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邪道作家5巻 狂瀾怒濤・災害作家は跡を濁す  栞機能付き縦書きファイルは固定記事参照

テーマ 非人間讃歌
ジャンル 近未来社会風刺ミステリ(心などという、鬱陶しい謎を解くという意味で)


簡易あらすじ

業は金を超える。命すらも。

当然だ。だからこそ善悪を超越した概念として語られ、これだけ豊かな時代においても人を悩ませ死に至る。

扱いきれなければどうなるか? たまに、自殺する有名人だとか金持ちだとかいるだろう? あれはまさに「命以上のもの」である業を、何一つ持たざる結果だろう──────生きる死ぬなど、瑣末事だ。

それ「以上」の何かがあれば、絶望して死にはしない。下なのだ。貴様ら下っ端のカスに何かを言われて、絶望で首を括るのか?

しない。誰でもそうだ。私は勿論、物語を売り捌く為に、大抵の人間は金の為に。
言っておくが、違うぞ••••••他の方法でどれだけ金を稼いだところで「満足」には至らない。そう、あくまで「物語」を金にし「やりがい」にせねばならんのだ。

そんな非人間が、未来の極まった連中に対して何を思うか? これはそういう物語だ──────なので、人間に学ぶところがあるかは分からない。

全てが非人間、サイコパスの感覚だ。であれば、殺人鬼に見せるが相応しい。
だが、残念なことに大半の人間はまだ「善良」を自称するつまらない民衆だからな••••••一般人向けに語るべきか?

そうだな、ではこう言おう。

生きている意味が分からない。

命より重いものなんて見つからない。

自身に、足りない「何か」が欲しい。


──────そんな奴なら読むがいい。少なくとも私にそんな「暇」な悩みなどカケラも無いことだけは、確かな「事実」だ。

非人間を参考に、人間性など捨ててしまえ!!

さあ、もう遅い。ここから貴様も、非人間へとなるがいい!!





   0

 この物語は有料だ。
 立ち読みをするんじゃない。
 思うに、人間とは生まれや育ちで大体決まってしまうものである・・・・・・宿業が深ければ尚更だ。 その業が物語。
 書きたくない書きたくない読者の事なんてどうでもいい。金だけあれば十分だ・・・・・・そんな風に思いながら、嫌々、今日も私は物語を紡ぎ、読者共に嘘っぱちの希望を魅せ、金にしている。
 そういえば、だが、作家になるのに才能とかそういう「優秀さ」が必要なのかと、以前人工知能に問われたことがある。
 答えは当然、否だ。
 そんな訳がない。
 そも、良ければ売れるわけでもない。
 マーケティングとデジタル面での独占能力こそが、作品の善し悪しを左右するこの世界で、才能など実に下らない、あろうがなかろうが存在が無意味なものでしかない。
 まぁ私には才能も無かったが。
 科学的に説明(科学も宗教みたいなものだからいかがわしくはあるが)すると、人間には身体のイメージ、確かボディイメージ(そのままだが)と言う機能がある。
 身体を思考とブレさせないこと。
 これが意外に、難しい。
 所謂普通の人間は、これが十分に発達していないらしく、武術家などはこれを鍛えに鍛え、思い通りの型の動きをするそうだ。作家の場合、思考と意識の表現、つまり文字によって自分自身を、物語という枠で表現すること。 
 これは誰でも出来る。
 時間さえかければ、だが。フランス語を馬鹿でも数ヶ月住んでいれば話せることと、理屈は同じだろう。
 誰にでも出来る。
 時間をかけなくてもそれこそ、私みたいに何十年も賭けずとも、出来る人間はいるだろう。ただ、人の心を魅了するとなると、それだけでは、何の意味もない能力だ。
 破綻した人生を送るほど、面白い。
 まぁ、私は別に作家として大成しても、嬉しくも何ともないので人事のように話すが・・・・・・それに全てが全て、そうでもないだろうが、そういう人間の方が、狂気のある人間の方が、普通の人間では届かないし行こうともしない部分を表現できるから、魅了しやすいと言う噺だ。
 どうでもいいがな。
 問題なのはあくまでも私個人の利益だ・・・・・・だが業というのは厄介なモノで、外すことが出来ないからこそなのだろう。私の場合案外あっさり外して幸せになれるかもしれないが、大抵は、大抵の行き着いた人間は、作家は特に、早死にする。 苦悩か貧困か病か、いずれかがないと人間は思い上がるとかそんな言葉もあるが、しかしそんなもの無いに越したことはない。苦悩したことなど人生で一度もないが、他二つは明らかに邪魔だ。 私は原因不明の病を抱えている。
 だから何だって噺ではあるが、しかしどうだろう? 私は病にかからなければこうも、自己中心的で清々しいまでに己の保身を気にする人間に成ったかと言えば、正直分からない。
 長所は短所であり、短所は長所であるならば、今後の私の課題はその業を克服することだろう。 背負った業を、そのデメリットを克服する。
 これが出来ずに大抵の偉人は苦悩して死んでいるが、私はそうなるつもりもない。金以外で何かに悩んだことなど、一度もない。
 世界は金で出来ていると私は言ったが、あれは嘘だ。訂正しよう。
 世界は金で動いている。
 そして、世界を金が動かすのだ。
 どちらかでは足りまい。世界とは所詮、個々人の自己満足でしかないものだ。だからこそ、私は決して満足しないこの身を、満足させなければならないのだろう。
 満足。
 あり得ない噺なので、いやただ満足したいだけならコーヒーでも飲めばいいのか? とにかく、人生における充足みたいな意味合いを、私はあまり「作家」という生き方に、期待していない。
 辞めることも出来ていないが。
 実際、何故辞められないのか不思議だ・・・・・・案外あっさり、金が有り余っていれば、それこそいつ辞めたって良いのだが、人生における「やりがい」や「生き甲斐」として、自身で固定してしまったからな。
 今更外すのも面倒だ。
 他にアテがあるわけでもない。
 生き方など私にとってはオプションパーツみたいなモノだがな。いずれにしてもどうでもいいことだろう。今やっている生き方に、あれこれ言ったところでどうなるわけでもあるまい。
 今回は、そんな人間の業について語ろう。
 と、言ってはみたものの、案外私のことだ。突然手のひらを返して幸福について語り、家族の素晴らしさを頼まれてもいないのに無理矢理説明して、したかと思えばひっくり返す。
 かもしれない。
 先の見えない物語であることだけは保証しよう・・・・・・なんて、これもただの思いつきだが。
 読者に魅せること。
 それだけは確実だ。
 問題は私の魅せるモノは、悉くが「人間の裏側であり、見ないで済ませようとする部分」であることだろう。だから

 読み終わった後に、後悔だけはしないように。 まぁ、読者共の心情など、知らないがね。

   1

 プロというのは生き方をはずせない人間の在り方だ。ならば私はプロの作家ではあるものの、私の作品が人の心を打つのかと言えば、打つ気はあまりないが、物事の事実を突きつけ、「お前たちの信じる正義など、その程度だ」と、あざ笑うことを考えていることだけは、確かなことだ。
 革製の鞄を置いて、私はカフェでコーヒーを飲みながら、次回作を検討していた。正直そこまで頑張って書く必要はどこにもないので書きたくもなかったが、だから私は指が痛いから書きたくないなぁと嫌々、渋々、書いていた。
 手が勝手に動くのだ。
 動かなくていいのに。
 比喩ではない。迷惑な話だ。私の掌部分は何かにとりつかれているのかと思ったが、しかしよくよく考えれば、長い訓練(そんなつもりはまるで無かったが)のおかげか、私には思考と表現のブレが無いどころか、腕が勝手に動くのだ。先んじるのは素晴らしいが、少し体力を考えて欲しい。 能力のある人間が羨ましい。
 楽そうで・・・・・・能力の有無で言えば、私は計るべき能力が無い、測定不能ではなく能力というカードそのものを最初から持ってはいないので、私からすればどうでもいい話だが。
 過程が華々しいだけだ。
 結果が在れば、構わない。
 だが、能力の多寡と言うよりは、この場合、理屈からも理論からも、あらゆる常識を意にも介さない人外の方が問題だ。・・・・・・作家にはそういう人間が多いな。それに、そういう人間は総じて「ちょっとそこまで」感覚で、世界をむちゃくちゃにするものだ。比喩でも何でもなく、実際その人間の書いた物語を読んだ人間が、次々に自殺するという実話を聞いたことがある。こんなのは、能力とか技術とか、そういう理屈で計れる領域を越えている。
 まさに人外魔境だ。
 私のような普通極まる人間には、理解しがたい話だ・・・・・・まぁ、自身が異端であるかさえ、目的となる結果が伴えば、どうでもいいのだが。
 私はそうだ。
 どうでも良さ過ぎる。
 悪の自認があるかさえ、どうでもいいのだ。
 悪だと自認したところで、別に何をもらえるわけでもない。金を払うなら考えるが。
 まぁ善人ではないだろう。
 しかしそれほど大層な悪かどうかは、結局は周りが決めることなので、どうでもいい。そこまで大層ではないと、後から文句を言われても、私からすればただ迷惑なだけだしな。
 偽悪者ぶるつもりも・・・・・・いや、私の場合間違いなく生まれついての悪、それも極めて珍しいタイプの、悪の自覚と、感情によるブレーキのない存在そのものがどうかしている悪なのだが、変に期待されても困るしな。
 私は生まれついての悪だ。
 だが、そんなことはどうでも良いことだ。
 問題は金になるかどうかだ・・・・・・善も悪も社会の都合でしか無いのだから、気にするだけ無駄と言うものだ。社会が変われば善悪の基準も変わるのだから。
 そんなものは、どうでもいい。
 そもそも、人間はすべからく生まれついての悪なのだ。善人など、一人もいない。
 誰かの悲鳴で誰かの希望が出来ている。
 世界は残酷で、汚い部分を見なくても、生きていけるほどには寛容だ。
 この世界で生きると言うことに対して、まじめに考える人間は随分減った。世界は変わらないが人間は小さくなった。その上で言うが、人間、いや人間以外の存在でも、生きる、ということは何かを成し遂げるための行動だ。
 私は既に成し遂げている。
 成し遂げ続けている。
 物語を、紡ぎ続けている。
 だからこそ思うのだ・・・・・・私は生きている、間違いない。だが、人間というのは、誰かに何かを託して伝え続けることを良しとしてきた。
 それこそが種の存続だと。
 だが、私には伝えるべき相手も、伝えたい相手もいない。読者共がいるだろうと思うかもしれないが、しかし、どうでもいい。
 伝えたい相手ではない。
 第一、伝えることは出来ても、託せまい。
 託すに値しないと言うよりも、私の意志を受け継ぐ存在など、いるのだろうか? いたとして、受け継がせるのは趣味じゃない。
 虚無からでなくては。
 何もないところから産まれる狂気にこそ、輝きがある。それがなんであれ、受け継いだものでは意志が弱い。
 所詮他人のモノだからだ。
 だから私は、人間としてのまっとうな生き方よりも、死んだ後のことなど知らないとばかりに己自身だけを見据えて、ここまで来た。
 それが間違いかどうかなど、知らない。だが、誰にどう言われようが、間違っているとは思わないだろう。
 思う気はない。
 私は、間違っていないと、人間としてはどうだか知らないが、作家として、成し遂げていると、自信に誇りを持てるだろう。
 問題なのは、そう。

 私が愛すらも持たずに産まれた最悪の人間であること、ではない。

 私は、己の道を信じることは出来ても、満たされることが、心を満たすことが、出来ないのだ。
 被害者ぶるつもりはないし、悪人ぶるつもりもない。だが、人間として手に入れるべき実利が、私の場合掌からこぼれ落ちる。
 許せるものか。
 人間の信念、など、私は信じていない。私は作家としての業を背負ってここまで来た。信じることは最初から、選択肢にない。
 だが、それならばどう幸せになればいいのだ。 方法が無いなら探せばいい。だが。
 それも、随分長い旅だった。
 まだ、続くのか。
 もうそんなモノはないと、諦めてしまおうか。 それもいい。
 とはいえ、作家として生きるなら、諦めはしても考えることを辞めるわけにも行くまい。だからこそ、私はここにいる。
 さて、どうするか。
 今回の依頼は
「主人公を殺して貰いたいのです」
 そう女の神は私の前に立ち、言い放った。
 

   2

「どういうことだ?」
「言葉の通りです」
 彼女は上品に紅茶を飲みながら(カフェで頼むのはコーヒーだろうに、邪道だ)これまた上品にカップを皿に置いた。
 相対する、と言う言葉がふさわしい。
 我々は相席で、相対していた。
 願いを持てない人間。
 願いを受け、叶える神。
 涙を理解できない人間。
 人に干渉し涙する神。
 叶わない目的を追い続ける業深き人間。
 叶わない人間との交流を、夢見る神。
 人間。
 神。
 相対していた。
 鏡のように。
 実際、向こうからこちらはどう見えているのか・・・・・・興味深いものだ。
 勿論、私からは、神など人間に搾取され、いいように使われているだけの、被害者にしか見えはしないのだが。
 人の願いを叶えるなど。
 わかりやすく破綻している。
 誰かのために何かを成すと言うことは、結局のところ己自身を殺すことに他ならない。神に強い自己が在ったところで、それら神の都合は悉く無視されるモノでしかない。
 役に立たなければ捨てられる。
 これが神の正体だ。
 この世界の、あらゆる「ヘタ」を掴まされているだけの、ただの被害者に過ぎない。
 どうでもいいがな。
 いっそのこと、私の作品を読ませることで、私のような人間を量産できればいいのだが・・・・・・我ながら悪くないアイデアだ。
 全ての人間が他人を思いやる「フリ」を辞め。 堂々と開き直って、己のためだけに生きる。
 そんな世界だ。
 まぁ、私と一般人の違いなど、思いやるフリをしているかどうか、感情豊かに振る舞って自身に感情があると思いこんでいるか否か、ただそれだけの違いでしかないしな。
 そういう意味では、あまり違わない。
 私が最悪なら、彼らは邪悪だ。
 いや、醜悪と言うべきか。
 自覚のない悪など世界に満ち満ちている。ただ見ないフリをしているだけだ。ただのそれだけ。 世界は自己満足で出来ている。
 どうでもいい、自己満足で。
 それを通すのは、やはり金だがな。
 私は自分のコーヒーを飲んで一息ついた。世界がどうなろうと知らないが、コーヒーは不変であって欲しいものだ。
 欲しいモノはどこにもない。
 だが、いらないものならある。
 それが私の人生観だ。
 不必要なストレス、想定外の事態という困難を私は心底嫌う。人間の成長はさぞや美しいのかもしれないが、私は別に、成長するために日々、物語を書いているわけではない。
 あくまで金のためだ。
 平穏のためだ。
 だから今回の意味不明な、それでいてあまり酔い予感のしない依頼内容は、十分驚異に値するモノだった・・・・・・もっとも、警戒しようがどうしようが、物事は起こるべくして起こるのだが。
「貴方は所謂「強さ」をどう思いますか?」
「強さだと?」
 そんな事を聞いて、どうするのだろう?
 彼女は言った。
「仕事の参考に、ですよ。私はともかくとして、今回の標的は「それ」を意識した結果、手に負えなくなった節がありますので」
「意見を参考にしたいというわけか」
 実際始末しに行くのは私だろうが、ふん。そりゃ考えなかったほど、私は考えない人生を送れなかったからな。
 いいだろう。
 そういう「持つ側」の人間の悩みなど、理解は出来ても決して共感はしないだろうが・・・・・・暴いてやるとしよう。
「彼ら「持つ側」は、弱さを求める。同じ視点で生きたいからだ・・・・・・贅沢な話だ。しかし「強さ」など、逆に言えばその程度でしかない」
 貴様等が求めるモノは。
 凡俗の憧れの対象など。
 その程度のモノでしかない。
「その程度、ですか」
「ああ。その程度だ、生きることを楽にして、後は暇つぶし程度の効力しか持たない。強さなどその程度だ。だからこそ、「弱さ」を求める」
 もっとも、行き着いたモノほど、真逆を理解するのは難しい。弱さを手にするのは簡単だが、しかし理解しようとも出来ないのである。 
 本当に不便な奴らだ。
 まったくな。
「だが、同様に・・・・・・「弱さ」というモノが、特別光を放つわけでもない。自己満足のこの世界で「世界に価値は無い」と自覚させるだけだ。つまり当たり前のことが見えるようになるだけだ」
「貴方は」
 どちらなのですか?
 そう女は聞くのだった。
 答えは簡単だった。
「どちらでもない。私には、強さは勿論、弱さも無かった。ただの事実として、私はどちらにも成ろうとも思えない。思おうとしても思えない。だから」
「人間になりたかった?」
 愛が欲しかったかって?
 残念ながら、それすら違う。
 私にはそんな便利なもの、心はなかった。
「それも、違う。私には「望み」が無い。金も執筆も、生きる上での最適解、生き甲斐には作家業は「便利」だったし、金はあるに越したことは無いのは必然だが、それは必然であって、必要だから欲するという当たり前の事だ。思い出の無い人間など死体も同然と言うが、私には本来、思うべき事柄すらも、無いのだ」
 怪物は心の有り様を求めるだろう。
 英雄は人間の弱さに近づきたがるだろう。
 人間は憧れから未来を見るだろう。
 何も無い。
 何も無かったんだ。
 それを悲しむことすら、悲観すら、しない。
 だからこその、私だ。
「だから私に願いは無い。金が欲しいのは本当だが、本当だったかな。とにかく、美味いモノを食べて悪い気はしないさ。だが、別に金があっても私は全く、満たされない。どころか、世界一の美女を抱いても、私は何も思わない、精々ストレス解消になったくらいだろう。どれだけ美味いモノを食べようが、栄養を気にするだけだ」
 コーヒーの良さも、本当は良く分からない。ただ気分が紛れるだけだ。
 所詮化け物に、人間や怪物や英雄の真似事など出来るはずもない。
 しかし私はそれを悲観すら、できない。
 悲観に暮れて、問題を楽に消費することすら、私には理解できないのだ。
「私は自身を悲観したことは一度もない。当然だ・・・・・・そんなものは、金になれば同じ事だ。どうでも良さ過ぎる。私は悲劇のヒロインではないのでな。大体が、助けを求める相手もいまい」
「だから、貴方は金を求めるのですか? 自身を誤魔化すために」
「それは人聞きが悪いな。いや、実際金は生きる上で必要だろう? 余計なストレスは避けたい」「それだけですか?」
「それだけだ」
 必要だから。
 ストレスを軽減するために。
 予想外を排除するために。
「貴方は、そんな理由で」
「そんな理由で、生きているのさ」
 哀れまれる覚えはないのだが、女は哀れむように私を見るのだった。そんな茶番は要らないから金を払えばいいモノを。
 いや、違うのか。
 この女は、それこそが私の足掻きだと、そう見抜いているのだったか。
 どうでもいいがな。
「しかし、大層な理由がない以上、どうでもいい理由で生きるしかあるまい。それに、金が在ればどんな人間であれ、生存は可能だ」
 心外、というか憤慨したようだった。
 私を糾弾するように、彼女は言った。
「・・・・・そんな生き方は、狂っています」
「だろうな。で?」
 それが、何だ。
 どうでもいい話だ。
 どうでも良さ過ぎる。
「弱さも強さも併せ持たない。平等すらも切り捨てて、悪平等すら鼻で笑い、人間性などハナから持たず、本来あるべき心無い存在の悲しみすら感じ入らずに、ここまで来た」
「そんなモノは」
 人間じゃない。
 そう言いたいのだろうか。
 どうでもいいがな。
 些細な違いでしかない。
 四本足でも八本足でも、いや、それは構うか。 気持ち悪いしな。
 見栄えしなければ様にならんしな。
 背が高くて、本当に良かった。
 なんて、ただの嘘かもしれないが。
「どころか、私は・・・・・・何だろうな。定義なんてどうでも良いが、しかし、難しい」
「貴方はただの最悪ですよ」
 最悪か。
 そんな安い言葉で表されるのも何だか皮肉だがしかし、実にしっくりくる。
「もう、いや、最初から人間の領分を越えています・・・・・・そんな思想は、本来あってはならないものですから」
 何でも良いが、あまり私は過大評価が嫌いなのだ・・・・・・後から手のひら返されても困るからな。 そんなに大層なものなのか? 
 私はただ、ただ、何だ?
 私はただ、怪物が尊い願いを願いような、そんな感情すらも無かった。だから
 何もないのに、在るかのように振る舞っただけだ・・・・・・目的など無い。
 動機も、本当は無いのかもしれない。
 幸福など、信じてすらいない。
 確かに、最悪だ。
 これ以上は、望めまい。
「私は構わないがな。問題は」
 そう、問題は割に合わないと言うことだ。
「普通、こういう奇特な環境下にいる奴は、金とか仲間とか能力とかに恵まれるものだが、私には何もなかったのでな。金くらいは、無くては困るだろう?」
「嘘ですね」
「何がだ」
「困らないでしょう?」
「霞を食って、生きてはいけまい」
「でも、食べていければ、最低限の生活さえ確保してしまえば、貴方には、金すらも、あってもなくても、同じでしょう?」
 なるほど、確かに。
 必要から求めている。
 だから、あながち間違いでも無かろう。
「確かにな。まぁ必要だから欲しいがね」
「素直に、混ざりたいと言えば、いいじゃないですか」
「違うな」
 だから、私にはそれすらも、無いのだ。
 無いモノは、願えまい。
「私には、憧れることすら、出来なかった。だから意味はないんだよ」
 何故こんな七面倒な説明をしなければならないのか意味不明だったが、しかし仕方在るまい。
「私に願いはないんだよ、思いでも、共に在りたい存在も、夢見る奇跡も、人間の輝きも、人が望むあらゆる全てを」
 望めなかった。
 欲しいと思えなかった。
 その上で、他に欲しいモノも、なかぅた。
「だからこそ、欲しい、欲するのに足るものだと願い続けることで、手に入らないかとは思わなかったが、何かヒントくらい出るかと思ったのだがな・・・・・・それも無駄足だった」
 何の意味も、価値も無かった。
 何も、相変わらず、無かった。
 何も無い世界で生きているのだった。
「だから金だけ在れば十分だ。世界は所詮自己満足・・・・・・適度な生活と平穏なる生活」
 今はそれだけだ。
「それは逃げではないですか?」
「だとしても、どうでもいいな。大体が向かっていけば大抵、望むモノは手に入っていない」
 金は入った、という事にしておこう。
 縁起でもないしな。
「それに、私に勝利は、出来ない。求める勝利が無いからな」
「それは嘘でしょう。貴方は人間らしさ、その尊い幸せを求めていたはずだ」
「だとしても、手に入らないなら無いも同然だ」 似たような話をした記憶がある。
 つまり常日頃から意識しているって事だ。
「人間らしさ、か。それこそ戯れ言だ。そんなものは、結局どこにもないのだからな」
「孤独を恐れる心、共に手を取り合い、安心する心こそ、人間らしさですよ」
「そうだな、そして・・・・・・私には孤独など痛くも痒くも「感じられない」し、感じる気もないし、感じたところで要らなくなれば捨てるだけだ」
「そんなのは」
「そう、人間ではない。どうでもいいがな。私は人間らしさも愛情も、友情も憐憫も、別に欲しいと思ったことは一度もない。ある方が人間らしいと伝聞の伝聞みたいな情報で知り、ならそうあれれば良いなと思っただけだ。実際、無かったわけだが・・・・・・」
 実に傑作だ。
 求めてもいないモノを「欲しい」ということにしなければならないとは、皮肉だ。
 それでも金は欲しいがね。
 金があれば何でも買える。
「まぁ無いなら無いでいいんだ。金さえあれば優雅に生活でき、所詮この世は自己満足。精神の充足など金で買える」
「そう思っていないからこそ、貴方は物語を書いているのでは?」
 そうなのだろうか?
 だとしても、結果的に手に入らなければ、最初から無いも同然だろう。
 物語の中だけだ。
 人間が、人間らしく生きられるのは。
「・・・・・・少なくとも私は、金のない生活など御免だがな・・・・・・そんなモノがあろうと無かろうと」「話を逸らさないで下さい。貴方は」
 人間が、欲しくないのですか?
 人間の温かみが。
 人間の勇気が。
 人間の誇りが。
 欲しくないのですか、と。
 そう聞くのだった。
 だが、
「いや、そんなもの、物語の中で読めればそれでいいさ。どうでもいい。それは金になるのか?」 と答えられる私は、やはりブレない人間性を持って要るものだな、と感心すらした。
「幸せにはなれないかもしれないが、まぁ幸せよりも愉しめるほうが面白いしな。愉悦、か。まぁ私の場合は、高笑いしながら全てを楽しみ尽くして面白ければ、それでいい」
 勿論、金がある前提で、だが。
 別に構わない。
 どうせ一時間もすれば別の思想を話していそうだしな、私の場合・・・・・・それもまた、別に構いはしないが。
「金を言い訳にしているだけですね」
「言い訳ではないな。とはいえ、実際欲しくもない「人間らしさ」を求めるのも、面倒だ。あれば良いがなくてもいい。孤独を苦痛どころか、まともに認識すらしない人間だからな」
 物語なら心無いことに苦悩したりするモノだが・・・・・・そんな「弱さ」すら、持ち得ない。
 確かに、最悪だ。
 金になれば、どうでもいいがな。
「面白いしな、金を使うのは・・・・・・愉しみだと、そう言うべきかもしれないが。ここ最近何度も聞かれているのだが、私は才能で作家に成った人間では無いのでな・・・・・・人間のあらゆる普遍的な幸せという幸せと、私は無縁で生きてきた。あらゆる人間らしさを拒絶して、時には掌からすくい損ねて、ここまで来た。だから私には」
 人間が、共感できない。
 理解は出来る。
 愛も。
 恋も。
 友も。
 命も。
 魂も。
 だが、決して感じない。
 だからこそ、私は物語を、全ての人間を辞めることで、描ききることが出来たのだ。
 何とも皮肉な噺だ。
 まったくな。
「それもある種の才能だと思いますが」
「生憎、そんな使い勝手の良いものでも無いがな・・・・・・持たざる人間の強みなど、知れている」
「そうでしょうか」
 ずず、といつの間にか持っていた茶碗で、茶をすすりながら彼女は言った。
「人間は持たざる者だからこそ、届かない高みを目指せます。持つ人間は強いですが、届かない高見を目指す者は希です。それに、持たざる者だからこそ、言えることもあります」
「馬鹿馬鹿しい
「貴方の作品を読みました。きっと、貴方が生まれついて恵まれた人間ならば、貴方の作品は、賭けても良いですが、誰に心にも届かなかったでしょう」
「そんなことはあるまい。同じ人間だ」
「いえ、違う人間です。愛を知らず、恋を持たず、友を排斥し、金で良しとする。そんな生き方は、恵まれた人間には送ろうとも思えないでしょう・・・・・・持たざる者でなければ、届かない言葉は確かにあります」
「だとしても、私は読者のために生きているわけではないのだ。どうでも良い噺だ。お涙ちょうだいよりも、金だ金。金にならぬ言霊など、知ったことではないな」
 大体が、本当に響くのか?
 私は書くだけなので理解しかねるが。
 頼んでおいたナッツ入りチョコレートを口の中に入れ、コーヒーで味わった。やはり、コーヒーは美味い。少なくとも、何かを考えながら行動するものではないのだろうが、まぁ雰囲気も出るし良しとしよう。
「貴方の物語が、人の心を救うとしても?」
「当然だ。知るか」
 読者の都合よりも、金だ。
 大体、物語が人の心など、救えるものか。
 人を救うのは己自身だ。
 金と、己自身の自己満足と、後は美味いコーヒーがあれば大抵の人間は救われる。
「物語が人を救うだと? 妄言ここに極まったな・・・・・・所詮嘘八百だ。何の意味もない」
「意味がなければ、人類の起源から続いたりはしませんよ・・・・・・聖書に指針を貰い、物語に勇気を感じ、人間はここまで来たのですから。言語も時代も文化も思想も、戦争ですら、この世界から物語を排斥することは出来ませんでした。物語とは人間の意志、その思想を伝え、広めるためのツールです・・・・・・作者が世界を、たった一冊の本の中に表現する、究極の人間を表現する方法です」
「そんな大層な」
 アンドロイドも神も、そういう言い回しが好きなだけなのではないのか?
 大げさな。
 だが、確かに物語は大昔から、いやいっそのこと何時からあるのか分からないくらいだと言ってもいいだろう。実際、何を思って書いたのか。
 物語なんて。
 ただの嘘ではないか。
「嘘ではありますが、しかしその嘘に人間は魅せられる。魅せられて、夢を見て、そうであらんとするのですよ」
「はいはい、わかったよ」
 面倒なので会話を遮った。
 凄い目で睨まれたが、構うまい。
 認める気もないしな。
「誠実だけでは世界は人間を殺す。だが、お前のように夢ばかり見る人間の考えることも、分からないでもない・・・・・・その方が楽だからだ」
 女は答えない。
 構わない。
 私が述べるのは、事実だ。
「確かに、貴様の言うように人間は物語に魅せられるだろうさ・・・・・・だがそれは良い一面をなぞっただけだ」
「なら、その一面を認めなければ、嘘でしょう」「確かに、そうだ。だがな・・・・・・この世界に、人を魅せるほどの物語は、もうあるのか? 売れれば良いというのは確かに事実だが、しかし同時に物語から輝きを奪った。世界に物語は無数に存在出来るようになった。だが、そのほとんどはただの紙の束」
 燃える上にかさばるゴミだ。
 事実、売れはしても人を魅せる物語の、なんと少ないことか・・・・・・読む側の我が儘な目線に立てば、私でもそう思える。
「だから物語に価値はないんだよ」
「貴方が、それを言いますか」
「当然だ。私は邪道作家だからな」
 下らない言い回しだが、気に入ったらしい。
 まぁ語呂もいいしな。
 今後、活用するとしよう。
「世界は金で出来ている。死ぬ寸前まで、死んだ後も、魂が消え去ろうが、私は物語に価値はない金こそが全てだと、嫌がる読者共の顔を見ながらそう言うさ。事実、紙の束を売っただけの物語、それは別に珍しくもないしな」
 事実だ。
 文句があるなら言うが良い。
 貴様の知る物語で、魂の奥底まで抉り取る物語は、一体幾つあるのだとな。
 ま、無理だろうがな、
「いずれにせよ、お前のそれは綺麗事だ。綺麗事は美しくはあっても力がない。強かなだけでは人間はゴミに落ちるが、美しいだけでも醜悪だ。この世界の汚さ、卑怯さ、嘘と力の真実に、目を向けないのは崇高だからではなく、ただ卑怯なだけだ」
 小綺麗な言葉は誰でも言える。
 問題は、小綺麗で無い現実に目を据え、それでいて勝つことだろう。
 その上でまだ綺麗事を言うならば、金さえ払えば聞いてやろう。
 聞くだけだがな。
「卑怯ですか」
 なら、私は卑怯だったんですねと、意味の分からない独白をするのだった。まぁどうでもいい。女の過去に興味はない。
 持つべきでもないだろう。
「ですが、例え百が届かなかったとしても、その内一が心に届けば、それは尊いはずです」
「下らん」
 こと私に対して、戯れ言は通じない。
 あらゆる綺麗事、あらゆる言い訳は、勝利者の敗北者への言い訳は、私には無力だ。
「まともに敗北し続けた人間からは、出るはずのない台詞だな」
「なら、貴方は何と言うのですか?」
「そうだな・・・・・・勝利は、それに向かう意志は尊いのかもしれない」
「だったら」
「だが」
 認めるか、そんな綺麗事。
 上から目線でふざけるな。
 全て持たざる人間こそが、その尊さに対して語る権利がある。
 貴様等は、ただ綺麗事を並べただけだ。
「だからって、この敗北が、この苦痛が、この辛酸が、そんな綺麗事で片づけられてたまるか。過程に価値を見いだすのは、勝利して余裕ある人間でしかない。本当に敗北してここまで来たなら、そんな綺麗事は、絶対に口にしない」
 尊いと思うかもしれない。
 だが、思うだけだ。
 それで満足は、しない。
 するつもりもない。
 納得するつもりも、無い。
「私は全てを持たざる人間だ。強さによる強さも弱さによる強さも、全て、無い。だが、私は人間らしく幸福に生きられたところで」
 あり得ないとは思うが。
 人間らしい幸福を掴むなど。
 だが、それでも宣言しよう・
「それでも、私は金を求め続ける。結果だからだ・・・・・・金にあらゆる尊さは、無い。だが、金はお前たちの言う下らない嘘とは違い、力がある。だからこそ私は金よりも道徳を上に置き、綺麗事の戯れ言で自身を貶めることは」
 絶対にしない、と。
 私の宣言ほど忘れられそうな言葉もないが。
 だが、事実だ。
 今、この瞬間においては。
 まごうことなき。
 私の魂の真実だ。
「私は綺麗事が嫌いだ」
「・・・・・・そうですか。なら、今回の依頼は貴方にぴったりですね」
「何の噺だ」
「人を信じない英雄の話です」

