スーサイド・ツアー(第6話 残された者達)
「それではみなさん、私はこの辺で退散します。1週間後に戻りますので、後はよろしくお願いします」
案内役の宇沢はそれだけ口にすると、北側のスライドドアを開けて橋を渡り、丸い池の対岸に速足で向かった。
そして向こうに到着すると右すなわち東に行く。そっちにはここへ来る時上がってきた階段がある。
宇沢はそこを降りて、姿を消す。しばらくすると、ここにいるメンバーを連れてきた船が北側の港から出ていくのが見えた。
ここからは遠くてわからないが、多分船室に宇沢は船長といるのだろう。
やがて船は小さくなり、水平線に消えてゆく。一美は改めて自分のスマホを確認する。
画面に表示された「圏外」という文字が、重く心にのしかかる。
「これじゃあ俺達1週間後まで、宇沢さんと連絡つかないのかよ」
そうほざいたのは井村である。
「当然だろう」
砂をすりつぶすような声で、日々野がつぶやく。
「どうせ俺たちゃ1週間後には死ぬんだ。考えを変えたなら、その時に宇沢と帰ればいいじゃないか。元々メールにもそう書いてあったろう」
「ともかくこれからあたし達が昼食を作るから、良かったら手伝って。食べたい気分じゃない人もいるでしょうけど。精神的に無理そうなら、手伝わなくてもいいですけど」
竹原美優が、皆に伝えた。どうやら夫の竹原礼央と、料理を作ろうとしているようだ。
「俺、手伝います。昔飲食店でバイトしてたから、簡単な物なら作れるし」
名乗りをあげたのは、チャラ男の井村だ。一美は一瞬手伝おうとしたが、料理に全く自信がないのでやめにした。
「あたしも、手伝う」
倉橋と名乗った女が、サングラスを外す。まるでそこから光が放たれたようだった。
「やっぱりそうだ!」
井村が叫ぶ。
「あなた、倉橋翠さんですよね。俺大ファンなんですよ!」
「ありがとう。これから1週間よろしくね」
翠は、笑顔で挨拶する。硬いスマイルだ。無論一美も倉橋翠は知っていた。
別にファンってわけじゃないが、彼女は日本のトップ女優で映画、ドラマ、バラエティ番組、CMなどひっぱりだこで、テレビ画面でしょっちゅう見かける人物だ。
まさか、ここで会うなんて思わなかった。しかし、さすが人気タレントだ。
テレビで観る以上にオーラがあり、美しかった。
サングラスを外して、スマイルを浮かべた途端、大輪の花が開いたようだ。
意外な展開だが、むしろ一美には都合が良かった。
その後1階の厨房で作られた料理を、大広間で食べた。さすがにプロが作っただけあって、美味しい料理だ。
最初に沖縄本島で集まった時はお通夜のような雰囲気だったが、今はみんな楽しそうである。
「しかし今夜はあまり眠れそうにねえな。普段と枕が違うから」
そう話したのは、井村である。彼は理亜の隣に座り、彼女にしきりに話していたが、理亜は迷惑そうだった。
彼女は料理には全く手をつけず、グラスに入れたウーロン茶だけを飲んでいる。
「あたしは、大丈夫」
理亜が答える。
「アイマスクも耳栓も睡眠薬も持ってるから」
「ちゃんとドアを施錠した方がいいわよ。誰かさんが狙ってるかもしれないから」
一美が突っ込む。
「もちろん」
と、理亜が答えた。井村が、一美を睨んできたので、一美はそっぽを向く。
食事が終わったら食器を洗ったりなどの後片付けがあり、調理に関わらなかった分、一美はそっちはキチンとやる。
夜の食事は6時からまた大広間で行われると決まり、理亜は井村から逃げるように立ち去った。
一美も井村の矛先がこっちに向かうと嫌なので、やはり速足でそこを去る。
先に階段を上がった理亜が3階の自室を内側から施錠する音が響く。
一美も階段でそそくさと上に上がって自室に入り、中から手動で施錠する。最近のマンションにあるようなオートロックではなかった。
室内にはテレビはあったが離島というせいもあるのか、テレビ番組の受信はできない。
その説明はサイトに登録した時に送られてきたメールに載っており、なおかつこのテレビが置いてある台に貼り紙で説明されていた。
ラジオもなく、そもそもラジオの持ち込みはなぜか最初から禁止されている。沖縄に集まった時も手荷物検査をされていた。
ただDVDのプレイヤーはあり、大量のDVDが室内の棚に置いてある。
アダルトビデオはなかったが、映画、ドラマ、アニメ、スポーツ中継の録画、お笑いや音楽のライブ等様々な種類があった。
ステレオもありラジオはついていなかったが、大量のCDが棚に置いてあり、ステレオのCDプレイヤーで再生可能である。
ヘッドホンもあった。室内には壁に全身を映せる鏡も設置されている。洗面所やトイレや浴室にも鏡はあった。
プレイステーションなどのゲーム機もある。
理亜に狙いを定めていた井村だが警戒されて自室にこもられてしまったので、島の南側にあるビーチに1人で行く事にした。
ここへ来る前にメールで説明があったのだが1階に倉庫があり、そこにビーチパラソルや浮き輪、ビーチサンダル、水泳帽、色々なサイズや色の水着が男性用も女性用も収納されている。どれも新品だ。
井村は自分のサイズにあう海パンとサポーターを1着ずつとビーチサンダルを両足分もらい、一旦7階の自室に戻って水着に着替えた。
その後再び1階にエレベーターで降り、倉庫からビーチパラソルを持ち出して、砂浜に行く。
誰もいないと思いきや、そこにはワンピースの水着姿の倉橋翠がいた。
井村の姿に気がつくと、まるで少女のようにあどけない笑顔を見せる。
右手でピースサインを作り、自分の右目の方に2本の指先を向けて横にした。
女なんてみんな同じだと考えてたけど、彼女は彼の知っている女達とは違いすぎる。
まるで女神か天使のようだ。本当に、後光がさしているかのようだ。井村は自分でも気づかぬうちに、立ちすくんでいるのに気づく。
翠が、彼に手を振った。そして井村に手招きをする。
彼は灯りに誘われる昆虫のごとくふらふらと、そこへ歩いてゆく。
そして彼女に誘われるまま、パラソルの下に並んで座った。
「夢みたいです」
やがて、井村がそう口にする。
「ファンだって打ち明けたの、嘘じゃないです。ドラマも映画も全部観てます」
「ありがとう。嬉しいな」
「お願いがあります」
翠が、笑顔でこっちを見る。
「1週間後、俺と一緒に帰りましょう。どんな理由でここへ来たのか知らないけど、あなたが死んだら多くの人が悲しみます」
翠の顔から笑みが消える。
「それは、無理。1週間後にあたしは、死にます」
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