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恩師の言葉と本📖

私が大学生の時、恩師がこのように話していた。

「気になる本があったら買いなさい。今すぐ必要じゃなくても手元に置いておきなさい。」

先生の研究室はまさしく書庫で、高い本棚が何列もあり、入口からその本棚と本棚の間の狭い通路を抜けた先に机が一つあって、先生は時々そこでタバコを吸っていた。ノートに名前を書いたら、図書館のように研究室の本を借りることもできた。
私はいつも、地震があったらこの部屋はどうなるのだろうと思っていた。


その先生の教え通りに私は本を買い続け、結果として未読の本が山積みになっていった。
お金が潤沢にあるわけではないし、絶版になっている専門書もあったため、古本で買うことも多く、神保町にはよく出入りをしていた。
11月の頭には「神田古本まつり」があって、持っていない法帖などを安く手に入れていた。
社会人になるのと同時に書道関係の本は書道部屋へ、それ以外は実家の本棚へ移すことになった。



あまりにも手を付けていない本が多すぎたので、数年前から積読消化にとりかかることにした。
最近、実家にある和辻哲郎の『日本精神史研究』が気になり、手に取ってみた。
背は焼けて天は水に濡れシワシワ。発行は92年。ページをめくると多少赤線が引いてあって読んだ形跡がある。学生の時に古本で買った気もするが、覚えていない。

もしかしたら母の本かもしれないと思い訊いてみたが「知らない」という。
「『万葉集』と『古今集』の違いとか載ってるんだけど」
と言ったら
「それは面白そうだからあなたが読み終わったら貸して」
と言われた。あちらこちら線を引いたし、知らない語彙は辞書の意味を書き加えているし、そんな本を貸すのはなんだか恥ずかしい。親子だからこそ抵抗がある。

私はとにかく記憶力が悪く、読んだ本の内容を次々と忘れていく。あまりにそれがひどいため、5年前から読んだ本を記録に残すようにしている。
著者は何を伝えたいのか、自分が印象に受けたところはどこかを簡単にまとめる作業だ。
自分の読書歴を見られるのは少々恥ずかしく公開はしていない。


恩師に言われた言葉でもう一つ覚えていることがある。海外でのことだ。

「メシは食えるうちに食っとけ。トイレは行けるうちに行っとけ。」

大学の講義ではもっと自分の専門にまつわる大切なことをたくさんお話していただろうに、残念ながら覚えていない。先生には申し訳ない気持ちでいっぱいである。


しかしこの言葉、人が生きる上での確かな金科玉条であり、卒業してからも随分と助けられたことに間違いない。


はるばる関東の大学まで行ったことは無駄ではなかった。

かもしれない。


玉蟲塗りのしおりは仙台の友人が送ってくれたもの。
以前ある相談事をされ、自分の考えとともにある本を紹介したところお礼にいただいた。
彼女は私が鳥好きなことをよく覚えている。


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