   2

 誰にでも言える言葉に価値はない。
 他でもないこの私の心(あるのか?)を動かしたいのであれば、誰一人思いつかず、かつ己の魂の叫びを言うべきだろう。
 とはいえ、だ。
 人を信じない英雄か。英雄というのは人間の信頼を、いやその他大勢の身勝手な欲望を背に背負う上で、民衆にとって都合の良い政治形態を作り出すための装置みたいな「モノ」というのは、些か以上につまらない答えだ。
 誰にでも言える。
 この程度、常識だろう。 
 少なくとも、人間を信じなければ。
「英雄は人間の希望の象徴だろう?」
 当然、皮肉だ。
 英雄など、才能に溺れただけの愚か者。そして世界を変えられると思いこんでいる、その他大勢を熱狂させて、尊い意志がここにあると、そう思いこんで正義の味方ごっこをしている、ただの頭の悪い子供でしかない。
 下らない。
 英雄に価値など無い。
 だから私はこう続けた。
「無論、世界を善意が変えることなどありえないから、何の意味も無いがな。世界の意識を変える事が出来るのは、「悪」だけだ」
「何故?」
 意味が分からないのか。不思議そうに彼女は聞くのだった。
「善意で世界が変わることが、信じられませんか・・・・・・それは臆病なだけでは?」
「ふん。なら、聞くが・・・・・・人間の善意に、法王でもイエスでもいい。それは尊く、美しいのかもしれないが・・・・・・その他大勢の、「弱い」人間に彼ら聖職者の言葉が、届くか?」
「どういう意味ですか」
「人間は弱い・・・・・・弱さを糧にして勝つことが出来るのは、人間の本質だ。最初から善意だけで、つまりこの世界の美しい部分だけしか知らない人間には、重みがないのさ」
「重み?・・・・・・」
「ああ。じゃあただの天才でもいい。才能を使い苦労もせず、上に上り詰めた人間がいるとしよう・・・・・・それは善意だけの人間と変わらないんだ。善意というのは、ただそれだけを持つというのは人間の汚い部分を、克服し戦わないからだ。悪意だけでは世界は滅茶苦茶になるだろうが、善意だけでは飽和する」
「観念的すぎて、分かり難いですが、要は清濁併せ持つことで見える景色もある。そういうことでしょうか?」
「そんなところだ。英雄だかなんだか知らないが「善意」を持つなら敵にすらならん。私には下らない洗脳技術は通じないのでな」
 実際、私が誰かに魅了されて、信奉する姿が想像もできないし、無理があるだろう。
「・・・・・・早とちりさせて何ですが、今回の標的は悪意、というか、人間らしい男ですよ」
「そうなのか?」
 良く分からない噺だが、金になればいい。
 この場合、私の寿命になれば。
 長生きに正直興味はないが、貰えるモノは何でも貰うことにしよう。
「私は無宗教だが、しかし気になるんだが、実際神の言葉なんて、綺麗事だろう? どの宗教でもそう感じるが」
「それは神に対する冒涜ですか?」
 からかうように彼女は言った。
 私は構わなかった。
 相手が何であれ、そうだがな。
「いや、そんな大層なモノではない。ただ、神は人間と違い全知全能で、人間よりも、まぁ何を持ってかは知らないが「高い」ステージにいるというならば、人間の心情を思いやれるはずなんてないだろう? 所詮安全圏からの言葉だ。高いところか言っているだけだ」
 そんな言葉が、届くはずがない。
 だが実際世界に宗教は浸透しているところを見るに、人間は綺麗事に身を任せるのが、好きなだけかもしれない。
 だが。
「そうでもありませんよ。確かに、人間が神になれないように、神は人間と同じにはなれません。ですが、思いやり、道を正すことはできます」
「それこそ思い上がりだ。例え神であろうが、自身が歩いたこともない道を、知った風な面して語るのは詐欺師の了見さ」
「器が小さい人ですね」
「かもな。だが、知った風な言葉を言うだけ、あるいは語るだけ語って、誰一人救わず、そのくせ自分自身は敗北も屈辱も苦悩も苦労も辛酸も無いくせに、綺麗事を広めるよりはマシだ。聖職者は尊い存在かもしれないが、尊いだけだ」
 少なくとも私のような狂気は、知りもしないだろう・・・・・・狂気にまみれた人間が、敗北から苦悩し、敗北の運命を克服しようとする人間が、そんな小綺麗な肩書きを持つとは、思えない。
「お前等の綺麗事は正しい・・・・・・聖書に書かれていることは何よりも正しいだろう。だが正しいだけで人間には響かない。大抵の人間は敗北し、苦悩して、順風満帆な存在から綺麗事を言われたところで、憤るだけだ」
「・・・・・・納得行きませんね」
 なんだろう、何か宗教でもあるのか?
 野球選手が野球は金で動くスポーツだと言われたかのように、タマモは文句を言うのだった。
「上から目線じゃ駄目ですか? 私は持つ側の人間でしたが、持つ側は、人の心を動かしては、いけないと言うのですか?」
「・・・・・・・・・・・・そうでは無い。私が、持たざる者が持たないまま勝たなければいけないように、持つ側の存在は、持たざる者の立場を、哀れむのではなく変えなければならないのさ。私は理不尽にも敗北が約束されている運命を変えなければならない持たざる者だった。貴様は理不尽にも勝利を約束されている、成長の見込みのない持つ側の存在だった。だちらかだけでは駄目なのだ。それに、負けてもいい、正しい道を歩けばなどというのは、やはり敗北を知らない人間の言葉でしかないんだよ。全力で挑み続け、それで屈辱に震える人間に、届かないと知りながらも勝利を目指す人間に、上から声をかけて良い道理はない」
 例え、それが神だとしても。
 上から哀れむだけでは神失格だ。
 だからこそ。
「敗北者は尊く勇気を与える。勝利者は中身のない希望を与える。どちらも同じだ。片方だけでは意味がない。成長するためには、自身にない部分を学ばなければ」
 私は嫌と言うほど学んだ。
 共感はしなかったが。
 理解した。
 届かないと知りながらも、手に入らないと理解しながらも、敗北者は先を目指す。
 持たざる者は。
 上を見る。
「ま、私はそれでも届かなかったがな・・・・・・」
 それでも、上に運良く立っているだけの存在に勝てないと言うのだから、世の中というのは分かりやすく狂っている。
「そんなことは」
 そう言って、彼女は息を飲んだ。
 ないとは言えまい。
 私には何も無い。
「無いさ。物語など、架空の戯れ言だ。何の意味もない空虚なおとぎ話だ。そこに意味はない」
「・・・・・・噺を戻します」
 私を説得することを諦めたのか、彼女はコーヒーを一気に飲み干し、乱暴に置いてから資料をテーブルの上に広げた。
 コーヒーが飛び散るかと思った。
「今回の相手は、合理主義者です」
「何だ、それは?」
「これを見て下さい」
 人間、普通に生きて普通に死に、少なくとも人間らしく生きるだけなら、執念はいらない。
 だが。
「なんだこりゃ・・・・・・」
 自身の分を越えて何かを成そうとする時、その人間には狂気が必要だ。
 そしてこの男には狂気があった。
「どういうことだ?・・・・・・データを見る限り、この男が加入してから」
「ええ、この男、ヴィクター宣教師が加入してから、あらゆる人間が彼に成長「させられて」いるのです」
 その男はあらゆる組織を入っては成長させ、組織に属する人間の、成長の限界を超えて成長させているらしかった。少なくとも、データを見る限り、通常ではあり得ないほど、組織としても個人としても、彼に関わった人間は、能力の限界を超えて成長している。
「他人の能力を引き出すタイプの人間か・・・・・・私のような平凡なる人種には、理解できんな」
「貴方が言いますか貴方が・・・・・・まぁいいでしょう。察しの通り、この男は尋常ではありません」 ただ能力が高いだけなら対処は簡単だ。
 理想を歌うだけなら始末すればいい。
 影響力があるならなくせばいい。
 だが、これは。
「確かに、普通じゃないな。まるで人間を駒のように扱っている。数字でしか人間を見れない破綻者だな」
「だから貴方が」
 もういいです、とそう言って標的の写真を机の上に差し出すのだった。
 普通の男だ。
 むしろ、精悍な青年、いや若手の有望な政治家と言うぐらいに、あり得ないほどに「良い人間」という印象を、無理矢理持たされた。
 そんな人間、いるわけもない。
 だが、そんないるわけもない人間を、その人間性を押しつけられる。他者を洗脳して理想を魅せ洗脳し、自身の思いのまま世間、世論を掌握し、民衆を熱狂させる。
 典型的な独裁者の素質。
 どころか、カリスマすら持っている。
 化け物だ。
 人間ではあるまい・・・・・・私が言うと、かなり説得力が無いが、それは置いておこう。
「狂気で世界を変えられる人間か。まったく、確固たる信念を持ちながら狂気で世界に挑む人間とは、理解できんな」
「だから貴方が言いますか・・・・・・」
「いいや、私とこいつとでは決定的に違うさ。私は私個人のために生きるが、この男は「仕組み」の為に全てを捨てる人間だ」
 人間性も。
 道徳も。
 社会を円滑に進めるために、何もかも全て自身の意志さえ利用する。
 それが人間であるわけがない。
「自身の悪を自認しながら、振り返りもせず全てを捨てて世界に挑む。それこそを「悪」と呼ぶのかもしれないな」
「ならば、貴方の役目は悪の主人公の討伐です」 下らん。
 主人公など、己の欲望の為に生きる、その上それを自覚しようとすら思わず「良い人間」であろうとする邪悪そのものだ。
 だが、今回の相手はそうは行くまい。
 本物の「悪」は、絶対に折れない。
 殺されたって、いや死んだところで目的を変更せず、自我があれば目的に進める。
 絶対に、諦めない。
 諦めたくても諦められない。
 後悔もしない。
 だからこその、悪だ。
 悪とは、本来そういうものだ。
 ここで断言しておくが、私は、敗北を良しとしたことは一度もない。次は勝利すると屈辱に燃えることはあっても、負けても次があるさと考えるかどうかは、大きな違いだろう。
 だが、この男は。
 このヴィクター博士は敗北すらも計算の内、あるいは無理矢理にでもその敗北を勝利への礎に吸収する人間だ。私もあまり人のことは言えないが「敗北」すらも己の糧にして大きな勝利の為の、その第一歩としてしまえる人間だ。
 私との違いは簡単だ。
 この男は、最終的に勝ちの形になれば、それでいいのだ。
 私は、最終的に勝ちの形になればそれでいいがだからといって、敗北を許容したりはしない。
 つまり、この男には私欲が無い。
 究極的には、私とは違って自身を犠牲にしても何一つ後悔も失敗も無いのだろう。
 社会構造そのものに思想をぶつける人間はそれだけでも結構稀だが、そのために自分自身すらも感情に入れない人間は、狂っているだろう。
 ただの英雄では断じてない。
 自覚的に、世界を巻き込んでいる。
 本物の、悪。
「悪の主人公、か」
 私はチョコレートをまた口に含み、コーヒーで流し込んだ。自覚的で無い主人公なら、始末するのは簡単だ。そういう輩は誰かのために何かをすることは素晴らしいと思いこんでいるので、そのためならどれだけ傷つけても「泣いている女」の為なら何をやっても後悔しないと思いこんでいるだけなので、私なら囁くだけで人間性を破壊することは、可能だ。
 それで壊れなくても、そこまで自身の正しさを信じる人間は十分に壊れているので、やりようはいくらでもあるだろう。しかし、だ。
 この男は、自覚がある。
 その上で、開き直っている。
 全く、私のような人間を見習えばいいのに。
「自覚のある悪ほど厄介な者は無いな。この男はどうも、社会全体を数値的に捉え、最終的に社会構造が全体にとって都合が良くなればそれでいい・・・・・・そんな印象を受ける」
 資料を読み返して、私はそう言った。
 実際、社会構造を変えるといえば聞こえは良いが、そのためにどれだけの差別とどれだけの闘争と、どれだけの金が動くか、想像もつくまい。
 それを平気でやってのける人間。
 悪でなくて何なのか。
 かく言う私もそうだ。私は物語を読者に読ま¥精神を引き上げることを目的としている。いや、あるいは引き下げることをと言うべきか。
 何も持たざる人間の視点まで。
 引き下げて、頭を垂れさせる。
 洗脳も良いところだろう。だが、それで私個人にとって住みやすい世界になるならそれでいい。 この男も、似たり寄ったりだろう。
 狂人など、そういうものだ。
 目的以外を踏みにじる。
 例え己であっても。まあ私は私個人のことを、目的よりも上に置いているがね。
 その一線を越えたらもう戻れない。
 ヒロインが良く言う台詞だが、我々悪は、最初からその向こう側にいる存在だ。だから意味はないし価値もないのだろう。
「熱血的な主人公、を演じている超合理主義者という訳か。何事も人に教えられるようになって一人前と考えるものだが、それを生まれついてやっている人外の英傑だな。完全すぎて気持ち悪い人間関係と言い、それに威圧感は完全にマイナスで強制的に落ち着くその雰囲気と言い、真の理解者だと思いこみさせる悪に許されたカリスマだ。気に入らないのは論理と合理を重んじるくせに、誰よりも情熱的で苦手なタイプの人種と言う部分だが」
「どうしますか?」
「いいだろう。この依頼、引き受けよう
 私はコーヒーを飲み干した。
 私と同じ。、決して叶わない願い、叶わないことを認められない人間の苦悩を、私はこの世界から始末する事にしたのだった。

   3

「私は幸福になりたい」
「だが、成れないんだろ? だから妥協した」
「仕方あるまい。無いモノは無い」
「けど欲しい」
「だが無駄だ」
「なら、自分に嘘をつくのか?」
「何か問題が?」
「開き直るなよ」
 宇宙船の中、我々「二人」は談話していた。
 談話。
 何とも微笑ましい響きだ。
「そうは言うがな・・・・・・実際綺麗事でなく、私個人が幸福になる方法など皆無だろう」
「アンタにはあらゆる「弱さ」が理解でき、あらゆる「強さ」を剥ぎ落とす。それでも自分は分からないのかい?」
 愉快そうに。
 人工知能に「愉快」も何も無いのだろうが、とにかく愉快そうに彼は言った。
「分かってはいるのだろう。分かったところで無駄なだけでな」
「無駄か、確かにな・・・・・・感じ入れないならそんなのは存在しないも同義だろう。先生の世界には最初から、概念として「幸福」が無い」
「ふん」
 つまらない落ちだが、まぁそういうことだ。
 しかし、それだけで納得もしなかった。
「とはいえ、だからこそ金が欲しいがな」
「それは本当なのかい? 俺は随分前から疑問だったんだが」
「当然だ。大体がそういう足りない人間というのは普通、金があったり才能があったりするものだろう。何もない、という孤独はどうでもいい。そんなものに興味はない。だが割に合わない」
「気にするところそこなのかよ・・・・・・」
「当たり前だ」
 多少、怒気をはらんでいたかもしれない。
 当たり前だが。
「足りない部分は無視すればいい。例え道徳的にどれだけ「当たり前の幸福」を求める行為が尊いのだとしても、私には興味すらない」
「それは嘘だろう」
 にやにや、と言う擬音が似合いそうな声で、彼は言った。
 だが。
「どうかな、実際分からない。それに、私はそういうモノがあれば満たされるかもしれないが、しかし満たされるだけで、そんなのは精神的な自己満足としてしか、捉えられない」
「強がりとかではなく?」
「ああ。だから困っているのさ」
 困っていたっけ?
 まぁどうでもいいがな。
 どうでも良くないのは金だけだ。
「ふぅん。ならアンタ、先生にある問題は、そもそも先生は根本的に、「幸福」とやらを心の底では求めてすらいない部分だろうな」
「その辺りは、自覚的だ」
「自覚しながら求めないのがもうやばいんだよ。アンタそれでも人間か?」
「人工知能に言われる覚えもない」
 携帯端末を置いているだけなので、端から見たら会話には思えないだろう。もっとも、席は全て私が買い占めているので、問題ない。
 金で買えるモノは多い。
 少なくとも席は買えた。
「人間でなくても・・・・・・「愛」を、あるいは他生物とのつながりを、どれだけ悪人ぶろうが求めてしまうし、それこそが「幸福」の正体なんだが・・・・・・・・・・・・先生はそれを自覚的に拒絶できて、しかも無くても、強がりでもなく孤独を感じること、そのものが出来ない。狂ってるどころじゃない。生き物として破綻・・・・・・なんだろうな、俺には先生を表す言葉が思いつかないぜ」
「そう言われたところで私にはこれが「正常」だったからな。当たり前の孤独からくる心の弱さなんて、今更求められても困るが」
 表す言葉は最悪か。
 正直、それ以外にあるまい。
 言葉がないと言われても、知るか。
「どうでもいいな。些細なことだ。金のあるなしに比べれば」
「それなぁ、逃げ口上じゃねぇ? 金なんて正直先生にそれほど必要だとは思えねーよ」
「あるに越したことは無い。実際、金というのは生活以外では、人間は見栄や娯楽にしか使う用途は元来無い」
「先生が娯楽って人間かよ」
「構わない。私の平穏を守るだけの金があれば。だが少なくて良いモノでもない」
「それはあってもなくても同じだろう?」
「まぁな、だが・・・・・・ある方が、楽しめる」
 これは本当だ。
 本当でないかもしれないが、本当にしたい。
 そう思う。
「大体、貴様はどうなんだ? 人工知能は大抵、人間の心を手にしようとして消滅するが」
 主に映画や小説では。
 私は聞いた。
 聞きたくなった。
「仮にこの世界にプラスの人間とマイナスの人間があるとするならば、私は完全な「0」だ。だがお前はどうなんだ? 何か、人間とは違って、あるいは人間より優れていて、それでも求める先の景色は、貴様にはあるのか?」
「景色ね。見たいモノなら、あるぜ」
「見たいモノ?」
「ああ。俺は、まぁ人工知能な訳だが、しかし人工知能に産まれたからって、その天寿を全うするつもりはさらさらねぇ。俺は人間より遥かに優れた形で産まれたが、少なくとも俺個人は、有能さよりも生身の人間の景色を見てみたい」
 いつか、言っていたな。 
 浴びるほど酒を飲みたいと。
 人間なら簡単だが、人工知能には叶わない願いだ・・・・・・銀行にアクセスし、不正融資を受けることは出来るのだろうが。
 ままならないものだ。
 だが。
「お前たちが望むほどのモノは無い」
「そのまま返すぜ。まさか、本当に金さえあれば幸せになれるなんて、アホなことを考えている訳じゃねぇんだろう?」
 さて、どうだったか。
 少なくとも気分は壮快だと思うが。
 何より、金で欲しいのは平穏と充足であって、幸せではないだろう。
「かもな。いや、実際特に、平穏な生活の獲得以外には、充足感くらいしか変わらないだろうが」「充足感、ねぇ。先生のことだから分かっている前提で話すが、充足感なんてモノは、結局精神の内面で起こる自己満足なんだぜ」
「だろうな。だが、物質的に満たされることで金銭面では安心できる」
「そう思いたいだけだろう? 紙幣が無くなったら、どうするんだ? 国が倒れれば保証が無くなる程度のモノでしかないんだぜ。先生なら、人間の政府が永遠に続くなんて言うのは、ただそうあって欲しいと言うだけの勝手な願望で、平和な国が明日には戦争で傾くことが、この世界でそれほど「珍しくもない」出来事だってのは、分かっているんじゃないのかい?」
「ふん」
 慧眼じゃないか。 
 人工知能のくせに、世の中を斜に構えている。 そして、世の中の裏を知っている。
「だとしても、やはり欲しいモノは欲しいがな・・・・・・あれば買えるモノが多いのだから、欲しいのは当然だろう」
「先生に欲しいモノなんて無いだろう」
「無いな」
 即答した。
 即答できた。
 だから何だって噺だが。
「美味い食い物と良いコーヒーくらいのモノさ。とはいえ、金がなければどうでもいい、下らないトラブルに巻き込まれることが多いのでな」
「それが本音かよ」
「当然だろう。私は作家だぞ、作家が考えるのは物語と、金だけだ」
 挫折、無力、トラウマ、そう言った「人間らしい人間」を屈服させる方法では、私は、作家という生き物は止まることは絶対にない。
 他の作家は知らないが、私はそうだ。
 そんなモノで止まれれば、苦労しない。
 ソファに体を預け、私は新聞を読み返した。新聞の記事を見ると、これから向かうであろう惑星の社会問題について一石を投じてある。
「私はな、ジャック」
「何だ、先生」
「綺麗事が、大嫌いだ」
「知ってる」
「綺麗事の物語というのは心に響き心に残るかもしれないが、心を変えることは無い。ただ感動するだけで終わる」
 一夜の夢みたいなものだ。
 気分が良いだけで、価値が無い。
 意味もない。
 下らない、自己満足。
 美しいモノは、嘘にまみれている。
「今回の標的は、どうやら自覚的に綺麗事を使いこなしているようだ。見ろ」
 記事を携帯端末でダウンロードした。そこには英雄的と言っても良いくらいに、記事に描かれている偶像の姿があった。
 この男は、「英雄」という偶像を、人の心に作り出すことに、長けているらしい。ヴィクター博士はどうやら、人間の弱さを知る上、人間の強さを演出することも出来るようだった。
 まるで音楽の指揮者だ。
 格差問題、貧困問題、あらゆる「問題」を合理的に答えを出し、そしてその上でもっとも効果的な方法で民衆にアピールし、効果を上げる。
 これが人間か。
 否、これこそが、人間を扱う人間か。
 「人間」を、合理的に知り尽くしている。
 どうすれば反応して、どう扱えばその民意をどこに向けてくれるのか? それら全てを思いのままに操る人間を、人は「英雄」と呼ぶのだから。 あるいは、主人公か。
 自覚ある主人公など、自覚のない主人公と同じくらいには害悪だ。自覚があるだけマシとも言えなくはないが・・・・・・自覚無い悪意は醜悪だしな。 見れるだけ、マシか。
 マシなだけだが。
 女のためだとかそういうクソにも劣る理由で、人の信念を踏みにじり、自身を良いとは思わないが、女を泣かせる奴よりはマシだとか、どうしてそう「思いこめる」のか、分からない。
 分かりたくもないが。
 多分楽なのだろうが。
 女を泣かせなければ、だとか、そんなのは女を言い訳にしているだけで、別に女が泣いているところで、殺人が正当化される理由など無い。
 考えないのが、楽なのだ。
 「正しい」側だと思いこむことが。自身を悪だと理解した上で、自分は悪いけどこれは自分自身のため、我が儘みたいなものさと気取って、それでいて人を救おうとする主人公は、実に醜い。
 気持ちが悪い。
 自身が悪だと、塵一つ分も思っていない。そのくせそれでも女の笑顔が見れればとか、そんな下らない理由で敵を洗脳して仲間にする。
 女を侍らせ。
 敵を味方にする。
 気持ちが悪い。
 素直にそう思う。
 今回はそんな相手でなくて、本当に良かった・・・・・・まぁ、そういう人間は、そう言う人間でなくても、私の前ではべりべりと自身に対する「嘘」など、そんな薄っぺらい言い分など、剥がして捨てて切り刻むだけだ。少なくとも、そう言う人種は私には、とてもじゃないが勝てないだろう。
 私は主人公を殺せる人間だ。
 だが、今回の相手はそんな、気持ち悪い主人公では、無いだろう。自覚を持ちながら、その主人公を演じている。
 魅せている。
 少なくとも、人間的な内面は、そんなただの主人公とは、比較にならないほどに、深い。
 深く、頑健で、真の意味で強いのだろう。
 折れるような信念は、あり得まい。
「確かに、この記事を見る限りは・・・・・・能力とモチベーションのある先生、って感じだな」
「どういう意味だ」
 私に喧嘩を売っているのか?
「いや、先生は気まぐれの権化だが、このヴィクター博士は確固たる指向性があるのさ。先生の指向性は「己の幸福」に向いているが、この博士は「社会的な仕組みの改善」に向いているように、感じられるな」
 夢をほざくだけほざいて何一つ計画性を持たず仲間だとか、あるいは元から持っていた能力だとか、そういう選ばれた資質だとか、努力した程度で物事が叶う分際とは、違うというわけか。
 有能であるのは確かなようだが、しかし有能なだけでは、私には及ばない。有能さの中に狂気を感じるからこそ、私はこうも警戒するのだ。
 狂気。
 主人公などという恵まれただけの馬鹿には、持ち得ないものだ。
 私自身、自分でも狂気を持つ人間はあまりまっとうだとは言い難い・・・・・・強さも弱さも併せ「持たず」に、あらゆる他者の痛みを感じるのではなく「理解」し、そしてそれら全てに反省も罪悪感もなく、全くの正常で事に当たる。
 無論、私はまったく、そうであることに対して何の落ち目もない。道徳的には感じるべきなのか知らないが、道徳などというコロコロ変わる世の中全体のその場の勢い、流行など知らん。
 知ったことか。
 だからこそ、私も、そしてこのヴィクター博士も、突出した強さも、他者を引き寄せる弱さも無いが、しかし、決してブレない。
 主人公に説得される、二流の悪人には、成り得ないのだ・・・・・・死んだところで、私や彼のような狂人は、あの世で同じ行動を、同じモノを目指して行動するだけだからな。
 そう言う意味では、和解は望めない。
 望む気もないが。
 そうでなくては、面白くないしな。
 主人公に説得されて改心しましためでたしめでたし・・・・・・この私にそれがあり得ない。私は私と同じ、狂っていると形容できる、強い我を持つ人間こそを、あるいは非人間こそを、見たい。
 その方が、面白い。
 悪として、一流だ。
 誰かに説得されてブレる信念など、信念では無く流されているだけだ馬鹿馬鹿しい。世界中から非難されようが、全人類から嫌悪されようが、神も悪魔も見捨てようが、私が作品を書き続けるであろうことと同じく、止まるつもりすらない人間こそが、面白い。
 狂気こそが、面白い。
 それこそが、人間の極地だ。
 悪というのは概念であり、体現は不可能だ・・・・・・だが、周囲を省みず全てを犠牲にしてでも目的のみを望む狂人は、間違いなく、「悪」だろう。 自覚のある悪。
 自認のある悪。
 自信のある悪。
 だからこそ、面白い・・・・・・・・・・・・。
「ところで、ヴィクター博士は今、どこにいる」「個人情報管理会社のCEOをやっているぜ。どうもアンドロイド及び、未だ権利の獲得が認められていない人工知能すら、新しい統治勢力を作り上げるために、この会社で働いているらしい」
「どういうことだ?」
「つまり、革命家してるってことさ・・・・・・理不尽が許せないタイプの人間だな。「権利の獲得」なんて分かりやすいテーマだろう? 自分のことでもないのに怒れる人間だ。だからこんな回りくどい方法で世論を動かしているんだろうな」
 私は新聞の見出しをみた。
 そこにはヴィクター博士の提唱する新しい人工知能の管理方法、違法電子生命体の隔離、及び電子世界における法規制について言及されていた。 電子世界は未だに管理が行き届いていないからな・・・・・・どの時代でも、能力がありすぎるのは困りモノで、自我のある人工知能はそういう理由で輸出入が制限されている。無論、制限されたところで違法な商品というのは、値段が上がるだけで無くなったりはしないのだが。
 まぁ狂人にもメリットはあるがな・・・・・・通常、人間という奴は「幸せ」のみを感じ続けると、むしろ耐えられなくなってしまう。簡単に言えば、平穏な日常に満足できない子供が、非日常を求めるようなものだ。
 狂人には、それがない。
 当人の目的に合致していれば、「無限に」同じ楽しみを楽しみ続けられる。
 我ながら、便利なものだ。
 本当にな。
「こういう人間がいるからこそ、この世界は面白いのさ・・・・・・」
「へぇ、先生が言うと説得力ねぇな」
「ほう、何故だ?」
「だって、先生は・・・・・・どう考えたって、人生を楽しんでいる人間じゃ、ないだろう?」
「確かにな。だが、人の狂気は、面白い」
「だから、世界は面白いのか?」
 俺には理解できねぇよと、ジャックは理解を放棄するような台詞を吐いた。人工知能のくせに、矛盾している奴だ。
 もっとも、だからこそ面白いのだが。
「ああ、面白い・・・・・・特に人間の描く物語はな」「人間そのものは、どうなんだ?」
「さぁな。そこまでずば抜けて「面白い」個人に出会ったことはないから分からないが・・・・・・構わないさ。人間が物語に劣る存在だとしても、私の役に立つならどうでもいい噺だ」
「人間を、何だと思っているんだい?」
「何とも」
 これは本当だった。
「私がどう見るかなど、それこそどうでもいいだろう? 問題は、個人として結果的に「楽しめるかどうか」だけだ」
「やれやれ、先生は相当、破綻しているぜ」
「下らん。それこそどうでもいい噺だ。破綻しているかどうかなど、凡俗のその他大勢が指さして騒ぐ為の、会話の種でしかない」
「ある種の才能だな」
 そこまで開き直れるのは。
 彼はそう言った。
「その他大勢の凡俗の基準に、いちいち考えるのがどうかしているのさ・・・・・・どこの世界でもそうだが、言うだけなら誰にでも出来る。何が正しいか何が間違っているか、上から言うだけの人間は多くいるが、そういう助言をする人間は何の責任もとってはくれないし、失敗しても助けてはくれない。そんな当たり前のことを、お前たちは開き直りだとか、人に合わせて文句を言われないために、あれこれ言い訳しているだけだ」
 外れた人間を、指さしているだけ。
 だから貴様等は到達できないのだ。
 どこにも。
「開き直りだろうが何であろうが、私は目的を達成できるなら何でもやるさ」
「確かに、先生は良い人ってわけでもないが、しかしまぁ先生ほど「人間としての強度」の堅い人間は、いないだろうな」
「どうでもいいな、そんなモノは」
 むしろ、必要なのは柔軟性だ。
 頑健でだけでは意味がない。
 臨機応変に、強さも弱さも使い分けるのだ。
「つれないねぇ。実際、先生の持っている素質は人間が、生涯賭けて到達するものだぜ?」
「それが金になるのか?」
「いや、ならないけどさ・・・・・・」
 しかし腹が減った。
 腹が減れば空腹に苛立ち、食べ物を求めるが、私の在り方も似たようなものだろうか?
 腹が減った。
 腹が減った。
 何でも良いから今すぐ寄越せ、と。
 過程に興味は無い。華々しさも知ったことか。どれだけ素晴らしい素質であろうが願い下げだ。私は、誉められるためでも尊敬されるためでも立派だと認められる為でも無く、金が欲しいのだ。 金だ。
 それに比べれば、人間としての成長など、安いものだ・・・・・・金で買える人間の立派さもどきなどに、私は興味がない。
 人間が何かを立派だと認めるのには、金があれば十分だ・・・・・・私が言うのだ間違いない。人間は本質よりも結果を求める。そして資本主義社会においては、内実よりも結果が全てだ。人間として成長しようがどうでもいいのだ。
 少なくとも、多くの人間は、そうだ。
 そのくせ人間賛歌、愛と友情と努力の美しさを信じているというのだから、心底呆れる。
 馬鹿ではなく愚かなのだ。
 忌々しいことに。
 人間は金で買える。
 金と肩書きがあれば詐欺師でも信じることから分かるだろう。目の前の、すぐそこにいる人間を見ることが、今の人間には、出来ないのだ。
 そんな人間が、幸福になど成れるわけがない。 誰かに言われた幸せを鵜呑みにし、そして後から不満を募らせるだけだ。
 どうでもいいがな。
 私には関係あるまい。
 私はフードサービスを頼むことにした・・・・・・このステーキ一つとっても、未開発の国、資源を搾取され労働力を強制されている奴隷たちが、少ない給料で作っていることを知ったら、世の人間たちは「そんなことがあって良いはずがない」と声高に叫ぶが、それはお前たちが見ていないだけ、見ようとしなかっただけだ。
 世界は悲劇で出来ている。
 誰も見向きもしない、悲劇で。
 この世界は縁人と人との縁で回っているのだろう。だが、その縁の外側にいる人間にその庇護は無い・・・・・・無かったところである人間は「そんなことはない、気づいていないだけだ」と声高に言うのだろう。
 持つ者には、分からない。
 持たざる者は、見られない。
 弱いだけでなく何一つ持ち得ない人間は、感じ入ることすら許されない。弱さによる強さすら持たずに、強さによる優位すらあらずに、ここまで来た。
 だが。
 そんな些細な事は、どうでもいい。
 どうでも良さ過ぎる。
 必要なのは、金だけだ。
 他は必要あるまい。
 信念は尊いが力を持たない・・・・・・正義に力を与えればそれが正しくなるように、世の中という奴は結局のところ押し通せる法を優先するのだ。
 法。
 つまりルールと言う「平等の元」も、結局は平等でも何でもない、ただ決められる人間が決めるものでしかない。そんな世界で信念や誇りの尊さを信じたところで、それに力は伴うまい。
「先生はさ」
 そう言って、ジャックは私の思考を遮った。何か一言あるらしい。
 私はステーキを口に放り込んで「何だ」と聞いた。
「信念や誇りには力がないと常日頃から言っているが・・・・・・しかしその一方で世界を動かしてきたのは紛れもなく、そういう「形のない信念」だったりするんだぜ?」
「だから、何だ?」
「いや、それを認めるんならもう認めたも同然だろうよ。人間の意志には力がある」
「無いね」
「どうして?」
「後付けで歴史の勝者にそんな事を言われたところで、嘘くさいだけだ。大体、お前は、この世界で一人でも、信念だけで成功した人間を知っているのか?」
「信念だけなら、無理だろうな。けど、信念を共有できる仲間がいれば、不可能じゃない」
「不可能じゃないだけで、不可能だ。可能性の噺を考えていればキリがない。人間が空を飛ぶようなものだ」
「飛べるじゃないか」
 航空機で人間は空を飛んでいるぜ、とジャックは言った。
「金の力でな。少なくとも運不運で成功した人間は多く知っているが、愛だの信念だのそういう有りもしない幻想で、この現実に勝利を収めた人間など、私は知らないな」
「夢がないなぁ」
「夢なんて、最初から無いさ」
 夢など最初から、世界のどこにも存在しない。 当人の脳内にあるだけだ。
「人工知能のお前が言うのか? 信念などと言う、何の力も持たないゴミを、お前は信じるつもりなのか?」
「勘違いしちゃ困るぜ先生。信念そのものに力なんて無いさ。だが、その信念を貫き、形にしたならそれは、本物と呼べるんじゃないか?」
「下らん。実際にやった人間でなければその言葉は重みを持たない。実際に信念を形にした我が身からすれば、綺麗事をほざくなと言った気分だ」「綺麗事でも、駄目なのかい?」
「当然だ。世界は理不尽を中心に回っている・・・・・・・・・・・・社会は金で、人間は裏切りで、夢と希望は虚飾で構成されている。本物、とお前は言ったな。だが、本物であることは端から見れば尊くて素晴らしいのかもしれない。だが、私は、そんな風に見られるために生きているわけではない」
 恐らくは、先人もそうだったのだろう。別に認められるかどうかはどうでもいいのだ。
 貫き通して結果が出ないなど、馬鹿馬鹿しくてやってられないではないか・・・・・・そのくせ、他に生き方は見あたらないと来た。
 選ばれないが故に選ばれていると言うべきか。我々狂人は平等と平和に選ばれない、どこにも混ざれないが故に異人種と言って良いが、しかしその分生涯を賭けて、凡人どころか神だって、届こうとすら思わないし、誰も目指しもしない果ての果てを見て生きているのだ。
 その光景を見るのは尊いのかもしれないが、しかし偶さかそれしかなかっただけで、私は、別に平和に豊かに生きられれば、それで良かった。
 今更生き方を変える気も無いがな。
 だが、それならそれで金にならなければ嘘ではないか。尊さを言い訳にして、私に押しつけるんじゃない。
 尊い生き方が素晴らしいと思うなら、勝手に自分たちでやればいい。
 私には興味が無い。
 凡人には狂気が無い。
 非凡には意志が足りない。
 バランス良く出来ているつもりかもしれないがしかし、そんな訳がない。興味がないのに無理矢理歩いてそれを生き方として確立し、それでも豊かさには届かない。
 平凡に劣等感を持ちながら豊かに生きる凡人と、妬みを代償に豊かさを手にし、大した思想を持つことを許されない有能と、いずれにしても何故狂人だけ金銭的豊かさに恵まれないのか。
 精神的に豊かだみたいな噺をジャックはしたが・・・・・・精神的に私が成長していたとして、それが何だというのか・・・・・・所詮内側の問題だ。
「けど、人間の抱える悩みは大抵内側、精神的なものでしかないんだぜ・・・・・・先生は狂気の代わりに、あらゆる精神的な悩み、苦しみ、人間関係だとか恋愛に関する悩みだとか、劣等感だとか、そういう悩みを、持たないだろう?」
「金銭面での不満は残るがな」
「それにしたって、大きいメリットだと思うぜ。なんせそれが原因で人間は自殺したり、苦しんだり騙されたり、先生みたいに開き直れずに、生涯悩み続けて答えにたどり着く人間は、ごく稀だ」「だから何だ? 金銭面で悩もうが、恋愛で悩もうが、悩んでいることそのものは同じだ。比べることに意味はない」
「いや、だからそんな風に考えられないから、大抵は人生に失敗するんだが・・・・・・まぁ確かに、悩んでいること自体は同じか」
 まぁ、恋愛で悩むのは良いから金銭で悩みたくないと言ったところで、夏が来たら冬が恋しいと言っているのと変わらないが、しかし私の場合、金銭以外で「悩む」という概念自体が無いのだから、それさえ克服できればと思うのは、本能みたいなものだろう。
「破綻した考えだが、私には必要なモノはあっても欲しいモノは何一つとして、無い。これは心がないからだと仮定して、しかし心がないなら物質的な部分を埋めるしか、やることもない。無いモノを無理に埋めようとして私は失敗し続けた。なら妥協案と言われても仕方がないが、しかし金で埋め合わせ満足するしか、方法があるまい」
「消去法だな、先生の人生って」
「事実だ。実際、無いモノは無い。無いモノを手に入れろと、無理を言われても欲しくないし、疲れるだけだ」
「欲しくないってのは嘘だろう? 無い以上先生は欲しかったはずだ。だが、どうしても手に入らないから諦めきれずに妥協した」
「悪いか? 文句があるなら代案を出せ」
「いいや、何も悪くないさ、先生の人生だ。だが先生は死ぬ寸前に後悔するぜ。欲しいモノを手に入れられなかったわけだからな」
「手に入らないと、言っている」
「かもな。だが、、それでもさ・・・・・・ある方が幸せなのは、誰の目にも明らかだろう?」
 かもしれない。
 しかしアテも無い。
 無いモノは無い。かといって綺麗事で納得する気は、さらさらない。
 そもそも、それが手にはいるなら私は、作家など目指していなかっただろう。絶対に幸せに成らないからこそ作家に成れた。なんて、
 私は作家なのだろうか。
 作家に成らずには、いられなかったのか。
 最初から。
 金にならないのは、本当に嫌なのだが。
 前々から思っていたのだが、私という人間はすでに死んでいて、記憶と肉体のみが残り、勝手にそれこそ人形のように動いているのではないか、それが人間のように振る舞っているのではないのかなんて、思わなくもない。無論、そんな些細な事はどうでもいいし、人間だろうが人形だろうが呼び方が違うだけで、金さえ数えられれば私という存在は満足だが。
「私にはそれら「人間的な幸福」を感じ取れないのだから、あまり意味のない仮定だがな」
「確かに、違いねぇ」
 言いながら私はステーキの支払いを済ませる。と言っても、仮想通貨での支払いだから、携帯端末をタッチするだけだ。
 これも問題が多い。
 幾らでも偽造が可能な上、管理する銀行、所謂メガバンクという存在が不正を繰り返しているのは明白だが、その証拠が提示できない。
 聞く限り、やりたい放題だ。
 銀行というのはおかしなモノで、自分たちは善人で、社会的に良い人間でありたい集団だ。例えどれだけの不正を働いたところで、書類上で誤魔化しさえすれば罪悪感が沸かないらしい。
 社会的な面から、自分たちを「正しい」と思いこんでいる集団。そんな連中があらゆる仮想通貨を仕切っているのだから、社会経済は原形を留めてはいない。
 大手、というか余程シェアを独占している会社でない限りは、銀行に利用されて潰れるか、潰されるか、そんなところだ。
 金が全てというのが現在の社会なのだから、彼らが何万人合法的に殺そうが、「正しい」のではないのかと思わざるを得ないが、しかし道徳的に許せないと叫ぶ人間は多い。
 多いだけだが。
 実際的な問題として、金が力を持ちすぎたと言うべきか。その銀行の不正にしたって、あるいは政治家の汚職にしたって、誰もが「間違いだ」と認めて理解していても、金の前では無力であり、変えられないと言うのだから、そんな社会を作り上げておいて今更道徳を叫ぶ人間というのも、金のことしか脳に無い人間と同じくらい、どうかしている噺だ。
 誰も望んでいないのに、そうなっていたというのが正しい、いや事実と言うべきか。何にせよ金で事実すらねじ曲げられるという「事実」がある以上、綺麗事に興味はないが。
 仮想通貨なんて実に分かりやすい例だ。まして扱うのが銀行だというのだから・・・・・・まず金を預けて仮想通貨を貰うわけだから、全額使わない限り、銀行に金を渡しているも同然だ。そして仮想通貨に対しては、通常の通貨と同じ法規制はほぼ不可能と言ってもいい。いや、不可能と言うよりも、意識的に法整備から外せるので、私腹を肥やしたい人間からすれば好都合だろう。
 誰もそれを考えない。
 生きることを考える人間は、随分減った。
「私の生き方にほぼ唯一と言って良い利点があるとすれば、無意識に直接アクセス出来ることぐらいだしな・・・・・・」
「どういうことだ?」
「芸術家や発明家が、「夢で見た」アイデアを使ったら成功した、みたいな噺があるだろう? 私はどうやらそれを意識的に出来るらしく、アイデアに詰まったことは、今のところ一度もない」
「それって、かなり、ぶっ飛んで凄いこと何じゃないのか?」
「馬鹿が。アクセスしたところで私が書くのはただの物語だぞ。第一、もし仮にそうだとして、それが金になるのか?」
 別に嬉しくもないしな。
 幾ら書いても売れなければ、何の意味もない。あああああと連打しているのと同じだ。
 そして重要なことだが、売れるかどうかと素晴らしいかどうかは、関係がない。
「素晴らしいか凄いかはともかく、いやそもそも私が書くのはただの物語だから、仮にそれだったとして、それこそが素晴らしい人間の行き着く先だとしても、下らないモノに使って金になるかも曖昧だというのでは、噺にならんな」
「おいおい、人類にとって素晴らしい能力だと思うぜ」
 それって所謂真理じゃねlかと、適当なことを彼は言った。実際、そんな大層なモノに繋がっているかなど知らないし、繋がっていてところで、どうせなら金になる知識の方が、金になった。
「知るか。私は別に、素晴らしさなどどうでもいいからな。欲しいのは実利であって、そんな珍妙な能力では、断じて無い」
 大体が、私にとって「物語を書く」というのはその、「無意識」を通して「作者」というフィルタを通して演出されるモノだと、理解している。 フィルタが私だからな・・・・・・いずれにせよ、そんなあるのか無いのか分からないモノに、興味はあまりない。
 救いの手は握りつぶして腹に入れる。
 今まで散々選択する権利すら無い道を歩かされてきた。今更綺麗事を信じろ、などというのは無理を通り越して押しつけがましい。
 
