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日本式エクソシストが叶える理想

ゴモトゥ、プランテン、トゥウォ、ジョロフライス、エフォ・リロ。
発音するにもたどたどしい、エキゾチックな単語の数々。

これらはアフリカ各国の郷土料理で、どれもきわめて魅力的なため、写真をお目にかけられないのが残念です。
私はにわかアフリカ通のため、特にジョロフライスなど、いくつものバージョンを知っています。


それというのも、私の"X"のタイムラインが、目下アフリカの料理や文化風俗の紹介で大賑わいだからです。

次々と流れてくるアフリカ発の投稿により、冒頭の料理のみならず、ナイジェリアのヨルバ族の伝統衣装の豪華さ、ヨルダンのチェルケス人の剣舞の芸術性、世界最高速度を誇るコートジボワールのザウリダンスも知るに至りました。


私の友人知人にもSNSは一切しないという人はいますが、多くの人はあれこれと利用なさっているでしょう。
そしてそれらのSNSのうち、特に玉石混淆といえるのがXではないでしょうか。


青い鳥が去って以来、雰囲気が変わってしまった、治安が最悪だ、とも語られますし、私もその意見におおむね同意します。

それでも悪いことに私は活字中毒のため、写真や映像主体のSNSでは物足りません。
他には絶対にない知識や雑学、コアな意見にも出会えるため、ついついアプリを開いてしまうことがしばしばです。


最近のXへの非難の一つが"認証バッジ"で、課金してこれを得ると、自分の投稿を見た人の数によって収益が得られる仕組みがあります。

そのせいでフォロワーや"いいね"数の多い人の投稿にぶら下がり、無意味な投稿を繰り返す"インプレゾンビ”と呼ばれる人まで現れる始末です。


この人たちはほとんどが外国人で、多くが経済的に苦しい立場にあり、私が読んだレポートにも、パキスタンで水害のため極貧生活を強いられている”ゾンビ"男性のインタビューがありました。

どこにも仕事先を見つけられない人にとって、スマートフォンで稼げるチャンスが魅力であるのは納得ですが、問題はそのやり方がしばしば無礼で、度を越した犯罪まがいの領域にまで及ぶことです。

人の投稿をそのまま用いての再投稿は盗作ですし、虚偽の情報、人の生命に関わるフィクションの拡散は許し難い悪業です。


海外でもこの人たちの存在は問題視され、アメリカやドイツなど、法的措置の検討という段階に進んでいる国もあるそうです。

日本ではまだそこまでではなく、ただ苛立ちや煩わしさが募るのみで、その類の投稿が頻発すると、私もスレッドやアプリ自体を閉じてしまいます。


ところが、ここへきて状況が変わり、いま日本国内の"インプレゾンビ”が急速に"人間化"するという現象が起こっています。

無意味で空疎なものだった投稿が、身の回りのあれこれや街の風景、女性のドレスや人気の髪型、道路の混雑に屋台の様子と、血の通った興味深いものに変化しているのです。


そのきっかけは日本のユーザーが"ゾンビとの対話”を試みて、意味不明な投稿を繰り返すよりあなたの国の日常を紹介した方がいい、食べ物や街並みなど、日本人は必ず珍しがって喜ぶから、とアドバイスをしたことでした。

それを聞き入れた一人のアフリカ人男性が自国の代表的な料理の写真と簡単な説明を投稿すると、即座に日本のユーザーが反応。"いいね"がたちまち数万を超え、リポストされ、フォロワーが激増し、とおそらく当人が予測していた以上の好反応を獲得しました。

そうなると他の”ゾンビ”も後に続き、次々に皆が自国の郷土料理、風景、建築、ダンスなどを紹介し始めたのです。


「”インプレゾンビ”に、この方が稼げるし喜ばれると理解してもらうために、そういう投稿には積極的に"いいね"を押す」と表明する投稿自体にも万単位の"いいね"がつき、日本のユーザー達がこぞってこれにならっているようです。

コメント欄でも様々なやり取りがあり、料理の調理法や味を詳しく話し合うなど、気軽な交流も盛んです。

カメルーンの婚礼衣装の写真のお礼にと、自分の結婚式の写真を載せた日本人の投稿に、何てきれいなのでしょう、この美しい着物についてもっと教えてください、などと返信がついているのは、あたたかなものを感じさせます。

中にはフォロワー数が十万人を超えた元"ゾンビ”の人もおり、その人は自国の日常的な文化について素朴ながら興味深い発信を続けていますし、他の人々の投稿もどれも罪がなく愉しいものです。


「ゾンビの日本的退治法」「日本式悪魔祓いエクソシスト」などとXの日本人ユーザーが面白がりながらこの現象を歓迎していることも見て取れ、これぞX、こういうものが見たかった、という意見には私も大賛成です。

そうでもなければ、一般的なナイジェリア人の朝食、流行の洋服のスタイル、アフリカ随一の規模の大学内部、通路に座り込んで読書したくなる魅力的な図書館があることなども、決して知ることはなかったでしょうから。


それでも、人の気分の変わりやすさ、特にSNSの流行の移ろいやすさを考えると、このムーブメントは長くは続かないだろうという予感があります。

日本人が目新しさに飽きるのが先か、投稿者たちが限界を感じて真っ当な努力を放棄するのが先か。
いずれまた"ゾンビ"は元に戻り、Xで起こった束の間の奇跡は終わりを迎え、再び”インプレゾンビ"の無益な投稿を厭う日常が戻ってくるに違いありません。


けれども、これほどユニークで他に類を見ない現象が起こったことは忘れがたく、大げさに言うならばここには世界平和の理想があります。
かけ離れた文化圏に暮らす人々が、誰も互いの文化や生活を否定せず、相手に心からの敬意と関心を示しているからです。

文化交流などとかしこまらずとも
「ローストしたトウモロコシと梨は、私の国で大人気のスナックです」
「梨も一緒に焼くんですか?美味しそう!」
「ぜひ試してみてください。キャッサバ粉のおやつもおすすめですよ」
などの何気ないやり取りだけで、十分に異文化やそこで暮らす人との貴重な出会いになっています。


私にとってそれはSNSの最高の使い方で、わずかでもそんな機会があることを、本当に嬉しく喜ばしいことだと感じます。
相手について学ぶことや知ることを楽しみ、違いを尊重しつつ互いを認め合えているのですから。

世界があまりに混乱し、争いが絶えない今の時代に、その価値はどれほど大きいことか。


スクロールする画面に次々と流れてくる、見知らぬスイーツにサラダ、鳥や花や人の笑顔。
心が浮き立つようなこんな状況が、出来る限り長く続くことを願ってやみません。



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