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スーサイド・ツアー(第13話 闇の中へ)

    殺意を感じたのは一瞬だった。やがて礼央は一種の虚脱状態になり、重い足を引きずりながら、部屋に戻る。
「どうだった?」
 美優が、聞いてきた。
「犯人かどうかはわからない。だが、動機がやはり考えつかない」

 その日は天気こそ晴れていたが、建物の中は、重苦しい暗雲が立ち込めていた。
 昼食の時も、夕食の時も、皆口数が少なかったのだ。
 美優は食器洗いを終えた後1階の喫煙所でタバコを吸い、その後自分のベッドに潜りこんだ。
 ダブルベッドで、いつもは夫と寝ているがこっちの気持ちを察したらしく、礼央は隣室に入った。
 そちらにはシングルベッドが1つあるのだ。あまり眠れなかったのだが、やがてうとうとし始める。
 物音に気づいて目が覚めた。スマホで時刻を確認したら、深夜の零時を回ったところだ。
 悪夢のような火曜日が終わり、水曜日に突入していた。物音がしたのは、夫のいる隣室だ。
 どうも部屋を出たらしい。美優も起き上がった。
 部屋のドアを開けて大広間の方を見る。椅子に座った礼央の背中が見えた。 
 テーブルの上に缶ビールがあり、時折それを、喉に流しこんでいる。多分眠れないのだろう。美優は、再び部屋に戻った。
 そして再びダブルベッドに潜り込んだが眠れなかった。1時間程した頃だろうか。
 大広間の方で物音がした気がした。スマホを見ると午前1時半を過ぎている。なぜか胸騒ぎがして、部屋を出た。
 礼央が大広間から深夜にも関わらず、北側に面したドアから、外に歩いてゆくのが見える。
 礼央の前を誰かがやはり歩いていたが、どんな人物かよく見えなかった。2人は、そのまま出ていったのだ。
 誰と、どこに行くのだろう? 不審に感じた。美優は一旦部屋に戻り、服を着替えて、部屋にあった懐中電灯を持ってまた部屋を出る。
 念のためスイッチを入れたら点灯した。そして北口を出て、池の上の橋を歩いて、向こう岸にたどり着いた。
 夫の姿は見えなくなっていたが、行くとしたら港の方しかないのではないだろうか?
 ここに来るとき上がって来た階段が右手すなわち東にあるので、そこを降りた。降りきると左すなわち南に歩く。
 つまりは港の方角へだ。しばらく進むと、誰かが倒れているのに気づいた。慌てて駆け寄ると夫である。
 背中から大量の血が流れていた。近くにバタフライナイフが落ちている。理亜を殺したのと同じ種類だ。
 思わず美優は、悲鳴を上げた。足がすくんだ。そのまま地べたに座り込む。背後で人の気配がする。
 恐る恐る振り向くと、那須一美が立っていた。彼女も懐中電灯を持ち、その顔が驚愕に歪んでいる。
「夜中に目が覚めて、お酒や食べ物を1階に取りに降りたら、美優さんが外に出るのを見かけたからついてきたの。なんだか様子が変だから。まさかあれ、ご主人?」
「主人が夜中に誰かと2人で外出するのが見えたから、後をつけたの。もう1人が誰かはわからなかった」
「男だった? 女だった?」
「それも、わからない。夫の前を歩いてて、チラッと見えただけだから」
「だったら、この向こうの港の方に犯人がいるんだ。ちょっと見てくる」
 一美が歩いていこうとしたので、彼女が履いたデニムの裾を、美優は手で引っ張った。
「危ないよ。無理しないで」
「これでも空手やってるから」
 そう言葉を残してゆくと、一美は闇の中に進んだ。


スーサイド・ツアー(第14話 新たな謎)|空川億里@ミステリ、SF、ショートショート (note.com)

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