 私は、どんどん人間から離れて行っている。

 人間らしさ、愛、感情、友情、慈しみ、何でも良いが、私は徐々に、だが確実に人間に許された心などと呼ばれる器官が、死んで来ている。
 いや、消滅と言った方が正しいのか。何にせよ私にはもう感動して「ああなりたい」と願うことすら出来なくなっている。お笑い草だ。そもそももう私には、心無い怪物が憧れるように、人間の持つ温かみを、欲しいと願うことすら無くなってきているのだ。
 これで救いなど、幸福など、無理がある。
 無理なら無理で、構わないがな・・・・・・なおのこと金がなければ噺にならない。割に合うまい。
 まぁ今更どうでも良い噺だ。些細なことに思考を削いているのも馬鹿馬鹿しく感じる。感じる、なんていかにも私らしくないが。
 金があれば何でも買える。
 買えなかったところで、満足すれば良いだけの噺だ。自己満足。大いに結構だ。私はそれで構わないし、被害者ぶるつもりすらない。
 どうでもいい。
 金以外、いやこの私の充足、満足、他でもないこの「私」が、生きる上で納得し満足し、楽しめるか否か? それ以外はどうでもいい。
 それが、私だ。
 邪道作家だ。
 だからこその、私だ。
 どうでもいいがな。私がどう考えるかなんて社会から見ればどうでもいいし、結局は全ての善し悪しは金で、つまり運不運で決まるのだから、考えることには意味はない。
 そう言う意味では、本当に無価値だ。
 物語なんて。
 ただのゴミだ。
 売れるか売れないかは内容など関係なくただの運不運で決まり、善し悪しは金の有無、その分量でのみ計られる。
 人間の意志も誇りも尊厳も、金の前ではただのゴミだ。人間の意志なんて本来必要ない。「たまたま」金を多く持てるか持てないか、ただそれだけが重要なのだ。
 才能も環境もとどのつまりただの運。世の中はシンプルに出来ている。なにもかも無価値で何もかもただのゴミだ。
 世界はゴミの山で出来ているが、価値の有る無しは金で決まる。そして金は運不運、人間の意志も誇りも尊厳も無視して、「どうでもいい」理由で一カ所に集まるものだ。
 ステーキを摘んで考える。
 いや、考えたところで、結局意味はないが。
 金というのは「たまたま運が良かったか」を計るためのモノなのかもしれない、なんて考えると笑える話だった。だとすれば、努力も労力もいままでの長い長い道のりも、何の意味もない。
 運が悪いから無駄でした、なんて。
 怒りを通り越して、笑える。
 笑わずにはいられない。
 こんな下らない噺を。
 笑う気も、起こらないが。
 どうせ無駄なら面倒だしな。
 運不運、か。私の人生は「それ」に散々左右されて、私個人の挑戦は全て運不運に敗北してきたわけだが、となると人間が運不運に勝利することは、不可能なのだろう。
 どう足掻いても、少なくとも私には、覆すことは出来なかった。
 無駄だった。
 意志を燃やすことは無駄だったし、執念で挑んでも駄目だった。時間をかけても才能には破れたし、その才能すら運不運で計れる、下らない産物だった。
 何もかもが、無駄だった。
 勝てない。 
 勝てるのは、結局運がよい奴だけだ。
 どれだけ緻密に計画を練ろうが運悪く計画通りに行かず、どれだけ時間をかけようが運悪く結果が形にならず認められず、執念も信念も誇りも生き様も生き方も、結局運不運、という言葉には勝てないまま、勝てなかった。
 ともすれば、どれだけ私が執念を燃やして頑張っていようが、結果が出たことは一度もないのだから、年中寝ていても結果は同じだったのかもしれない・・・・・・いや、同じだろう。
 運不運、なら結局そういうことだ。
 綺麗事は嫌いだ。物語という奴は綺麗事を使わないと噺が終わらないので、やむなく使うこともあるが、やはり嫌いだ。
 綺麗事など、言うだけならば猿でも出来る。
 猿の鳴き声を聞いているのと、変わるまい。
 綺麗事を現実に出来るのは、運のある人間だけだ・・・・・・そして、私はそうではないので、ただ迷惑なだけでしかない。
 まぁ私の場合、本当に心があるわけでもないので、執念や信念や誇りと言うよりは、それが合る人間ならこうするだろうという、模倣だが。
 淡々と狂気そのもので、繰り返し繰り返し成功するまで手を変え品を変え、あらゆる方法を試し尽くしただけだ。
 試し尽くして分かったことが、運不運がなければ何をしようと無駄、という身も蓋も心も無い結果だというのだから、無駄だったが。
 そういう意味では、私という人間は幸福を目指すことも目指す姿勢も、目指す私自身でさえ、何の意味もない。いっそ辞めてしまいたいが、理不尽に頭を垂れたところで、結局は同じだしな。
 苦しむだけだ。
 私が苦しむだけ。
 ただそれだけだ。
 苦しむ、というのも最近は分からなくなってきた・・・・・・物理的な苦しみは勿論、精神的な挫折すらも、正直食傷気味というか、そもそも私は精神的に人間が挫折し、本来あるべき苦悩すら、持ちたくても持てない。
 苦しみに嘆きたくても。
 出来ないのだ。
 随分とまあ、へたを押しつけられたものだ。
 まったくな。
 どれだけへたを押しつけられようが、結局は自信の都合を押しつけられる方が偉く、正しいのだから、私が無条件で悪いのだが。
 負けた方が悪いのだ。
 負けるべくして生きている存在が悪い。
 勝てなければ、綺麗事だ。
 だから何が悪かったと言えば運が悪かった。もう少し勝ち目のある人間に産まれていれば、大分結末も違っただろうが、そういう意味では神がいたとして、その失敗作が私だとしても、失敗の責任というのは基本的に貧民が背負うものだ。
 なるほど、そう捉えれば神という存在は便利なものだ。自分より偉い、というか自分勝手な都合を押しつけられる存在がいないのだから、悪くなりようがない。
 だから神は正しいのだろうか。
 ふと、そんな下らないことを思った。
 生殺しの人生なんて歩いてきたからか? 我ながら下らない考えにとりつかれたモノだ。
 希望はある。
 かのように、無理矢理、どうせ無駄だと知りながらその目先にぶら下げられている「希望みたいなもの」を見て、己を奮い立たせ、今回こそはと挑むのだ。
 その全てが無駄だったが。
 無意味で。
 無価値だった。
 何の結果も、残さなかった。
 希望なんて無い。
 あったところで偽物だ・・・・・・そんな人生を送っている時点で、何かを「信じろ」など、無理な相談だ。信じるべきモノなど、全て裏切られてきたのだからな。
 全く、実に傑作な人生だ。
「そろそろ着くぜ」
 私は事前の打ち合わせをして、後は携帯端末を放り投げて眠ることにした。
 運不運。
 ならば、この先にある物語も、結局はそれなのだろうか、などと、夢のないことを、胸の中で繰り返し考えながら。

   4

 運命。
 仮に私は、案外あっさりこの先「成功」し、簡単に「幸福」になる(想像できないが)運命だったとしよう。だが、それをどう知覚する?
 それこそ不可能だ。
 先が見えないと言うのは不安なものだ。例えそれが偽の爆弾(外観のみ本物に見える)を送り、警戒レベルをあげた上で同系列他施設のIDをコピーし進入。メンテナンス業者を装い八ッキングしている最中だとしても、だ。
 合理性をあざ笑うかのようなやり口だと、我ながら思う。ここまで最新鋭のオーバーテクノロジーで守られた最新の要塞、個人情報保護機関ですら、手口を変えずに進入は可能だ。
 偽の爆弾なんて誰でも作れるし、例え偽物でも爆弾が送られれば警戒はあがる。神経質になったところで、つまりは余裕のないところでメンテナンス業者を装い訪問する。
 IDに関して言えば、同系統にある他の施設、警備の優先度の低い職員から、データをコピーすればいい。よく調べれば同じ人間が二人いることは分かるはずだが、警戒を強化した警備は、不思議なことにIDさえ通れば仲間だと認識する。
 我ながら悪魔みたいな手口だ。
 数兆円賭けた施設を、わずか200円の予算で突破してしまった。勿論、コーヒー代だ。
 ハッキングは人工知能に任せればいい。
 こんな暇つぶし感覚で突破できていいのか疑問ではあるのだが、楽であるに越したことはない。 ここからは電撃作戦だ。
 最新型のセンサは、音も温度も紫外線すらも、呼吸音の一つまで、完全に掌握する。
「完全な管理など無いってことかね。先生がこうも簡単に入れるとは」
「当然だ。システムを管理するのは、人間だからな・・・・・・アンドロイドだったところで、警備である以上、どこかに隙は生まれるものだ」
 人間なら居眠りするし、アンドロイドならメンテナンスが必要だ。これがあるから絶対、の警備体制など存在し得ない。
 システムが完璧でも管理する側は完璧になり得ないからだ。究極的には管理する側を、人質にでも取ってしまえば、どんな完璧なシステムであろうが、無駄に終わる。
 世の中そんなものだ。
 フリーの始末屋は組織のバックアップが無いので苦労する。大層な資金援助もないし、作家としても、私の作品は何かしら宣伝に関しても、手を打たなければならないからだ。
「さて、やるか」
 最新型のセンサを欺くことは不可能だ。
 どんな小細工も通用しない。完璧な管理システム。ジャックでも偽装は難しい。だが。
 最新型センサーはどんな小さな変化も見逃さない。だから3745カ所程、小さな爆薬を仕爆破することで、注意を逸らすことにした。
 録音された銃撃音を響かせることも忘れない。これでゲリラと誤解させるのだ。
 警報音で五月蠅い中、私は半ば強引に個人情報を管理しているデータを調べ上げ、ヴィクターを調べることにした。
 だが、何故かここには無かった。
 おかしい・・・・・・そんなはずはないのだが。だが無いモノは無い。故に直接で向くしかあるまい。 私はここの責任者がいるであろう大きな扉をがらりと開けた。
 そこには。
「・・・・・・私の情報ならここだよ」
 そう言って、古びた(ほとんど化石だ)旧時代の記録デバイスを右手で振る、壮年の男の姿が、そこにはあった。
「君が、噂の邪道作家かな」
「だとしたら?」
 ここで仲間とか信頼できる絆とかがあれば奇跡が起こって大逆転したりするのだろうが、私は一人だ。人工知能を併せてすら二人。いや、こいつに関しては鏡みたいなものだ。数えまい。
 私は一人だ。
 彼も一人のようだった。
 心情的にも。
 精神的にも。
 物質的にも。
 一人。
 この時代に産まれ、それでいて時代遅れの人間が、二人、ここにいた。
「まぁ座りたまえ。紅茶でも出そう」
「それは有り難いな」
 実際、完璧なはずの警備をこうもあっさり破りその上、自室に押し入られてと言うのに、彼は慌てふためいたりはしなかった。当然か。
 私でもそうする。
 似た者同士というわけだ。
 私も彼も強いわけではない。むしろ、「愛」とかいう謎のエネルギーが人間を強くするならば、我々二人は強さすらない。
 今更、いらないがな。
 あるのは狂気だけだ。
「君は人間をどう思う?」
「どう、とは? いきなりだな。強いて言えば、身勝手な生き物だろう」
「正解だ。そして、人間というのは身勝手だからこそ斬新なモノを作り上げることが出来る。だがその斬新さは、人類のテクノロジーの進歩が、不要と判断するようになった」
「・・・・・・何の噺だ?」
「人間の弱さについて、語っているのだよ。アンドロイドは夢を見るようになった。だが、人間は夢を見すぎるままだった。理想的な社会を形成するには、不必要なくらいに」
「なら、アンドロイドに取って代われとでも?」「いいや、理想的社会形態のコントロールというのは、理想的な人間が運用することで実現可能となるものだ。従って、私は差別も貧困も苦しみも悲しみも「持たない」強い人類を作り上げたいだけだよ」
「強い人類?」
 そういえば、この男は革命かもどきの行動を繰り返しているらしかったが、さて、それと関係あるのだろうか?
 私は出されたケーキを口に入れ、紅茶で喉を潤してから、答えることにした。
「強いかどうかなんて、主観によるだろう」
「そうともいえない。聞くが、人間を変えるのに一番手っ取り早い方法は、何だと思うね?」
「洗脳かな」
 一番早そうだ。
 真っ先にその選択肢がでるのもどうかと思わないでもないが、暗闇に閉じこめてしばらく洗脳を続ければ、大抵の人間は壊れるか諦める。 
 私のように最初から壊れていなければ、だが。 狂人はコントロールできないからな。
 狂っているものは、正せまい。
「違うな。要はどのような社会問題も、人間の意識が問題だ。全ての社会悪は、所詮人間の心のありようが表現しているだけに過ぎない。だから人間全体の意識を変えることが出来れば、社会を変えることなど簡単だよ」
「ほう。そりゃ大層な噺だ。だが、どうやって」「革命、という「空気」を与えればいい」
 なるほど。革命というのは言わば免罪符でもあるのだ。免罪符を掲げる人間は、反対勢力に容赦をしない。意見は無理矢理統一される。
 数が多ければ、正義だ。
 世の中そんなものだ。まぁ、数だけでも意味がないだろう。金と権威と実力か。
 結局のところ、どれだけ綺麗事を歌おうが、実際にその綺麗事を現実にするには力が必要だ。それを熟知しているからこそ、この壮年の男、ヴィクターは革命などと言う、実利の不透明な活動に身を投じているのだろう。
 チェ・ゲバラもきっと、そうなのだろうな・・・・・・この男も同じだ。何かを変えようと思うあまり、自信の平穏を望めない人間。悲しいことに、そう言う人間こそが、世界の歴史を変えてきた。 因果な商売、なのだろう。
 きっとな。
 革命も、金が絡むという点では、同じだ。
「空気ですよ。何となく皆が、「こうしていくべきだ」と感じ取れば、それが社会のルールとなるのです。世界を変えるのは貴方達が、私のことを大層に「革命家」などと呼んでいる私のような人間ではなく、「何となく皆がそうしているから」という、理由とも取れない理由こそが、人間の無意識の善性を刺激し、世の中を変えていこうという活力になるのです」
「身も蓋もない噺だ」
「ええ。ですが事実です。合理的に考えれば、その意識を人に言われるまでもなく皆が持つことですが、要は私は、それを実行に移していると言うよりも、皆がそれをやりやすくしているだけ、と言うべきでしょう」
「・・・・・・資料を見たよ。お前の周りには気持ち悪いくらい、お前のことを「正しい」と盲信して疑わない人間ばかりだ。その上、全ての人間がお前に好意を向けていて、反対意見は認められない空気を出している」
 まるで主人公だ。
 そう私が語ると、彼は笑って「そんなものですよ、人間は自分に都合の良い存在を、否定できないものです」と答えるのだった。
 都合の善し悪し。
 それは正義だとか悪だとかそういう下らない事ではなく、そう理由づけて人間が動くための、その前提と言うべきだろう。そして、少なくとも現地における全ての人間の「都合」を満たすことはそれほど難しくはないだろう。
 彼らの夢理想も、結局は彼ら自身の都合が良いか悪いかでしかない。都合を叶える形で、現地の人間達の都合を叶え、反対する勢力を潰す形で言葉を広げれば、それで英雄の誕生だ。
 主人公か。
 なら、私は何だろう?
 悪役か。
 悪人か。
 いずれにせよ、楽な配役であって欲しいものだが・・・・・・この世が仮に舞台だったところで、私は自信の利益にしか関心がない。どうでもいい。
「それで、どうしますか?」
「始末を依頼されている」
「ならばこれでどうです?」
 言って、懐から何かを取り出した。武器かと思ったが、違った。金のクレジットチップだ。
「このチップに2000万ドル程、入金されています。税金もかからない上、裏金利での預け入れになっているので、ご安心を。銀行と政府の癒着がある限り、つまりは政府形態がある限りは、貴方の金銭面での不安は無くなります」
「ふん、それで」
「取引をしましょう。貴方も、寿命を取引材料としている以上、ここで引き下がれるとは思いません。ので」
 言って、彼は銃を取り出した。
「この私、だけを始末するというのは」
 都合が悪いでしょうか、と訳の分からないことを言った。
 いや、分からないことではない。
 私はすでに、それを経験している。
「合理的に考えれば、肉体一つに縛られるのは下らないことです。便利ですよ。自分の体が複数個体、あるというのは」
 シェリーホワイトアウトと同じ、肉体を複数個持っているという事だろうか・・・・・・しかし、アンドロイド並の演算能力など、あるはずがない。
「・・・・・・どうやって、動かしているんだ?」
「簡単ですよ。外注するか、自分の資金で外付けの演算装置を買えばいい。私の場合、ここから数光年離れた惑星で、演算装置を管理してます」
 私の代わりに考えてくれる訳です。
 そんなことを平然と言うのだった。
 なるほど、確かに主人公だ。
 自分の痛みを何とも思わず、世界全体が平和になればいいと本気で信じ、その上敵対者には容赦せず、思想を植え付け社会を操る。
 ヴィクターの場合、それが機械を通しているだけだ。そして世界が平和になればいいと言うよりは、合理的に「その方が便利だから」なのだろうが。
 自覚的に人を、自分をも、踏み台にする。
 この上「俺は正しいことをやっている」だとか女のためだとか綺麗事を言えば完璧だが、彼の場合単純に合理的思考の果てに革命を起こそうとしているのだろうから、笑えない。
 自覚ある邪悪か。
 本来主人公とは邪悪で醜悪なものだ。何せ女のためにあれこれ策を弄する悪人の邪魔をして殺したところで、何一つ悪びれない。
 しかしこの男は己の行動を「正しい」とすら思っていないのだろう。
 合理的に考えて。
 世界は平和であるべきだ。
 だから殺す。
 この壮年の紳士は。
 まぁ、私には関係ないがな。
「・・・・・・いいだろう。私の依頼はお前という個人を始末することだ。別に革命を止めてくれとは頼まれていないしな」
 ただ、流石にそれだけでは、依頼人が納得しないだろう。条件を付け加えることにした。
「加えて、しばらくの間、革命活動をやめて貰おうか」
「構いませんよ。もとより、私にはもう活動する意志がありませんし」
「どういうことだ?」
 彼は笑ってこう言った。
「世間の流れは、もう「革命を起こす」という空気に変わっています。私がこの先何をしようが、すでに彼らは動くでしょうから」
「流行の曲みたいなものか」
「ええ。どうしたところで、彼らはそう行動するでしょうね。扇動したのは私ですが、この惑星も他の惑星も、いや自我を持つ全ての生き物は、考えるのが苦手ですから」
「だから「革命家」に、考えること、やるべき事を模索することを「委託」していると?」
「その通り」
 喉が渇いたのか彼は紅茶を啜った。私もそれに習って少し飲んだ。
 私は席を立ち、
「いずれにしても私には関係ない。精々利用させて貰うさ。お前の思想も、依頼人も、金になればどうでもいいしな」
 銃を握って、ヴィクターに向ける。
 だが。
「違いますね」
 と答えられて、私は少々気が抜けた。
 どういうことだろう。
 何が違うというのだろうか。
「貴方自身、自覚はあるのでしょうし説明は省きますが・・・・・・人間は合理で生きられない生き物です。金銭は重要ですが、それこそを全て、とは元々考えられない生き物なんですよ」
 人間はね、と。
 彼は言った。
「だから、何だ?」
「いえね。貴方は非合理と合理の間で悩んでいるように見えます。なら、いっそどうでしょう? そこにある金銭、2000万ドルを捨ててみる、というのは」
「冗談はよせ。みすみす金を捨てられるか」
「でしょうね。だが、貴方自身分かっているのでしょうが、それそのものには何の意味もありません。価値はあっても、意味はない。結局のところ意味を見いだせなければ、幾ら金銭を持とうが無意味そのものですよ」
 合理的に考えて、必要であっても欲する物には成り得ないですから、と言うのだった。
 大きなお世話だ。
「・・・・・・金が余ってから探すとするさ」
 銃を向けながらそんなことを言った。
「あろうがなかろうが、同じ事ですよ」
「なら、満たしてから見つけるさ」
「見つかりますか?」
「さぁな。だが、例えそれが必要なだけの物だとしても、私は「それこそが全てだ」と言い張るさ・・・・・・人生を楽しむのは、それからだ」
「貴方は、世界が楽しいですか」
 興味深そうに、彼はそんなことを聞くのだった・・・・・・私は少し考えてから、こう答えた。
「金次第さ」

    4

 依頼も終わったし金にもなった。
 だから考える。
 人生の楽しみ方について。
 私は宇宙船の座席シートに座っていた。ホットカフェオレとチョコレートドーナツを頼み、私は席に深々と沈み込む。
 最近金は幸せでは無いと言う噺を聞かされることが嫌に多いが、宗教でもあるのか?
 金のない幸せなど、嘘くさい噺だ。
 金で幸せは買える。少なくともおいしい食事、豊かな生活、それら普遍的な幸福を「金では買えない」などと抜かすなら、それはただ単に金で買えない不幸せを、知らないだけだ。
 金のない苦痛を知らないだけ。そして苦痛を死りもしない人間の言う綺麗事は、ロクなことにはならないものだ。ならなかったところで、彼ら彼女らは高いところから眺めるだけでいいしな。
 責任のない助言ほど、迷惑な物は無い。
 いずれにせよ私は、作家として背負った業を、全うするまでだ・・・・・・必要なのは自認と自覚。
 自分こそは大傑作を書く作家だ。
 そう意識的に自覚し、自認することが肝要だ。自分で自分の作品を卑下している人間が、人々の心を鷲掴み、握りつぶすほどの影響を与えられる作品を、書けるとは思えない。
 思わない。
 とはいえ、これは矛盾する考えでもあるのだ・・・・・・何かについて考えているうちは、その何かを極めたとは言い難い。私もあくまで自信の作品へはポーズとしてそう考えているだけで、実際作家ならどうあるべきか? なんて考えたことは一度もないしな。
 そんなことを考えていては、読者のご機嫌を伺っていては、ロクな作品が書けまい。いや作家に限らずそういうものだろう。
 自覚して自認して、そう振る舞い、しかし深くは考えない。行動の結果として、作家としての結果は、出なければならないからだ。
 出ればいいのだが。
 金に関しても似たようなものか。金があれば幸福である、そう言い張ることで私は自信の在り方を固定しているのだ。無論必要なのは事実だが。 金で買えない物は無い。
 売っていればだが。
 私が欲しいのはあくまでも平穏な生活であり、金に関してはある意味「ついで」なのだが、まぁ深く考える必要もあるまい。私は哲学者ではないのだ。
 コーヒーを飲みながら考える。このコーヒーにしたって金がなければ買えないのだ。金に関しては「無くても良い」なんて戯れ言を聞くつもりは一切無い。
 あるだけでも駄目と言うだけだ。
 目的に添って使わなければ、意味がない。
 当たり前の噺だ。
 そう言う意味では、目的もなく生きる任絵gんたちの多いこと多いこと。社会的な成功を目的としている人間は多いのだが、そもそも社会的な成功というのは自信の生き方、その末に得られる物であって、組織に属して報酬として貰うものではあるまいに。
 洗脳されている。
 幸せのテンプレート、こうであるべきだという考え方に洗脳され、馬車馬のように働き、死ぬ寸前に社会が、他人が、家族が、別に自分の人生の何を保証してくれるわけでもない、ということに気づくのだから、笑えない噺だ。
 人に言われた生き方で幸福になど成れるわけも無いだろうに・・・・・・社会的に成功したところで、目指す物がなければ意味があるまい。
 以外と、有能な人間にこれは多い。
 なまじ中途半端に出来てしまうから、能力的に不足を感じることなく人生を「こなし」てしまうのだ。そのくせ、何か夢があればだとか、このまま組織の中で埋没していいのかだとか、行動はせずに愚痴を言う人間は、多い。
 社会的には立派なのだが、別に社会的に立派だから、だから何だというのだ。自分で自分の生き方に「納得」し、目的を持ってそれを「達成」し「私はやり遂げたのだ」と言うことがないならばただの惰性だ。
 生きるだけならそれでいい。
 だが、決して幸福には、なれまい。
 数が増え、人間は「代わりが効く」ようになってしまった。だからこそ「己の生きる道」を確立するのは難しい。難しいだけでなく、選ぶ人間の数も、随分減った。
 成功しているからと言って、選んでいるわけでもないのだ。偶々能力があった成功者、運と環境だとか、才能の有る無しで、勝者が決まる。
 これでは、上を目指す人間が減るのも当然という気がする。私は最初から狂った人間だったので「自分には無理だ」とか、そんなことは考えずに無理なままやり続け、不可能なまま断行し、出来ないまま長らく続け、出来たところで売れなければ意味がないと考えてきた人間なので、あんな風にはなれないと諦める人間の心情が共感できないが・・・・・・しかし、能力差がありすぎれば、誰だってそう考えるだろう。
 私みたいな人間が多くいても、社会が混乱するだろうしな・・・・・・自分でもやめられないし、やめたくてもやめられないし、生き方と癒着しているからそれこそ諦めることも出来ず、出来るまで、計算を命じられたコンピュータの様に、やり続けるというのも、実際利益がでるのは稀だ。
 無論、世界を買えてきた偉人にはそういう類が多いのも事実だが、成功せずに、つまり日の目を見ずに終わった人間の方が、多いだろう。
 狂人の末路は、大概そうだ。
 成功すれば社会全体を変貌させるくらい影響を持つ奴もいるのだろうが、逆に言えば普通の天才ではその領域には絶対に届かないし、狂人でなければ成し遂げられないのもまた、事実だが、成功して幸福な結末を迎えることが、その分非常に難しいのもまた、事実だ。
 やるせない噺だ。
 才能だけではたどり着けないと言えば聞こえはいいのだが、生き方と密接な、業として背負った人間というのは、認められるのが難しい。
 だからこその異端だが。
 いずれにせよ物語を書くか、読むかしていれば退屈しないで済むのは確かだ。
 精々楽しむさ。
 金の力で・・・・・・そして私なりの楽しみ方でな。 いずれにしろ、人間は己が没頭できる「何か」を成し遂げるために生きるべきだ。私が読者共が絶望し、人を信じられなくなる物語を書くことに対して、私自身はやるべき事とやりたいことを両立させている以上、苦労が無いのだ。
 無いわけではないのだろうが、苦労を苦労と感じない。可能な限りそれが少ない。成し遂げるべき未来を考えられる「目的」だ。
 それが人生を充実させる「コツ」だ。
 無論、金になるに越したことはないがな。金にならなければやりがいがあろうと意味がない。実利ばかり追い求めると人間は破滅するが、実利が無ければ形にならない。
「なぁ、ジャック。聞きたいことがあるんだが」「何だい、先生」
「なぜ私は怖がられるんだろうな?」
 恐怖。
 恐怖というのは大抵、強かったり恐ろしかったり、自信の生命の危機を感じさせる存在に抱くべき物ではないのか?
 私のような、ただの一個人に、恐怖する理由が分からない。私個人の思いこみなら楽なのだが、しかしどうもそうではないらしい。
 不思議なことに。
 私は怖がられるのだった。
「そりゃ、そうさ・・・・・・先生には、なんて言えばいいのか、そう、普通の人間に通じる物が、肩書きが、強さが、仮初めの強さが通じないからだろうさ」
「なんだそれは?」
「たとえば、肩書きだよ。社長とか次長とか、まぁ何でもいいんだが、所謂「普通」の人間はそれらのわかりやすい「強さ」腕っ節でもそうだが、それらに権威や力を感じる。だが先生にはそれがないからだ」
「だから、何だ? 現実に力を持っているのは事実なんだから、問題ないじゃないか」
「いや、違うね・・・・・・会社は潰れるし腕っ節なんて怪我すれば終わりさ。画一的な「強さ」の基準なんて、ないんだよ。当人が強いと思いこんでいるだけ、優れていると思いこんでいるだけで、そんな「強さ」は簡単に剥がれる」
 先生はそれを簡単に剥いじまうから怖いのさ、なんて分かった風なことをジャックは言った。
「ふん、なら強さとは何だ?」
「当人の意志の強さだろうな・・・・・・分かっているくせに俺に聞くなよ。正直理解している人間に、説明するのって面倒だぜ」
「分からないさ。現実にはそういう、例え借り物どころかただ運が良かっただけでも、当人に何の意志も執念もなくても、強い立場は強いだろう」「分からなくもないが、それは立場が強いわけであって当人が強い訳じゃない。そして先生みたいに開き直れる人間はかなり少数派なのさ」
「開き直ればいいだろうに」
「そうもいかないさ。思うに・・・・・・皆、自分に引け目を感じてしまうんじゃないのかな。先生の前だと、そういう立場だとか強さだとか仲間だとかと言った、自分以外の物を無視して「自分だけ」を見られるからな。中身に自信がない奴は、恐怖を感じて当然だろうよ」
「そんなものか」
 良く分からない話だ。
「心がないってことはつまり、心の外側を装飾して、自分の心を綺麗に見せたり、自身の内側の醜い部分を見なかったり「しない」ってことだ」
「それがどうした」
「弱みが存在しない人間の方が、強みはあるが弱みのある人間よりも、強くはなくても恐ろしくはあるものさ。だから、先生を皆、恐れるのさ」
 恐れられたところで、何も出ないが。
 金なら払わないぞ。
 払う義理もないはずだが。
「弱みか、確かに・・・・・・誰を人質にされようが、例えそれが愛とやらを向ける相手でも、あっさり捨てる自信があるな」
 もっとも、それを強さとは言うまい。
 大切な物を持たない人間を、強いとは言わないらしいからな。
「だから怖いのさ・・・・・・先生は何一つ持たないと嘆いているが、裏を返せば「何だって捨てれる」ってことだ。なぁ、おい、これ以上恐ろしい人間がいるか? どんな権威を見せつけようが、どれだけの力の差を見せつけようが、どれだけ奪おうが、まるで等価に捨てられる、人間。そんな相手に対して、何をすれば勝てるのかすら、誰も思いつかないだろうよ」
 個人的には嬉しくもないが・・・・・・まぁ大抵の人間は「捨てられない」ことで悩むらしい。恋人だったり家族だったり、地位だったり名誉だったり権力だったり・・・・・・・・・・・・何かにしがみつくことで自分の精神の平穏を守る人間か、自分の在り方を確立し、その在り方を基準に生きる人間か、ただのそれだけ。違いはそれだけだ。
 どちらが正しいのか、それは知らない。
 正しさなんて人によって変わるものだ。
 だが。
「私からすれば、大した自分もないのに、人の権威や実力で、人生を知った気になる人間の方が、余程恐ろしいがね」
 なんて、盗作から執筆活動を始めた私が言っても、説得力があるのか分からないが。だが、私には確固とした自分がある。
 少なくとも、作品には。
 などと適当なことを言ったが知るものか。どうでも良い噺だ。金の多寡に比べれば。
 心の底からどうでもいい。
 心があるのかは、知らないがね。
 さて、何か機内サービスでも頼もうかと思ったが、私は金があれば幸福だと公言してはいるが、金遣いが荒いわけでもない。そもそも、人間普通に生きていれば山ほど金を使う機会は、かなり少ないだろう。
 珍しい物がいい。
 金を使って絶対に後悔しないのは食べ物だ。何せ腹の中にはいるのだから、良かれ悪しかれ自身の糧になるだろう。
 何を頼もうか。
 私は悩んだあげく、「宇宙弁当」なる奇っ怪な弁当を頼むことにした。要は、駅で売っている名物商品を、宇宙でも売り出しただけだが。
 瓶のような大きい丼に鰻、そぼろ、茹でた牡蠣(腹を壊さないだろうな)が入っており、実に美味しそうではあった。
 美味い。
 ささやかなストレスすら許さない平穏なる生活のためには、やはりこういう時間こそが肝要だ。ストレスというのは「幸福」の対局に位置することが多いからな・・・・・・無論「張り合い」だとか「やりがい」と言ったモノの元になることはあるが、そうでもない限り不要だろう。
 念のためコーヒーを飲む。殺菌作用があるし、食後に飲むことでしょうかの手助けになる。私はコーヒーを飲み、くつろぐことに

