スーサイド・ツアー(第9話 思わぬ悲劇)
(地震かな?)
なんとなく部屋が揺れたような気がして、竹原礼央は、目を覚ます。
スマホで時刻を見ると深夜の零時を少し回っていた。脇を見ると、妻の美優は横になっている。
こないだ沖縄沖で発生した地震の余震かもしれない。
このあたりでは、余震がコンスタントに発生してると、横浜にいた時に報道されていたのを思いだす。
スマホは圏外なので、インターネットで配信されたニュースを確認できない。
でも大した事は無さそうなので、再び彼は、眠りにつこうとしたが、しばらくしてすぐ上の2階で物音が聞こえたような気がした。
真上の2階は、ボブヘアーの女性鶴岡理亜の部屋である。スマホを見ると、零時半を過ぎていた。
その後また地震があったのか、建物が揺れたような気がする。スマホで時刻を確認したら、零時50分を過ぎていた。
なんだか嫌な予感がしたので、横で寝ている女房はそのままにして静かに起きると照明はつけずに部屋を出る。
そして階段で2階に上がった。2階の理亜の部屋のドアは半開きになっている。恐る恐る中を覗く。
ベッドに誰か寝ていたが、どこか不自然だ。部屋を入ってすぐ脇にあるスイッチをオンにして、照明をつける。
理亜はアイマスクをして、耳栓をして寝台に寝ていたが、その喉は血に染まっていた。
ベッドの下には血まみれのバタフライナイフが落ちている。いつしか礼央は、叫び声をあげていた。
その声に気づいたのか階段を降りてくる足音がして、倉橋翠が現れる。
彼女は礼央が指し示すものを見て、目を大きく見開いた。
「自殺かしら?」
翠が、そうつぶやいた。変な話だが礼央は突然、翠がドラマで演じた敏腕刑事の役を思い出し、ほんの少しだけ安心感が生まれたような心地である。
冷静に考えると翠は単なるアクトレスで、実際は捜査官でも、なんでもないのだが。
しかし翠は一見驚いてるように見えるが、あまりに落ちつきすぎてるようにも感じた。
「自殺かな?」
礼央も、つぶやく。だが1週間後に薬物で死ぬと決めたのになぜ?
「理亜さんの喉に、刺し傷が3箇所あるね」
翠が、話した。恐る恐る見てみると、確かにその通りである。
「1階の部屋でヨメと一緒に寝てたんですが、零時半過ぎに、2階で物音が聞こえたんです」
礼央は、そう説明する。
「最初は何も感じなかったけど、そのうちなんだか胸騒ぎがして、零時50分過ぎにここへ来たらこんな有様で」
その時礼央は、トランプ大のカードがそばに落ちているのに気づく。そこにはこんな文章が手書きで書かれていた。
筆跡をわからせないようにするためか、わざと角ばったような、不自然な字体でしたためられている。
「まだ若いのに苦痛のない尊厳死を選ぶなど、おこがましい。お前らには全員、苦痛のある死を味合わせてやる」
その文字の連なりから発散される悪意と憎悪に、礼央は戦慄を感じた。
やがて階段を降りてくる足音がして、今度は那須一美が現れる。
彼女も眼前の遺体を見て凍りついたような顔をした。
「自殺なの? 来週まで待てなかったのかしら?」
ようやく口を開いた一美が、そう発した。
「それが違うらしいのよ。これを見て」
翠が、床に落下していたカードを指で、指し示す。
「殺されたんだ……でも、一体誰が?」
最初は愕然としていた一美だが、やがてガタガタと震える手でスマホを操作すると、理亜の撮影を開始する。
「こんな時に、どういうつもり?」
翠が一美に食ってかかった。
「犯人が誰かわからないけど、撮影しておけば、後で殺人者の手がかりになる証拠が見つかるかもしれないじゃない」
ガクガクと震える声で、一美が話した。
「他の人に知らせないと」
礼央が、つぶやく。
「あたしが、行きます」
翠がそう表明して部屋を出ると、エレベーターを呼び出した。呼び出す前の階数表示は1階である。
やがて2階までエレベーターが上がってきた。彼女はそれに乗りこんだ。自動ドアが再び閉まり、翠を乗せて上昇を開始する。
しばらくすると再び翠が、今度は階段を降りてきて登場する。
「全員ご自分の部屋にいらっしゃいました」
彼女の背後から井村、妹尾、日々野の3人が現れた。日々野が死体のそばまでゆく。そして遺体にさわった。
「死後硬直は起きてないし、まだ温かいので2時間は経過してない」
日々野がそう独りごちながら、礼央に聞いた。
「さっき部屋で起こされた時倉橋さんに聞いたんですが、零時半に2階で物音がして、零時50分過ぎにここへ来たそうですね?」
礼央は、うなずく。日々野が室内の壁にかけてある時計を見た。
「今午前1時10分ですが、確かに仏さんの状況を見ると、殺されたのは、零時半ぐらいで間違いないでしょう」
「なんで、そんなのわかるんです?」
礼央は、日々野に質問する。
「一応医師の端くれでね」
日々野が自己紹介をする。その発言で、思い出した。日々野は一時期よくテレビに出ていた医師だ。
が、医療ミスを起こしてしまい、画面から消えたのである。
「一体誰がこんな事を! ひど過ぎるよ!」
怒りを抑えきれない口調で、井村が非難を誰にともなく投げつけた。
「まだ若いのに! あんな可愛かったのに!」
「どうせ1週間後には、死ぬ予定だったじゃん」
妹尾がボソボソと、聞き取りづらい声で話した。
「なんだと。このガキ!」
井村が、凄む。妹尾に飛びかかりかねない勢いだ。
「誰の仕業かはわからないけど、このビルで今生きている7人のうちの誰かってのは間違いないね」
日々野がメガネの奥に光る目で、自分以外の6人を順ぐりに見る。
「無論僕は犯人じゃないから、僕以外の6人のうちの誰かだけど」
「私じゃないです」
礼央がそう主張する。
「私には、そもそも理鶴岡亜さんを殺害する動機がないです。今回のツアーで初めて会いましたし、来週の月曜日には、みんな尊厳死を選ぶんだから。妻でもない。美優はずっと私の隣で寝てましたし。同じく動機がありません」
「動機のある者が、1人だけいるんじゃないのかな?」
医師は疑問を投げかけながら、ある人物に視線を向けた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?