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スーサイド・ツアー(第10話 わからぬ動機)

 日々野の目線の先には、井村がいた。
「君は、理亜さんに色目を使ってたな。が、袖にされたんでカッとなり、彼女を殺した。そういう可能性もある」
「人聞きの悪い話するんじゃねえよ」
 井村が医師に食ってかかる。
「でもそれ、逆にあるかしら?」
 意外な助け船を出したのは、翠だ。
「確かに井村さんは色目を使ってるように見えたけど、理亜さんはかなり警戒してた。簡単に部屋を開錠するとは思えない」
「部屋を施錠し忘れたんじゃないのかな? 理亜さんは眠っていたところを刺されてる」
 それでも日々野は、食い下がる。
「犯人が被害者の肉体が目的なら、いきなり刺さなかったはずよ。彼女をモノにしようとして、理亜さんも抵抗したはず。でも抵抗したあとがあるようには見えない」
 確かに理亜はベッドの中に姿勢を正して収まっていた。アイマスクと耳栓もしてる。布団に乱れた箇所はない。
「まるで、犯人は合鍵を持って侵入したみたいね」
「念のため、その可能性を追おうじゃないか。全員自分達の鍵を出してくれ。それで開錠可能かどうか試してみよう」
 言い出しっぺの日々野が自分の鍵を早速理亜の部屋のドアにある鍵穴にさす。
「この通り動かない。念のため井村君、僕の鍵で開錠できるか試してくれ。僕が自分で回しても、鍵が開かないように意図的に回してないと思われかねない」
 井村は、その通りにした。
「確かに、あんたの鍵じゃ開かねえな。俺のも出すよ」
 井村、翠、礼央、一美が、自分達の鍵を出して、日々野がそれを順番に鍵穴に突っ込んだが、どれも回せなかった。
 そこへ騒ぎを聞きつけたらしく、妻の美優が1階から階段を上がってきて現れた。
 事情を聞いて、かなりショックを受けたようだ。
 ちなみに1階の鍵は宇沢から礼央の持つ1本しか夫婦に渡されておらず、それは皆が確認していた。
「一応つきあったけど考えてみれば、仮にマスターキーがあるとしても、宇沢さんが渡すわけないから、当然ね」
 一美がそう結論づける。
「考えにくいけど、なぜか理亜さんは自室を施錠しなかった。犯人もどうしてかそれを知り、彼女が熟睡してるのを見はからって殺害したと検討せざるを得ないわね」
「警察と連絡はとれないかしら?」
 心細そうに竹原美優がそう提案した。その腕はしっかと夫の腕につかまっている。
「携帯は圏外ですし、有事に連絡を取る無線設備のような物もなさそうですから」
 日々野が、答える。
「念のため後で探しても良いですが、どのみち僕らは来週の月曜日に死にますから」
「ちょい待てよ」
 井村が途中で割り込んだ。
「医者だかなんだか知らねえけど、しきりすぎだろ。あんたら本気で死ぬのかよ。俺みたいに来週の月曜日に生きて帰ろうって人はいねえのかよ」
「あたしは、帰るつもり」
 きっぱりと表明したのは一美である。
「悪いけど私は、那須さんを疑ってます」
 そう主張したのは、礼央だ。思わぬ彼の言葉に、一美は心外そうな顔をする。
「ここへ来た時みんな自殺願望者だけあってテンションが低いのに、井村さんと那須さんだけは、まるでそんなのないかのような雰囲気でした」
 礼央は、一美に視線を向ける。
「理亜さんは井村さんには警戒心を持っていたかもしれないけど、あなたに対しては違う。何らかの理由で深夜に会いに行くから部屋は開錠しといてと理亜さんに言っていたとも考えられます」
「ちょっと待ってよ! なんであたしがそんな事するのよ」
 一美が、突っかかってきた。
「礼央さんは、可能性の話をしてるだけよ」
 翠が、横から嘴をはさむ。
「確かにあたしも含めた女性陣なら、理亜さんの警戒心を解かせて、施錠させないようにするのも可能かも。例えば理亜さんが眠れないと言いだして、眠れるまで一緒にいると女性の犯人が話して、寝たのを見はからって殺すとか。ただし、動機が全く理解できないけど」
「さすが翠さん、いい事言うぜ。また好きになっちまったよ」
 井村が笑顔で表明する。
「あくまで可能性の話をしただけ。警戒されてなかったという意味では、日々野先生も妹尾君も礼央さんも、女性じゃないけど同じよね」
「夫はずっとあたしといた。あたしも違う。動機がないもの2人共」
 美優は、口を尖らせ、翠を睨んだ。
「あんた女優だかなんだか知らないけど、適当な事言わないでよ! どうせプロデューサーと寝て、枕営業で仕事とってきたんでしょう!?」
「動機がないのは、ぼ、僕も同じです」
 消え入りそうな、耳をすまさないと理解できないような声で妹尾が主張する。
「悪いけど、あたしこれ以上ここにいたくない。部屋に戻る」
 美優がそうぐちりながら、礼央の腕をひっぱった。
「申し訳ないけど、妻がこんな調子なんで、私も一緒に部屋に行きます」
 礼央が皆に表明する。
「無理ないわ。可能性の話をしただけなんだけど、ごめんなさい」
 翠が、そう声をかけた。
「ぼ、僕も、これ以上は無理です」
 蚊の鳴くような声で妹尾がそうつぶやくと、脱兎のごとく立ち去った。
「本当に申し訳ない」
 礼央は謝罪をしながら、妻と一緒に部屋を出る。
「怖いわ。一体何で殺されたの? やっぱりあの井村って男がやったの?」
 美優は、半狂乱だった。
「わからないけど、ともかく部屋にいる時は、中から施錠しておこう」
 礼央は、美優の肩を抱きしめた。
「仮に井村が犯人だとしても突発的にやったアクシデントで、すでに警戒されてるから、もうやらないだろう」
 彼は、女房を励ました。何より自分が、自分の言葉を信じたい。こんな惨劇は、きっとこれで終わるだろうという幻想に浸りたかった。


スーサイド・ツアー(第11話 怪しい女)|空川億里@ミステリ、SF、ショートショート (note.com)

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