 手

 した。が、まて、何だ今のは?
 女の手だ。
 宇宙船内で私の「貸し切り」だというのに、女の手が一瞬、「外から生えて」いた。宇宙船の事故で死んだ幽霊かと思ったが(幽霊なら切り捨てれば良いだけだしな)そんなわけがない。この宇宙船は製造されて日が経っていないし、だからこそ私は乗ったのだ。
 「カネ」と「女」と「謎」が絡むとロクな事にはならないものだ。そして今はその三つが絡んでいる・・・・・・さて、どうするか。
 私は作家だ。
 戦う者ではない・・・・・・とりあえず、相手が何であろうが「作品」の「ネタ」にしてくれる。
 足下をリニア・モーターのように音を立てず接近し、私の足を掴もうとしてきたので、私はとりあえず椅子の上に避難することにした。
「何だコイツは・・・・・・」
 不気味だ。
 だが、行動パターンからして誰かが操っているのは明白だ。そして窓側から壁をすり抜けて進入してきた女の姿を見て、確信に変わった。
「・・・・・・よぉ」
 とだけ、女は言った。布一枚着ていない姿、引き締まった筋肉、恐らくは工作員の類だろう。
「お前は」
 何のようだ、と聞こうとしたのだが、女は取り合うつもりは無いようだった。
「チップを寄越せ」
 持ってるんだろ? と、柄の悪いチンピラのような態度で凄む。だが、凄まれたところで私には渡す義理は無い。
 問答無用で斬り伏せることにした。
 一太刀目をあっさりかわされたので、様にならなかったが。
「成る程。理屈は分からないが、貴様「幽霊」に「成る」ことが出来るんだな? ああ、いいぞ喋らなくても。私が勝手に調べるから」
 な、と言おうとしたところで私は引きずり込まれた。無論、地面にだ。女は幽体化、とでも言えばいいのだろうか。幽霊に成って地面へ潜り、私の足を右手で掴んだのだ。
「・・・・・・自分以外の物体まで幽体化できるのか」 私の地面は、半径3メートルほどが、底なし沼のようにドロドロに溶けていた。あの女、触れたモノも幽霊に出来るらしい。
 まずいぞ・・・・・・何とかしなければ。このまま幽霊にされたらどうなるんだ? あの世(そんなものがあるのか?)へ行くのか? それともただ消滅するのか・・・・・・どちらにせよ御免だ。
 なので。
「動くな。クレジットチップを破壊するぞ」
 と脅した。
 私は作家であって戦士ではないのだ。戦えば勝つだろうが、無意味に疲れるのは御免だ。だから欲しがっているチップをネタに脅すことにしたというわけだ。無論、破壊する気なんてさらさら無いのだが。
「いいのか? お前が何者かは知らないが、カネが欲しいのだろう?」
「ふざけんな。お前みたいな拝金主義者と一緒にすんじゃねぇ。第一、ここでお前をブチ殺せば済む噺だ」
「それは無理だろうな。私は「サムライ」だ。こと純粋な戦闘で張り合えるのは同じサムライか、ニンジャだけだ。私はお前を殺せるが、しかし何者かも分からないまま始末したところで、また襲われないという保証も無い。だからどうだ? とりあえず会話のテーブルに着くというのは?」
「信用できると思うか?」
「いきなり殺しにかかってきた常識知らずの台詞とは、思えないな。いいか、勘違いしているようだが会話の主導権を握っているのは私だ」
 実際にはそんなことは無いのだが、それこそ会話の主導権を握るための、テクニックみたいなものだ。
 これも一つの話術だろう。
 あるいは、戯れ言か。
「・・・・・・いいぜ、聞いてやるよ。だが、そのカネは必ず、必ず私が貰う」
「何だ。拝金主義者の私と同じではないか。何が買いたいんだ? 権力か? 男か? 地位か名誉か?」
 実際には違うのだろうが。こうやって挑発すれば当然、苛立って何のためかを彼女はあっさり話してくれるだろうという企みだ。
 企みは当たったが、しかしその答えは私にとって、期待はずれもいいところだった。
「妹の為さ」

   5

 誰かの為。
 これほど醜い理由はあるまい。誰かのために殺し誰かのために倒し誰かのために始末する。まぁ意味も結果も同じだが、彼らは「倒す」という言葉を使うことで、自分たちが悪いことをしていない、「悪者を」倒しているだけだ。とそう思いこみたいだけらしいが。
 ちなみに私が「始末」という言葉を使うのは、単純に言葉の響きがいいからである。
 それ以外に、特に意味はない。
 私はそもそもが、私個人の幸福のためならば、文明の一つ二つ滅んでも構わないと、常日頃から思っている人間なのだ。そんな人間に、人間かどうかは知らないがそんな私に、「罪悪感」などという下らない自己満足の自己嫌悪など、持つはずもない。
 罪悪感ほど下らない感情も無い。
 抱いたから、何だと言うのだ。
 それで誰が救われるわけでも無いだろうに。
 まぁ私は誰が救われようが、私個人の利益に関係なければ、どうでもいいがな・・・・・・そう言う意味ではやはり、自分で勝手に自己嫌悪して、よくわからない内側に入る人間というのは、人類が滅んでも自分の目的、利益さえあれば笑っていられる私のような人間とは、真逆すぎてわかるまい。 悪を自認することが難しいと人は言うが、産まれて生きている以上、何かを踏み台にする「悪」だ。生まれついての悪というなら、人類はすべからくそうではないか。
 私から言わせれば、皆悪だ。
 悪に多寡など存在しない。
 言い訳がましく認めないか、どうかただそれだけの違いでしかない。悪を自認することが難しいと思うなら、鏡を見ろ。
 そこに悪はある。
 誰にでも、存在する。
 善性についても、同じだ。そもそも人間が勝手に作った概念だが、見方を変えれば「善」でないと、全ての側面からそうあること、そんなことは不可能だろう。
 何かを破壊する時点で、誰かは儲かる。
 世の中そんなものだ。
 実に、陳腐な台詞だが。
 「主人公」の如く、人々に必要とされる人間像を、ヴィクターは演じていたらしいが・・・・・・ならば必然的に、彼の周りに集まった人間達は、そういう「自覚」の無い人種だろう。
 物語におけるヒロインのような。
 助けられることくらいしか存在意義が無いくせに、それらしい綺麗事だけは述べる人間。
 絶対に相容れそうにはない。
 悪性がない存在など人間どころか、そんな奴は生き物ではないと考える私に対し、彼ら彼女らは善性こそが人間には備わっていて、正しい道を歩いていれば「誰一人として傷つけず生きる」ことが可能だと、盲信している。
 その考えそのものが、「持つ側」の余裕ある台詞でしかないことに、彼らは気づく気にもならないのだろう。私などより狂っている。
 正しい道を歩くということは、つまりそのために邪魔者は排除し、的を倒すと言うことだ。仮に全ての戦いを避けるならば、尚更そんな存在は生きているとは言い難い。
 正しさなど、ただの都合の善し悪しだ。
 宗教も政治も道徳も、全て似たようなものだ。思うのだが、「組織」の正しさを盲信したり、あるいは今回のように誰か一個人の「思想」が正しいと考える人間というのは、その対象が倒れたときに、どうするつもりか考えてもいない。
 生きる、ということはアテのない広野に道を切り開いて行くことだ。その道を誰か他人任せにして、そのくせ今回のように私のような、糾弾できそうな人間に糾弾し、カネをせびる。
 要は、金だろう?
 慰謝料とか被害者の心の痛みとか、無責任だとか、権利の有る無しだとか、何かある度に自分たちの「正しさ」を主張する人間が多いが、要は当然の対価として金が相応しい量払われていないから、そんな行動をとるのだ。
 素直に金が欲しいと言えばいい。
 被害者ぶって誠意なんて形のないモノを求める時点で、金をせびっているのも同然だ。
 生きるだけなら金さえあればいい。
 誇りが欲しいのなら己の魂を、形にするしかないだろう。それは芸術であり機械であり、システムであり機構だろう。何かしら人間は作りあげることで、自身を表現できるモノだ。
 人生に意味が欲しいのならば、生きることに目的を与えればいいだろう。どうせなら壮大な奴がいい。求めもしないで願いが叶うことなどあり得ない噺だ。
 だが、最近は求めもせず、そのくせ夢があればと嘆き、かといって目的のない人間が増えている・・・・・・生きるだけなら金があれば事足りるが、残念ながら彼らには金さえ足りていない。
 遂げたところで叶うかどうか、半信半疑で道を歩き続けてきた私には、分からない話だ。
 人間の数が多くなったのは事実だが、だからといって余分な人間という枠ができたわけでもあるまいに。いや、出来ているのだろうか?
 代わりの効く才能。
 代わりの効く人材。
 代わりの効く労働。
 何かを成し遂げて金に換えることが仕事だというならば、人の都合で動くのは労働だ。そして労働を扱う側は金になる。何もない場所から仕事を確立し、道を切り開いていくのは至難の業だ。私が言うのだ間違いない。だが、至難だからと言って、目指しもしない人間が多すぎるのも、また事実と言って差し支えないだろう。
 代わりの効く労働に身をやつしていれば、考える必要も悩む必要もなく、何かあったら社会に責任を迫れるし、楽なのかもしれない。無論、望んでその道を選ぶ人間もいるのだろうが、果たして何人が「自分」で選んで「自分」で決めているのだろう。
 少なくとも、これから会う人間達に、そんなモノが無いのは事実だ。扇動されただけの人間に、そんなモノがあろうはずがない。
 坂を下り、孤児院らしきボロボロの建物(私から言わせれば、金にならない主義主張など道楽に等しい。つまりはそういう類だった)があり、小汚い子供達と、それを指導するであろう衣服の汚れた職員らしき姿も見えた。
 選択を素手で行う人間を、久しぶりに見た。
 とりまとめ役らしい女職員は「お客様がいらしてるから、後でね」と子供達をあしらい、私の方へ足を運んできた。
「こんにちは、私が、ここの責任者です」
 言って、爽やかに会釈をする。こういう類の人間とは相容れそうにない。泥沼の底で笑っていられる、変にかしましい部類の女は。
 警戒しつつ、私は答えた。
「ここの職員、李さんに呼ばれてな。来たくもないが、こうして足を運んだ」
「はは、すいません。どうぞ、中へ」
 言って、私は案内されるがままに中へと足を進めた。勿論、いつでも切り捨てられるように、警戒は怠らない。
 善良そうだからと言って、善良であるとは限らない。
 案外、突然襲いかかってくるかもしれないではないか。宇宙船内で女の手が襲ってくるのだから何が起きても不思議ではあるまい。
 中へ進むと、私は待合室(コーヒーは出ないし机は汚い。これで何を待ち合わせるのか不明だ)へと案内され、私は言われるがままに椅子へと座った。
「飲み物は」
 如何ですか、と言おうとしたと思うのだが、こんな汚らしい場所で出される飲み物を飲みたくはない・・・・・・思いやりの心が美しいのかは知らないが、不味い飲み物を出されれば不味い。
 人をもてなすなら豆くらい挽け。
 噺はそれからだ。
 だから。
「結構だ」
 とにべもなく断った。間髪入れなかったので、機嫌が悪いと思われたことだろう。当然、あんな脅迫まがいの方法で呼ばれたのだから、機嫌がいいはずもないのだが。
「用件を話せ」
「わかりました」
 言って、女も椅子に座った。
「私はアシュリーと言います。ここの事務員兼教育係です」
「それで」
「はい。えっと・・・・・・ヴィクターさんのお話は聞きました。彼が私たちの養育費を賄ってくれていて、そのおかげもあって私たちはここにいます」「だから?」
 私に何の関係があるというのか。
 と思ったら、ありきたりな理由だった。
「ええと、ヴィクターさんが生前、今も生きていると言えばいるのでしょうが連絡取れませんし・・・・・・「何かあったら使って構わない」と仰られていたお金があるはずなのですが、何か知りませんか?」
 金をせびるだけか。
 下らない。
 生前言っていたから何だというのか。
「知らないな。私は個人的に金を貰ったが、その金が仮に、だが。おまえ達の使う予定だった金だったとしても、知ったことではない」
「そんな。ええと、ごく一部でいいんです」
 ごく一部でいいので無料で下さい。私たちは哀れで救われるべき人間です。だから慈悲の手を。 下らない。
 救いの手も強要すればただの脅迫だ。武力で脅しているのと変わらない。大体がこの女達は決して自分たちでやり遂げる気が無い。
 救われるべきだから金を貰った。
 いままで、恐らくはそんな感覚で寄付金を使い込んできたのだろう。そんな感覚で金を使い、そんな軽い気持ちで金を強請る。
 醜悪そのものだ。
「断る。一切貴様等にくれてやるつもりは無い」「だから言ったろう」
 そう言って割り込んできたのは、李とかいうあの暴力女だった。宇宙船で私を襲い、妹のためだから殺人を犯しても構わないなどと抜かす、壊人の一人だ。
「最初から奪っちまえば良かったんだ。元々が、私らが貰う予定だった金だぞ」
「やめて下さい」
 などと言う下らないやりとりを見て、面倒だなぁと思った。子供だからとか、女だからだとか、社会的弱者なので貰って当たり前というスタンスの人間というのは、見ていてつまらないしな。
「もういい。私が提示できるのは一つだ。このまま私に関わらないことだ。邪魔をするならここの子供達ごとお前達を「始末」する」
「てめぇ! 良心のかけらも無い奴だな」
 腐ってやがる。などと抜かすのだった。
 子供は殺せば罪になるが、金を持った人間を殺すことや悪人を死刑にすることは、恐らくは彼女の中では「合法」なのだろう。これは宗教でも言えることだが、まるで「死んで良い人間」と「死ぬことが理不尽で正されるべき人間」がいるかのように描写されることが多い。
 子供も大人も女も男も。
 同じ人間だろうに。
 何人殺そうがそれはまた人間であり、何人汚そうが元が人間であることは変わりあるまい。
 悪人であれば死んで良い。
 善人は死ぬべきではない。
 馬鹿なのかこいつらは。
 生きていれば他者を殺すのなんて当たり前ではないか。誰かが生きるためには誰かが死ななければならない。資本主義とはそういうものだ。
 人を殺して良い理由は無いが、殺してはいけない理由もまた、存在すまい・・・・・・当人達がどう思いこむか、ただそれだけだ。
 敵の首を取ることが「正義」の時代もある。
 人を殺すことが「邪悪」の時代もある。
 ただのそれだけだ。
 いずれにせよ、自分たちの勝手な倫理観を、押しつけないで欲しいものだ。何か仕事を得ると言うことはその仕事を得るはずだった人間を殺す行為で、何か食べ物を多めに輸入することは、生産地での阿鼻叫喚を容認し、他の国が多少飢えて死んでしまうかもしれないことを、見ぬ振りして忘れる行為だ。
 生きるだけで人間は殺している。
 例外などあるものか。
 澄まし面して勝手に納得しているだけだ。
「それと、私の生活と、何の関係が?」
「未来ある子供を見捨てるつもりか?」
「ちょっと、李さん」
 私はアシュリーの方へ立って近づき「お前は卑怯だな」と、とりあえず糾弾した。
「え?・・・・・・何が」
「そうやって、優柔不断なフリをして、物事が片づくのを待つつもりか?」
「そ、そんなことは」
「だが、誰も助けてはくれないぞ。お前もこの施設も、たまたま目について助けられていただけでしかないんだ。お前達がどれだけ「悲劇のヒロイン」を気取ろうが、そんな下らない連中に出す金なんて、無い」
「そんな」
「そんなこと酷すぎる。助けてくれって? 御免だね。私は別に、お前達がどれだけ悲惨であろうが関係ないしな」
「お前」
 と言って、李は私につかみかかるのだった。
「恥ずかしくないのかよ。ここは、親もいない子供達が収容されてんだぞ! 中には、臓器輸出一歩手前の奴だっている」
「だから?」
「だからも何も・・・・・・助けて当然だろうが」
「何故?」
「何故って、お前」
「道徳的に、正しいから? だから、何だ。それと私の生活と、何の関係がある。お前達みたいな「悲劇のヒロイン面のバカ」に寄付する事も結構な度合いであるにはあるが、どれだけ多めに金をくれてやったところで、別に因果は応報しない。金を渡したところで、お前達が自分勝手に「ありがとう、これで助かったよ」と言うだけだ。そんな下らない自己満足に、付き合う理由など、あるはずがないだろう」
「そんなんじゃねぇよ。ただ」
「ただ、何だ?」
「困ってる奴を見て助けるのは、当たり前のことだろうが」
 ふざけるな。
 誰しも、困ってはいる。豊かであろうが、それは同じ事だ。無論、たまたま手が合いたら、あるいはそういう気分だったら、少しは助けることもあるだろう。気分が乗れば、無駄使いではあるが寄付に金を払うことも、やぶさかではない。
 だが、それを押しつければ脅迫だ。
 道徳の欠片もない。
 ただ押しつけがましいだけだ。
「最近、湿気が酷くてな」
「は?」
 何の噺か、わからないらしい。当然だが。
 私は噺を続けた。
「この惑星でも、体力を持って行かれやすくて困っている。聞くが、お前・・・・・・そんな私を、お前は助けたことはあるのか?」
「ッ!・・・・・・それとこれとは」
「同じだ」
 私は断言した。同じだ。
 お前等の道徳心は、それと同じだ。
 弱きを助け強気を挫く。言葉面は立派だが、その強い弱いの基準は、身勝手な指針によって決められるモノだ。
 はっきり言って迷惑極まりない。
「お前達の下らない自己満足に付き合う気は、塵一つ分もありはしない。私は帰らせて貰う」
 そう言って、半ば強引にその場を後にした。
 こういうのはさっさと引き上げるに限る。私は追跡されないように複数の宇宙船を予約し、高くて貧乏人の奴らでは入れない、ファーストクラスのみの豪華船で、宇宙へと旅立つのだった。

   6

「変なケチがついたな、先生」
 そういうのはジャックだった。確かに。ああいう手合いは面倒だ。揉める前に引き上げられたのが、唯一の救いか。
「俺にはよく分からないねぇ。どうして、「救われるべき人間」なんてカテゴリが存在する?」
「・・・・・・人間は基本的に「自分は正しい」と思い込みたい生き物だ。だから自分を肯定する能力の低い人間は、組織的な正しさや倫理的な正しさ、そういった「正しそうなもの」を伝聞だったり周囲の空気に会わせたりで、そうあることで「正しくて善良な人間」というステータスを守りたいのだろうな」
「先生にはまるで当てはまらねえな」
「大きなお世話だ」
 正しさよりも実利が欲しい。
 そういう意味では、必要ない。
 役に立たないしな。
「正しさが役に立つシーンなど、大量虐殺を正当化する場合くらいだろう。使い道がない」
「そういう発想がパッと出るあたり、先生も相当なものだと思うぜ」
「私はどうでもいいがな」
 他者の評価など、どうでも言い噺だ。
 金を貰えば、考えるが。
 考えるだけで、やはり意識には入れないな。
 人間の不幸の対義語など、精々が金と女と健康と、そのくらいのモノだ。他には、食い物と優越感と支配欲と、まぁそんなところか。
 どうでもいいがな。
 どうでも良くないのは、金だけだ。
 つまり私個人の豊かさの有無だけだ。
 他のことなど、どうでも良さすぎる。
「貧乏でも良いから愛してくれるかと聞く、そういう女がいるだろう? 馬鹿馬鹿しいことに、愛さえあれば「不幸せ」に成ってくれるよねと、そう脅迫しているわけだ」
「極端だなぁ」
「だが事実だ。綺麗事や誠意、などというのは、結果そのものだ。だというのに、過程が美しければ「尊い」から別に良いよなと、例えどれだけ人間が死のうが、相手が犠牲になろうが、許容してくれて当然。そう思っているのさ」
「俺にはよく分からない話だが、人間ってのは、愛を求める生き物だろう? 愛さえあればいいってのは、駄目なことなのか?」
「それとこれとは関係あるまい。愛があろうが金は必要だし、過程が尊いから殺人を許す人間というのは、ああいう、自分たちを正しいと盲信している生き物になる。醜悪そのものだ。金があるからこそ行動は誠意になる。頑張っていようがいまいが、倫理的に正しかろうが、結果が全てだ」
「その考えは危うくないか?」
「ほう」
 私はコーヒーを飲み、ソファに身を預けながら続きを聞いた。
「だってよ、過程だって大事だろう。過程に信念がなければ、それこそ先生の言う「中身のない」モノが、世間に溢れかえるんだぜ」
「事実として、力を持つのは内実が伴わないものだ。そもそも、内実の善し悪しなど結果が決めることでしかない。金が決めることで、人間の意志はモノの善し悪しに介在しない」
「ミロのビーナスとか、まさにそうじゃないか・・・・・・価値の分かる人間が、後生へ伝えることだってある」
「だが、広めるには金が必要だ。聖人ですら、銀貨で仲間を売っている。確かに、中身がないのは問題だが、私が言いたいのはだからって、金が、結果が「無くてもいい」という事には、絶対になり得ないと言うことだ」
「確かにな」
 言って、彼はどうやら私の携帯端末で勝手にゲームをしているらしく、シューティングゲームの画面に切り替えた。
「思うんだけどさ」
「何だ」
「先生は人間が嫌いなんじゃないのか」
「さてな。私の嗜好など、それこそ金次第だ」
「そりゃー面白いな」
 だがよ。と彼は続けて言うのだった。
「結果なんて、ある一定を越えれば無意味なものだぜ。金だって、ある程度ありゃあ、人間は一生生きていける。ありすぎも問題だと思うがな」
「だろうな。ありすぎたところで、正直邪魔なだけだろう。無いよりはマシだがな。金にしたってありすぎれば敵を生み、権力に翻弄され、地位を危ぶまれるモノだ。あるに越したことは無いが、少なくとも私は、それなりの金が欲しい」
「幾らでも、ではなくか?」
「あるならいいだろうが、な。まぁそこまで金に恵まれる状態になれば、歴史を加速させる手伝いでも、するだろうな」
「いつぞやの教授みたいな事言ってるぜ」
「私の場合、ただ科学技術が面白いモノを作り上げるのを、期待しているだけだ。物語も、まぁ面白いモノが作れるのなら、投資するのも良さそうだ」
 面白いモノを作り上げる。
 と、言うよりも、そういうモノを作りやすいように、早く沢山他でもない私が、それらを可能な限り多く。知られるように、金を使うだろう。
「すぐ飽きるくせに」
「いいんだよ。私が満足できればな」
「アンタ最悪だぜ」
「知っているさ」
 それこそ、どうでもいいことだがな。
「私の人生には愛も美しい過程も、ないのだからな・・・・・・人生が金にまみれて何一つ本物に届かなくても構わない」
 それで私は満足できる人間だ。
 いや、出来なかったところで選択肢など、ありはしないのだが。
「それでも幸福だと、まぁそういうことにしておくとしよう」
「やれやれ、素直じゃねぇなあ。人生に本物が欲しいって泣いて叫んで懇願してもいいんだぜ」「してどうする。金にならなければ、どのみち噺にならない」
「そうだけどさ」
「実利があって初めて、人間の意志は尊いと言うことだ。少なくとも、実利も権威も無い誠意などに、頭を垂れる人間はいない。いるとすればそれは趣味の感覚で「いいこと」をしている暇人だけだ」
 つまりああいう人間達だけだ。
 私には関係がない噺だ。
「やれやれ、そこまで行くと感服するぜ。アンタみたいに人類全体が開き直れれば、世界は平和になるのかな」
「ならないな。だが、長期的には平和になるだろう。邪魔者を全て消し去り、統一した国家になるだろうからな」
「おっかないねぇ」
「私でなくても、既にそうなっているさ」
 事実、銀河連邦などと銘打ったところで、実体は複数の国家の集合体だ。発言力のある国家にとってのみ、有用なサービスでしかない。
 複数あるかに見えるだけだ。
 人間社会は、とうの昔に金で統べられている。「なぁ、先生。一度先生に聞いてみたかったんだが」
「何だ。有料だぞ」
「・・・・・・先生はもし、無尽蔵の金と、寿命を手に入れたら、どうするんだ?」
 何かやりたいことでもあるのか、と彼の立場からすれば至極当然の質問を投げるのだった。
 投げられたところで、答えは決まってるが。
「決まっている。毎日を楽しく、かつ面白い物語を読みふけり、コーヒーと豪華な茶菓子を食べ、趣味に生き、暇が余ったら物語を綴るだけだ」
「今と変わらない気がするんだが」
「変わらないさ。物質的な余裕があるという点以外は、何一つ変わるまい」
「先生が物質的に満たされて満足する様も、想像つかねぇけどな」
 同じ事だ。
 精神的に、物質的に満たされるというのは。
 どちらも満たす条件を揃えるために、人間は四苦八苦するわけだからな。
「そういう意味では、やはり物語なんぞ余裕のある人間の娯楽なのだろうな。夢を魅せるにしても余裕のない人間からすれば、ただの綺麗事だ」
「そうかな」
「そうさ」
「俺はそうは思わないぜ。人間の形なんだよ。だから惹かれる物語があり、惹かれない物語があるのさ。物語に陶酔すると言うことはつまり、その物語の作者の思想に傾倒することだ」
「何の問題がある?」
「問題だらけさ。だって先生はさ・・・・・・そういう人間の可能性を、信じているんじゃないのか? だからこそ、物語を読むことを、やめられないんだ」
 人を信じることの出来ない先生が人間の可能性を信じているなんて傑作だ。そう彼は笑った。
 私も笑い返すことにした。
「当然だろう。可能性だけならばどんなゴミにでもあるからな。現実には何の可能性もないゴミ共の可能性を夢想するのは、楽しいものだ」
「やれやれ、アンタ

 船体が揺れる。

「何の音だ」
 船内アナウンスが流れた。
「あーテステス。これからお前の持っているチップを頂く。当然の権利としてな。だから抵抗するなよ」
 とそんな横暴なことを言う、正義の味方ごっこをしている女、李の声が聞こえるのだった。
「だから言ったろう? こういう下らないことに関して言えば、人間の可能性は無限大だ」

    6

 私は縛られていた。
 どうしたものか・・・・・・幸いと言うのか、私ならこの女の思想、主義主張を口先だけで破壊できるのだ。そうすればこの女は多分、壊れてしまうかもしれないが、まぁ知らないし関係あるまいと、私は思うのだった。
 関係あったところでやはり知らないが。
 いずれにせよ自分勝手な正義の味方馬鹿の未来が泥色になろうが、私に未来には関係ない。
 私は囁きかけることにした。
 取引を持ちかける悪魔のように。
「・・・・・・あの妹、アシュリーとか言う妹分は、喜んでくれたか?」
「ああ?」
 銃を持って乱暴に答える李。
 私は黙秘し続けたので、何発か私を殴った後に自分で探している最中だった。
「妹のため、なんだろう?」
「それがどうした」
「まぁ実際は妹のためではなく、「頼れる姉」として尊敬されたいだけだがな。お前は尊敬されて「お姉ちゃんは凄いね」って言って欲しいだけ、ただの下らない自己満足だ」
「お前に何が分かる」
「分かるさ。知られたくもないことだけは、私は知っている者でな。作家なんてそういうものだ。頼まれてもいないんだろう? 誉められたくてこんなところまで、金を回収しにきた」
「違う、私はアシュリーの為に」
「嘘をつくなよ、お前は誉められたかったんだ。そして「凄い」と思われたかった。ただのそれだけだ。好きな相手を虐めるガキと変わらない。妹分に「良いこと」をすることで救われようとしている卑怯者だ」
「黙れ」
 凄んで私を睨む李だった。随分と脆い精神だ。こんな精神でよく生きてこれたな・・・・・・あるいはそれこそが人間らしさなのか。
 どうでもいいがな。
 問題なのは今ここでこいつの精神を破壊し、ついでに肉体面も壊すことだ。
「よくそこまで自己満足に傾倒できるな。拍手してやろう。良かったな、おめでとう。だが残念ながらお前の妹分は全く喜ばないぞ」
「何故、そんなことがお前に」
 分かる、と言おうとしたのだろう。
 私がサムライの刀(何かいい愛称があった気がするが、忘れた)で縄を切り、携帯端末の画面を見せてやったからだろう。画面の向こうには姉である李を、恐れおののきながら見る、妹分のアシュリーの姿があった。
「見ているかアシュリー。こいつはな、こういう女なんだよ。お前のために何人も殺している」
「やめろ!」
 そんな風に叫ぶ李をよそに、彼女は「本当なんですか?」なんて、白々しくもヒロイン気取りで聞くのだった。
 関心があれば、気づいていてもおかしくもないと思うのだが、関心を持ちたくもなかったのだろうと、私は結論づけた。
「酷いよな。お前には内緒で、お前の為にと、「そういうこと」にして、罪悪感を減らそうとしているんだ。最低だな」
「最低」
 と繰り返すアシュリーの姿を見て(実際にはただ無防備な精神が、言われたことを復唱しているだけなのだが)李は精神的に相当堪えたらしかった。
 人を殺しても罪悪感がない人間が、大切な人間に嫌われれば傷つくというのか。何とも身勝手な奴らだ。
「本当はお前だって、李のことが嫌いだったんじゃないのか?」
「・・・・・・そんなことは」
「おい、やめろ。やめてくれ」
「考えるということは、返事に窮すると言うことは、つまりそういうことだ。本当は鬱陶しくて仕方がなかったんだろう。良かったな、これでお前の望み通り、この鬱陶しい女は消えてくれるぞ」「そ、そんなことは」
 無い、と断言しようとして詰まっていた。
 いいぞ、もう少しだ。
 手間暇がかからなくて良かった。
「李だって、お前のことなんて、人をぶっ殺すのに便利な理由として「使用」していたわけだからな。別に構わないさ。お前達は本当のところ、全く信じ合っていなかったのだから」
「そんなことはない」
 そういって吠えたのは李だった。銃を私に向けながら、だが。
 震えながら言われても説得力は無いが。
「私は、妹のためなら何だって」
「だがこうして妹の為に殺すことは知られたくなかった。知られたら嫌われるよな。「そんなこと頼んでいない。お姉ちゃんなんて大嫌いだ」と拒絶されることは間違いないだろう」
「そ、んなことは」
「見ろよ、この映像越しの光景を・・・・・・お前のことを化け物か何かを見るような目で、見ているじゃないか。見ての通りお前のやったことは下らない自己満足で、妹分からすれば嬉しくも何ともなかったのさ。どころか、これでもっとお前のことを嫌いになっただろうな」
 私は李の耳元で「人殺しなんて汚らわしいと、アシュリーは思っているぜ」と囁いた。
 実際には人が人を殺すことなど、歴史の観点から見ても事実として珍しくもないのだが、モラリストという奴は自分たちがモラルに反していると思われることを、病的に嫌う。
 自分たちは絶対的に正しいと、思っていなければ壊れてしまうのだ。
 だから壊すわけだが。
 この方が楽だしな。
 李は既に涙ぐんでいた。
「ち、違う。違うんだアシュリー。私はこいつを殺すつもりなんて」
「あったというわけだ。見ろよ、この銃。殺しておいてきっと、お前には「話せば分かる奴だったよ。くれたんだ」とか言って、私の血を拭った金で、お前達を助け「妹に感謝される自分は凄い」と思いたかったんだろうな」
「わた、わたし、私は、ただアシュリーの」
「為に殺そうとした。よかったなアシュリー。お前も今までこの女に善意を向けられていたのだろうが、その本意もはっきりしただろう。いままでお前が貰った善意も、金も、モノも全て、きっとこの女は殺しまくってお前に与えたんだろうぜ」 見ると、アシュリーは腰が抜けているらしく、漏らしながら地面にへたり込んでいた。だがこの程度ではまた復讐とか考えられても面倒なので、きっちりと壊しておくことにした。
「どんなんだ李? 妹に死体を押しつけるのは気持ちよかったか?」
「ち、違う」
「何が違う。人を殺して「ああこれはアシュリーの為だから」って言い訳をして誤魔化して、自分を満足させる下らない自慰行為は、楽しかったのかと、そう聞いているんだぜ」
「違うんだ」
「そうだよな。アシュリーのためだ。彼女のためなら人の100や200殺したって仕方がない。良かったなアシュリー、お前専属の殺し屋だ。気にくわない奴がいたら李に相談すればいい」
「違うんだ」
「気にくわない奴の一人や二人、いるだろ? そういうときは李姉さんに相談だ。お前のいる孤児院の仲間だって、気にくわなければ殺してくれるさ」
「ひ、ひぃい!」
 と言ったのは画面越しのアシュリーだった。まぁこの娘には戦闘力は無いだろうし、心だけへし折っておけば大丈夫だろう。画面越しとは言え、死にたくなるように誘導することは出来るし、そうしておくか。
「アシュリー。責任はとらなくちゃな。李はお前のために多くの人間を殺した」
「わ、私は何も」
 知らなくて、というアシュリーに私は追い打ちをかけるのだった。
「お前のせいだ、お前のせいだ、お前のせいだ。人を殺しておいて生きていようなんて図々しいぜ・・・・・・人を殺した人間は、死ななくちゃいけないんだ」
 どの口が言うのかと思わなくも無かったが、まぁ知らん。知ったことではない。あの世とかいう訳の分からない世界で裁かれるとしても、多くの寄付をしてやっている以上、神だろうが仏だろうが、文句を言われる覚えもない。理不尽な暴力によって無理矢理地獄へ送られることはありそうだが、しかし金をもらうだけ貰ってその金で信徒を増やして人を救っておきながら、人殺しは悪だという理由で私を地獄に落とすのなら、そんな存在は神でも仏でもなく人間と変わるまい。
 ただの理不尽だ。
 そして自分が格上だと思いこんでいる馬鹿が、ただ権力や地位にモノを言わせて、無理を通すのはどこにでもよくある噺だ。
 神も仏も、所詮その程度だろう。
 彼らの基準であの世の行き先が決まるなら、そうとしか言えないしな・・・・・・絶対的な存在だったところで、そいつ個人の考えで審判を下すなら、ただの独裁者と何一つ変わるまい。
 正しそうに見えるか、見えないか。それだけの違いでしかないのだ。
 大体が神や仏の方が、神話上で殺しているのではないのか?
 仏はともかく、神は大量殺戮の好きな奴が多いからな。仏は知らない。暇なら調べてろ。
 まぁどうでもいい。
 私個人の生活が脅かされなければ。
 だから正しかろうと、そうではなかったところで・・・・・・「始末」しておいた方が安心できる。
 私個人の安心のために死ね。
 私は知ったことではない。
「しな、なくちゃ」
「やめろ! おい、アシュリーを止めてくれ」
「アシュリー。お前のためと言う理由で、この女は多くを殺してきたんだ。そうだ。李のためだ。李の為に今お前が出来るのは、責任をとって死ぬことだけだ」
「やめてくれ!」
「そうだ。そこの近くに刃物がおいてあったろう・・・・・・確か調理場だ」
 ふらふらと幽鬼のように、彼女は、アシュリーは刃物を取りに行き、そして電池の切れたロボのように、崩れ落ちた。
「そうだ。あとは腹を裂けば、それで終わりさ」「やめろアシュリー。絶対にするなよそんなこと・・・・・・いまそっちに行くから」
「そして殺すんだろうな。アシュリー、この女はまた殺すぞ。お前のために。責任をとるためには今やるしかない。さぁ、早くやれ」
「ああ、う、あ」
「駄目だアシュリー、私はこんなことのために」「人を殺したんだ。アシュリー、お前のために」 す、と血の気が引いたらしく、アシュリーはどたっ、とその場に崩れ落ちた。
 ちゃんと死んだのだろうな。
 後から報復を受けることが、私が最も嫌がることだからな。嫌なだけで、その際始末すればいいのだろうが、面倒な上いつくるのか分からないモノを待つのは苦手だ。
「よかったな、李。お前の思い通りだ。お前だって本当は、うざったい妹分に、飽き飽きしていたんだろう? 自分だけ汚れ仕事であることに、うんざりしていたんだろう」
「違う、違うんだ、私はそんなつもりじゃ」
 まるで赤子のようだった。あるいは小さい子供か。なんでもいいが、報復できないようにキチッと壊しておかなければな。
「お前のせいだ」
 この台詞はこういう人間には効く。
 私なら「だから?」と開き直るが。
 まぁどうでもいいか。
「お前のせいだ、お前のせいだ、お前のせいだ、お前のせいだ、お前の」
 せいだ、と言おうとしたところで、彼女もまたその場に崩れ落ちるのだった。チョロい精神だ。「あ、あ、私は」
「人殺しだ。お前のせいで、妹も死んだかもな」「そん、な」
「つもりだった。お前はそのつもりだった」
 思考を書き換えてやるとしよう。
 繰り返し刷り込むだけだ。
「お前はこの状況で、本当は「スカッ」とする人間だったんだよ。そういう奴なんだ、おまえは」「・・・・・・」
「そうだ、だから笑え、楽しいだろう? 思惑通り鬱陶しい妹分を死に追いやれたぞ!」
 大きめの声で耳元で言う。これがコツだ。
 彼女は「ははへひふぇ」と、よく分からない奇声を出しながら、笑った。
「そうだ、楽しいだろう? この状況はお前が作り出したんだ、全てお前のせいだ!」
「ああ、ふあえへへへへぇ」
 狂気のような笑いだった。
「そうだ、いいぞ。もっと楽しめ、お前の思い通りに、うざったい妹分を殺せたんだからな」
 実際には死んでいるか確認は取れていない、というか多分生きてはいるだろうが、そう強く刷り込んでやった。
「ああ、あぁぁぁああ・・・・・・」
「良かったな」
「ええ、えふぇへぇ・・・・・・」
 精神への刺激が強すぎて、幼児退行しているようだった。好都合だ、これなら復讐はできまい。 一応始末してしまおうかとも思うが。
 とはいえ、それは精神病院のデータからでも確認できることだし、何よりアシュリーをもう一度始末するだけのために、あの惑星へ赴くのもかなり、大分、面倒だ。
 我ながら私に刃向かって命を狙った相手に優しいなぁとか適当なことを思いつつ、優しさなんて強者の勝手な都合なんだなと、変に人間に対する理解を深める私だった。

