スーサイド・ツアー(第18話 疑惑)
相変わらず妹尾の声は小さかったが、普段よりちょっとだけ明瞭に発音しているように聞こえる。
「女なんて、そんなもんだよ」
井村がそう吐き捨てた。
「あら、あたしもそう?」
いたずらっぽそうな目で、翠が井村を見ながら聞いた。
「そ、それはねえけど」
井村の目が、泳ぐ。
「そう言えば10時の後、10時半ぐらいにも余震があったな」
日々野がそう口にする。
「俺も、気づいた」
井村がそう同意した。
「ちょっとやっぱり美優さんが心配だから、あたし見てくる」
一美はそう宣言すると、1階にある美優の部屋に向かって歩く。一美は、ドアをノックする。返事はなかった。
念のためノブに手をやる。施錠されていなかった。扉を開く。
ベッドには胸を血で染めた美優があおむけに横たわっている。
近くの床に血で染まったバタフライナイフが落ちていた。一美は思わず悲鳴をあげる。
悲鳴だなんて、自分のキャラではないのだが、あがってしまったものは仕方ない。室内の壁の時計は、12時半を過ぎている。
「また、やられたか」
一美の背後で、日々野の苦い声が響く。日々野が遺体に近づいてさわった。
「顎関節の硬直が始まってるから、少なくとも亡くなって1時間以上経過している。手足の先は硬直してないので8時間はたってない」
「最初にあたしがこの大広間に来たのが11時だから、少なくともそれ以前に美優さんは殺されたってわけね」
翠が、そう口にする。
「許せねえ」
地の底から這い上がるような声で井村が言葉を吐き捨てた。
「一体どこのどいつなんだよ! 理亜ちゃんも、竹原夫妻もいい人だったのに」
「どうせみんな死ぬんですから、別にいいんじゃないですかね」
小声でそう話したのは、妹尾である。
「どういうこったよ」
怒髪天をつく勢いで、井村が妹尾に迫ってゆく。
「だってそうでしょう? 僕ら全員自殺しに来たんですから。来週の月曜日に死ぬか、今死ぬかだけの違いです」
井村は、妹尾の着ているTシャツの襟元をつかんだ。
「てめえが殺したのか!?」
「そんな馬鹿しませんよ。意味ないです。月曜に全員死ぬんですから」
「ちょっとやめなさい」
脇から翠が突っ込んだ。
「だってよお。あんまりな言い草じゃねえか」
井村の噴火は、すぐには収まらないようである。
「でも本当、一体誰が殺したんだろう? 妹尾君の言う通りで、来週の月曜日には全員死ぬのに」
日々野が不思議そうな顔になった。
「あたし、もう嫌!」
一美は思わず叫んでいた。
「一刻も早く、こんな島出ていきたい。こんな場所で死ぬのは嫌」
一美の目から涙がこぼれ、声が震えた。
「そうだよね。気持ち、わかる」
翠が、悲しげな表情でそう口にする。
「わかるわけ、ない!」
一美は怒鳴った。
「あんた達は最初から死ぬつもりで来たんでしょう!? あたしは、そんな気ないんだもん」
「だったら、どんな気で、ここへ来たんだよ?」
井村が突っかかってくる。
「悪いけど、私は君を信じられない」
日々野がそこで発した台詞は、冷凍庫から出してきたばかりのように冷ややかだ。
「悪いけど、私は最初から井村君と那須さんを疑っていた。2人共自殺願望があるように思えなかったからだ」
「それは、あたしも考えた」
翠が、口をはさんできた。
「僕も……」
消え入りそうな声で、妹尾が同意する。
「今部屋を覗きに行って、遺体を発見したのも不自然だ。本当は早めに起きて、君自身が、美優さんを殺したんじゃないか?」
日々野が、さらに続けた。
「私も含めて、また殺人が起きるとしたら、深夜だと予想した人が多かったはずだ。なのに君は、まるで美優さんが殺されたのを知ってたように、部屋に向かった」
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