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苦悩することについて
第二次世界大戦で自由を奪われた
ユダヤ人の精神科医
ビクトール・E・フランクルは
人間の存在を「苦悩する人」と捉え
「ホモ・パティエンス」と定義しました。
人は苦悩する生き物であり
苦悩すること故に、人生の「意味」を見つけられると唱えたのです。
それをロゴ(意味)セラピーと言います。
今日の散歩で
いつもよりもう少しだけ
歩く距離を伸ばそうかな?と意識しました。
それはあまり意味のないことに思えたのですが
それはそれで一種の苦悩です。
誰もが「成功」「自己実現」など
求めていますし、
それは、日本なら憲法でも保障されています。
タイパ、コスパは働く中で当たり前
ワークライフバランスなどの概念も提唱され
SDGsのような世界規模の目標も
打ち立てられる時代です。
自ら「苦悩」することは
鼻から無駄、無意味に感じてしまうよう
私はそんな感じなってしまいます。
![](https://assets.st-note.com/img/1708899616161-0Ywx8Mgt35.jpg?width=800)
私たちを含め
今の社会は何事も
「合理的」に思考し行動した方が無難に
物事が進捗します。
先の私が「もっと歩こうかな?」の悩み
のようなことは些細なことです。
私は「悩む」こと自体が無駄に感じられます。
フランクルによると
悩まなくなってしまうと
(生きるための苦悩を避けていると)
人生や生きていることに
意味を見いだせなくなってしまいます。
そうなると人は簡単な享楽的な楽しみに
走ってしまうそうです。
刹那的な楽しみに囲まれた人は
「実存的虚無感」(生きていることに
意味を見いだせなくて虚しくなる)に
悩まされてしまうというのです。
ヘーゲルやマルクスなどの
世界精神や唯物論に覆われた
世界観に異を唱えたのが
デンマークの哲学者キルケゴールでした。
彼は世界がどうなるかではなく
自分にとって主観的な生きる上での理念が大切だと言いました。
それは実存主義として
フランクルにも受け継がれました。
それにはやはり生きる上での
「苦悩」すること、悩み尽くすことも
必要になってきます。
![](https://assets.st-note.com/img/1708899636621-lblMUDWwa8.jpg?width=800)
スマートに生きられれば
それは素敵な生き方です。
iPhoneもシンプルなデザインなので
世界的シェアを誇っています。
それでは、「悩む」ことは無駄なことなのでしょうか?
私はそうは思いません。
いつだって生きる意味を追い求めることは
素敵に感じます。
一見無駄な思考のようなことでも
本人にとって大切なことなら
「悩むこと」はその先に
「生きる意味」を見出してくれる
からと私は思うのです。
今回は「苦悩すること」について述べて見ました。
最後まで読んでくださり
ありがとうございます。
では また
おわり
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