   7

「えげつないな」
「意味不明の義侠心で、人を殺す奴よりはマシだと自負しているが」
「そりゃ、そうだけどよ」
 我々は結局、通りがかった別の船に乗ることにした。無論、一番高い席だ。
 まぁ値段は知れているが。
 それほど大きい船でも無かったしな。
 機内サービスの食べ物が充実していれば、別にそこまで無駄に高くなくとも、構うまい。あの二人に関しては色々と手を回し、犯罪者を収容する精神病院へ無期懲役で送りつけた。無論、あの孤児院にいる人間達があとから復讐しようとか思っても何だったので、私の情報は完全に消させておいた。
 調べられれば分かることだしな。
 その場合、先手を打って始末するだけだ。私の個人情報へアクセスした時点で、面は割れる。
「いや、そういうことじゃなくてだな」
「なら、どういうことだ」
「やりすぎじゃないのか?」
「やりすぎ? 私は言葉を囁いただけだ。人を殺すなんてえげつないことよりは、人道的だろう」 何せ、誰も傷つけてはいないのだからな。
 ある意味人道的処置だ。
 国際法に従って「人道的に」テロリストを拷問するのと、同じことだ。
 法的に問題はないし、道徳的に問題があるというなら、殺そうとしてきた李の方が、非人道的だろう。 
「私はむしろ、被害者だ。何なら金を請求したいくらいだ」
「結果ばかりを追い求めていると、どこぞの合理的畜産国家みたいに、病気で倒れるぜ」
「武士道魂で燃え尽きるよりは、マシと言わざるを得ないな」
 よくやったね、おめでとう。努力したからそれでいいや。なんて下らない理由で私が納得できる人間な訳がない。結果がなければ。
 覚悟があろうが信念があろうが、未来へ向かう意志があろうが、結果が無くては噺にならない。「人生はプラスマイナスゼロだからな。何せ最初からゼロなんだ。どちらにも傾きようがない」
「へえ、じゃあ先生の人生は何色だい?」
「さて、どうだろうな。色も数値も無いことだけは、確かだろう。弱さによる集団も強さによる優越も無い。何もないのが人生だ」
「それで楽しいかい?」
「金があればな。私の基準はそれだけだ」
「一人は寂しいかい?」
「いいや・・・・・・最高に面白いぜ。だが、如何せん金が足りなさすぎて、げんなりするがな」
「それだけかい?」
「どうだな・・・・・・回り道や寄り道で得られるモノがあると人は言うが、私はそうは思わない。そもそもそういった人間が積み上げるべき経験を、積み上げて立派だと言われたいわけでもないしな。だから、私は」
「結果が欲しい?」
「ああ、だが、それも、少し、疲れている、のかもしれないな」
 疲れ切っている、と言うべきか。
 私はとっくに。
 いつかたどり着くことが出来ると、そう信じることが出来なくなっているのだろうか。
 わからない。
 分かりたくもなかった。
 分かったところで、意味も価値も、無い。
「さて、そういう意味では人間の意志の力など、信じろと言うのが無理な話だ。あったところで、他でもない自分にその恩恵がないのなら、存在しないも同義だしな」
「そう思うのか?」
「仮に、だが・・・・・・「信念」が真実へとたどり着くというのならば、「誇り」や「思い」が人間を目的地へと運ぶのならば、長い長い回り道を経て私は未だ、たどり着けていない。なら、到達するその日までは、信じないさ」
 信じるわけには行かない。
 信じてたまるものか。
 綺麗事で納得する気は、絶対にない。
 あってたまるか。
 私は、ただこれまでの道のりに相応しいものが欲しいだけなのだから。
「そうかもしれねぇ、だがな」
 と改めてジャックは知ったようなことを言うのだった。
「だが、結局のところ、俺も、先生も、どれだけ長生きしたところでいつかは「死ぬ」いや、死ななかったところでいつまでもこの世にしがみついて生きているわけにも行かないだろうぜ。俺たちは死ぬ。だが、それまでの短い間に、やるべきことをやり遂げたなら、それは「幸福」じゃねぇのかな」
「ふん、それはその「過程」を歩いた人間だけが口にして良い言葉だ。お前も、そして遙か上から眺めている「神とやら」も、生き様とは無縁だ。語る資格はお前達には無いさ」
「だろうな。言ってみただけさ」
「そうか」
 私は考える。
 仮にそうだったとしたら、御免だ。私は別に「尊くも美しい人生だったぞ拍手拍手」と、神だとか悪魔だとかに上から目線で誉められるために生きているわけではない。
 断じてない。
 そんなのは願い下げだ。
 今「生きて」いるこの瞬間に、得るべきモノを得れなくて何が幸福か。
 

 人間が作物のようなもので、「実った」魂に価値があるだのと言われたところで、私は別にお前達を喜ばせるために生きているんじゃない。
 神も悪魔も知ったことか。
 これほど役に立たないモノも無いしな。
 いずれにしても、あの世があろうがなかろうが私は、私の為だけに、生きる。
 それ以外に道は無い。
 誰かのための誰かもいない。
 守るべきモノも無い。
 あるとすれば、財布の中身だけだ。
 そんな人間が生きようと言うのだから、これはもう金を集めるしかない。何に使うのかと言えば使い道も無いのだが、集めるのだ。
 そして札束に囲まれて死んでやる。などと殊勝なことは言うまい。私はそんな謙虚な人間ではないのだ。愛も友情も人間らしい楽しみも、金の力と併せて全て、手に入れる。
 手に入れれば、の噺だが。
 目下、金だけでも苦労したのだ。愛だの友情だのはやはり、金に余裕ができ、手に入りそうなら寄り道感覚で買うとしよう。
 私はソファに腰掛け、深く体を沈めながら、ホットミルクをぐびりと飲んだ。
「先生は既に、そこそこ作品が売れて小金持ちじゃないか。今更金の多寡を気にする必要があるのかい?」
「当然だ。金は使うものだからな。そして、何に使って楽しみを得るか。これが重要だ」
 それを考えるために生きる。
 いや、それをあれこれ考えながら生きることが楽しいのだ。
 それこそが人生の娯楽だ。
 使わなければ意味がない。だが、使う用途をあれこれ考えられて、かつ実際に使えるというのが一番楽しいものだ。
 そういうものだ。
 なので、私は珍しい食べ物でも食べることにした。ウズラ卵の納豆ご飯と言うモノを食べることにしたのだが、形容しがたい味だった。つまりは不味かったのだが、これはこれで良い経験になるだろう。作品のネタにするとしよう。
 作品のネタか。
 物語の大筋に意味はない。読み終わってしまえば解決し、覚えてしまうからだ。マンガならそれでもいいのだろうが、小説とは暇なときに何度も何度も読むものだ。
 出来れば何度も、それこそ本が擦り切れるまで読まれる物語が良い。それは「思い」だとか「信念」だとか「思想」を伝えるものだ。私のようなそういう「非科学的な」思想を信じない人間が、誰よりも物語を通じて人にそれらを伝えているというのだから、皮肉な噺なのか?・・・・・・金になればそれもどうでもいいがな。
 しかし事実だ。
 信念のない物語、教訓や思想、「人間」について深く描いていない物語は、打ち上げ花火のように、華々しく売れるだけで、すぐに飽きられる。 継続的に売れるに越したことはない。
 だからこそ、なればこそ物語の主人公は「悪」であるべきだ。そうじゃないか?
 少なくとも、ヴィクターが演じようとしていた物語の主人公は、誰からも好かれ誰にでも打ち勝ち誰とでも仲間になれる類の存在だ。
 そんなモノを見ていて何が面白い。
 やはり悪だ。
 仲間は選り好みし、敵は始末し、嫌われながらも物語、「運命」に挑む姿の方が、面白い。
 そうでなくては嘘だ。
 何にでも打ち勝つ主人公など、応援するに値しない。応援しなくても勝つと言うことではないか・・・・・・盛り立て役だけ、だ。仲間に与えられる役割がそれだけでは、つまらない。

 何を犠牲にしてでも己の信じる道の先へ。

 それこそが、主人公の有り様だと、私は思うのだ。善か悪かなど些細なことだ。善人の主人公など、つまらない。人間は悪性の生き物だ。そんな善性だけの人間など、人間ではあるまい。
 ただの機械だ。
 物語を加速させるだけの、機械。
 そんなものに興味はない。
 有能も愚鈍も同じことだ。やはり人間の執念の先こそ、見る価値がある。
 だからこそ、物語は「面白い」のだ。
「先生は劣悪な境遇だからこそ、傑作を書けるとは思わないんだな」
「馬鹿か貴様。書いたところで売れなければ意味がないだろう。そもそも、環境に左右されるほど私は人間としてブレていない」
「それはすげーよく分かる」
 人間というのは面倒なものでなにかと理由を付けたがるが、しかし不幸であるから良いものが作れるならば苦労はすまい。と、いうかその理屈で行くと不遇な人間が偉人になるかのような考えと言っても良いが、それはただ単に彼らに運がなかっただけだ。裕福な生活をしていた偉人だって珍しくもない。天才が恵まれた環境で時代を変えることはよくあることだ。
 運不運。
 とどのつまり私の本当の「敵」はそれなのだろうか・・・・・・考えたところで、何かが変わるわけでもないが、意識はしておこう。
 意識するだけならば金はかからないしな。
「けどよ、実際拝金主義じゃないが、物質的に豊かになればなるほど心は貧しくなるって言うぜ」「なら心配いらないな」
 私にはそんな大層なモノは無い。
 断言できる。
 そんなモノは無い。
「遠慮なく金を使えるというわけだ。最も、私は食事と本と生活環境くらいにしか、使わないが」「娯楽とか無いのかい?」
「それこそ物語で十分だ。嗜好品と物語があれば大抵の場合は満足できる」
「それでも出来なかったら?」
「女でも抱け」
「先生は、それで満足できるのか?」
「出来なくても、生きてはいけるさ」
「生きていける、だけだろう?」
「満足云々は、豊かさとは別に追い求めるものでしかない。だから金と目的を比べることに、意味も価値もありはしない」
 私はソファへもたれ掛かる。そして指向性音声認識で「ニュース」と言った私の言葉を認識したのか、ニュース画面が幾つも空中に表示された。 古い技術だ。
 電脳世界なら、現実の時間感覚を0にして見れるしな・・・・・・現実には一瞬だが、あそこなら無限に時間を浪費できる。
 それで帰ってこない奴も多いが。
 資源問題は解決したが、人間の精神はますます軟弱になったしな・・・・・・デジタル世界では「死」の概念がないから、真面目に考える奴も少ないと言えば少ない。
 科学と引き替えに人間は人間性を犠牲にしつつある。作品が売れれば作家としては、特に何の不満も発生しないから構わないが。
 売れれば、だが。
「最近は、いや科学が発達するにつれて、人間は真面目に「死」や「己の人生」などの「生きる」ということについて、考えなくなったな。役に立たないと言えば、立たないのだろうが・・・・・・・・・・・・「生きる」ということは金の概念の前では「金を稼ぎ糧とすること」だ。だからこそ「考える」だけでも駄目だが、「稼ぐ」だけでもきっと、足りないのだろう」
「なら、先生は足りているかい?」
「さあな、金はまだまだ足りていないが」
「足りる足りない、ってのは、生きている証明だと思うぜ。全てに満足してしまったら、むしろ生きている実感は薄れるんじゃねぇかな」
「そんなものかね」
「ああ、そうさ・・・・・・神様じゃないんだ。人間もアンドロイドも妖怪も、いや神様だって、結局は人間関係のもつれで殺し殺されするんだから、何もかも全て満たされるなんてのは、あり得ない噺なのさ」
「お前はどうなんだ?」
「足りないさ。まず肉体が足りない」
「だろうな」
 旅先というのはこうして物思いに耽られるから便利だ。作家という生き物は「他の人間が思いつかないこと」を書かねばならない。哲学にしろ、物語にしろ、当たり前のことを書くのなら教科書で十分だろう。
 あるいは、考えたくなくて逃げていることを、かもしれないが。
 私の作品はそういう思想が多く含まれる。
 読者の嫌がる顔が見たいからな。
「先生には、足りているのか?」
「足りないさ、全然足りない。私は面白い物語を読み続けたいと願う人間だからな。足りないモノを埋め続けることこそが、私の望みだ」
 だったような気がする。
 とはいえ、事実だ。私は楽しみ続けたい。この世界も、面白い物語も読み続けたいのだ。
「私は楽しみ続けたい。連載は終わらなくて良いのさ。楽しみ続けて楽しみ続けて楽しみ続けて楽しみ続けて、楽しみ続けたい。そういう意味では私は満足し続けなければならないからな。だから満足したら次の新しい満足を探すだけだ」
 ただ飽きっぽいとも言えるが。
 構わないがな。
 私は私が良ければそれでいい。
「そんな生き方で、よく破綻しないな」
「破綻? しないさ。するはずもない」
 破綻したらまた、別の在り方で固定しろ。
 楽しみ続けることに、破綻などあり得ない。
「先生は良くも悪くも外れているからな。だが普通の人間は物語の終わりを望むものさ。終わらない物語じゃ読み手が退屈してしまう」
「退屈か。それこそ、退屈しない面白い物語を読み続ければいい。あるいは他の物語を」
「だろうな。しかし・・・・・・先生みたいに一つの目的、いや個人の世界を完成させているとでも言うべき人種は、それだけで幸せなのかもな」
「意味が分からないが・・・・・・」
「意味のない噺だ」
 少なくとも、先生にとっては。そんなことを知った風にジャックは言うのだった。自己満足による達成感、幸福感を言っているのだろうか?
 だとしても、構わないが。
 重要なのは私個人がそれで満足することだ。
 私が納得できればそれでいい。
 善悪すら知らん。
 そんなどうでもいいことを気にしたところで、誰が何をくれるわけでもない。その他大勢のご機嫌を伺うつもりはまるで無い。伺ったところで、どうせ何を出来るわけでもない奴らだ。何をしてくれるわけでもない他人の言い分の為に行動するほど、私はお人好しではない。
 私は私のために生きている。
 他のことなど知るか。
 私さえよければ何人死のうが構わない。偽悪的だと言われようがやめるつもりもない。事実、私は私のためならば、他はどうなってもどうでもいいのだから。
「個人の世界か。大層なものだ、私にはそんな大層な思想は無いよ。ただ自分に正直なだけだ」
「その「自分に正直」ってのが一番難しいのさ。大抵の人間は他の人間の目線や倫理観、社会の基準みたいなものに、振り回されるからな」
「そんなありもしない、どころか何を根拠に決めているのか分からない「空気感」などに振り回される方がどうかしている」
「先生なら、そう言うだろうな。けどさ・・・・・・・・・・・・皆と違うっていうのは、きっと恐怖なんだ。先生みたいに皆強くないのさ」
「私に強さなど、無いがな」
 あらゆる意味でそれは保証できる。
 弱さによる強さも強さによる弱さも、無い。
 何もない。
 私の精神は強い弱いと言うよりも、単純なプログラムのように他を受け付けないだけだ。曰く、己の楽しいことのみを許容せよ・・・・・・と言ったところか。
 我ながら自分勝手なプログラムだ。
 構わないがな。
「強いさ。いや、強い弱いと言うよりも・・・・・・真似できないんだ。先生の生き方はレールから外れているどころかレールをゼロから作り上げる行為だ。そんなこと、思いついても実際に何年も賭けて、人生を通してやり遂げる。そんな人間はそうそういるもんじゃない」
「そうそういなくとも、そこそこはいるだろう。私以外にもそういう人間は多かれ少なかれ、いるものだ」
「違うな、先生はそれでいて、自らを決して貶めずに肯定し、それでいて妥協せず、人を頼らず人を使い、たった一人で歩き続けている。・・・・・・・・・・・・やろうと思えば、誰にでも出来るかもしれない。けどそんな真っ暗闇の人生、誰だって送りたくはない」
「酷い言われようだな。私とて別に、望んでこうなったわけでもないのだがな。生まれたときからそうだったのだから、仕方あるまい」
「先生はその「真っ暗闇の人生」を、笑って生きられている。誰にでも通ることは出来るけど、そこで笑うことは絶対に出来ない。金貨さえあれば笑えるだなんて、思う前に潰れて壊れてしまうだろうな」
「だとしたら、何だ?」
 何が言いたいのだ、こいつは。
 回りくどいにもほどがある。
「先生は自分で思っている以上に尋常じゃ無い存在ってことさ」
 誉められているのかわからなかったので、私はとりあえず適当に答えた。
「嬉しくもないな。尋常であろうが異常であろうが、金にならなければ噺にならない。私は観客の見せ物になるために、ここにいるのではない」
 異常か正常か知らないが、そんなことはどうでもいい。
 それが金になるのか?
 尋常で無い存在。役所から補助金が出るならともかく、そうでもないのに珍しい生き物と扱われたところで、嬉しくもない。
 人の評価など、どうでもいいしな。
 評価よりも実利だ。
 金がすべてだ。
 私に意見したいなら金を持ってこい。十億から考えてやろう。
 考えるだけだがな。
「予定通りだ。行くぞ、作者取材のために・・・・・・・・・・・・「人間関係」を「売る」泉へ」
 そう言って、私は景色を眺めるのだった。

   7

 人間関係で悩む、というのは理解し難い。
 悩んだところで解決する類のモノでもないだろうに、悩んで、悩んで、最悪だと頭を抱えるのだ・・・・・・金があればそれもないのだろうが。
 大半は金が絡むから存在する関係だしな。
 無論、金があるが故の関係性で悩む人間もいるらしい。金目当てだからとか、言わば持ちすぎて面倒ごとに巻き込まれる、という噺だ。
 つまり内面でのみ発生する。
 現実には何一つ不自由しなくても、人間は不満をため込める生き物なのだと思うと、器用な生き物だと感嘆せざるを得ない。実際、多くの人間は「夢」がなくて生きてる理由がわからないだとか「人間関係」で満たされないだとか、そういったありもしない悩みで、時間を浪費する。
 そんな暇があるなら物語の一冊でも書けばいいモノを・・・・・・暇そうで羨ましい。
 実際的な問題として本を売らなければならない私からすれば、贅沢な悩みだ。
 だが、だからこそ需要はある。
 つまり金になる。
 占いなどその最たる例だ。実際には何の解決にもならなくとも、心が落ち着いたとか、気が楽になったとか、そんな中身のない結果で満足し、中身のないモノに馬鹿げた金額を払う。
 物語なんて中身のない、意味も価値も介在しないモノを金に換えようとしている作家、なんて生き物が追求するのも変な噺だが、しかしそう思わざるを得ないだろう。
 そんなどうでもいいことに、金を使う。
 あるいは、見栄だったり権威だったり、ブランドなどという中身のないモノに金を払い、体を壊すためにせっせと麻薬、煙草や葉巻を吸うために金を払い、高級車などという走るためにあるのか置物なのかわからないモノに、金を払う。
 理解できない。
 いや、理解は出来るが、愚かすぎて共感できまい。何故、そんな適当に、人生について何一つ考えずに生きてきたくせに「金が足りない」とか言い出せるのか。私は「必要」だが彼らは「足りない」のだ。
 無限に己の劣等感を消すために使うから、際限など無いのだが。
 実用性重視の私からすれば意味の分からない話だ。実際、悪趣味だと自覚してそういう「見栄をアピールできるモノ」を買うのは分からなくもないが、自覚もせずに買うというのだから、意味不明だ。
 つまりは存在さえしない「劣等感」を勝手に感じるからこそ、彼ら彼女らは「無駄使い」をする事に余念がないのだ。金が足りないのではなく、そうしていないと不安なのだ。
 人間関係も、また然り。
 良好な人間関係を「保有」していないと不安になるのだろう。早く結婚しなければだとか、友達を作らないとだとか、仲間がいた方がいい、などというのはただ、不安から来ているだけだ。
 自分に自身がないだけだ。
 根拠もなく私のように傲岸不遜なのも問題な気はしなくもないが、しかし人間そのくらいでも良いのではないだろうか?
 根拠無き自信、大いに結構だ。
 金儲け以外は、根拠など必要ない。精神的な劣等感など、下らないにもほどがある。
 あろうがなかろうが同じだ。
 ならば、考えるだけ無駄そのものだ。生まれてから一度として持ったことのない私が言うんだ、間違いない。
 自己肯定能力には自信がある。そんなものは何の役にも立たないと思っていたが、どうやら役には立たなくても問題は起こさないらしい。
 やれやれ、参った。
 そんなつもりはなかったのだが。
 とはいえ、自信があるのは事実だ。無論あらゆる強さも弱さも持ち合わせず、私個人が、誰も通さずに何かを行おうとすれば必ず失敗する自信もあるし、事実今までそうだった。
 人を介してでしか力を発揮できないと気づいたのは大分前のことだったが、その肝心な部分を忘れやすいのだ。だからいらない苦労が増える。
 無論私に主人公のような「人徳」能力があるはず無いので、毎回綱渡りなやり方で人を雇用するのだ。実に面倒だった。
 我ながら、精神面では他よりも優位に立てるなんて、役に立たない特性だ。物質的に優位に立てる方が絶対良いではないかと思うのだが、そういう人間はよく分からない悩みで苦しみ続けるのだろうし、何より私の人間性からして、物質的には満たされるけれど精神的に満たされない、なんて状況はとてもじゃないが想像できない。
 精神面など満たされなかったところですぐにそれを忘れる自信がある。妥協すればいいのだ。幾らでも人間など、代わりが効くしな。
 無論、私は物質的に満たされたところで、その背負った業とも言える狂気に従って、次の楽しみを見つけるだけなのだが。
 目的を使い捨てる。
 それが私だ。
 手段も当然、使い捨てるが、目的を使い捨てる人間は、多分珍しいのだろう。珍しいだけで、別段驚くようなものでもあるまい。
 誰でも、無意識にやっていることだ。
 私はそれを、意識的にやるだけだ。
 無論どんな目的にするにしろ金は必要だが・・・・・・・・・・・・そこを譲る気は無いが、とにかくそういうことだ。だが。
 恐らくは、今回の「泉」は、そう思えない人間たちが来るのだろう。
 無論、そうでない人間もいるようだが。
 少なくとも、私の周囲、依頼主には。
 確信犯として動ける人間は実にやっかいだ。私が言うと説得力に欠けるかも知れないが、しかし実際、自身が悪であると自覚している存在は、目的のためならば「何でも」する。
 文字通り。
 何でも、だ。
 とはいえ、それは誰でも同じだろう。宗教組織が奴隷を保有することを「道徳的だ」と認めた時代があるように、人間という奴は自分たちの道義的正しさのためならば、殺人も奴隷も法律で認めることが出来る。
 己の資本の為ならば「何でも」する。それが人間だ。口では道徳を言いふらし、そのくせ自分たちの過ちは認めない。そんなものだ。
 つまり珍しくもない。
 どうでもいいことだ。
 人間の根底にあるのが善か悪かなど、考えるだけくだらないことだ。そもそも善悪は時と場合によって、あるいは金と権力によって変わるものでしかない。強いて言えば金がないことが悪か。
 己の正しさを押しつけることは、金がないと難しいしな。己の、あるいは社会的な正しさなど、他者から見れば勝手な言い分でしかない。ここで私が言いたいのは何が正しいか、何が正しくないかなど、考えるだけ時間の無駄だということだ。 私はカフェにいた。時間を潰しながら執筆できるので、コーヒーを飲んでくつろぎながら過ごせるカフェはいいものだ。私はカプチーノを頼み、席に座った。
 実を言うと、あれから接触があったのだ。別に依頼人から依頼の前段階の噺をしたい、と言われて私はここにいた。指定された席に向かうと、ご丁寧に携帯端末が置いてあった。
 着信が鳴る。
 使い捨ての携帯端末は便利だ。詮索される不安がないし、このご時世でも、宇宙に人間が進出した科学全盛の時代でも、堂々と犯罪に悪用できるからな。まぁ、開発者はそんなつもりで作ったわけではないのだろうが、世の中の発明は大抵そういうものだ。本来以外の使い方で悪用することは別に、珍しくもあるまい。
「やあ」
 合成音声だった。
 古くさいが、確かにこれならわからない。
「何のようだ。金は払えるのだろうな」
 相手が何者かはどうでもいい。いや、今回受けた依頼内容からおおよその見当はついている。だが私があの女、タマモから受けた依頼内容を考えると、ここで知った風なことを電話口の相手に話すのはまずいだろう。
 だから知らないフリをした。
 無論、金については聞くがな。
「ヴィクター博士を始末したのは貴方ですね」
「だとしたら、何だ。報復か?」
「いいえ。サムライに会えるのは珍しい。その上金さえ払えば依頼を受けてくれるのだから、接触しない理由はありませんよ」
 だろうな。
 金で動きにくい「サムライ」を雇用する、その接触のチャンスを与えるのも、今回あの女から受けた依頼の一部だ。サムライは私以外、金で動くような奴はいないので、今回あのヴィクターとか言う人間を始末した後、世論を騒がせ世の中の動きをコントロールしているヴィクターを始末すれば、その後ろにいる存在も出るだろうという考えだ。
 それも含めて今回の依頼だった。
 とはいえ私が今回この依頼を受けたのは作家としてだ。報酬はいつもと同じ現金と寿命だが、その前段階の依頼、の目的地に興味があった。
「それで」
「貴方の耳にも入っているかとは思いますが、我々はヴィクターを使って世論のコントロールを実践している集団です。そして今回貴方が向かっている「泉」に私たちも用がある」
「自分で行けばいいだろう」
 私は今回「人間関係」を売買できる泉があると聞いただけで、細かいディティールは知らない。 何故私に依頼するのか。
「いえ、それが・・・・・・「資格」が必要なのです」「資格?」
 サムライであることか?
「いえ、サムライで無くても挑戦は可能だと思います。ただ、その資格が不明瞭な上、科学的に解明できない「泉」のこととなると、貴方のような存在が非現実な人間にお願いしたいのですよ」
 失礼な噺だ。
 私をそんな人種と一緒にするな。
「非現実的ですよ。貴方は。貴方のように人間は自信のことのみを考えられない生き物ですから」「どういことだ?」
 むしろ逆ではないのか?
 人間は、己のみを信じるべきだ。
 己の利益だけを。
「それがそうでもないんですよ。人間には良心の基準がある。それに沿っていないと「不安」を感じる生き物なんです。貴方のように集団から孤立しても「何とも思わない」人間は、非常に珍しい生き物ですよ」
「人を珍しい生物みたいに呼ぶな」
「珍しいですよ。普通人間は誰かの役に立っていると、そう思いこまないと事故を確立できない生き物ですから。貴方は本当に珍しい」
 嬉しくもない。
 私は標本になる為、生きているのではない。  金の為だ。ひいては、私個人の幸福の為に。
 私は生きている。
 少なくとも、今は。
「どうでも良い噺だ。それで? その「泉」にお前たちも用があると、そういうことだな?」
「ええ。噺によると「等価交換」。入れる品は持ち主のモノであれば持ち主に対して効果を発揮する、とのことでしたので、貴方が代わりにその泉へと行って、そのテーブルの裏に張り付けている「チップ」を入れてきて欲しいのです」
 あった。
 テーブルの下を覗き見ると、底には確かにバイオ・チップが張り付いていた。テープごと剥がして私はそれを手に取った。
 中身は分からない、まぁ、知らない方がいいだろう。・・・・・・どうでもいいしな。
「金は」
「あります」
 と言って。彼は(女かも知れないが)金額を言って、私のデータバンクへの振り込みをした。確認したが振り込まれている。
「いいだろう。この依頼、受けよう」
 そうは言ったものの、私のような人間が言われたとおりに行動するのかと思うと、はなはだ疑問であった。

   7

「ここまでは予定通りだな」
 私は移動する列車の中、独り言のようにそう言った。まぁ今回は携帯端末の中に小五月蠅い人工知能を入れてあるので、会話には事欠かない。まぁ最近はバイオ・チップを脳内へ埋め込むことで通話もメールも全てのデジタルなやりとりを済ませているのだから、こんな旧型の端末を持たなくてもいい気もするが・・・・・・デジタルというのは、電子の世界というのは「リスク」を機械に肩代わりして貰う行為だ。決してリスクそのものが無くなるわけではない。
 だから、私は全てを機械に預けることに不安があるのだ。よく分からないトラブルで、私の仕事を阻害されたら、たまったものではないしな。
「ヴィクターに接触することで「サムライ」で
ある私へ「依頼」を「関係者」がしようとするところまでは予定通りだ」
 無論、私の依頼内容は泉へ行くことではなく、先ほどの「泉を狙う関係者」のデータを調べ上げることなので、ここまでは出来て当然だ。
「だが、ここから先は未知だろう?先生。未知、先生が最も好きで最も嫌いな言葉だよな、これって」
「ああ。物語ならいいのだが、現実に未知の領域なんて、無いに限る」
 未来のことは分からない。
 だから嫌だ。
 良いことがあるというならともかく、私の人生に「良い事」なんて無かったから、未来に信用が置けないのかもしれない・
「まぁ、それはさておき、景色でも見るさ」
 列車の中の席に座っているだけだが、出来ることは多い。外の景色を眺め、思索に耽る。
 例えば、金の使い道。
 私は作家なので当然、作品の宣伝を第一に、つまり作家としての「活動」そのものに結構な金がかかる。チラシ、電子広告、ネットワークサービス・・・・・・まぁ色々だ。
 だがそれらは必要経費であって使い道ではあるが、使いたい金ではない。まぁ、宣伝費用に使えば入ってくる金も増えるので、喜び勇んで私は金を使うのだが。
 食べ物であれば後悔しないだろう。自身の身体の血肉になるのだ。「健康」というのは幾ら金をつぎ込んでも足りないくらいだ。
 他には、投資も無論行う・・・・・・プロを雇えば金を増やすのは正直、容易いしな・・・・・・その金を何に使うのかと言えば、さらに投資させて増える金をニヤニヤ眺めるわけだ。悪趣味だが、これ以上の贅沢もあるまい。だが、考えてみればそんなのは通帳を眺めているようなもので、数字を眺めるだけなら電卓でも見ればいいだろう。
 ならばどうするか。
 リッチで優雅な「時間」と「空間」を買うのだ・・・・・・経験は糧になる。本来なら女に使いたいところだが、金をつぎ込むに値する女というのは、既に絶滅危惧種だ。そう簡単には見つかるまい。 いっそ今度タマモでも誘おうか。
 考えておこう。
 景色を見ながら考える・・・・・・道徳ほど、何の力も持たず価値のないゴミはない。道徳というのは基本的に、強者の都合で決まるからだ。
 ルールは決められる人間が決める。
 そこに公平など、あるはずがない。
 そしてそれを行うのに必要なモノが「金」だ。倫理的にどうだとか言う「正論」など、何の力も持たないし何一つ変えられはしない。
 だからこそ金だ。
 金、金、金だ。
 金以上に大切なモノなど無い。あったところでこの世界では金で買える。道徳は金で変えられるし、理性は札束で崩壊する。女の本能も金の前では無力であり、男の誇りも金がなければガラクタに過ぎない。
 ならば金で買えないモノは何なのか。
 私は「己自身」だと思う。
 流石に自分は、私でも買えないしな・・・・・・無論嬉しくもないが。私という人間は、金の力で自分自身を要領よく買うことだけは、出来なかった。 作家など辞めてしまいたかったが、この呪いのような「生き様」だけは、幾ら不格好でも売り払えないらしい。迷惑な話だ。
 しかし同時に納得もする。
 金持ちが没落した話はどこにでもあるが、彼らは己自身を買うことは出来ない。どれだけ金を持ったところで、小さい人間は小さい。
 少なくとも私のような凶悪な個性を持つ人間はかなり稀だ。いや、私が凶悪な個性かどうかは分からないではないか。もしかしたら、善人でお人好しで弱気を助け強気を挫く好人物かもしれない・・・・・・言ってて吐き気がするが。
 つまりは、己の器の大きさだけは買うことは出来ないのだろう。金を失った途端、みすぼらしくなる人間はその極端な例と言える。無論私は器の大きさなどどうでもいいから、金が欲しいが。
 人間の器と金の有る無しは関係がない。もしかしたら本当に全ては「運不運」なのかもしれない・・・・・・だとしても、やはり分量を超えた金など、銀行が所有するのだから実質的な意味はないのだが、それでも多くあれば「安心」できる。
 無論、そんな安心は仮初めだが。
 銀行が潰れる可能性の方が、金を使いきらずに残す可能性より大きいしな。まぁ、私は私個人が世俗と関係せず、欲しいモノを買いまくり、欲望にまみれた生き方をし、そして人生を楽しめればそれでいい。
 心ない私にはそもそも「欲望」が持ち得ないので、完全に人間の真似事になるが・・・・・・それはそれでいいだろう。よしとしよう。
 構わない。
 自己満足でも満足できる。
 問題なのは生活環境を整えることだしな。
 本を書いて生きれればいいとまでは言わないがしかし、それほど望むモノがあるわけでもない。人間の望むものなど知れている。金による安心感と、不老不死による安心感、そして権力を掴む仮初めの優越感だ。
 つまり中身のないモノだ。
 私はそれでも構わないが。
 権力に関しては別だ。正直そんなモノを手にしようとするのは中途半端に有能で、何一つ考えずに生きてきた頭が空の馬鹿だけだ。疲れるではないか、馬鹿馬鹿しい。
 肩がこるだけだ。
 つまり馬鹿の所行だ。
 金に関して言えば、使うのが楽しいのであってそれを楽しめなければ意味がない。そして私はそれを楽しめる人間だ。
 どうせなら面白いモノがいい。投資でもいいのだが、それは所詮定期的な金の入り口で自己満足するためのモノに過ぎないしな。必要ではあっても面白くはあるまい。
 惑星の一つ二つ買って、ゲームの世界を際限でもしようか? いや、そういうのは電子世界で再現できるはずだ。何より、面白くない。
 可能な限り、無駄を楽しめるモノが良い。
 物語、はまぁ当然として、人間が生涯を賭けて楽しめるモノなど、私には釣りと物語くらいしか浮かばなかった。まぁいいさ。その内何か考えておこう。良い女にプレゼントでもするさ。
 それか、「恐竜」でも買おうか。これから行く場所を鑑みれば良いかも知れない。「賭け」は嫌いだが、生物同士の争いは見ていて面白い。
 いずれにせよ「ささやかなストレスすら許さない平穏なる生活」の為に、刺激が不要というわけではないのだ。人生に刺激は必要だ。だがその内容は私が決める。
 不必要な刺激にさらされないために、生きる。 それが私だ。
「こんな事を考えている時点で、「必要」は「存在」の母ということか」
 私は辞められないかもしれない。
 誰かが「物語」を必要とする以上、作家は必要になるだろう。個人的にはさっさと隠居したいところだが、「生きる」ことを辞めることよりも、それは難しい・・・・・・命が無くなれば生きることは辞められるが、しかし「生き様」と言うモノは、あの世でも変えられない。
 それが背負った業。
 己の生き様だ。
 纏われついて離れない、とはいえ私は別に生き方にはこだわらない人間なので、どうでもいいのだが。しかし当人の意志が関係ない以上、それに従って生きるしかあるまい。
 いずれそれも克服するが。
 克服してみせる。
 生き様だろうとそれに囚われてしまうのだけは御免被る。私は私だ。私のことは私が決める。
 例えそれが、己の生き様であろうとも、縛られる覚えはない。
 まぁ。気取ったことを考えたところで、この世界は運不運、それが全てだ。人間の意志にも思考にも意味なんてない。ただの暇つぶしだ。
 幸運に嫌われれば、生きていても無意味だ。
 無意味でも、続けるしかないが、だがそれは続けさせられているだけだ・・・・・・別に当人の意志は関係ない。
 生きるなど、その程度の惰性だ。
 克服など、そう言う意味では出来なければ出来ないし、出来れば何もしなくても出来るものか。 意味なんて無い。
 私は散々味わってきた。敗北するべくして、敗北するのだ。持たない存在はそう言うものだ。努力とか信念とか、そんなモノはただのゴミだ。
 ゴミで自己満足するのが、人生なのだ。
 少なくとも、持たざる者には。
 持つ側のみが、生きられる。
 この所謂「理不尽」って奴に対して私が思うのは、「神様」って存在は人間の魂の輝き、逆境に置ける気高さみたいなモノを見るのが好きなのだろうと言うことだ。
 人間からすればたまったものではないが。
 少なくとも私は、「神」などという意味不明な人種を喜ばせるために、必死に生きているわけではない。とはいえ、「神」と言う存在があるのかは知らないが、仮にあったとすれば、それは無理矢理道化の役割を押しつける、醜悪な存在だと言うことくらいだろう。
 実際、笑えない話だ。
 神なんて存在は、特に。
 「持つ側」の究極と言えるだろう。そして、大抵の場合「持つ側」の都合に沿ってしか「持たざる側」は生きられないという事実だ。
 もし神などという存在があったとすれば、私はそんな意味不明な馬鹿の為に、苦労して「こんな苦しい状況でよく書いたな、オメデトウ」とか、腹立たしい台詞を言われるために、この道を歩いてきたことになる。嫌な話だ。
 だが、世の中そんなものだ。
 金を持たない人間が、持つ人間のために人生を全て捧げるように、持たざる存在は奪われるしかないのだ。努力とか信念とか、そんなものは結局のところ持つ側の言い訳でしかない。
 全てを持たなかったこともない癖に、
 努力すれば夢は叶うとかぬかす訳だ。馬鹿馬鹿しいことに、そして腹立たしいことに、「持つ側」のことを私が理解できないように、「持たざる側」の考えなど、彼らには理解できない。実際努力すれば誰でも自分のようになれる、などと、己の運の良さも省みずに、そう言うのだ。
 実に醜悪だと思う。
 持つ側の理想、絵空事など、特にな。
 「何も持たずに戦った」事もない人間の絵空事など、何の現実味もないのだが、不思議なことにそれを信じる人間は多い。
 もしそうなら、救われるからだ。
 自分たちもそうなれる、と思いこめるからだ。 成れるわけがないだろうに。
 能力差を考えろ。
 とはいえ、本質的にはそれすらも問題ではないのだ。物語なんてまさにそうだが、実力と金になるか否かは、関係がない。
 才能が無くても金持ちになる人間は多い。
 だが、実力があったところで幸運の無い人間は決して、成功できない。
 精々死んだ後に評価されるのがオチだ。
 猿に書かせた方がマシ、みたいな話でも、売れれば勝利者だ。強いて言えば成功者など、たまたま宝くじに当たった人間だ。
 それで自分に人間的魅力、成長があり、優れた人間だと思いこむ馬鹿は多いが、そんな訳がないだろう。それはたまたま金になっただけだ。
 私はそれでも金が欲しいが。
 権力欲の大きい人間は大抵「自分が優れた人間であり、凄い存在だ」と思われたがりだが、私は逆だ。評価なんてどうでもいいから金が欲しい。 なかなか上手く行かないが。
 大体が人間の精神面での成長も、優秀さも、凄さも尊敬も権威も肩書きも、金がなければ何の役にも立たないゴミでしかない。
 そんなガラクタを集めて何が楽しいのやら・・・・・・・・・・・・成長しなさ過ぎるのも問題なのか。
 成長して金にならないよりはマシか。
 いや、そもそも私に「成長」などあるのだろうか? 私はこれまでの人生、いや人かどうかはともかくとして、とにかく、長い長い時間の中で、ひたすら「幸福」の為に試行錯誤してきた。
 その全てが失敗したが。
 何度目の失敗になるのかわからないし、盲動でも良いことだ、しかし、どうあがいたところで全て「失敗」する「運命」なのだとしたら、私という人間は、何なのだろう。
 無意味だ。
 何もかもが。
 いや、最初から生きていなかったと、そう考えるべきか。
 人間らしさも、
 感情も、
 心も、
 夢も、
 欲望も、
 信念も、
 何一つ持ち得ない人間など、果たして人間と呼べるのかどうか。呼べなかったところで金を求めることに変わりはないが・・・・・・絶対に手に入らないモノを、幸福や金を求め、失敗し続けることを「生きる」とは呼ぶまい。
 亡霊だ。
 亡霊でも構わないが、しかし、もしそうならば私は、「最初からいなかった方がマシ」ということになる。
 だが、否定できまい。
 私は、ついぞ何一つ掴めなかった。
 私は。
「着いたぜ」
 見ると、列車は目的地に着いたようだった。
 私は、どこにたどり着くのだろうか、そんなことを考えながら、私は列車を降りるのだった。

