【連載小噺】祖母口伝(2024/04/05)
まえがき
こちらは祖母口伝の寝物語。
そこへ多少の改ざん修正を加えた、架空のおはなしとなっております。
事実無根
荒唐無稽
支離滅裂
もとが子ども向けの妄想譚。お暇つぶしにはうってつけ。
すなわち、まともに取り合わぬこと堅くお誓いの上、読み進めていただければありがたみ。更新まこと気まぐれでございます。
以上、どうぞよろしくお願い申し上げます。
お帰りの程、くれぐれも遅くはなりませぬように。
2024年 陰月吉日
うつしみ屋
マサカリ道中
それは戦前。どか雪の降った、ある晩のことだった。
農家の古い一軒家。囲炉裏をぐるり囲むのは5人の家族。夫婦、その子どもがふたり、そして老婆。
それぞれに身を寄せ合って過ごしているところへ、戸口をどんどん叩く音。吹きすさぶ風も手伝って、なかなかの勢いだった。
「こんな夜に」
夫が立って、戸口に寄った。この悪天候にこの時刻。不審に思っておかしくない。
「誰なんだい?」
「となりの村のもんで」
と男の声。
「治郎助さんのことでおしらせが」
「えっ、どうかしたか。なにかあったか」
「いやそれが」
と戸の向こうで男が語るに、夫の妻の実父が危篤らしい。長患いをしていたのは周知の事実。それにこの厳寒。なにかあってもおかしくないぞと、夫婦ともども泡を食って戸を開けると、その隙間から蓑が見えた。
見上げるほどの大男だった。苦労して歩いてきたらしい。ずんぐりとした姿かたちが雪をかぶって真っ白だった。その奥の顔は深い影。ぶ厚い唇がうごく他よく見えないが、気にしている場合でなかった。
夫婦は急ぎ身支度にかかった。
すかさず男が言った。このすさまじい雪だからと。
「おふくろさんが言うに、娘だけ来てくれればいいと」
「しかし」
「子どもがちいさい。お婆ひとりにまかせるのも心もとない」
それでもと、夫は渋った。その間に妻は身支度を終えていた。子どもをお願いしますとだけ言い置いて、男のうしろについて出ていった。
半時ほどして。
ふたたび戸口がどんどん鳴った。
「もう帰ったのかね」
「すみません」
例の男の声だった。
おどろいて戸口を開けると妻は見えず、男がひとり。ごうごうと激しさを増す吹雪を背負って、前かがみになっていた。
「旦那さん」と白い息。「やっぱりあんたも来てくれないかってね。奥さんが」
「ああ、言わんこっちゃない。やはり、その、舅はそんなに悪いんだな」
「どうもここひと晩が峠のようで。あんたの顔も見せてやってもらえないかと」
「お婆、子どもをたのむ」
大声で言うや、夫はあとも見ずに出ていった。
それからまた半時ほどして、どんどん鳴る戸口に、男の声。
腰の曲がった老婆がようやく近付く。
その前に、息せき切って男が言った。
「お婆お婆。開けとくれ開けとくれ」
「いま行くよ。またあんたお一人かい。どうしなすった」
「早く早く。間に合わない。子どもも今すぐ連れていく」
「えっ、子ども」
「もうあとがない。早くしとくれ」
「この夜更け。それにこんな大雪」
「いいから」
「だめだよ。子どもは」
「いいから」
「子どものほうが死んじまう!」
どんどんどんと鳴る戸口。その音ときたら雷にも似る。家の床柱まで傾かんばかりだったと、祖母は語った。
「えっ、それで」わたしは枕から頭を上げた。「それでどうなったの」と隣りで横たわる祖母を揺すりに揺すった。
「当時、新聞にもなったよ」と祖母は言った。「赤いマサカリがね。蓑の間から見えたって。ちいさな子どもが言ったことだから、わかんないけどね」
「マサカリって、なに???」
「ポーンッて首切ったやつ」
「えっ、首切ったの」
「村と村のあいだに橋があってね。その真ん中あたりでやられたらしい。親ふたりの身体だけ、あとになってバラバラ見つかった。よっぽどの恨みかなんだか」
「じゃあ首は???」
「知らないよ。書いてないから」
「犯人は???」
「知らないよ。つかまってないから」
「子どもふたりはどうなったの???」
「弟はすぐに死んだ。姉は奉公で大阪まで出されたって。どこでもいじめられて苦労したらしい。漁師の男と結婚はしたけど、当の男が3年ばかり外洋に出ずっぱりでね。戻ってきた男にかえってあきれられたっていう、バカみたいでウソみたいなホントの話」
「なにがバカなの? どこまでウソでホントなの???」
「知らないよ。なにしろ大昔のことだからね」
笑える。と、祖母は大あくびして涙をこすった。あとはピタリと目を閉じた。
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