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スーサイド・ツアー(第11話 怪しい女)

「がっかりだよ」
 部屋に戻ると、美優がそうつぶやいた。
「お店の経営が上手くいかなくなって借金作って夜逃げ同然にここへ来た。来週の月曜日に死ぬまでのひとときを楽しもうと考えてたのに、こんなはめになるなんて」
 美優は床にくずおれると泣き出し始める。
(俺は美優を幸せにできなかったんだな)
 激しい後悔が、身を苛んだ。結婚して、店を2人で始めた時は世界で1番じゃないかと思えるほど幸福だったのに。

 結局翌朝も7時から竹原礼央は、厨房で朝食を作りはじめる。昨夜はあまり眠れなかった。 
 厨房の壁に設置された鏡に映しだされた礼央の顔は疲れきっていたが、何かしていた方が、気が紛れる。
 朝7時半頃には妻の美優も現れて、手伝いはじめる。8時になると、女優の翠も登場した。
「ごめんなさい」
 翠が、美優に頭を下げて謝罪する。
「美優さんを傷つける事言ってしまって」
「気にしてない。翠さんは、可能性の話をしただけなのにね。こっちこそ悪かった。あたしこそ、憶測で適当な事言ってすいません」
 美優も、女優に頭を下げた。翠も調理を手伝った。
 8時半頃には井村、日々野、妹尾、一美も現れる。皆テンションが低いが、無理もない。地球よりも重力の大きい惑星にいるかのようだ。
 が、この中に1人は確実に犯人がいるのである。そう考えるとぞっとした。
 疑いはじめると、誰が犯人であってもおかしくないと思えてくる。
「日々野先生」
 沈黙の食事が大方終わった後で、竹原礼央は切り出した。
「2階に残されてたトランプ大のカードがありましたよね。あそこに書かれていた文字を筆跡鑑定できないですか?」
「できるのかもしれないけど、僕は専門家じゃないから、わからないです。それに鑑定しづらいようにしてるのか、わざと殴り書きみたいな、角張った字で書かれてますよね」
 医師の回答は、こうだった。
「専門家なら、それでも鑑定できるかもしれませんが、多分ここにはいないでしょう。そう主張する人が仮にいても、本当かどうか信用できません」
「あれから思い出したけど、あんた医療ミスを起こした医者だろう?」
 井村が、唐突に斬りこんできた。クールに見えた日々野だが、さすがにこの一撃は答えたようだ。
「井村さん、その話は今いいだろう」
 礼央は怒鳴った。
「今ここにいるメンバーは私も含めて訳ありの人間ばかりだ。それはお互い言いっこなしだろう。そもそも君は、そんな大層な人間なのか?」
「そうじゃねえけど、昨日犯人だと決めつけられたから頭来てよ。いくら何でも殺人者扱いはねえだろう。証拠もないのに」
 井村は、唇を尖らせながら、後を続けた。
「確かに理亜ちゃんを可愛いとは感じてた。だから、なおさら許せねえよ。理亜ちゃんを殺した奴を、俺が殺してやりてえぐらいだ」
 その後はあまり会話にもならず朝食の時間が終わった。
 後片付けの後、竹原夫妻を残して、全員が退散した。皆足どりは重く、顔をうつむけながら、それぞれの部屋に帰ってゆく。
「そういえば倉橋さん、犯人は女じゃないかって言ってたじゃない」
 夫婦だけが残された後妻の美優がそう発言して、礼央の記憶を呼び覚ます。
「あれ結構説得力ある推理だと思う。無論あたしは犯人じゃないし、それを指摘した彼女も違う。消去法で今去った那須一美さんじゃないかしら。あの人礼央の言ってた通り最初からおかしかった。テンション高くて、とても自殺願望があるように見えないし」
 美優が自分の推理を述べる。
「理亜さんの画像をスマホで撮りまくってたけど、あれも怪しいと感じたの。みんな悄然として、そんな心情になれるわけないのに」
「那須さんに、画像を見せてもらおうかな。何かわかるかもしれない」
「わかるかしら? あたし達素人なのに」
「早速那須さんに画像を見せてもらいに行くよ。確かに素人が見てもわからないかもしれないけど、もう1度2階の殺人現場まで行きたくないし、彼女と話せば、那須さんの意図もわかるかも」
 礼央は、席を立ち上がる。
「気をつけて」
 美優が不安そうに夫を見た。
「相手は女1人だから、仮に彼女が犯人でも大丈夫だよ」
 礼央はエレベーターへ向かった。那須一美がいるはずの、4階のボタンを押す。4階へ上がるとエレベーターを降り、一美の部屋の呼び鈴のボタンを押した。


スーサイド・ツアー(第12話 沸き起こる殺意)|空川億里@ミステリ、SF、ショートショート (note.com)

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