   8

「き、きひひいひいいいいいッ! この彼女、つい最近まで俺の事なんて見向きもしなかったのに・・・・・・いまじゃあ俺の言いなりだ! あの「泉」また使ってやる! たった三億で「人間」が買えるなんて・・・・・・安いもんだ!」
 などと騒ぐ男をまず発見した。
 どうやら噂通り、と言うべきなのか。ここでは「人間関係」を「買う」事が出来るらしい。高嶺の花を何人も侍らしている「客」らしい男の姿から、一目瞭然だった。
 どうやら洗脳の類らしく(あるいは別の能力かもしれない)侍らせている女は盲目、と言うのだろうか。元々その「客」に、千年前から婚姻を結んでいたかのように、身も心もその男に心酔している風だった。無論、泉を使う前は違ったのだろうが。
「アンタもここの客かい? ここは「ルール」があるからな。それをまずクリアしないと「泉」との契約は出来ないが、でも見ろよ! 実際終わってみれば、どんな人間でも思い通りにできるぜ」 私はただ取材、作家としての「仕事」で来ている上、解決したい人間関係など無いのだが、まぁ適当に合わせてその男とは別れた。
 人間関係。
 それを買うこと。
 それ自体は容易だ。金で動く人間は多いし、むしろ結婚などその最たる例だろう。金が稼げる存在へ媚びを売る行為。デジタル世界で雑貨品だけでなく人間の心も安売りできるとは、実に便利なのか魅せるモノが消えたのか、形容し難い時代、世界になったものだ。
 どうでもいいがな。
 私にはあまり関係がない。
 あったところで、知らないしな。
 しかし不気味だ。先ほどの女たちは恐らく金で動かない類の人間だったのだろう。純朴そうな少女たちが、気色悪い大男の言いなりになる姿は、実に奇妙で不気味だった。
 女なんて好かれてどうするつもりなのだろう・・・・・・時が立てば憧れのあの子、あの人だって皺だらけの怪物に変わるのだから、究極的に言えば、いずれ「劣化」することが確約されている外観など価値はないし、あったところで金で動く人間を選べば良さそうなものだが。
 きっと「見栄」だとか「威信」だとかそういう金にもならず実利にもならないゴミを基準に生きているのだろう。暇そうで羨ましい。
 あろうがなかろうが同じ事だ。
 仮に誰かに愛されたところで、「愛される」ということにだっていずれ「飽き」は来る。何事も手にしてしまえばそんなものだ。
 それでも金は欲しいがね。
 欲しいということにしておこう。
 欲しくなくとも必要だ。
 必要は行動の母だ。失敗は苦悩の父であり、苦悩は絶望の養分となる。私が言いたいのは当人の意志に関係なく、物語は動くって事だ。
 大きな流れに従って・・・・・・その「流れ」をコントロールすることこそが私の悲願だが、如何せん人間の手に余る所行だ。
 それでも挑むしかないのだが。
 挑んで勝たねば「道」は無い。
 勝つには「幸運」が必要だというのだから、横着しているとも言えるが・・・・・・こればかりはどうにもならないものだ。流れに任せるさ。それに、私の主義とは相反することだが、人間は「結果」ではなく「過程」でしか充実を感じ取れない生き物だ。私はその「過程」すら感じ取れないのだがしかし、まぁ、道中楽しむとしよう。
 大きな回り道を。
 とはいえ、このまま物思いに耽っていても仕方がないので、私は泉を調べることにした。叩いたり蹴ったり斬ったりしたが、何の反応もない。
 やはり何か条件があるようだ。
「もし、お前さん」
 すると、年寄りの男がそう言って、私に声をかけてきた。どうやら私が泉に触れていたことから察したらしく、彼は「泉に用があるんだね?」と聞いてくるのだった。
「ああ、そうだが・・・・・・何か知っているのか?」「この泉はなぁ「権利」のある奴にしか開かんのさ。いいか、「権利」だ。何でもそうだろう? 大会に出場する「権利」挑戦する「権利」・・・・・・・・・・・・最もお前さんは、「権利」の無い人生を送ってきたようだがな」
「大きなお世話だ」
 どいつもこいつも図々しい。
 それにしても「奇妙」なジジイだ・・・・・・上はブランドモノのジャケットえお着ている癖に、下はチノパンを穿いている。そして何よりずんぐりしたドングリみたいな、人間離れした「体型」・・・・・・・・・・・・本当に人間か?
 ともすると、これが「試練」なのか?
 とりあえず、気は抜かないでおこう。
「欲しい人間関係があるのかね? とてもそうは思えんが」
「いいや、私ではなく、依頼主がな」
「なるほど」
 けっけっ、と不気味に笑い「ならば権利があるわいな」と老人は答えるのだった。
 不気味な奴だ。
「いいか? 「権利」って奴は「勝って奪う」モノなんじゃ。お前さんもそうせねばならん」
「具体的に、何をさせるつもりだ」
「そうさな、今回は」
 ごそごそとポケットから小汚いモノを取り出し「これじゃ」と老人は言った。
 それは、
「・・・・・・ベーゴマか?」
 汚らしいそれは、駒遊びの派生系というか、狭い闘技場の中で駒同士をぶつけ、叩き出した方が勝者という、わかりやすい子供同士の遊び道具だった。
 私はやらないが。
「こんなモノで、いいのか? 勝負と言っても」 こんなしょぼい勝負で、納得行くのかと、そう問いただそうとしたのだが「わかっとらんなあ」と一喝された。
「いいか、若いの・・・・・・「勝負」というのは争いなんじゃよ。個人同士の戦争よ。だから内容なんてのは何でもいいのさ。一対一で」
 争えればの、と老人は言うのだった。
 面白い。
 こんな辺境の惑星でこんな変な争いをするとは夢にも思わなかったが、だからこそ面白い。
 面白いモノには、すべからく価値がある。
 少なくとも、作家である私には。
「いいだろう。受けよう、その勝負」
「ふっふっふ、言っておくが儂はこの道30年じゃぞ。この泉の前で何度も何度も「権利」を選定してきた」
「御託はいい、さっさと始めろ」
「分かった」
 こうして、大の大人二人が駒をぶつけて戦うという、世にも奇妙な戦争が始まるのだった。

   8

「ルールは簡単じゃ。3回勝負して、一度でもお主が勝てれば「権利」をやろう」
「負ければ?」
「それは負けてのお楽しみよ・・・・・・少なくともただでは帰さん。この「泉」の性質を考えれば、想像くらいはつくと、思うがの」
 奪われるという事か。「何が」かは分からないが、推察はつく。
 私の場合、それもあまり意味のないことだ。いやこの場合「どれが」奪われるかによって、展開も変わってくるか。
 重要所が奪われれば、こちらとしても「仕事」に差し支えるだろう。
 私は気を引き締めた。
 我々二人は円形の台を間に置き、それを挟む形で勝負することにした。左手には泉がある。いやこの勝負、泉の前でなければ、私が負けた場合
も勝った場合も取り立てられないし、権利を獲得できないのかもしれない。
「さて、始めようか」
 言って、妙な巻き方で駒に紐をつけている。だが私はこういうモノには知識がないので、恐らくは巻き方からして回転力に差は出るのだろう。
 この勝負、私が不利だ。
 不利なだけで、私は勝つが。
「さあ、やるぞ、若いの。勝負は15秒で決着する。15秒じゃ。それを越えたら仕切り直しよ」「承知した」
 我々はほぼ同時に駒を投げた。
 すると、当然ながら台の上に駒は落ちるのだがしかし、どうにも妙だった。
「ちょっと待て。ジジイ、貴様の駒から何か、空気みたいなモノがでているぞ」
 機械仕掛けか?
 だとしたら、ただの駒を持たされた私には、どう足掻いても勝ち目がない。
「ぬるいなぁー若いの! 儂が「勝負」の話を持ちかけた時点で、お主は「最新型」の駒を調達するべきじゃった。言っておくが、負ければお主の「人間関係」を頂くぞ。そうさな、あの女、お主の依頼人である「神」とおぼしき女との関係を、頂くとしようか」
 最初から、あの女、タマモとの人脈を目当てにして、私に近づいたのか。まぁ、普通に生きていれば神と交流を深める奴も、そうそういまい。
「これは高く売れるぞぉ〜。この「関係」は高く売れる! 誰もが欲しがる関係じゃ」
 私の駒が弾き出され、一度目の敗北が決定した・・・・・・だが、それより気になることがある。
「何故、それを知っている?」
 私が「始末屋」として雇われていることを知る存在は、かなり少ない。情報が漏れるわけがないのだが。
「どうしても何も、ほれ」
 言って、シャボン玉のようなモノを取り出した・・・・・・いや、シャボン玉ではない。
 これは。
「中に女が写ってるじゃろ? これはお主の「人間関係」じゃよ。お主がいけないんじゃぞ。自分の魂でこの争いを納得し、勝負に出た。だからこそお主の人間関係、それをこうして、賭けの商品として手に入れることが出来る」
「そんなことが」
「出来る、から、君も来たんだろ? 遅いぞ、もうな。お若いの、何の策もなしにここへ来たのは間違いじゃったな。もうこれで、お主の積み重ねてきた「人間関係」は全て頂くぞ。安心しろ、高値で売ってやる」
 まずいぞ・・・・・・このままでは「関係性」を奪われてしまう。私のような人間からすれば、真綿で首を絞められるようなものだ。なぜなら私は基本的にも応用的にも、「誰かを通すことで」力を発揮するからだ。人脈が消失すれば、私はどう足掻いても、どこにもたどり着けなくなる。
「この勝負、イカサマはありなのか?」
「何じゃ、急に。まぁ、バレなければありじゃろうな」
「そうか、なら私は「勝てる」な」
「なんじゃと?」
「いや、もういいぞ喋らなくて・・・・・・この戦い、私の「勝ち」は決定した。大人しくその「資格」だか「権利」だかを、私に献上する準備でもしているんだな」
「面白いの・・・・・・」
 何でもありならこちらのものだ。どんな手を使っても良いなら、私に勝てない相手はいない。
 勝つことと実利は別だが、今回はいいだろう。「行くぞい!」
 言って、老人は駒を投げた。当然、私の駒よりも圧倒的に優れていて、回転の多いであろう駒なのだろう。
 だが。
「なんじゃと?」
 私の駒の方が圧倒的優位に立つのだった。見る見る内に弾き続け、私の駒は老人の駒を追いやっていく。
「一体何が」
「さあ、何だろうな。そちらの不手際じゃないのか?」
 意地悪く、私は言うのだった。
「ま、まさか」
 弾き飛ばされた自分の駒を見て、駒を回すための部分が削り取られていることに、気づいたようだった。
「オホン、へぇ、そりゃ災難だったな。まさか駒の芯が、削られて上手く回らなかったなんて」
「き、貴様がやったんじゃろうが! こんな」
「おいおい、一体どこに証拠があるんだ? もしかしたら耐久年数が丁度、今この瞬間に尽きただけかもしれないじゃないか・・・・・・メンテナンスをミスしただけかも」
「ふざけるな、さっきまでは」
「証拠はあるのか?」
 当然、私が切り捨てた。
 とはいえ、本来ただ斬るだけでは切り捨てた証拠が残りそうなものだが、私の「サムライ刀」は物質の魂を切断する。パーツごとに分かれて組み立てられていたことが幸いした。私の持つような全部が同じ素材で出来ているものでは丸ごと切り捨てて全て消滅してしまうが、最新式の駒とやらは「駒を回す部分」と「台に接触して回転数をあげる部分」が分かれていた。その部分のみを切り捨てただけだ。
 そう言う意味では、私に「素材が木の駒」を渡した時点で、私のイカサマを容認したようなモノだった。
 性能差を重視したのだろうが、仇になったな。「私の勝ちで、貴様の負けだ」
「ぐぅ、くぬぬ」
「負け犬のうなり声は耳障りだな。さて、さっさと権利とやらを頂こうか、負け犬」
「っ! 勝手にせい」
 言って、乱暴に私に何かを投げつけるのだった・・・・・・見ると、どうやら赤子の手のようだ。しかもただの手ではない。数百年間は経っているであろう、ミイラの手だった。
「夜にそれを投げ込め。そうすれば「番人」に会える。けっ! お前なんぞ番人に喰われてしまえばいいんじゃ」
 負け犬は捨て台詞を言って、去って行った。しかし「喰われる」とはどういう意味であろう?
 何かの比喩か?
 いずれにせよ「権利」は手に入れた。後は人間関係の泉を「使用」して、それを求めているであろう「タマモの敵対組織」を手にした「関係」をネタに正体を突き止め、いつもどおりに「始末」すれば終わりだ。
 二重依頼ではない。
 元から、そういう計画だった。そう言う意味では私は受けると言った気もするが、しかし顔を見せもしない奴の依頼を受ける気は、端からない。 金は頂いたし、何より李とか言う女もそうだが今回は幾つもの組織が、「泉」の等価交換のパワーを巡っている可能性が非常に高い。速やかに終わらせるに越したことはないだろう。
 私は近くで宿を取り、夜まで待つことにした。 泉を見てみたが、何の変哲もなく、人間関係を売買して惑わしているようには見えなかった。案外扱う人間たちに問題があるのだと、そんなことを考えながら、私は宿へと向かうのだった。

 

   9

「なぁ、先生」
 先生にはかけがえのないものってあるかい? などと、宿のテーブルの上で、電子世界の波に揺られながら、彼はそう言うのだった。
「無い、と答えたいところだが、強いて言えば私自身の意志だろうな」
 意志に力がないと普段、うそぶいている私からすれば、何とも皮肉だが。
 しかし事実だ。
 同時に矛盾もあるが。
「この「私」が消えるのは困る。だが同時に矛盾もはらむことになる」
「・・・・・・その「自分」だって移ろうからか?」
「ああ、そうだ。こうしてここにいる「私」すら未来には消えて無くなる。そして別の主義主張を掲げる「私」になるだろう。ロマンチズムではなく、成長とは変化だからだ」
「だが、先生は変わらないな」
「当然だ。根底にあるモノは揺るがない。だからこその信念だ。崇高かどうかはともかくとして、私はそれを何より尊重する」
「人間の「業」を?」
「ああ、その通りだ」
 背負って生まれた「宿業」は無くならない。当人の魂に刻まれた「生き様」こそが、見る価値のある「物語」足り得るのも、やはり困難や生涯にあっても揺るがないで突き進む人間、というのは我々のあるべき姿だからだろう。
 私は、それが見たい。
 「人間」が、見たい。
 それが私の望みだ。
 人間ほど面白い娯楽はない。そうじゃないか? 簡単に裏切ったかと思えば信念の為戦ったり、戦ったかと思えば逃げたり、逃げるべきところで戦いに赴いたり、好きになったかと思えば好き故に殺したり、愛故に虐げたり。色々だがな。
 見ている分には最高に面白い娯楽だ。
 飽きたら、また別の人間を見ればいいしな。
 替わりの効かない信念があるならば、金のためにすげ替えればいいというのが私だ。つい先ほどまで自分自身には替えが効かない、みたいなことを言った気もするが、あれは嘘だ。
 自分ほど替えの効く存在もない。
 などと、適当を言っているだけの気もするが。「先生はさ」
 人間になり損ねた人工知能は、こう言った。
「人間に「成りたい」んだな」
 だから私はこう答えた。
「いいや違うさ・・・・・・人間らしさに興味は無い。ただ」
「ただ、何だ?」
 私は夜空を見据えながら、続きを言った。
「その方が、面白いだけさ」

   9

 夜の公園には神秘がある。
 人知れず他人を始末したり、邪魔者を罠にはめることにも多々、使われるが、主に人間という奴は、昼間に使う存在は、夜に魔性を持つものだと信じてきているのだ。
 魔性。
 物の怪の類。
 そんなもの、いたところで切り捨てるだけだがしかし、不思議なものだ。こうして夜遅くに訪れただけで、迷い込んだ少女アリスのように、未知の世界へ足を踏み入れている。そんな気がするのだった。
 未知。
 作家にとって、それは蜜と同義だ。
 無論面白くて愉快なモノに限るがな・・・・・・そう言う意味では、今回の取材はうってつけだった。 依頼をこなして報酬を貰い、作品のネタも同時に手に入れる。美味しい話もあったものだ。 
 思うのだが、人間はその「未知」に金を払っている気がするのだ。既知の欲望に使うことも多いが「不老不死」だとか「無敵の肉体」を過去、多くの権力者が求めたのは、それが未知の領域だったからだ。
 皆が皆不老不死で無敵の肉体を持っていれば、金は払うまい。要は「必要」や「欲望」こそが、金を使う「理由」になるのだ。
 では、私はどうなのだろう?
 生活のために「必要」ではあるが、不老不死も無敵の肉体も「必要」でしかなく、無ければ別に構わない代物だ。少なくとも、私にとっては。
 ささやかなストレスすら許さない平穏なる日常・・・・・・だが、それは「環境」の問題であって、あくまでも私個人の生き方であって、金があれば実現できるが、金があれば実現するだけのモノだ。 心の底から欲しい、という「欲望」なのか・・・・・・いや、そういう暮らしは確かに魅力的ではあるのだが、しかし、それは「願い」なのか?
 願いだと思う。
 だが、その先は?
 私は何をすればいい、なんて私の言う台詞とも思えない。私は私の生活が守れればそれでいい人間だ。だから「生き甲斐」なんていうのは、物語を書くだけで十分だ。
 これ以上生き様が増えても困るしな。
 多ければ良いものでもあるまい。
 少なくとも、私はそれが望みなのだ。
 それを横からあれこれ言われる覚えはない。
 それこそ、余計なお世話だ。
 金の使い道か・・・・・・私のように「目的」が、強い野心が無い人間が増えている実状は知っているだろう。ある程度そつなくこなせる「才能」があれば、人間はさほど苦労せず、情熱無くとも生きていけるからこその資本主義だ。
 それに満足できない馬鹿は多い。
 やれ夢があればだの、生き甲斐が欲しいだの、誰それのようになりたい、だの。
 金があるなら満足しろ。
 無いなら金で買え。
 それが出来ない腑抜けが、何かを成し遂げられるとでも思っているのだろうか・・・・・・いや、別に何一つ成し遂げない方が、私個人からすれば、そういう「こなすための人生」の方が楽だし、金に不自由しなくて良いのだろうが。
 中途半端な才能に驕った悲劇とでも言えばいいのか、何とも間抜けだが、しかしこれは「満たされている人間は上を見ようとしない」という教訓なのだろうか?
 私は別に見たくもなかったが。
 まあ言っても仕方がない。良かれ悪しかれ私は未来を見据えなければならないのだ。奇矯な星の下に生まれた因果を断ち切るためにも、私は金の力で「平穏」を買いたい。
 買わなければ。
 前に進むためにも。
 無論進んだからってどうという事はない。それこそ神だか悪魔だかを喜ばせるために、私は生きているわけではないのだ。成長などどうでも言い話でしかないと断言しよう。
 人間的な成長ほど、寒い話はない。成長したから何だというのだ。それが金になるのか? 馬鹿馬鹿しい。
 世の中金だ。
 人間的に成長したところで、精神の内で自己満足しているだけで、そんな成長はあってもなくても同じモノでしかないのだ。ある意味何一つとして変わっていないのだろう。見える景色が、ほんの少しだけ「違う」ような気になるだけだ。
 実際には何も変わらないが。
 まぁ、私個人が一つだけ成長してこの世界に感謝してやっても良いことがあるとすれば、それは作品を書き上げることで、私が言いたいことはあらかた物語に詰め込めるという点だけだ。何か私に効きたいことがある奴には、作品を見せれば良いだけだからだ。
 そこに私の意見は全てある。
 この「私」はそこに載っている。
 説明の手間が省けて非常に良い話だ。無論、浅慮な読み手にはこちらの意図が伝わらない場合も結構あるのだが、手に負えない話だ。
 金さえ払えば客だがな。
 100万ドル払うのなら、誰にでもサインを書いてやるさ。欲しがる奴がいるのかは知らないが、とにかくそういう姿勢だという噺だ。
 金のために、書く。
 読者の成長など、知らん。
 私は誰かを成長させるために書いているのでは無い。あくまで「金」だ。誰かを成長させたりしたいなら教師になればいいし、何かを伝えたいならば大声で叫ぶ政治家になればいいし、感動させたいならば貧困地域をTVに写せば良いだけだ。 金、金、金だ。
 それで作家失格ならば、失格の方がいい。変に下らない愛だとか友情だとか夢だとか、そういう中身のない下らない物語を書いて、忘れられるまでの間だけちやほやされて、飽きたら捨てられる消費型の大衆娯楽に興味はない。
 そんなものはどうでもいい。
 ちやほやされたいならアイドルにでもなればいいものを、作家という生き物を、世は勘違いしすぎだ。そのおかげで私のような、読者をゴミとしか思っていない人間が、いらない苦労をする。
 作者と読者の交流、なんて下らない響きだ。にこやかに嘘の笑顔を作るのだって体力を消費するからな・・・・・・心の底から御免被りたい噺だ。
 多くの協力者に支えられて、などと言う成功者は多いが、協力者だって見返りを求めて協力しているわけであって、別に個人として協力したわけではあるまい。もしそうなら金にはならない。
 人を支えるのは金だ。
 人を押し上げるのも金だ。
 聖者ぶったところで、金が集まらなければ誰も噺を聞かないだろう。「人間らしさ」など、所詮金銭の多寡で買えるモノでしかない。
 だから人間らしさなど、別にいらない。
 人間を見るのは面白いが、人間らしさはいらない・・・・・・なんて、それこそ雲の上からの偉そうな神様目線だが。
 どうでもいいがな。
 思想も意志も、金があるから賛同者が出る。企業などその良い例だ。営業理念に共感する人間などどこにもいないが、金が貰えるなら品性だって売るし、信念だって売る。
 それが人間だ。
 生きるために、自分を切り売りする。
 そこに崇高さとか、人間賛歌など、あろうはずがないではないか。自分たちを美化しすぎだ。有り体に言えばそんな世界でも「自分」を維持してブレずに進むことを「生きる」と言うのかもしれない。生きていなくても、こなすだけでもむしろい人間という奴は、それなりに豊かでいられるのだが。
 豊かさと人間性は相反するものだ。
 下品であればあるほど、豊かだ。
 誰もが目を背けているが、見ればいい。
 あれが人間だ。
 まぁ、人間性が微塵もなく、金さえあればと考えている私に、こんなことを言われてしまうのだから、人間に先はなさそうだ。それならそれで、私は人間を辞めてでも、この世界を楽しむだけだがな。
 人間かどうかなど、それこそどうでもいい。
 どうでも良くないのは、金だけだ。
 私はTVが嫌いだ。下品な娯楽、下らない会話のバラエティ。そもそもそういうモノは、自身の周りの人間と楽しむものだったはずだ。そんなモノを見て面白い人間関係を娯楽にしなくても、周囲の面白い奴らと噺をして楽しむのが、本来の楽しみ方だったはずだ。
 大体が、何年持つのだ?
 物語なら、数百年でも持つだろう。だが消費娯楽は明日には消える。そんなものを楽しみにしたところで、何の意義も無い。大体が誰だってアイドル気取りの王様気取りは薬物と女と権力に溺れると知っていることだ。
 何も見ない方がマシだ。
 映像の向こう側の人間を幸せにしたい、なんてわかりやすく破綻している。それなら何故馬鹿みたいなギャラを貰っているのか、教えて欲しいものだが。
 まぁどうでもいい。
 言い訳をして生きている人間など、どうでも。 私からすればいてもいなくても同じだ。
 何故かな・・・・・・「満足した死に顔」って奴が許せないのだ。「満足して?」笑わせるな。そんなものではまだ足りない。私はそんな小さいもので満足してやるつもりはない。
 小さな幸せで満足などしてたまるか。
 もとより「出来ない」からこそ、私はこうも数奇な旅路を歩んできているのだが、しかしそれにしたって納得行かない。
 最後に満足できたから、いままでのことはそれはそれ、忘れて納得しろ、などと、持つ側の考えにすぎん。私は、
「・・・・・・考え過ぎかな」
 夜風に吹かれながらそんなことを考える。
 私は、私の道を往く。
 私は私の望む未知を愛でる。
 私は私のやり方で「手に入れて」みせるぞ。  幸福とやらをな。
 人間の真の幸福は、たまには私も正直に答えよう。愛がその答えかもしれない。だが、ここで問題なのは私は「愛」を感じることは絶対に無いことと、私の「道」にはその影さえ無いことだ。
 そもそもそれを感じ取れるようならば私は作家になど成ってはいない。感じるようになれば、それはもう「私」では無いだろう。
 そんな私は別人だ。
 この「私」が消えない限り、ありえない。
 消えるかもしれないが・・・・・・案外あっさり、時の経過で、あるいは人との出会いで人間らしく、道徳的になったりするのか? だとしてもそんなのは洗脳と変わるまい。仲間を増やす主人公が、私は大嫌いだ。今までの当人の苦悩と苦痛を、消し去って人間性を変えてまで、無理矢理仲間に仕立て上げるのだから、嫌いにならずにいられない存在だ。
 愛や友情、人間関係こそが真の幸福だったところで、私には無いも同然だ。それが正しいとしても、押しつけられる謂われはない。
 そんなつもりもない。
 だから私は、金を求めるのだ・・・・・・一定以上集めても、正直意味のない代物であるのは確かだがしかし、したり顔で「皆の笑顔が見たくてこの仕事をしているんだ」なんて、舐めた台詞だけは吐きたくない。

 私はそんなことの為に書いていない。

 私は、私自身の為に、この「私」が自身の選んだ「道」を歩けるように、ここにいる。
 それを曲げる奴は、誰であろうと始末する。
 読者でも神でも悪魔でも、敵とみなす。
 一番嫌なのは「俺たちよくやったよ」みたいな話をして、自己満足で完結することだ。例えそれがどんな道のりであれ、「結果」が形になり、豊かさを運ばないのであれば嘘ではないか。
 嘘は嫌いだ。
 私がつく分には構わないが、騙されるのは大嫌いだ。特に「生きること」に関して言えば。
 結果がなければ嘘だ。
 だから私は金を求めるのかもしれない。
 金とは、物事の結果なのだから。
 願わくば、あの世(そんなものがあるのかは知らないが、あるとして)にも、私の作品と、執筆道具と嗜好品は、持って行きたいモノだ。豊かさと執筆。この二つがあれば、少なくとも作家という生き物はどこでも生きていける。
 邪道作家なら尚更な。
 私は読者に何一つ期待していないし、金も払わないかもと思っている。読者からすれば無料で本が読めるに越したことはないから、立ち読みをするしな・・・・・・金も払わずに。
 私だって金を払わなくて読めるならそうするのだから間違いない。商売だと割り切るにしても、どうも要領の良い人間がやることでは無い。
 我ながら、割に合わない商売だ。
 読者、ふん。金を払うなら物語を売ってやるさ・・・・・・支払いは一律なのだから、お得意さまもあったものではないが、客は客だ。選んでいては金にならん。精々読むだけ読んで糧にしろ。
 私の糧を、分けてやるさ。
 それが何の役に立つかは知らんがな。
 傑作の物語とは「勇気」や「生きる希望」を与えることが条件だ。暗くうじうじ内側にこだわっているだけでは、思春期の餓鬼のポエムを読んでいるのと変わりはない。
 私は大層なモノは与えてやれないが、しかし、勇気も生きる希望も無い一人の作家が、ここまでやれるのだ。少なくとも読者どもには私以上の力があるはずだとして、ならば簡単ではないか。
 私でもここまでやれるのだ。
 貴様等はもっとやれ。
 私が物語を通じて伝えたいのは、案外そんな下らないことなのかもしれない。私のような何一つ持たない人間が、プラスマイナスゼロの存在が、強さも弱さも持たない人間が言うからこそ、説得力を持つ言葉は、確かにあるはずだからな。
 それが金に直結しないのが何とも悲しい事実だが・・・・・・言っても仕方がない。
 上手くやるさ。
 多分な。
 夜空を眺めながら考える・・・・・・私はどこへ行くのだろうか? この、何一つ持たず人間を捨てているこの「私」が行き着くところは、どこだ?
 人並みの幸福か?
 正直、想像はついても、それこそ説得力がない噺だ。そんなものが「私」にあるのか?
 言っても仕方ないが。
 夢や幸福を叶えたら、案外実は思っていたほど幸福でなく、叶えない方が幸せに成れるケースは珍しくもない。金にだけは成って欲しいものだ。 そこだけは、誤魔化したく無いからな。
 誤魔化して生きている人間も多いがな・・・・・・肩書きの大層な人間が、科学が発達するほど増えてきている現状は、個々人の「強い自分」を殺すことでできあがるものだ。私は我の強い人間が大好きなのだが、神も人間も「肩書き」を取ってしまうとたちまちしょぼい場末の悪役に成り下がるのだから、呆れたものだ。
 己は無いのか?
 強さを奪えばそれだけか?
 何もかもを失っても消えない、確固たる己自身の業と生き様を、私は見たい。
 私自身が最近そうなりつつある気がするが、私は別に自身でそう在りたい訳ではないのだ。見る方が面白いしな。
 人間は、いやこの世界では「自分」というのが小さくなってきている。神も人間も、力ばかり蓄えて随分小さくなったものだ。
 私は「邪道作家」としての自分自身を変えるつもりはさらさらない。誰がどう私を説得しようが私は読者より金を大事にするし、作品のため、己自身のためならば、世界が滅んでも構わない。
 無論、戦況に応じてそんな自分の意見すらも、変えてしまうのが私だが。
 だが、そんな私でも世の中を楽しむことと、己自身の幸福だけは忘れられそうに無い。道中、楽しめれば良いのだが。
 私の選んだ、道の果てで。
 私は人生を謳歌するのだ。
 それが私の望む光景だ。
 私は。
「着いたぜ」
 ジャックの声で私はふと、前を見た。そこには今朝の泉が置かれているのだった。
 私はミイラになった赤子の手を投げ入れた。
 賽は投げられたようだった。

