代が終わるのか。」
と感じていた。

大人というには早いけれど、子どもというには図々しいといわれているような感覚。
かわりにお小遣い制度が導入され、欲しいものがあれば自分でお金を貯めて買ってよいというものになった。ちなみに、お年玉は有無を言わさず全額貯金させられていた。弟は、勝手に下ろしてゲームを買い、母の怒りも買っていた。

🏫高校生編

高校時代もこの制度が維持されたため、お小遣いやバイトで手に入れたお金は、自分の欲しいものを買うために使うものという意識ができた。

父や母にプレゼンを買うが「また、モノが増えた」とか「あぁ、ありがとう」というウェルカム感のない返事が多かったので、いつの間にかしなくなった。
もともと父も母も誕生日や記念日にプレゼントをもらう余裕が、育った家庭環境になかったことや、本当に欲しいものは自分で手に入れてこそ!という人だったのだろう。

今でも、母や父の日の送り物は「花は庭やそこいらにあるから見飽きた。」「食べ物は、冷凍できるものにして。」と、はなっから厄介なモノ扱いされる。

📚大学生編

順調だったNOプレゼント体制に衝撃を与える出来事が起きた。
まったく新しい場所、新しい人間関係がはじまった大学時代だ。
これまで、プレゼントを贈り・もらう関係から解放されていたのに
大学仲間の、仲間による、仲間のためのプレゼントfor you制度が始まった。

ワタクシの所属グループは10人ほどの所帯だった。…毎月誰かが誕生日だった。そして、一か月に2、3人というめでたい月もあった。ほんとうに、めでたい。だが、幹事が1000円~1500円を回収し始めると生まれるモヤモヤ。下宿・仕送り・奨学金大学生にこの金額の出費は、正直きつい。これが、2、3人分となると泣きたくなる。

・・・私ももらったもんね。もちろん、お返しをするさ。当然だもの。

忍び寄るモヤモヤ。モヤモヤをよく見つめるとそこには、「自分はもらったのに、ほかの人のは出し惜しみするなんて心が狭いよ」の文字が浮かび上がる。
絶対に悟られてはならない感情。「了解!」と言って笑顔で言われた金額をプレゼントfor you。

こんなこと書いて読み返すと「やっぱり、心が狭いよ」と思う自分もいる。
だが、しかし。言いたい。10人縦一列に並んだ時の端と端は本当にプレゼントを贈る仲だったのか?・・・疑問だ。失礼極まりない発言だが、いまでも疑問に思う。

ちなみに、プレゼントfor you制度は1年間でめでたく終わりを告げる。
幹事曰く「正直、10人分も欲しがっているものがもう浮かばない。」ということだった。

⌚社会人編

地元に戻って就職すると、人間関係も一新された。これまでと大きく違うのは、様々な年齢層の人と一緒に働くということ。

同期の全員が同い年ということもなく、いきなり「誕生日は何月?」という会話にはならなかった。そして、大学時代のモヤモヤをなかったことにできていない私は、「誕生日は何月?」の質問は仕事の合間のランチ程度ではなく、休日わざわざ集合してお出かけをする仲になってからしか聞かなかった。

誕生日にまつわるあれこれを経験したワタクシの中で誕生日やそれを祝うことは、こんな風に考えるようになった。

誕生日とそれを祝う「誕生日おめでとう」の言葉は、その人の存在を無条件に肯定している言葉だということ。心を込めて祝いたい。伝えたい。

幹事にお金だけを渡す大学時代のプレゼントfor you制度がモヤモヤしたのは、きっとそこにあったのだと思う。(もちろん金額的な負担もあった。)
心を込めた「誕生日おめでとう」の言葉を伝えるための、プレゼントfor you。そのプレゼントは相手のことを知り、考え、考え、考えた抜いた品を贈りたい。
その過程も含めたプレゼントと「誕生日おめでとう」に心を感じてもらえると思うから。独りよがりなのだけど、自分がそうであるなら、相手もそうかもしれない。
そう思うと私の誕生日も、やはり特別な日になる。心を込めた「ありがとう」をお返しできる。

💌そして、結婚から現在

社会人も8年目になると経済基盤もしっかりしてきて欲しいものは、よほど高いものでなければ計画的に手に入れられた。何度かコミックスの大人買いも経験した。モノが与えてくれる特別感は、もうなくなってしまった。

そう、モノはいらねぇ、愛をくれ。
 wow wow 愛をください♪ 
     zoo♪ zoo♪ なのです。

誕生日がただのレベル更新の日になっていった頃に出会った連れ合いのyouくん。
あなたの周りの目を何も気にせず私を崇め奉るほどのアプローチは、無条件に肯定されていることを感じられた。

だから入籍の日は、私の誕生日。
結婚式の日は、youくんの誕生日。
私たちの誕生日は、私たち家族が誕生した日。
心を込めて「誕生日おめでとう」


父や母が、誕生日や記念日にモノにこだわらなかった意味を考えてみる。勝手にすごくいい解釈をしてみる。

私は、プレゼントがあるから特別な日だと思っていた。だからプレゼントを準備しなくてはいけなかった。
本当はプレゼントをあげるという形にこだわらず、相手を大切に想い日頃の感謝や労いの気持ちが大切なのだと教えてくれていたのではないか。
そうであるからこそ、父も母もモノを欲しがらなかったのかもしれない。

父よ、母よ誕生日をくれてありがとう。そして、二人が生まれてワタクシの父と母になってくれてありがとう。たくさんの誕生日おめでとう。

☆☆☆☆☆☆☆

今、私たち家族は誕生日プレゼントに愛を渡し合う。
大切に思う気持ち、感謝の気持ち、これからの楽しい時間を想像して手紙に記す。
相手のことを想って、時間をかけて手紙を書く。
これまでに9通の手紙を送り合った。
子どもたちが協力して書いた手紙が3通わたしの手元にある。
毎年渡す手紙の内容も同じようなことを書いてはいるが、相手のことを考え、考え、考え抜いた言葉たちが並ぶ。
心からのプレゼントfor youが私のすべてを肯定してくれる。

手紙の始まりには「誕生日おめでとう」
手紙の終わりに「最後に、本当に誕生日おめでとう」

カットケーキ2個にそれぞれ灯ったろうそくの火を吹き消してから幸せな気持ちを添えて
「ありがとう」

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