運転免許証をレンチンする人たち

9月7日、筆者の観察用TLに信じられないような投稿が流れてきた。運転免許証を更新し、帰ってすぐに電子レンジで加熱(レンチン)したというのである。それに追随するアカウントも現れていた。

レンチンどころではなく破壊している

監視を疑っていることから、この人物はICチップによって監視されるのを防ぐため、電子レンジで破壊を試みたものと推察される。陰謀論の世界でよく見る電子レンジ有害説は支持していないのかが気になるところだが、それ以前にせっかく監視を逃れた証拠をX(旧Twitter)に投稿している時点で一貫性はないに等しく、陰謀論者に整合性を求めてはいけない(指摘したところで、「その思考が闇側なのだ」などと言い訳されるだけである)。

また、そんなに不安であればスマホを捨て、免許証を返納してしまえば良いのではないかと考える人もいるだろうが、そうしないところに本邦陰謀論者の根性のなさが表れている。その時その時で陰謀論に則った儀式を行い、あるいは仲間と交流して脳内麻薬が出せれば良いのであり、例えば警察が絡むとすぐに発言を翻すが、仲間のところに戻るとまた陰謀論を発信し始める。その程度の覚悟しかない人がほとんどだ。

冒頭のものに続く投稿を見ていたところ、この行為は突然生まれたものではないことが分かった。米国でクレジットカードを破壊する人達(電子レンジの他、ハンマーで叩き壊すこともやっておりさすが米国人はやることが派手である)の記事を引用(元の記事は恐らくこちら)しており、これに影響されたようだ。

引用記事自体は2006年のものである。この情報が海を越えて日本に渡り、十数年の時を経て時限爆弾のように発動して免許証をレンチンさせたのだとしたら何とも壮大な話だ。

ICチップやマイクロチップは陰謀論の世界では頻繁に登場し、定番アイテムとなっている。新型コロナ禍で流行した「ワクチンにマイクロチップ」をはじめとして、「人体にマイクロチップが埋め込まれ、電磁波で操られる・監視される」形式の陰謀論やオカルト説は繰り返し唱えられており、1950年代から流行した「宇宙人に誘拐され、金属片を埋め込まることによって電波で操作される」エイリアン・アブダクションもその一類型である。

この、一見荒唐無稽な宇宙人陰謀論は新世界秩序陰謀論(パワーエリートたちが、全世界の人民を監視・統制する統一政府を作ろうとしているという説)と結合することによって政治性を帯び、米国の極右陰謀論に取り込まれることになった。その一例は1995年に起きたオクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件を起こしたティモシー・マクベイで、この青年は「陸軍が自分をスパイするため、臀部にマイクロチップを埋め込んだ」と話していた。そしてワクチン陰謀論とも結合した現在、この話はより幅広い層に受け入れられている(「既にペットに埋め込まれている」事実を指摘して不安を煽るのも定番パターンである)。また、キリスト教のバックグラウンドがある場所では、ヨハネの黙示録と関連づけて語られる(それがなければ物を買うことも売ることもできなくなったとされる刻印、獣の数字と同一視される)ことも多い。

また、監視説も陰謀論では定番であり、例えばポケモンGOはCIAの監視装置という説がある。より類似した動きとしては(陰謀論者間での)2022年のマイナンバーカード返納ブームもあった(※今年発生していた、政府の運用のまずさを理由にしたものとは別の、昨年発生したものである。その証拠に、その際の理由には明確にNWO=新世界秩序が挙げられていた)。

そもそも監視を気にするのであれば、最も現実的なリスクはスマホやネットを使っていることなので捨てるべきだが、そこまでやる本邦陰謀論者はほとんどいない。陰謀論仲間と繋がる快楽が得られなくなるからだ。そこで反ワクチン団体が提案したのが「ノーシープフォン」であった。

免許証レンチン投稿のポイントは、「俺、監視対象?」と、監視対象になっていることを喜んでいるようにも見えるところだ(そんなに監視されたければ、極左暴力集団か神真都Qに入れば良い)。リプライ欄にも、免許証をレンチンするまではいかずとも、ライトを当ててICチップの所在を確認する投稿が多く見られる。

これはゴム人間陰謀論ロゴ考察と同様、陰謀論という壮大な物語と個人の接続を実感するスイッチとして働いていると考えられる。免許証という身近なアイテムをチェックすることで、ICチップという(IC化は2007年から始まっていたのだが、あまり気にしていない人も多いのだろう)証拠を発見することができる。その瞬間に陰謀論が現実だ(フィクションでは駄目なのだ)という実感を得られ、脳内麻薬が大量放出される。さらにその感覚はSNSの仲間と共有することができ、不特定多数の相手から反応を貰うことができる。当人にとっては、それが何物にも代えがたい楽しみであり、居場所なのだ。


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