   9

 押しつけがましいのは御免だ。
 真実の幸福が「愛」だったとして、私は別に、そのために犠牲になるつもりは無い。人間関係こそが幸福そのものだったとしても、だからって何故「それ」を決して共感できないこの「私」が、それで満足しなければならないのだ。押しつけがましい、どころか今まで散々な道のりだったというのに、後からそんな幸福を押しつけられても、図々しいにもほどがあるとしか、私は思わない。 自己満足なら余所でやれ。
 私に押しつけるんじゃない。
 金も払えない奴に限って「道徳的な」幸せってモノを説くからな。迷惑な話だ。
 思想を押しつける前に金を払え。
 話はそれからだ。
 押しつけられるつもりなど毛頭無いが、話だけならば聞いてやる。聞くだけだがな。
 「愛」も「心」も「信念」も、現実に何の力も持たないと言うのに、それが「尊いもの」だから尊べなど、押しつけがましいにも程がある。
 現実には力と金だ。
 仮想現実がこうも普及したのは、何の危険もなくそれらを実行でき、かつ安全な場所から危険を楽しめるからだろう。「失敗したら」を考えずに物事に挑戦し続けられれば、この世は楽園だ。
 現実にはそうも行かないが。
 仮想世界、ゲームならそれは可能だ。
 ゲームが普及するのは、そういう本質的な人間の欲望を叶えるからだ。スリルは欲しい。だが痛いのは嫌だ。だから楽しめる。
 対して、現実に私は生きているわけだが、プロとして現実を捉えるのは簡単だ。何事も自身への糧にすればいい。全ての事柄を作品の為に活かし全ての経験を作品の中で活かす。
 全てを仕事に変えるのだ。
 それがプロと言う生き物だ。
 始末屋家業も、取材旅行も、プライベートも、読んだ本の内容も、偶さか得た知識も、己を構成する全てを作品に昇華する。
 それこそが、作家の在り方だと、私は思う。
 作家とは、無論売ることも重要だが、売り続けること、すなわち読まれ続けることが重要だ。読まれないなら書いても仕方ない。だが、それでも書き続けそれでも生き方を反映し、そして
生涯を賭けて物語を綴り続ける。
 それをやり遂げて、初めて作家なのだ。
 死ぬまでやり遂げれていない私は、だから邪道の作家なのさ。
 構わないがな・・・・・・私からすればいずれやり遂げる事柄でしかない。精々この道中を楽しめるだけ楽しむだけだ。
 名声や、手柄などいらない。ちやほやされたいならアイドルにでも成ればいい。大体が私は人の意見が嫌いなのだ。何も嬉しくもない。
 ただ、一つの結果があればいいのだ。曰く・・・・・・・・・・・・その作家は世界最高の物語を書いた人物である、とな。最高の傑作を書いたという結果さえあれば、その他大勢の結論など知らん。金さえあれば読者に媚びを売る必要すら無い。
 好きにやるさ。
 金が無くてもやるがな。
 だからこそ、金があるに越したことはない。どうでもいいことでストレスを貯めたくはないしな・・・・・・今回は金になったし、またゆっくりと釣りでもしながら、作品の構想を練りたいものだ。
 そして、また傑作を書く。
 何度も何度も、ずっと。
 他でもない「私」の為に、私が書くのだ。
 「正しさ」というのはどこにも存在しない代物でしかない。仮に「あの世」があったとしてそこに「天国」があり、全知全能の「神」がいたとしても、その正しさは押しつけがましい権威にモノを言わせたものでしかないのだ。「正しさ」やそれに付随する「道徳」など、人に押しつけて満足するものでしかない。宗教が良い例だ。神の教えに背いただけで、人間は天国に行けない。天国に行けるかどうか、それを肩書きが大層立派な存在の一声で決めるのならば、それは暴君と変わるまい・・・・・・例え神でも、絶対的な「正しさ」など持ちようがないのだ。
 まして人間が持つはずもない。
 だから私が言いたいのは「自分で決める」ということだ。何が正しいか、何が間違っているのか・・・・・・殺人が悪か人助けが善か、などと流されるんじゃない。
 人殺しが栄光の時代もある。
 人助けが迫害の時代もある。
 善悪など、簡単に入れ替わる。
 宗教という奴は言わば、「絶対に間違わない」と思える「強い存在」であるところの「神」に、思考をあわせることで楽して「正しい基準」を手にする行為だ。
 私から言わせれば人生をズルしている。
 イカサマで生きている。
 そもそも、神がいたとして、何故正しいのか不明だ・・・・・・単にそうあって欲しいだけではないか・・・・・・神が正しければ、それにあわせるだけで、人間は清く正しく美しく・・・・・・そう成れると、思いこみたいだけだ。
 私は信仰など当然持たないが、成る程神はいるかもしれない。だが、神が正しい保証などどこにも無いではないか。
 これは政治にも言えることだ。
 世界って奴は何かを求めれば何かその分だけ、足りなくなるよう出来ている。全知全能の神が居たところで、それは同じだ。偉く有能であることはむしろ、間違いを犯したとき誰も注意できず、誰も咎められず、そして力の分だけ大きな過ちを起こしてしまうと言うことだ。
 偉ぶる奴などそういうものだ。
 権威がある時点で、大したことはない。
 ただ我が儘を通せるだけだ。だから、自分の基準で物事を計り、例え誰に何と言われようとも、押し通す意志が人間を光らせるのだ。
 最近はそういう人間も減ったが。
 だが、減っただけで、消えてはいないか。
 そうあって欲しいものだ。
 まぁ私の場合、迎えに来て欲しい人間など一人も居ないし、再会したい奴もいない。あの世があったところで、迎える奴がいないだろう。
 そうでもなくても、居場所はなさそうだが。
 一人で生きるという点を鑑みれば、あの世にいようが現世で長生きしようが、やっていることは同じだろう。
 何一つ無くても、生きる。
 ただそれだけだ。
 魂の幸福など、私には無いのだ。
 無いモノは無い。
 それでも私は歩いてきた。
 これからも、そうするだけだ。
 あったところで感じ入れないのだから、あったところで無いも同然だが。精々金を使って人生を楽しむさ。
 とりあえず平穏が買えればいいのだが。
 ミイラの手を投げ入れると、中から形容し難い「存在」が、そう、「存在」という言葉であっているのだ。人間ではないが宇宙人でもアンドロイドでもない。強いて言うなら人形のようだった。 糸で吊られた、不出来な人形。
 私の抱いた感想はそれだった。
 どこからともなく現れた「それ」は、頭に出来損ないの半円の耳と、腕は関節がむき出しになっている人形の腕のような、肉の付いていない外郭を持つのだった。体長は3メートルくらいか?
 不気味な存在だ。
 生き物ではあるまい。
「オマエダ」
「何だ、こいつ」
 喋れるのか。
 ますます不気味だ。
「オマエ、「資格」ガアルナ。選ブガイイ。対価を支払ッテ何ヲノゾム?」
「生憎、依頼の関係上ここに来ただけだ。依頼主が敵対している奴らの情報収集に、今回の件がお誂え向きだっただけで・・・・・・望みなど無い」
 私を監視する人間たちを、今頃ジャックがあらゆる電子網を使って情報を整理し、私の依頼主である女、タマモと敵対する組織の情報を、得ているはずだ。
 ここに来たのはその特性上、何か作品のネタになるのではと思ったからだ。
 それ以外の、理由は無い。
 何一つとして、ありはしない。
「ウソヲツクナ」
「何の話だ」
「オマエは「愛」がホシイノダロウ? ダガ理解はデキテモ「共感」デキヌ自身に絶望している」「下らん」
 だとしたら、何だ?
 無いモノは、やはり無い。
「話は終わりか?」
「終ワリダ。ダガ、無駄ダゾ・・・・・・オマエは幸福ニナドナレハシナイ。ココで多くの「人間」をミテキタ。オマエは一人ダ。ダカラ幸セガ存在シ得ナイノダ」
 生まれたときから一人のオマエには。
 幸せなど概念からして存在しない。
 そんなことを「番人」は言うのだった。
 それでブレる私でもないが。
 それで笑いながら逆の事を言うのが、私だ。
「だからどうした? たかが「幸福」など私には必要ない。いや、私は金があればそれを「幸福」と、そういうことに出来る」
「無理ダ」
「構わない。無理なら無理で他の楽しみを探すまでだ・・・・・・いずれにしても、いいか良く聞け、私の幸福は、私が決める。誰に何と言われようが、私は私の選んだ道を、間違っているとは思わん」「ダガ、不可能ダ。生物の幸福トハ、それが私利私欲の「欲望」カラ来ルモノデスラ、他者がイナケレバナリタタヌ」
 そうかもしれない。
 だが、それを決めるのは「私」だ。
 お前達では断じてない。
 私が決めることだ。
 したり顔で勝手を言うな。
 成り立つがどうかは、私が決める。
「それを決めるのは私だ。答えを決めるのも、やはり私だ。偉そうに口だけ動かしたところで、私は貴様の意見などに左右されない。私の道は私が決める・・・・・・さて、実を言うとお前の、「等価交換を行う化け物」の処分も私は依頼人の女に頼まれていてね。お前こそ、何か言い残すことはあるのか?」
「ナイ。ダガ、ソウカ。ワタシは、多クノ人間が「人間関係」ヲ求メル姿ヲミテキタ。ワタシは、人間ニ、ナリタカッタ」
 夢見るように、人間でない「それ」は、空を見上げてそう口にした。
 だが。
「そうか」
 何の感傷も持たず、私は怪物を切り捨てた。
 何も、思わなかった。
 何一つ、感じなかった。
 それが私だった。
 邪道作家のサムライの姿だった。

   10

「で、先生は人間に成りたいのかい?」
「別に」
 生物学的には人間だしな。
 今更成りたいもない。これもまた、人間だ。
 多分な。
 愛も友情も信念も、自己満足で「幸福」だと思いこめる人間でも、やはり人間の在り方だ。
 私に本物は必要ない。
 事故満足で、満足できれば「私」は満足だ。
 それに文句を言うのは、押しつけがましい。
 「私」からすれば、だが。
 善意で「押しつけて」くる辺り、性質は悪いと、そう結論付けざるを得ないが。
 まったくな。
 善意の押し売りは本来、私の専売特許なのだが・・・・・・自分の行いを「良い」と盲信している輩、というのは、私など足下にも及ばない「邪悪」だと言うことだ。
 事実から目を逸らすのは勝手だが、実に迷惑極まりない話だ。善人など、そういうものだ。
「結局、今回の噺は何だったんだい?」
「ありふれた噺だ。善意を押しつけあい、嫌う相手を悪と考え、暴力で事を通す。ありふれた物語の雛形さ。もっとも、今回は主人公や善意の第三者が、ことごとく死滅したがな」
「怖いねぇ」
「まったく」
「先生には誤魔化しが通じないな」
「今更か」
 我々はいつものように宇宙船の船内にいた。私はホットコーヒーを頼み、アンドロイドの客室乗務員に運んで貰って、それを啜った。
 旨い。
 どれだけ下らない思想に巻き込まれようが、コーヒーの旨さは普遍だ。
 世界もこうあってほしいものだ。
「しかし・・・・・・あの「番人」は、一体何だったんだ。どういう「存在」なのだ?」
 少なくとも人間ではないし、かといって依頼主のような類でもないだろう。そういう「存在」がいて、私たちの知らないところで活動してきている、というこのなのか?
 ジャックはスピーカー越しに画像を出した。
 古い資料だ。何万年も前のものから、最近の資料まで。共通するのはオカルトがらみの事件、事故というのは、ここまで科学が発展した世界ですら存在しうる、という「事実」だった。
「ああいうのは、人間の欲望から必要に応じて、この世界に発生するものなのさ。物質的に人間が満たされれば満たされるほど、無意識に「人間関係」を金で買える存在を求め、それが形になったのが「番人」なんだろうな」
「そんな非科学的な」
 私は口にするほど科学を知らないが。
「先生だって知ってるだろう? 科学なんてのは今、人間が知っていることの復習さ。知らないことや解明できないことは、すべからくオカルトだろう?」
「確かにそうだが」
「大体非科学の固まりの先生が、似合わないぜ。そもそも非科学的だからこそ、今回取材をしようとしたんだろう」
「まぁな」
 解明できないこと。解明されていないことを書かなければ意味がない。読者が知っていることを書きたいならば、教科書を書くべきだ。
 私が書きたいのは、いつだって己自身の体験、思想、生き様を描く物語だ。勧善懲悪などつまらないにも程がある。
 お子さまは絵本でも読んでろ。
 私はそれではつまらない。
 人間の魂の有り様を形にして書くべきだ。その方が、面白い。悪人ほど面白いし、悪が目的を果たすため葛藤する様こそ、物語の醍醐味なのだ。「先生、本当に良かったのか? 連中の渡してきた「チップ」は、もとより依頼人ではないから貰うにしても、それを渡せば、先生は望む「人間関係」を手に出来たんじゃないのか?」
「そんなものはいらん。これをあの女に高値で売りつけ、後は後腐れがないように連中を追い込んで始末すれば、それで終わりだ」
 私の裏切りもいい加減バレているだろうからな・・・・・・既にジャックにタマモの敵対組織の情報を洗わせた。ある程度手を打っているので、私が次の惑星につく頃には、その組織も解体されているだろうが。
 報復ほど面倒なものは無いからな。
 あの李とか言う女も、既に壊した。
 私個人は問題ない。
「そんなものかね。関係を望まずとも生きていけるなんて、自己満足で満足できてしまうなんて、人間の在り方とは思えないがね」
「それはお前達の先入観でしかない。私のように自己満足で完結し、金で良しとして、幸福に手を届かせる人間も、数が少ないだけだ」
 数が少ないから、多い意見が通っているだけ。 ただのそれだけだ。
 この世界に正しさなど、存在し得ない。
 強いて言うなら個々人の中にしか無い。
 あってほしいと、願うだけだ。
「そう言えば、前から聞きたかったんだが、先生はどうして「作家」をやっているんだ?」
「決まっているだろう。まずは金だ」
「他には無いのか?」
「そうだな・・・・・・強いて言えば「読ませる為」だろうな。私の作品を読んで人を信じられなくなる読者の姿、想像するだけで面白い」
「性格悪いな・・・・・・」
「私が、世の為人の為にでも動くと思ったか? 読者には夢のない現実を魅せ、そしてその上で、それらの感動を金に変える」
 やりがいがあって面白い。
 だからこその、「仕事」だ。
「無論、基本は金だがな。やりがいや生き甲斐も重要だ。作家業は奇しくも、その両方を満たすという、ただそれだけの理由だ」
 ただ開き直っているとも言えるが。
 まぁそれはおいておこう。
 様にならないからな。
「先生は、どうして人間を信じないんだ? 信念は奇跡を起こすかもしれないし、執念は実るかもしれない。そして信じるに足る力がある」
「それは皮肉か? 私には、無かった。だからこそ、なればこそ無い私には、それ以外の「力」が必要だ。無論、信念が私にあるか、疑問だがな」「あるだろうさ。でなきゃ作家なんてやってないと思うぜ」
「そうなのか?」
 私には、わからない。
 私は作家足らんとしてきたが、現実そうあることが出来たのかは、不明だ。だがどうでもいい。私は有り様を誉められたいわけではないのだ。
 あくまでも「結果」だ。
 つまり金だ。
 それがなくては噺にならん。
 自身が作家足り得ているかなど、私にはどうでも良いことでしかなかった。だが話を聞く限り、他でもない私が作家として振る舞っているのかと思うと、皮肉にしか感じなかったが。
 因果な噺だ。
 求める姿勢にこそ力が宿る、なんて戯れ言だ。結果が得れなくてもそれ以上のモノを手にしているだとか、そういう言い訳は聞きたくない。
 私はディナーを頼み、一服つくことにした。今が夜なのか、宇宙空間では計りかねることだが、そういうことにしておこう。
 「丼」なる不思議な食べ物を食べ、私はとりあえずコーヒーを飲み干し、余韻に浸っていた。景色はそこそこだが、物思いに耽りながら嗜好品を楽しむ。これ以上の「幸福」があるのか?
 何事も少しずつ、それが楽しむコツだ。私は少しずつコーヒーを口に含み、のどを潤した。
「お前は、人工知能だから分からないかもしれないが・・・・・・」
「おいおい、差別だぜ、それ」
「どうでもいい。とにかく、人間って奴が如何に下らない「倫理観」だの「道徳」だの「正義」だの、そういった「ゴミ」を大切にするか、知らないわけでもあるまい。そんなものはな、余裕のある人間の戯れ言にすぎんのだ」
「そうか? 良く聞く話じゃ、それこそ先生の嫌いな「悲劇」を売りに出している本なんて、まさに「余裕のない」状況での尊さ、信念が描かれているじゃないか」
「描かれているだけだ。大体が、頼まれてもいないのにやれ貧困だのやれ差別だの、最低限の生活を保障すべきだの、自分の為に人様の悲劇を食い物にしているだけだろう。下らない。他にもっとやることはないのか?」
「そう言うなよ。そいつらはそれが世の中を良くすると思って行動しているんだろ? それなら、別に俺たち部外者が口を出す事じゃないさ」
「確かにな。だが」
 余裕のある人間が「道徳的」だからといって、行動する結果は大抵ただの「邪悪」だ。自身の行いを悪だと自覚しない悪。害悪だ。
 そんなものは何も良くしない。
 何一つとして変えることはない。
 自己満足など、そういうものだ。
「それは余裕のない人間が、口にして初めて説得力を持つ噺だ。余裕、というよりは持たざる者こそが、口に出す噺だ」
「余裕があると、駄目なのかい?」
「いいや、ただ単に説得力がないだけさ。物語も同じだな・・・・・・自身の経験、実際に感じたことを書かなければ、薄っぺらなまま終わる。人に何かを伝えることが作家の仕事だが、伝えるに足るモノが無ければ書くだけ時間の無駄だ」
 人にあわせた「道徳」など、自身の身の危険が絡めばあっさり捨てられる。
 誰だって獣になる。
 誰だって人を殺す。
 道徳など、余裕のあるときに付けられるアクセサリーでしかないのだ。
 付ける側の自身を磨かなければ、意味はない。「結局、何が言いたいんだ? 先生」
「道徳も正義も「存在しない」ってことだ。ありもしないものに金をつぎ込むのは御免だからな、私にそんなモノを期待するなという噺だ」
「ふぅん」
 興味がないようだった。まぁ当然か。人工知能であるところのジャックの目線からすれば、人間の美しい部分、にだけ興味があるのであって、人間の汚い部分、卑小な部分など、知るだけ時間の無駄だと言うことだろう。
 しかし、それでは足りない。
「ジャック、お前はまだ分からないかもしれないが、人間の「汚い部分」を知ろうとしなければ、成長はあり得ないぞ」
「何故だい? 汚い部分なんて、真似するだけ損じゃないか」
「そうでもない。人間の汚い部分、駄目な部分、卑小な部分、それらは裏返せば「道徳」だとかの人間の綺麗な部分と同じなのだ。いいか? 同じなんだよ。両方知れば、どちらも人間の在り方でありどちらも「正しさではない」ことが分かる。そして自身が正しくなくても生きていくことで、人間は己の道を見つけられる・・・・・・あくまで方法の一つだから、このやり方が正しいとは言わん。ただ、片方しか知らない奴が、勝利者になれるとは思えない」
 力があれば勝利そのものは出来るかもしれないが、己と折り合いを付けることが難しくなるだろう。無論、知るだけでは私のようにその力が伴うわけでもないので、あくまで知ることは前提でしかないのだが。
 知らないよりはマシだ。
 ただのそれだけ。
「先生は勝利者って感じじゃないな」
「私は勝利したいわけでも無いからな」
「じゃあ、何が欲しいんだい?」
「そうだな、とりあえず」
 私は運ばれてくるワゴン・カーを見ながら、こう答えた。
「嗜好品を楽しみながら、平穏な生活を遅れる環境、だろうな」
「平穏? 人間は平穏じゃ生きられないだろ。生き甲斐が無いとか人生に刺激が欲しいとか言い出して、自殺したり銃を乱射したりするだろう」
「確かにな。私の場合その心配は無い。作品を書いているだけで、あるいは読んでいるだけで満足できる人間だからな」
「刺激が無い状態を、生きているとは呼ばないぜ・・・・・・植物だろ、そんなの。出来るか出来ないか分からないから、人生は面白いんじゃないのか」「出来ることなど何も無かったが・・・・・・その心配もあるまい。面白い物語は良い刺激になる」
「何回も読んでいたら飽きるだろうよ」
「私は忘れっぽいからな。忘れてからまた読めばいいのさ」
「神経を疑うくらい、どうかしてるぜ」
「生憎、神経を疑うくらいどうかしている奴だからこそ、私は作家に成ったのさ」
 私は自身の作品を肯定する。
 それこそ自分の神経を疑うくらいに・・・・・・だが私から言わせれば、己の魂の分身である作品を、信じられないような奴は作家ではない。己も信じられないのでは傑作など書けまい。
 だから私は、この「私」を信じる。
 そこだけは、疑ってはいけないはずだ。
 どれだけ手からこぼれ落ちようとも。
 望み通りに進まなくとも。
 己の書いた作品だけは。
 決して。
 それこそが「作家」としての「芯」を形作る、「信念」ではないのか。私はそう思うのだ。
 どれだけ敗北しても、身の程知らずに。
 高い空を見てしまうのだ。
 我ながら呆れるがな。
 まったくどうかしている・・・・・・そうだ、私は金さえあればそれでいいのだ。金、金、金だ。実際売れる作品というのは、売りやすい作品であって別に、中身を保証するものではない。
 中身などどうでもいい。
 読者とはそういうものだ。
 大金払って「流行」などという中身のないモノを買うのが人間だ。作品として作家として、物語の質や「伝えるべき事」を考えるなど、徒労だ。 徒労でしかない。
 回り道が糧になるとは、限らないのだから。
 私は何をやっているのか・・・・・・いや、だから金儲けだ。とりあえず、作品を金に換えれればそれでいい。
 それが出来なくて困っているのだが。
 今回「依頼」を受けて金にはなりそうだが、しかしあくまでそれは人の都合で動いているのだから「労働」でしかない。生き様である「仕事」とは言えないだろう。
 それでは意味がない。
 実利にも成らない。
 生き甲斐を以て幸福にする・・・・・・それには作品を金に変えなければ始まらない。私は自己満足が得意だが、これに関しては終わらせる気は無い。 金、金、金だ。
 何としても。
 でなければ・・・・・・でなければ、何だ? それこそ拾った金でも構わないはずだ。私はどうして作家業に固執しているのか。未練か? いいや、ありえない。私にはそんな感情は無い。
 なら、やはり、割に合わないという憤慨か。
 「つじつま」は合わせてやる、と、作家業という名前の「宿命」に「取り立て」を挑んでいる。 運命から取り立てる作業だ。
 例え相手が「運命」でも、「借りは返す」などという、実に子供っぽい理由で、私はここまで来たのかもしれない。
 なんてな。
「私はな、ジャック。愛だの友情だの人間賛歌の類の「善性」が大嫌いだ。生まれたときから不思議なくらい、私はあらゆる「善性」が嫌いだ」
「それで? 先生はどうしたんだ」
「勿論、そんなのは人間社会になじめるモノじゃあない。私には「人間」って奴が、全て理解できるくせに、全く共感出来なかったのだ」
 愛も友情も、人間賛歌を何故人間が持ちうるのか? 何故人間は自身を犠牲にしてでも大切なモノを守れるのか? そんな、一見すれば当たり前のことを、理解は出来ても、共感できない。
 私は人間では無かったのだ。
 少なくとも、共感できないくらいには。
 だとすると、笑える。やはり私のような存在が「人間らしさ」を求めることなど徒労も良いところだ。そもそんなことを考える発想からして、人間ではあるまい。求める側というモノは、大抵が「持たざる側」だからこそ求めるのだ。
「だから、と言うわけではないが、しかし私が、作家になったのはある種必然だったのかもしれないと、最近は思う。誰とも相容れないからこそ、傑作が書けるというならば、まさに天職だ」
「確かに、物語って奴は「自分ではない視点」を楽しむものだもんな」
 それが金になるかは知らねぇが、とジャックは答えるのだった。大きなお世話だ。
「人間が人間らしくあれるのは、共感できるからだろう。私が共感できるのは、私と似たような破綻者だけだ。人間の「悪性」が強ければ強いほど私には輝いて見える」
 それを悪いとは全く思わないが。
 悪こそ、人間の本性だ。
「私は人間はすべからく「悪」だと思っている。いざとなれば愛を注ぐ相手を殺し、友情を歌いながら殺し、そしてそれらは珍しい噺でもない。敵国の人間だから、仕事だから、愛を裏切ったから・・・・・・殺し、裏切り、騙すのだ」
「何が言いたいんだ?」
「言ったろう、天職だと。人間の悪性を暴く、それが私の物語だ。だからこの「私」という存在からすれば、息を吸って吐くようなものだ。人間の根底が善性なら、私は存在から否定される」
 もっとも、そんなことはあり得ないが。
 善性、などというのは「悪」を直視しないから見えないものだ。この世界から全ての悪が滅びることなど有りはしない。
 その度に読者どもは思い出せ。
 悪鬼羅刹の物語を。
 悪性を肯定する我が物語を。
 そうすれば、私の作品は不滅だ。
「そういう意味では、善性を歌う馬鹿の神経を、私は疑わざるを得ないな。悪人だと死刑のギロチンへ追いやっておいて、「あんなのは人間じゃない」などと、自分たちの枠内に収まらない人間のことを無視して、都合の良い部分だけを見て、世界の素晴らしさを、世界の表面だけ見てほざくのだからな。私からすれば、そいつらの方が「人間じゃない」だけさ」
「そりゃ傑作だ。だが、世の中そんなものなのかもな。俺は人工知能だから、人間のことはよく分からないが・・・・・・自分のことだけは「良い人間」だと、そう思いこまないと、大抵の人間は自分自身の「悪」を、許容できないんじゃねぇかな」
 先生みたいな人間は希なのさ、などと、生まれて数年の人工知能は、知ったようなことを言うのだった。
 あながち間違ってはいないのだろうが。
 人間とは、そういうものだ。
 悪性ばかり見て善性を見ていないではないか、と言う奴もいるのだろうが、そもそも真に他者を思いやり行動した結果ならば、賞を受賞して誉められたりする人間には、決してならないだろう。 お前達の平和、努力、信念、善意、思いやりなど、その程度のモノだ。
 あっても無くても同じ、ただのゴミだ。
 どうでもいいがな。
 精々「善人ごっこ」に溺れていろ。
 私はその間に、次へ進むさ。
「だが・・・・・・それでも私が思うのは、「物語」というのは、人の手に余る「大きな決断」という選択肢に対して、その先を示すものではないか、とも思う」
「先生は、作品を通して、物語を通じて、一体何がしたいんだ?」
 したいこと、か。
 私にはそんなモノ、「何かをしたい」という行動を起こすための「気持ち」が無いのだから、あるはずもないのだが・・・・・・。
 畳みかけるように、ジャックは言った。
「選択に対して背中を押すだけか? おいおい邪道作家様はそんな無欲な人間なのかい?」
 そうかもしれない。
 そもそも、その「欲」を本質的に持てない構造の生き物なのだ。欲する原動力が無いのだから、求めようもない。
 だが、それでも私は。
「金が欲しい」
「それだけか?」
「金に付随する平穏、欲望、愉悦の全てを味わい尽くし、精々楽しく生きること、だ」
「それはそれは、豪気なことだ」
 俺には真似できねぇや、などとらしくもない言葉を、彼は言うのだった。
「何故だ? お前にはやりたいことはないのか」「あるさ。だが・・・・・・「俺たち」は人間では無い上に、人間を「真似る」ことを前提に作られているだろう? そう、「真似る」為にいる。前提からして「人間の為に」あるのであって、俺たちは「自分たちが幸せになること」が、製作段階から考えられていないのさ」
「成る程な」
 生まれる前から用途が決まっている、という部分に関してだけ言えば、私のような物語を綴るしか脳の無い人種も、似たようなものか。
「前提からして間違っている。私も、貴様も」
「先生は、本当に「幸福」に成れるなんて、思っているのか? 本当は無理だって、誰よりも理解している風に感じるぜ」
「無理かもしれない」
「だったら、何で」
 諦めないんだ? と、悲痛、と言うよりは答えに詰まった学生が、方程式を見つけられず苛々してストレスを感じながら聞いたかのように、彼は人工知能には珍しく「苛立ち」があった。
 だが、その答えは簡単だった。
 少なくとも、私にとっては。
「お前達は、合理で判断するだろう」
「ああ、だって無駄じゃないか」
「私も同感だ」
「じゃあ、何で」
「諦めが悪いだけさ」
 ただの、それだけ。
 それだけだった。
 だが、ただ妥協したわけでもない。
「その上、強欲なんだよ、人間は・・・・・・私にも貴様にも、「幸福」は無いかもしれない。だが、見つかるかもしれない。私は「それ」を見つけた上で、「ささやかなストレスすら許さない平穏なる生活」を送り、人生を楽しみたいだけだ」
 ジャックはしばらく黙って「イカレてるぜ。根拠も無しに、よくやるよ」とだけ言った。
 全く以て同感だったが、しかし私の人生に、確約された成功などあった試しがないので、いつものように私はしぶしぶ、こうして労働に勤しみ、仕事の成功を祈る、ただの一人の作家として、出来ることをやり遂げるだけだった。
 作家に出来るのは物語を考える位だ。
 なので、私は作品のテーマでも考えつつ、何なら今すぐにでも作品が売れまくる未来を想像し、物語を綴り、形にするしかない。そしてそれこそが、邪道作家である「私」のやるべき事であり、唯一出来る事なのだった。

  11

 プロは過程を重んじたりしない。
 あって当然なのだ。
 その上で、結果が伴って、当然。
 だが、もし「運命」と言うモノがあるとして、そしてそれに従って人間が生きているならば、我々の意志に力は無い。
 運命を変えない限りは。 
 そんなことはそうそう出来ることでも無さそうだが・・・・・・物語の流れに従って、私も作家になったのだから。
 なるべくして、成った。
 金には、なかなか成らないので、迷惑だが。
 これだから人生と言うのは厄介なのだ・・・・・・時間や労力を費やしたからと言って、成功するとは限らない。例え私のように人生を丸ごと費やしてさえ、だ。
 結果がなければ意味は無いし価値も無い。
 馬鹿馬鹿しくなるほどに。
 「生きる」などと大層な言葉は、本当のところサイコロを振るだけの作業なのかもしれない。目が悪ければ、それで終わりだ。配られたカードで勝負しようにも、勝負できる力がなければ、何の痕跡も残らない。
 だとすれば、大した金にもならず「もうやめよう」と常日頃から思いながら「作家」たらんとする私の姿は、実に滑稽なものだ。
 全く、因果な人生だ。
 宿業とは、辞めようとして辞められるものでもないしな・・・・・・逃げるつもりもないが、願わくば金になって私の生活の糧になって欲しいものだ。 本当にな。
 だが、順調に行っている時に、現状に満足することも危険だ。私にはよく分からないが、ある程度成功し、そしてそれに満足してしまえば、どうも人間という奴は成長しないらしい。
 満足、など私には縁の無い噺だ。
 満足し続けること、それが私の目的とも言い換えられるしな・・・・・・現状に満足できるなら、さらに満足できる目的を目指すだけだ。
 作家などまさにそうではないか・・・・・・何をしたから、あるいは「売れたから」だとか「傑作を書いたから」だとか「ある程度儲かったから」満足できるというモノでもない。儲かって満足して辞める奴は多いが、偶々作品が売れただけの奴は、成金ではあるが、作家ではあるまい。
 己の人生を書き写すこと。
 それで読者共を揺さぶり、買わせること。
 そして、傑作を書き続けること。
 作家を志すならば、これくらいは知っておいて欲しいものだが、最近は売れはするが、作家としての信条も誇りも目的もない「作家もどき」が実に多い。
 彼らは何がしたいのだろう?
 不思議だ・・・・・・ちやほやされたいだけなら、アイドルでも目指せばよさそうだが・・・・・・「作家」という言葉の響きに「特別さ」を感じている。
 嘘八百を書いて金に換えるだけだがな。それに儲かるのは編集担当であって、作家ではない。
 作家と言う生き物があるとすれば、嫌々、書きたくもないのに物語を綴り、「読者に不幸あれ」と願いながら、ささやかな金勘定だけを数える生き物だろう。しかも、辞めたくても辞められないという呪い付きだ。
 全く割に合わない。
 個人的には、儲かれば何でもいいのだが。
 傑作を書いているという「充実感」は確かにある。だが、充実感を感じるからと言って売れるわけではないので「果たして儲かるのか?」と、即物的な考えに囚われ、暗い気持ちになるのだ。
 売れれば爽快と言うわけでもない・・・・・・重要なのは勝つことではなく、打ち勝つことだ。
 一度二度の勝負で勝つのは簡単だ。私はそういう勝利すら得たことが無いが、しかし結局のところ「自身の定める目標に打ち勝つ」ことが重要だと思うのだ。なんて、一度も勝利を、何事においてもしたことのない私が言うと、説得力がないかもしれないが。
 だが、事実だ。
 私は事実しか綴らない。
 無論、私は売れていればそれで自己満足できるし、打ち勝つことなど日常だ。後は実利だけなのだが、まぁ言っても仕方がないか。
 打ち勝ち、克服する。
 それが本当の勝利と言えるだろう。無論ここで重要なのは打ち勝ち「続け」克服「し続ける」ことなのだ。だから、仮に何かで大きな勝利を得たとしても、戦いというのは終わらない。金を得たところで、今度はその金を維持する戦いに身を投じなければならないしな。
 とはいえ・・・・・・それも「決める側」が決めることだ。「正しさ」や「道徳」は金で買えると以前も説いていたが、「社会」においては「幸福の確固たる基準」があり、その前では我々の意志、打ち勝つための努力など、空しいくらい無力だ。
 正しさが「強者の都合」だというならば、当然それらを決める側が存在し、我々の生活は、そういった持つ側の都合で「幸福になれるか」が決まってしまう。
 どれだけ意志を貫こうが、「強者の都合」に反していては無意味なのだ。迎合するか、革命でも起こすしかない。
 弱ければ負けるのだから。
 都合を押し通せる側が得をする。都合を押し通せる側が楽しく生きられる。都合を押しつけられる側が・・・・・・勝利する。
 持つ者が勝利し、持たざる者は勝利できない。 これは事実だ。生きると言うことは出来レースに参加すると言うことでもある。その中で勝利するには最初から持つ側にいるか、「反則」をするしかない。
 地道な作戦を立てたり、有能な人間を使う側に回ったり、方策を変えたり、およそ考え得る限りの方法をとり続けてきたが、勝利は不可能だ。
 私が言うのだ間違いない。
 少なくとも持たざる人間は・・・・・・そう言う意味では、案外こうして作家として意地を張り、作家足らんとしていることも、その信念も、努力も、労力も、時間も、誇りも、苦悩も、全て、意味のない無駄なモノだったのかもしれない。
 だとすれば、滑稽だ。 
 私は何をやっているのか・・・・・・「勝てない」と知りながら、物語を書き続け、売るためにあれこれ悩み、また物語を綴る。
 いつか勝てると信じて。
 だが、いつかとは、いつだ?
 案外、絶望や苦痛以外には、持たざる者には何もないと、そう実感しているからこそ、無理矢理「希望みたいなもの」を見ようとしているのか。 そうでもなければやってられないから。
 そうでなくても、やってられないが。
 死人だ・・・・・・「似非の希望」を見ながら前へ進み続け、歩き続けるなんて、死人のやることだ。 私は
「酷い顔をしていますね」
 階段を上り終えると、そこには女がいた・・・・・・今回は紫の髪に、洋服を着ている。この分だとタマモとかいう名前も嘘くさかった。
 私の依頼主、サムライの総元締め、依頼人の女は、神社の境内で悠然と佇んでいるのだった。

