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スーサイド・ツアー(第16話 探索)

   島の探索をすると決まり、美優は医師の日々野と一緒に港に向かって歩き始めた。井村と一美と翠の3人は港とは逆方向の右側へ、つまりは時計回りに進んでゆく。
「辛いなら、部屋に戻った方がいいんじゃないですか?」
 日々野が優しく言葉をかけてきた。
「大丈夫。むしろ何かしてる方が、気がまぎれるから。優しいのね」
「一応医者ですから」
「お医者さんが自死を選ぶなんて、社会にとって損失だと思うけど」
「人間は、皆平等です。僕も美優さんも礼央さんも、命の重さに変わりはないです。それに僕はもう医師じゃない。とんでもない医療ミスをやらかして、2度と信用されなくなった。ヨメにも離婚されて、子供にも会えなくなって、SNSやマスメディアからフルボッコ」
 端正な日々野の顔が、悲痛に歪む。美優は何か口にしようと考えたが、思いつかない。
 しばらく2人は無言のまま歩く。やがて港が近づいてきた。右方向に桟橋が見え、左の崖に石の大きな仏像が見える。
「もしかしたら犯人は船で外からやってきて、船で外に出たのかも」
 美優が、憶測を述べる。
「実は夜眠れなくて、たまたま外を見てたんだ」
 日々野がそう話す。
「その時たまたまご主人が、誰かと外へ出るのが見えた。その後那須さんが呼びに来るまでずっと港の方を見てたけど、船の姿はなかったね」
「そうだったのね。確かにこんな状況じゃ、眠れないよね」
 桟橋は夜間でも照明が点灯している。
「僕がいる6階からだと船が港にあれば、必ず見える。でも、港は空っぽだった。普通の飛行機は着陸できないし、ヘリならできるんだろうけど、ローター音でわかるだろうしね。飛行機も垂直離着陸機可能な軍用機ならできるだろうけど、いずれにしろ音でわかる」
「そもそも軍用機なんて、こんな離島に来ないだろうし」
「まあ、そうだね」
 2人はぐるりと島を半周し、西側に出た。そこで前方から、他の3名がやってくるのが見えた。
 2人と逆向きに島の南側の砂浜の方を回ってきた人達だ。
「こっちは、誰もいない。そっちはどうよ?」
 砂浜の方からきた井村が大声をあげる。
「同じくだ。犯人が隠れてそうな所もなかった」
 返事をしたのは日々野の方だ。
「しゃあねえな。南国ビルに戻るとするか」
 井村が、ぼやく。
「なんだよ。その南国ビルって?」
 日々野が珍しく笑顔を見せる。
「俺達のいる建物だよ。何か名前があった方が呼びやすいだろ。だから俺がつけたんだよ。使用料は取らないから、あんたもそう呼んでいいんだぜ」
 井村は、いたずらっ子のような目つきになる。彼が、こんな表情をするとは考えもしなかった。
 合流した5人は、南側の砂浜の方を時計とは反対方向に回って歩く。南口は中から施錠されているので、再び東側に戻るのだ。
 いつしか東の方角から太陽の光が現れ、降るような星空を侵食していた。
 絶望的な悲劇があったばかりなのに、空はとても美しい。
 ふと美優は、新婚旅行で礼央と一緒に沖縄へ来た時のエピソードを想起した。 
 あの時は本当に楽しくて、まるで世界が2人のためにあるかのように思えたほどだ。
 それがどうしてこんな無残な結果に到達したのだろう?
 やがて皆は、南国ビルに戻ってきた。美優は気持ちを落ち着けるためタバコを吸う事にする。
 1階の喫煙所に入った。たまたまそこに、封の開いたタバコがある。普段自分の吸わない銘柄だ。
 南国ビルには、タバコのストックも大量にあり、美優も含めて喫煙者達は、勝手に棚から出して吸っていた。
 美優はそれを1本取り出して吸ったのだ。すでに大広間には、妹尾の姿はない。多分部屋に戻ったのだろう。
「なんだか急に眠くなった。部屋に戻る」
 そうこぼすと、一美がエレベーターに向かう。
「僕も行くかな」
 日々野が続いた。その後から井村と翠も、追いかける。
「おやすみなさい」
 エレベーターに乗る直前、翠が笑顔で手を振ってきた。美優が翠の声を聞いたのは、それが最後になったのだ。


スーサイド・ツアー(第17話 告白)|空川億里@ミステリ、SF、ショートショート (note.com)

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