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スーサイド・ツアー(第14話 新たな謎)

    一美が去った後、美優は夫のうつぶせになった顔に懐中電灯の光を当てて、覗きこむ。全く息をしていない。
 何度も礼央の名前を呼んだが返事はなく、ピクリとも動かなかった。背中には複数の傷跡があり、ありえないほど大量の血が流れている。すでにアリやハエがたかりはじめていた。足音が聞こえてくる。
 驚いて港の方を見ると、いつのまにか去っていった方向から、一美の姿が現れた。
「港まで行ったけど、誰もいなかった。犯人がどこにいるかわからないから、2人で一旦ビルに戻りましょう」
 美優は夫の遺体を残す事に躊躇を感じたが、一美の主張はもっともなので、2人で一緒にビルに向かう。
 涙がとめどもなく流れた。一美が美優に寄り添うように肩を抱く。
 何度も背後を振り返った。そこに横たわる彼が死んでしまったのが、信じられなかったのだ。
 階段をのぼり、池の上の橋を渡って北口から館内に入り、北口の玄関を、内側から施錠した。
「南口も施錠しましょう」
 一美がそう主張する。
「ここを出る前に確認したけど、施錠されてた」
 美優がそう伝える。念のため確認したが、やはり施錠されていた。
 大広間に戻った時には、午前2時40分になっていた。
「他のみんなを呼んでくるから、ここで待ってて」
 一美はそう残すと、エレベーターの方に向かう。やがて彼女がまだ眠そうな、他の者達を連れてきた。
 妹尾、翠、日々野、井村の4人である。全員いたのだ。だとしたら一体誰が、夫を殺したのだろうか?
 南口の玄関は施錠されていたので、殺人犯はこのビルに戻るなら、北口から入るしかないはずだ。
 が、階段を通るルートを使うなら、美優や一美とかちあわざるを得ないので、北側の崖を登らなければならない。
 だがそれは難しそうだった。崖は高く、足がかりになりそうな箇所は全くないのだ。
 知らせを聞いた4人は皆、憔悴しきった顔をしている。
「これで俺が犯人じゃないってわかったろう」
 不機嫌そうに、井村がほざく。
「礼央さんを殺す動機なんて、俺には1ミリもねえからな。それに南口が施錠されてて、階段からも崖からも上がれないなら、館内にいた俺には無理だ」
「動機がないのは、私も同じだ。無論井村君同様建物の中にいたから、物理的にも無理な話だ。妹尾君や倉橋さんも同様だけど」
 日々野が、返す。
「でも、おかしいね」
 突っ込んだのは翠だ。
「あたし達お互い誰が犯人かわからずに疑心暗鬼になってたのに、なんで礼央さんはその人についていったんだろ?」
「あたしも、それが不思議なんです」
 美優が、同意する。
「実際夫は、あたし以外の誰が犯人でもおかしくないと話してましたし」
「礼央さんが、そう感じるのも無理ないな」
 一美が、そう口をはさむ。
「実はあたしも、たまたま部屋の窓から外を見てたの。礼央さん無理やり連れていかれる感じじゃなかった。先を歩いてたのが誰かはわからなかった。男なのか、女なのかもわからないし、年齢も見当がつかなかった。ちらっと見ただけだから、背格好も高いのか、低いのかもわからなかった」
「今思えば、あたし自身がすぐにでも走って、夫を止めれば良かったのよ」
 美優が、よよと泣き崩れる。一美が、その肩を抱きしめた。
「そもそもここに来ようと提案したのも、あたしなの。お店が潰れて、そのタイミングで運悪く幼かった娘が事故で死んで、何もかも嫌になって……」
「美優さんのせいじゃない」
 一美が、そう励ました。
「あたし、那須さんみたいに強くない。あなたみたいに強く生きられない」
 美優は、一美の胸の中に顔を埋める。
「みんな、そうよ。あたしも強い女じゃない」
 小声で一美が、そう回答する。
「考えてみれば犯人は、夜中に建物の外から来た可能性もあるな」
 突然、日々野がそう口にする。
「可能性はゼロじゃないけど一体誰が、ここに来るの?」
 問いただしたのは、翠である。
「ここにあたし達がいるのを知ってるのは宇沢さんと船長と宇沢さんを雇った人だけ。どのみちうちらは来週の月曜日に死ぬんだから、宇沢さんにも彼を雇った誰かさんにも殺す動機がないじゃない。船長はあたし達がここに来た理由を知らないそうだけど、動機がないという意味では一緒ね」
「言われてみれば、そうだなあ。連れていった相手が誰であれ、奥さんに声をかけずに礼央さんがその人と外出したのも違和感あるし」
 日々野はそう返答する。
「あんま行きたくねえけどさ。礼央さんの遺体を見に行くしかねえだろう。行けば、何かわかるかもしれねえし」
 横から、井村が言葉を投げる。
「確かにな。私が行こう。来たい者は一緒に来てくれ。嫌なら無理することはない」
 日々野がそう宣言した。


スーサイド・ツアー(第15話 祈り)|空川億里@ミステリ、SF、ショートショート (note.com)


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