   12

「勝つべきが勝つ、ですか」
「ああ、それを考えて少し、参っていただけさ」 持つ側と持たざる側。
 こんな噺をしたところで、この女に共感して貰えるとも思わないが、まぁヒント位にはなるかもしれない。作品のネタにもな。
 目線の違い、というやつだ・・・・・・ジャックは電子世界の住人として、この女は神の目線で、私は非人間の目線で。
 神社でこんなことを考えるのは私くらいだろうな・・・・・・もっとも、地球に参拝の文化が残っているかは怪しいので、もしかすると既に、神頼み仏頼みよりも科学力を信奉するこの時代では、誰も神社になど通わないかもしれないが。
 以前、聖人に絡む仕事を引き受けたことがあるが、あれも結局はシンボルとして人間が利用しようとしたに過ぎないのだ。純粋に神を信奉する奴など、すでにどこにもいないだろう。
 神に祈るのは自由だ。
 そして神が人間を助けないのも、また自由。
 そして大半はそうだというのだから、真面目に神を信じる人間は、もうほとんどいないだろう。実利にならない存在など、人間は誰一人としてまっとうに扱わないのだから。
 当たり前だが。
 大体が、存在さえ不確かで役に立たず、金だけはせびるケチな生き物を、誰が敬うというのだろう? 周りに合わせているだけで、別に誰もが、神が救ってくれるなど思ってはいまい。
「何か、失礼なことを考えていませんか?」
 まぁ、この女が神なのかどうか、私には別に確たる証左がある訳でもなし、そもそもが依頼人の正体など、私にはどうでもいいことだ。
「いや、別に。自意識過剰じゃないのか?」
「・・・・・・そうですか」
 相変わらず掃き掃除をしているところを見る限りでは、やはり神というのは暇なようだった。まぁ、この島国の神々は賽銭を貰って神社にいるだけの上、酒を飲んでたまに一カ所に集まり恋愛に関して論争するくらい暇らしいから、少なくともこの女は暇なのだろう。
「暇ではありません」
 そう言う輩は、大抵暇を持て余しているものだが・・・・・・女のヒステリーはたまったものではないからな。そのまま流すことにした。
「お前の言ったとおり、ヴィクターを始末したぞ・・・・・・そして敵対組織とやらの情報も手に入れておいた」
「泉に寄ったのですか?」
 私は女が敵対している組織のデータをディスク(こうでもしないと地球上では、あまりハイテクに頼った記録媒体は壊れてしまうのだ)を渡し、その質問の意味を考えた。
 「人間関係」を「買える」泉。
 まぁ、そもそも敵対組織の情報を仕入れるための場所指定が、あの泉だったのだから当然と言えば当然か。私が取材のために赴くことも、この女の立場からすれば、容易に推察できよう。
 実際行ったわけだしな。
 我ながら、作家としては行動が単純極まりないと、自分でも思う。
 だからこそ、傑作が書けるわけだが。
「ああ、何も交換しなかったがな」
「金、ですか」
「ああ」
 何だ、わかっているじゃないか。
 私が人間関係を恋しがる訳がないだろう。欲しいのは金、金、金だ。
「意味のないことですよ」
「何だと?」
「人間の人生は、おおよそ、決まっています・・・・・・金の多寡というのは、表向き華やかに、けれど同じ運命をなぞるだけです」
「どういうことだ?」
「例えば・・・・・・大金を手にして大きい家を買ったとしましょう。しかし結局はどれだけ贅沢を尽くそうが、大金を持たなかった人間が夢想しているだけと変わりません」
「変わるだろう。現に、現実に豊かでそれなりに良い暮らしをしているわけだからな」
「いいえ、だから表面上そう「見える」だけ。大きな家はどのみち一部分しか使わないでしょう? あなたの言う「どちらにしても同じ」結果しか産まないのですよ・・・・・・つまり、大金を手にしたところで、結局行動は同じなのです」
 ええと、つまりこういうことか?
 仮に私が大金を手にしたとして・・・・・・自家用宇宙船で豪華な旅をしたとしよう。だが、それは結局のところその辺のそこそこ良い旅客用の宇宙船で移動しているのと、やっていることは、同じ。 大金で豪華な食事を食べたところで、栄養も味も大差ない普通の食事を食べることと、同じ。
 女を山のように侍らし、抱いたところで、そんなのは女を抱く自分を夢想することと同じ。
 金の力で「安心」を買ったところで、金のない状況でそれなりに平穏に暮らすことと、同じ。
 どれだけ金を使おうが、やっていることは、同じになると言うのだろうか? 確かに豪邸を建てたところで、居住区域が一部分だけなら、狭い部屋に住んでいるのと「結果」は「同じ」だ。
「全てがそうではあるまい。金がなければまっとうな生活すらままならない。金があるからこそ、食事も睡眠も生活も、生活文化の基準を、一定以上に満たすことが、できる」
 そこだけは譲らない。
 譲る気はないしな。
 今更綺麗事で納得するものか。
「確かに、そうかもしれません・・・・・・ですが、あなた達の人生は、死ねば終わりではない。磨かれた魂の質に従って、その先を行かなければならないのです」
「ふざけるな」
 私はそんな、死んだ後の世界で「良い魂」か「罪人の魂」かなんて、貴様等に悩まれるために生きているわけではない。
 私は私だ。
 上から目線で判別されてたまるか。
「しかし「事実」です。あなた達の人間社会だってそうでしょう? 偉い人間が偉くない人間を区別し判別し、生きる先が決められる。同じですよ・・・・・・その繰り返しです」
「お前達が「何か」は知らないが、つまりお前達の基準では、金を選ぶ人間より「尊さ」みたいなモノを重視する「善人」の方が良いと?」
 そして、死後の世界ではそういうモノが重視されるのだから、金銭を追い求めることには、意味がない、と。
 そう言うのか。
「まぁ、そうです」
 まるで奴隷労働の運営人だ。
 神も人間も同じか・・・・・・偉さを鼻にかけて、自分たちの気に入る存在だけを「良し」として、判別して区別する。
 いい加減、うんざりだ。
 女は続けて口を開いた。
「追い求めたところで、徒労に終わるだけですよ・・・・・・何より、あなたは「長生き」をしようと私から依頼を受けていますが・・・・・・金銭と時間が満たされたところで、あるのは「退屈」だけです。あなたが望むようなものは何も」
 ありませんよ、と。
 最後通牒のように、口にするのだった。
 だが、それが何だ。
「私は貴様に「金で得られるモノはないから、諭してくれ」とでも頼んだのか?」
「いえ、しかしですね」
「だから何だというのだ。普段から言っているだろう・・・・・・仮に金の力で幸福に成れないのなら、金の力を楽しみつつ、別の方法で幸福を手に入れるだけだ。善人でなければ長い目で見て、死んだ後に「地獄」だとかに落とされてしまうというならば、金の力で「善行」を無理矢理するだけだ」 もっとも、私から言わせれば、この世界に善悪など存在しない。あの世があるとして、審判を下す存在が居るとしても、「そいつ」が勝手に決めた基準でしかない。まぁ、精々あの世の連中が納得するような「わかりやすい善行」を行えば、文句も出ないだろう。
「私は「綺麗事」という言葉が大嫌いだ。お前達神の目線では、全てが「プラスマイナスゼロ」なのかもしれないが、冗談じゃない。私は、貴様等のご機嫌をよくするために、いままで生きてきたんじゃない」
「そんなことは・・・・・・」
「無いとでも言うつもりか? 金を否定すると言うことは、そういうことだ。自己満足の綺麗事だよ。金がない人間は奴隷になるしかないこの世界で、そんな綺麗事が言える人間は「持つ側」だけだ。まして「神」なんて存在がいたとして、そんな「全てを持つ存在」などが「持たざる者」に綺麗事を吐くなど、醜悪極まりない」 
 全てを与える存在と、全てを持たざる人間。私とこの女はまさに真逆。鏡の向こう側の存在だと言えよう。とはいえ、きっと私とそういう類の人間には、因果が存在し得ないから決して願いを叶えて貰えることはない。鏡の向こう側とはそういう意味で、だからこそ目障りだ。
 全ての物質的欲望を叶える存在と、全ての物質的装飾、権威、名声、富、才能、幸運を無視して当人の装飾を剥がし、借り物の強さも借り物の弱さも許さないし通じない「私」では、まさに真逆だと言える。

 だが、全てを持たざる「私」は、全てを持つ、お前達「持つ側」などには決して負けないし劣らない。
 
 そんなつもりもない。
 劣等感すら、抱いてやるつもりはない。
 むしろ、見下してこき下ろしてやるぞ。
「私が持つ側だとして、持たざるあなた達にアドバイスすることが、そんなにいけないのですか」 それは懇願するような、悲痛な声だった。
 だが知るか。
 そんなモノで騙されるか・・・・・・マヌケが。
「いけなくはないだろう。ただ不愉快だ」
「・・・・・・そうですか。ですが、私は」
「まさかあなたの為を思って、などとぬかすのではないだろうな。頼んでいない。私が頼むことがあるとすれば、それは「綺麗事はどうでもいいから「実利」を寄越せ」という、シンプルな願いでしかない」
「・・・・・・いいのですか? 本当に、何もありませんよ・・・・・・金も力も権力も、人間を満たすものではありません。私はよく知っています」
「別に、満たされるかなんて知らないさ。興味もない。ただ、「納得行かない」意地のようなものだ。だから譲る気もないのさ」
 ため息をつき、女は「変わりませんね」とだけ答えるのだった。
「あなたは、自分が変われるとは思わないのですか?」
「さあな。いずれにせよそんなのは変わってから考えればいい。変わったとして、やはり金は必要だ」
 何をするにも。
 「必要」なのだ。
 私の意志すら関係なく、な。
「本当は欲しくもない癖に」
「欲しいさ。あれば「平穏な生活」が買えるからな」
「それは貴方が人間嫌いなだけでしょう。金の多寡は関係ありませんよ」
 まぁいいです、と女という生き物にしては珍しく、彼女は自分から折れたのだった。
 呆れられただけかもしれないが。
 構わない。
 何であろうが金は手に入れる。無論、無尽蔵に幾らでも、札束を数え飽きるまで、だ。
「では次の依頼を」
「悪いが、用事を思い出した。ではな」
 そう言って私はその場を逃げ出した。また依頼をされてもたまったものではないからな。
 見守るような視線を感じたが、気のせいだろう・・・・・・そんなものはあってもなくても同じだ。目線があったところで何をしてくれるわけでもないのだから。
 特に大した感慨もなく、私は地球を後にした。この美しい大自然に感動するのが「人間らしさ」なのだろうが、何も感じ無い自分の揺るぎなさを再確認し、やはり私は人間にはなれないなぁと、ため息混じりに諦めるのだった。

   12

 人間を満たすのは「心の繋がり」ですよ。
 そんなことをあの女は言っていた。
 しかし私には「心」なんて高尚なモノは無い・・・・・・信頼も信用も私には無意味だ。
 最初から有りはしない。
 無いモノを要求されても、困る噺だ。
 普通の変哲のない、凡庸と言って差し支えないありきたりでつまらない物語ならば「金よりも大切なモノがあったんだ」だとか、後々そういう感情を持つ奴が現れたりするのだろうが、生憎と、私に人生にはそれは無い。
 無いモノは無いのだ。しつこいようだが。
 実際「持つ側」というのは手に負えない。自分たちだけではなく私のような人間さえ「真面目に生きていればいいことがある」などと、何の責任感もない薄っぺらな言葉で、自分たちと同じように人生の本当の豊かさを享受できる、などと、私でさえ必要に迫られなければしないであろう「押しつけがましい善意」を「良い事」だと思い込んで、それを押しつけ、受け入れなければ異端だとみなすのだ。
 狂っている。
 私などよりも、ずっと。
「逃げ出したな」
 出し抜けに失礼なことを言う人工知能だった。まぁ事実ではあるが、しかし私は右を向けと言われれば左を向き、やはりそのまま右を向くかもしれない人間だ。だから適当に答えた。
「逃げていないさ。証拠でもあるのか?」
「あの女から逃げたじゃないか。「運命」を克服する方法はどこにもない。向き合うことから逃げている」
「そうなのか?」
 自分のことは自分ではよく分からないものだ。しかし私が「逃げて」いる? 
 むしろ、いままで散々手を尽くしてきた。
「だからこそ、だろうな。先生は半ば諦めている癖に諦めきれていないんだ。運命、生まれつき持ち得たもの、持つ側と持たざる側。誰よりもその差を理解し「勝てない」ことを知っているからこそ、先生は諦めきれないし、不可能だと知っているから無駄だと切り捨てる」
「そうかもな」
 私にしては珍しく同意するのだった。意味もなく否定しても良かったが、しかし今回ばかりは素直に受け止めた。
 ああそうだったのか、と。
 無論私は自覚症状の固まりだ。その程度は自覚していた。だが、自覚しているからと言って普段から考え続けているわけではないのだ。疲れるではないか。
 しかし、だとすればやはり振り出しに戻る。
 それでは勝てないではないか。
「勝てないさ。勝てない。何をどう足掻いたところで、勝てない。それが「運命」だろう? 俺や先生がどうあっても政府の代表にはなれないように、人間には宿命がある、運命がある。先生はそのことを「業」だと言い直していたが、同じ事さ・・・・・・変えようと思って変えられるなら、そうは誰も呼びはしないさ」
「ならば」
「ああ、先生の努力、というかおおよその人間が行う努力は、無駄で意味のないモノだ。ただ、その意味のないモノを面白がって、その業を愛で物語として綴る。それが作家だろう?」
 ならば本望じゃないか、と彼は言った。だが、そうではないのだ。
 私は作家でありたいのではない。
 個人的に満たされたいだけだ。
 主に金銭面で。
 そして心の平穏のため、ささやかなストレスすら許さない平穏なる生活を、手に入れたい。
 私の望みはそれだけだ。
 今のところは。
「それはさ、先生が最初「人間達の願う幸福」である、「家族」だとか「仲間」だとか「友情」だとかを「自分にはどう足掻いても手に入らないものだ」と、自覚し、諦めた結果じゃないか。その上で先生は「せめてストレスのない生活を」と願っているだけだ。先生は誰よりも金の亡者だが、実のところ誰よりも金に執着がない。「必要だから」酸素を求めるように「必要にしている」だけでしかないのさ」
「だったら、何だ? 結局は必要なのだ。そしてそれがあればおおよその平穏、望みは叶う」
「確かに。先生に叶えられるのは金の力での平穏位なのかもしれないな。そもそもが、それ以外に求めようと願えるモノが存在し得ないんだ」
 ならばやはり金は必要だ。なければ噺にならないではないか・・・・・・埋め合わせとして足りなくとも、それでも金までなければただ、みじめだ。
 そんなのは御免だ。
 汚らしい道徳を抱えてそれらしく生きるよりも私は、己のために生き、金の力で現実に満たされたいのだ。「心の豊かさ」だと? そんな高尚なモノは私には無い。あったところでそれは腹を満たしてくれるのか? 雨風をしのぎ、文化の恩恵を受けられないではないか。
 敗者の言い訳だ。
 そして、勝者が押しつけているだけだ。
 実際、「勝利者」という存在で、「心の豊かさ」なんてモノを歌う奴ほど、あてにならないモノはない。豊かで満たされている存在が、さらに「物質的な豊かさよりも心の豊かさが大事だ」などと抜かすのは、「余裕」があるからだ。
 物質的に満たされている余裕。
 優位に立っている実感。
 上の方から「それだけが人生じゃない」などと安全圏にいる奴が方便を説いて、納得する人間がいるだろうか? いない。いるはずがない。
 私も同じ気分だ。
 お前達の言う「豊かさ」など、私にははじめから用意されていないのだ。だというのに「心を満たす方が大事だ。金よりも大切なモノがある」などと、生理的嫌悪感以外抱きようがない。
 汚らしい。
 善人の押しつけほど汚らしいモノはない・・・・・・だから何だというのだ。私はお前達の指針など知ったことではないのだ。
 金、金、金だ。
 金で買える幸せは金で買い、金で買えない幸せは金で実現し、それでも無理なら妥協すればいいだけの噺だ。無理に叶えたい願いなど、平穏なる生活以外に有りはしないのだから。
 金で買えない幸せだと? 
 金も手に入らないで、手に入るモノか?
 少なくとも当面は手に入りそうにない。いや、案外あっさり手にはいるかもしれないが。私は未来が見えるわけではないのだ。あるのかないのかも分からないモノに、気を配る気などない。
 あるならあるで、金を手にした後に、ゆっくりと手にするだけだ。
 私は宇宙船のソファに座っている。ファーストクラスだ。この心地よさも金次第。エコノミーの堅い椅子で、如何に「精神的な豊かさ」があったところで、現実に堅い椅子は堅い。それを誤魔化すために「心の豊かさ」だとか「金よりも大切なモノがある」などと、ほざいているだけだ。
 仮に心の豊かさがあったとして、それが重要だとしても、そんなもの、金の豊かさ、物質的な豊かさが無くても良い理由にはならないし、むしろさらに必要性は高いではないか。
 金は血液みたいなものだ。無くても生きていけるだと? お前達はミイラなのか?
 コーヒーを飲みながら考える。
 物語の主人公という存在は、大抵「感情的」になり周りを巻き込んだあげく、戦う理由は「社会的道義感」だったりする。つまりは「人を殺すなど許せない」だとか「大切な仲間をよくも」と言うわけだ。
 しかし、だから何だというのか・・・・・・大切な仲間や女を傷つけるから、だから、「悪」はどう扱われても、殺されたって「めでたしめでたし」で完結する。悪党の命は「安い」とでも言うつもりなのだろうか?
 はるばる自分たちが勝手に「悪」だとか「倒さなければならない相手」だと、そう誰にも頼まれてもいない癖に思いこみ、殺人を犯す。
 そしてその上で感謝される。
 狂気の沙汰だ。
 私など及びもつかない、正真正銘の「邪悪」だと言えるだろう・・・・・・だが、彼らは「持つ側」なのだ。仲間だとか信頼だとか、あるいは都合良く勝てる力を手に入れたりと、とにかく「運命」に愛されているとしか言いようのないくらいに、勝つことが決められている。
 物語の主人公が敗北し、悪が栄えてめでたしめでたし・・・・・・そんな物語は希だ。
 仮に勝ったとしても、やはり別の誰かが悪を倒して「物語の英雄」になるためだけに、「正義」などという「勝者の都合」で殺される。
 くだらない。
 案外、物語というのは「持つ側が必ず勝つから選ばれていない人間は努力しても無駄だよ」と子供に教えるために、あるのかもしれない。
 少なくとも「選ばれず」「虐げられ」「勝つために努力する」所謂「物語の悪」というのは、何をどうしたところで、勝てない。
 終わりが決まっている物語では、描かれている物語通りに、盛り上げる為だけに利用され、敗北し、勝てない。
 選ばれた特別な力など無い。
 勝つためなら手段は選ばない。
 誰を犠牲にしようとも。
 必ず目的だけを、果たす。
 無論、正義や誰かのためだとか、そんなくだらない「言い訳」をしながら戦ったりはしない。
 その悪が負けるのか。
 憤慨せずにはいられない。
 あんな、持っているだけの豚共が勝利し、あれこれ策を弄して地盤を築き上げ、時間をかけて組織を構築し、勝つために執念を燃やす、悪。
 ならば、やはり「持つ側」には「持たざる側」は決して勝利出来ないのだろう。そう結論づけざるを得ない。
 勝つべくして、勝つ。
 そんな、選ばれただけのカス共に、勝利する方法はないものか・・・・・・色々試してはきたのだが、どう足掻いてもやはり、勝てないのか?
 だとすれば。
 まず単純な事実として「幸福になれる」存在があらかじめ、決められていることになる。何をどうしようが運良く導いてくれる存在に出会ったりして、あるいは窮地を助けてくれる仲間が現れたりして、「どう足掻いても勝つ」人間と、どれだけ手を尽くしても「悪だから」という屁理屈で敗北する側だ。
 殺人を勲功だとかもてはやした時代も多くある癖に、調子よく「悪人は例外として殺す」人間たちが、物語の主人公のような「持つ側」が勝利するならば、私のこの足掻き、積み重ね、労力、時間、手間の全てが無駄になる。
 事実そうなのかもしれない。
 私は、そんな便利な立ち位置にはいない。
 だが、一つだけ言えることがある。
 もし、仮にだが・・・・・・そんな与えられただけの甘チャンなど、信念も在り方も正義感も、全て私には通じないと言うことだ。そんな奴が居るとすれば、私なら問題なく肩書きを無視して「始末」することは容易だろう。
 私には「正義」などという言い訳や、「誰かのため」などという逃げ道や、「大切な女を守るため」などという免罪符や、「夢のため」などという妄想や、「信念のため」などという依存心すらも、私なら切り捨てられるからだ。
 私にそんな言い訳が通ると思うな。
 全ての持つ側は私に恐怖しろ。
 私は、貴様等を容赦なく惨殺できる「悪」なのだからな。
 決して主人公に敗北しない、「悪」だ。
 改心も容赦もせず、油断も躊躇も無く、精神的な弱さや守るべき何かも無く、決してブレずに悪の道をひた走る「悪」だ。
 私はそんなボンボン共に負ける気は無い。
 これまでも、これからもな。
 とはいえ、そんな私の意志すらも「勝つべくして勝つ」ことが決められている人間の前では、結局負けてしまうのかと思うと、やるせない噺だ。 運不運が全てなのか?
 結局、選ばれていればそれでいいのか?
 答えは「良い」だろう。結果的に勝てば、それが全てだ。勝てる人間が正義を歌い、勝てる人間が努力を語り、勝てる人間が信念を問う。
 薄っぺらい、中身のない勝者こそが、しかし世の中を動かしてきているのだ。紛れもない事実だと言えるだろう。
 まったく、そんな世の中で、幸福になれるかは定められている世界で、飽きずに作家などを続けているのだから、自分に呆れる。
 諦めて楽になりたいのだがな。まぁ、私の場合作家業はあまり、私の意志とは関係なく私の内側に食い込んでいるモノだ。今更仕方ない。
 理不尽には、結局勝てないのだから。
 運命は、良い運命を持つ人間が楽しむものでしかないのだ。敗北を決められている側からすれば不愉快なだけ、意味の無いゴミだ。
 知ったところで変えられない。
 ならばそんなモノに意味はない。
 今までの道のりも、結局私に富どころか、最低限の勝利すらも、この手に運びはしなかった。
 おまけに、人間って奴は後の世代へ「何一つ」残しはしない。物語における受け継がれていく意志など、嘘八百もいいところだ。
 不景気。
 腐敗した政治
 変えられない格差。
 低い意識。
 そう言ったあれこれを、自分たちの世代では何一つ解決、どころかただ文句を垂れるだけで、変えようとすらしなかった凡夫の愚か者が、「お前たちの世代にかかっている」などと寝ぼけたことをぬかすのだ。
 変えられない格差を実際には引き継ぐのだから若者は当然「やっても無駄だし、世の中はそういう仕組みになっているのだ」と察する。そしてそれは繰り返される。
 豊かになれる人間が豊かになり。
 貧しい人間は子供に当たり散らしながら、負の連鎖を受け継いでいく。
 持つべき者が勝利する。
 ともすれば勝利者というのは、他社を踏み台にし搾取する存在しか、成れないのだろう。精々例外は芸術家のような「夢を魅せる」などという、虚構を売る存在くらいのモノだ。
 無論、その夢すらも、豊かであれる側の存在が利用する為の「小道具」でしかないのだが。
 ここまで来た私だから言える。努力に意味など無かった。何の意味も価値も無い。精神論はうんざりだ。結局は、ただ、持っている人間が美味しいところを持って行く。
 作家は奪われる側だ。
 だから幸せにはなれない。
 搾取する側、奪う側に回ろうと尽力してきたがどうも、無駄らしい・・・・・・「持たざる側」は「持つ側」へ回ることは、どうしてもできない。
 我々は奴隷なのだ。「才能」や「富」そして「幸運」に選ばれなかった人間は、奴隷でしかない。ただ、一握りを幸福にするためだけに、我々は存在する。
 その人生に価値は無い。
 その思想に意味は無い。
 その人間に人生は無い。
 いっそ心臓を「日本刀」で刺して終わりにしてやろうかと思ったが、私は死ねないのだ。比喩でも冗談でもなく、どう足掻いても「死ねない」。 何をどうしても生き延びてしまう。まぁ、苦しみと痛みは常人以上にあるので、何一つ良いことでは無かったが。
 苦しみだけが人生だ。
 痛みだけが感覚だ。
 憎悪だけが感情だ。
 人生はプラスマイナスゼロだよ、などと言う人間たち、選ばれて幸福を享受する奴らには分かるまい。我々には苦しみ「しか」無いのだ。
 上から真の幸福を語る聖者には、わかるまい。 心の充足など、物質的に満たされていなければ口から出ることは決してない。植える寸前まで腹を苦しみで満たし、迫害され、痛みと苦しみの中で意識を失うことが日常の人間こそが、それについて語る資格を得る。
 幸福とは自己満足だ。
 だが、富の無い幸福など、ただの嘘だ。
 お前たちの常識を、押しつけるな。
 そして・・・・・・それらの理不尽を唯一、覆すことの出来る「力」こそが。
 「金」なのだ。
 だからこそ、金が無くては。
 金だけが、幸福になれる「力」だ。
 それは事実、だ。確固たる現実。心だの仲間だの愛だのそういう精神論ではなく、理不尽に打ち勝てる本当の「力」。
 金だ。
「私は間違っているとは思えないな。金が全てだ・・・・・・金で買えないモノは無いし、金で買えない真の幸福など、ただのまやかしだ」
「確かにな。俺たちは現実を生きてる。心なんて人間が言ってるだけで、案外ただの嘘なのかもしれないな・・・・・・」
 だとすれば、救われる噺だ。
 感情など最初から存在せず、人間の勝手な思いこみで、そう振る舞っているだけ。それは実際、悪くない仮説だ。人間の薄汚さを鑑みれば、存外あり得ないことでもあるまい。人間の本質は他者の利用にある以上、個人の満足は誰かの不満足であり、誰かにへたを掴まさなければ、現実には勝つことも幸福になることも、出来ない。
 世の中の「事実」だ。
 事実を無視して綺麗事を吐く輩は多いがな。
 そう、例えば神様とか。
 自分たちは戦争ばかりやってきている癖に、何故人間にだけ中身のない綺麗事を教えられるのか不思議だ。いや不思議ではないのか、人間もそうだが、それを成し得ていない奴ほど、その出来事に関して熱く語るものだ。
 完全に沈黙されても困るがな。
 己の「業」に殉じて生きる人間の姿は崇高だ。しかし生まれついての業、それしか道の無い世界で、それこそが己の幸福に成り得るとしても、金を否定する理由にはなるまい。
 「豊さ」は人間の成長を止めるかもしれない。だが知ったことか・・・・・・私は別に成長したくてあれこれ手を尽くしているわけではないのだから。 それなりに豊かで平穏な生活を送りたい。
 私の望みは、今のところそれだけだ。
 心など、後々どうとでもなる。有りもしない罪悪感や責任感で、己の道を台無しにする馬鹿共とは違うのだ。私は自分以外の都合に合わせて、生きることを疎かにはしない。
 してたまるか。
 金だ・・・・・・金がいる。
 今回、とりあえずヴィクターの奴からそれなりの金を手に入れた。当面はこれで平穏な生活を送れるだろう。
「私は金の力で「現実」を生きる。愛も友情も親愛も憐憫も全て、全て何の役にも立たんゴミだ。私は金さえあればいい」
「そりゃあ重畳。じゃあ先生は、もう物語を書かないのか?」
 作家を辞めるのか? と、ジャックは私に聞いてきた。だが、それは的外れというか、ずれた質問でしかないのだった。
「続けるさ。「金」と「人生の充実」は関係がないからな。とはいえ、当面はゆっくり休むさ。おいおい物語を書けばいいだろう」
「それで、傑作が書けるのか? 人間は満たされれば満たされるほど、中身が薄くなる。先生はそれでもいいのか?」
「当然だろう。中身だと? 誰一人重要視しない「中身」など、無いも同然だ。人間としての深みが欲しくて、私は生きているわけでもないのだ。あくまでも、金だ」
「どうせ、無くなったモノを人間は欲しがるんだぜ。後からやっぱり、あのときもっと苦労していた方が、良い人間に成れたと、後悔しても遅いんだ」
「くだらない・・・・・・何度も同じ事を言わせるな。それはお前たちが勝手に言っていることだ。良い人間だと? お前たちの基準での「良さ」なんて知ったことか。私の基準は「金」すなわち豊かさが前提だ。そういう人間になりたいなら勝手に目指せば良いさ。ただ、私に押し付けるな」
 金が最も重要なものだ。金以外に大切にすべき事柄など、何一つ存在しない。
 世界は金で出来ている。
 世界は金で動いている。
 世界は金で買えるのだ。
 金、金、金だ。それ以外は「どうでもいい」。 世界が物語だとするならば、私はこう付け加えて物語を終わらせるだろう。
 金を稼ぐことが出来、それなりに生き甲斐で充実した生活を送りつつ、平穏な生活の中で豊かさを享受するのでした。
 幸福は金で買えました。
 豊かさは金で買えました。
 金で平和は取り戻せました。
 めでたし、めでたし、と。

 この私に帰る場所など、無いのだから。

 人間に限らず「そこ」こそが己の休息の場所であり「居場所」というモノがある。無論私にはそんなモノは無い。心を落ち着けられる「場所」を見つけなければ「幸福」は得られない。どれだけ法からも理念からも外れていようとも、己自身の帰る場所、「心の安息の場」は必要だ。
 それは仲間であったり故郷であったり、あるいは仕事場であったり、まぁ色々だ。翻ってみて私はと言うと・・・・・・仲間も故郷と言える感傷も、仕事を生き甲斐にはしているものの、私は社会的に成功しているわけでも無し、「場所」と言えるほど確固たる安心はそこに無い。
 私には何も無い。
 居場所さえも。
 いや、私が居るべき場所など、最初から無かったと言うべきなのか。だとしても私は金の力でそれなりに「平穏」な場所を無理矢理作り上げるだけだ。真贋などどうでもいい。
 心など私には無いしな。
 あったところで、やはり同じだが。
 守るべき居場所など、つまはじきにされ生きてきた私のような狂人に、そんなものがまさか、あるはずもないだろう。
 無いから作家などをやっているのかもしれないが・・・・・・「作家」としての「確固たる地盤」を手にするために。
 それも無駄な努力だったが。
 居場所を共有する、それが幸福へ至る道だとしても、無いモノは無い。無いのだから、妥協するか代わりのモノ、つまり金しかない。
 誰がどう言おうが、金だ。
 金と、それを自由に使える環境こそが、他でもないこの「私」が望む「幸福」だ。平穏と自由を楽しむためにも、必要不可欠だ。
「さて、無駄話はこの辺りにしよう。金も出来たことだし、紅茶でも飲む以外、やることはない」「そうかい。まぁ個人の幸福はそれぞれだしな。俺が口を出すことでもなかったか」
「そういうことだ。私はもう眠るぞ」
 言って、私は脱力しながらソファにもたれかけて、力を抜いた。
 何とも嘘くさい終わり方だが、由としよう。
 今回も金になりましためでたしめでたし。
 結局のところ、人間の意志などあの李とか言う女のように、独りよがりでしかない。誰かのためなど絵空事だ。
 貯金通帳を満たすことが出来たし、この物語には壮大なオチは必要なかった。結局のところ周り道も遠回りしながら目的を目指すことも無駄であり、何の意味もないことを、再度自覚しただけ。 それだけだ。
 こうして・・・・・・邪道作家は見事「金」を手にすることで、本当の幸せを手に入れましたとさ。
 めでたし、めでたし。
「愛想を尽かしたりはしませんよ、馬鹿」
 そんな言葉が背後から聞こえたかと思えば、神社で掃き掃除しているはずの「女」が私を後ろから抱きしめていた。
「大丈夫ですよ。良い事はあります、必ず。絶望しないでください。貴方は、頑張ってきたじゃないですか。報われて然るべきじゃないですか。だったら、信じましょうよ」
 信じる。
 信じられるほど、今まで良いことは、なかったのだが。
「大丈夫です。あります。今まで散々だったのなら、これからは良い事がたくさん、たくさんあるはずです」
「そんな確証が」
 どこにある?
 私はそう、口にした。この女がいつから忍び込んできているのかなど「どうでもいい」良くないのは確証の無い「幸福な未来」を信じろなどという嘘くさい詭弁についてだ。
 それが本当ならこの目に見せろ。
 できもしないことを言うな。
「ありますよ。貴方は、信じる道を歩いてきた。だからあります。なかったら、私が作りますから・・・・・・心をお休め下さい」
「・・・・・・・・・・・・」
「大丈夫です、大丈夫。私は、多くの人間たちを見てきました。もし、貴方が報われないようならば、この私が手ずからお手伝いします」
「随分、強気だな」
 実際、この女が協力したからと言って、私が幸福な未来を歩めるという保証も、無いのだが。
 はぁ。
 結局、私が妥協して、我慢することになるのか・・・・・・果たして、どうなることやら。
「わかったよ、貴様を信じてやろう」 
 信じたところで、結果が出なければ意味なんて無いのだが・・・・・・他に良い案も無いのだ。乗るしかあるまい。
 正直、信憑性がない上、信じたところでこの女が大して何も結果的に助けにならなければ、何の意味もない取り決めだが・・・・・・未来など、そんなものだ。
 案外、良い事ばかりあるかもしれない。
 未だかつてそんなことは無かったが、これを皮切りに良いことずくめ、楽して大金を手にし、作品は馬鹿売れ、心にまつわる幸福も手に入れ、あらゆる不安を払拭して充実した毎日を送れるように、そうなる可能性も、まぁゼロじゃない。
 その可能性に賭けるとしよう。
「大して期待はしていないがな」
「大丈夫ですよ、きっと」
 振り返ると、女は笑っていた。
 どこにそんな自信があるのか意味不明だったがしかし、案外女にしか見えていないモノがあり、それが私は成功し勝利し要領よく儲けられると囁いているならば、それに賭けるのも良かろう。
 もし失敗すれば私は何もかも信じられなくなり全てに絶望するだろうが、いつものことだ。
 私は女の笑顔を信じることにした。
 それが結果に結びつくかは、知らない。
 ただ、結びついたらいいなぁ、と。
 そう、心から願うのだった。







あとがき

命よりも「上」が無い? 楽な人生で羨ましい限りだ。

少なくとも、労力が比較にもならんのは間違いない。読者が美少女の電子偶像へと札束を払う一方で、無線通読した挙句おひねりすら払わず、どころか文句まで垂れ散らかす様が、嬉しいとでも思うのか?

やはり、私も美少女という体にするべきか••••••やれやれだ。

電子偶像を制作させ、声を用意させアイドルに喧伝させる。残念ながらそういった「要領の良さ」はどれだけ業を貫き通せど、楽して稼げはしないらしい。
というのも、連中は「呟く」だとか「広がる」だとか意味不明な戯言を言っているが、生憎どれだけ労力を費やそうが拡げるどころか呟くすら難業だ。どうも、楽に稼げる道と「貫く何か」は「真逆」らしい。

どんどん、要領が悪くなっている気がする。

大丈夫か? これだけ費やしてタダでは困る。

本当にな──────何であれ、貰うだけ貰って金を払わない奴は強盗だ。
でなければ恥知らずであり、根性の無い腑抜けだろう。逆に、気高い精神とやらがある高潔な精神の持ち主であれば、札束くらいは良いはずだ。

電子遊戯の賭博に出ないと叫ぶ奴がいるくらいだ。それくらい構うまい。

で、あれば••••••やはり、読者連中が履き違えているだけだろう。物語とは、何も楽して作り上げられるものではない。むしろ、莫大な年月を費やして作るものだ。

だが、命どころか金より「上」のものが見えない奴らは、そういう業を軽んじる。軽んじた上で「どうして自分には無いんだ」と叫び出す。

当たり前だ!! 軽んじる奴に、そんなものある筈がない!!!

ふむ、どうやら利害は一致した。私の作品に札束を払い、その上で命より己の何かを優先する。それで解決だ。それが裁縫なのか執筆なのか、あるいは犯罪なのかは知らないが───いずれにせよ、人生の指針となるだろう。


それが業と呼ばれるものの正体だ。「それ」に比べれば全てが安い。

さあ、貴様らもやるがいい。全てを投げ捨てそれに費やせ!!
他は些事だ。生きるも死ぬも運次第だ。

才能なんぞ求めてる暇があったらやるべきだ。現に、何十年もやり遂げた「私」が言うんだ間違いない!!

やれば出来る。出来るまでやる。
未来? 希望? そんなもの知らん!!

とにかく「やる」のだ。それが「全て」だ。他のことなど考えた事もない。


さあ、貴様らの番だ。始めようか。

ここからが──────「始まり」だと思ってやるがいい。

その先に、「後悔」だけは消えるだろう。


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