見出し画像

無理やりオックスフォード大学の学生になった話 その9:ケンブリッジ移住

学問にも、高等教育にも縁がなく日本で育った私がイギリスに渡り、オックスフォード大学の学生になるまでと、なってからの逸話自伝エッセイ。
経済的、精神的な苦労もなく甘やかされてワガママに生きてきた日本女性の半世記。


別居のため私が勤め先近くに住処を探しているとケンブリッジ近郊の小さなコテージに空きができたよと友人が紹介してくれた。
そこは個人住宅としては立派なお屋敷で、空きが出た部屋というのは母屋に隣接した、元々は召使いの住まいだったという。

そのお屋敷には二人の老姉妹が住んでいた。そのお宅は1930年代に南米のプランテーションで莫大な富を得たその老姉妹のお父様がアーツアンドクラフツのアーチストに設計を依頼した建築だった。その姉妹と家族が建設した当時から住んでいたため、内装や建て付けも建設した当時からあまり変わっていなかった。まだ南米には家や、財産があるらしく、冬は暖かいその南半球の家で過ごすという。彼女たちが留守の間、コテージの住人が簡単な家の面倒を見るというのが条件だった。と言っても郵便を受け取ったり、カーテンの開け閉めをして留守でないようにみせかけたり、観葉植物にときどき水をやるとかいう程度のものだった。生涯独身だったその姉妹は、当時お姉さんの方は90代前半、妹は80代後半だったが、妹は車も運転し買い物や病院や知人のお宅にお茶に行ったりと姉をあちこち連れて出かけ、基本的な面倒は見ていた。妹はマーガレットサッチャーと同期でオックスフォード大学で植物学を学んでいたそうで頭脳明晰。世間話の中でも、社会や文化に対する鋭いコメントをした。私がアメリカ英語の言い回しをしようものなら、「それは正しい英語ではない」と叱られた。彼女たちは、ときどきは午後のお茶に呼んでくれたり、庭で会うと立ち話が、長話になることがよくあったが、私の生活に干渉することはなかった。

私は料理は好きな方だが、自分一人のためにきちんとしたものを作る気にはならなかったので、一人暮らしに慣れていない私の食生活は無茶苦茶だった。そこで同僚や友人をよく夕食に招いて日本の家庭料理をふるまった。そんな生活は楽しくシングルを楽しもうと思っていた矢先、ロバートと私の離婚を知ったある知人がオンラインデートをすすめてきた。キャリアウーマンの彼女がいうには最近のオンラインデートサイトはモテない人の巣窟のような惨めったらしいものではなく、付き合う相手は職場以外から見つけたいが仕事に忙しく職場以外の出会いを求めている割とちゃんとした職業の人たちが、たくさん登録しているというのである。

そこでその人から勧められた左翼新進的な高級紙ガーディアンの主催するソウルメイトというマッチングサイトに登録してみた。30代後半の年齢の割にはも若く見える私はいろんなお誘いがあり、何人かと実際に会った。お医者さんや、ビジネスマン、ジャーナリストなどの男性からのデートのお誘いが良くあり、毎週違う人とデートした。実際に会わなくてもちょっとエッチっぽいチャットでのやり取りだけでも面白かったし、男の人たちからちやほやされるのはまんざらでもなかった。

そうこうするうちオンラインデートサイトで知り合った男性を招いて手作りの料理を振る舞うようになった。大抵そのあとはベットで過ごした。そうやって一夜だけを過ごすボーイフレンドを取っ替え引っ替えしているのも疲れてきた頃、やはりオンラインで知り合った地元ケンブリッジ大学の学者ピーターと出会う。学者の世界は狭いし、学生との関係を持つことは許されないので、アカデミアの中で同業者以外で恋愛相手を探すのはむずかしいらしく、結構オンラインデートサイトに登録している学者は結構いるようだった。

同い年の彼は数学部の教授で、永久就職のフェローだった。ナーバスそうで、うつ病の薬を大量に飲んでいて、副作用でよく手が震えていた。そんな様子に敬遠してしまう人もいると思うが、そんな彼を私はなんか可愛いと思ってしまった。彼は普段食事はカレッジ内の食堂でとることが多く、母親を既に亡くしていた彼は家庭料理に飢えていて仕事の後にうちに来てよく夕ご飯を一緒に食べるようになった。仕事の後落ち合って一緒にどちらかのうちに帰るのだが、その帰宅途中に彼はよく、「晩御飯は何?」と子供のように聞いてくるのだった。

あまりにしょっちゅうどちらかの家に行き来をしていて、もう行き来するのが面倒になってきた頃、ロバートと住んでいた家が売れ、モノを全て運び出さなければならなくなった。ある日ロバートが私の所有物をコテージまで運び込んでそれらをばさりと置いていった。10数個のダンボールに詰められた、本やら、食器やら学生時代に製作した課題など。キッチンに積み上げられたそれらの箱を前にして茫然としていたら、ピーターが、これらの過去に囲まれて一人で住むのは精神上良くない。うちに引っ越しておいで。と言ってくれた。

いつになったらオックスフォードの学生になった話になるんだと思っている方、それはこの時点から15年後のことです。
続く


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?