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秋桜 #シロクマ文芸部


「秋桜ってどう読むか知ってるかい」

ケンちゃんに呼び出され、馴染みの居酒屋で呑んでいる。

「なんでい急に、コスモスぐらいこっちも読めらぁ」
「おうおう、じゃあ秋刀魚は」
「サンマだろう」
「栗鼠ならどうだ」
「リスだな」
「おう、やるね」
「こちとら学はねぇが、漢字だけは得意なんでぃ」
「なるほど、そいじゃ牛蒡は」
「ゴボウ」
「本気」
「マジ」
「刑事」
「デカ」
「夜露死苦」
「ヨロシク…ってケンちゃんよー、途中からなんだか違ってないかい」
「あーすまんすまん」

「ところでケンちゃん、こんな酔狂の為に呼び出したんじゃああるめぇよ」
「そうそう、いや君ウチの校庭の秋桜がな、うんともすんとも咲かないんだ。他んとこもらしくてね、一体どうしたもんかな」
「そりゃ大変だ。もう10月だってのに、全くかい」
「あぁ、全くだ」
「なるほど、しかし何か思い当たるこたないのか誰も。変な薬撒いたりさ」
「いやそんなこたないよ。土はめっぽう元気で花が咲かなくて困ってるくらいだ」
「そうかい、土も困ってるのかい。まぁあれだ、考えてたってしようがねぇ」

そんなわけで翌朝から何か動こうとしてはみたが、そもそも花のご機嫌なんざこっちは知ったこっちゃない。兎にも角にも秋桜のことを知ろうと図書館へと向かった。

「よぉ兄ちゃん、秋桜調べるならどれがオススメだい」
受付の黒縁眼鏡の兄ちゃんに尋ねた。
「図鑑」
相変わらずこっちを見るでもなく、ボソッと言いやがる。二文字。だが確かに季節の図鑑と一緒に並んでるのを前に見た。
「ありがとよ」とこっちが言うと「あい」と兄ちゃん。「あ」が気になったが、毎度反応があるだけましだと思おう。

目的の棚を見ると、「花」とシンプルに書かれた分厚くて重い図鑑があった。早速手に取り、木製の椅子に腰掛けて秋桜について調べてやろう。

やはり見頃は9〜10月、今咲いてないのはやっぱり変だ。秋桜というだけあって薄い桃色の花を咲かす種類も有るが、実際は多種多色。名前の由来はギリシャ語で、かのコロンブスがメキシコで見つけてスペインに持ち帰ったんだと…。

うーむ、秋桜のこたぁわかったが、1ミリたりとも前進した気がしやしない。慣れない勉強なんかしたもんだから、小腹が空いちまった。腹が減っちゃあ秋桜も咲かせられねぇ。

そんなわけで、商店街の肉屋に来て揚げたてのメンチカツを買い、その場で齧りついた。
「よう大将、今日のメンチは特別美味いね」
「いやいや今日が特別なんじゃあないよ、毎日特別うめぇんだ」ガハハと大将、揚げ場で豪快に笑う。
「ところで大将秋桜について何か知らねぇかい」
「秋桜、百恵ちゃんけ」
「いやいや違う」
「じゃあさだまさしけ」
「同しじゃねぇか大将。歌じゃねぇ、花の方でぃ」
「あーそっちかい。そういやスナックのアキちゃんが歌うのやめちまったらしいぜ」
何も聞いちゃいないねぇなこのオッサン。
「秋桜が十八番だったんだがなぁ」
「そうかい、そんな話聞いてたらこっちも酒が呑みたくなってきたぜ」
大将まったく埒開かねぇし、本当にこのまま呑み行くことにするか。

お土産用のコロッケ片手に大将に聞いたスナックを探して歩くこと15分。スナックでしかない紫色の電飾看板を発見した。白抜き文字で「さくら」と書いてある。

斜めに作られた木製ドアを開けると、カランコロンとカウベルが軽快に鳴った。
「なんだい、今日はずいぶん早いお客さんだね」
開店準備中だったのか、テーブルを拭きながらこっちを見て言う女。綺麗に装っちゃいるが、肌に刻まれた年輪と言い酒で潰れた嗄れ声と言い、まぁまぁ良い歳だろうな。
「おう、ママさんかい。まだちょっと早かったかな」
「いいよ、アタシだけで良ければね。何飲むんだい」
「じゃあ芋焼酎のロックを頼むよ」
「あいよ」
カウンターの中に入ると、慣れた手つきで酒とつまみを用意してくれた。
「はい黒霧島」
焦茶色の洒落た酒器。センスが良いね。
「お、良いね。黒霧は甘みとキレのバランスが良いやね」

しばらくの間焼酎飲みつつ雑談を交わす。良い気分になり危うく本題忘れるとこだった。

「そういやママよ、アキちゃんって子はこれから出勤かい」
用があるのはアキちゃんだ。
「はい?アキってのはアタシのことだよ。アンタ、アタシに何か用があったのかい」
なるほど固定観念ってのは怖いもんだ。こっちはてっきり若い女の子かと思っちまった。しかもこの嗄れ声じゃ、歌の方もイマイチだろうな。まぁそんなこたよう話せん。大将から噂を聞いたんだと説明をした。
「そうかい肉屋の大将がねぇ」
「最近歌わねぇってさ」
「あぁそのことかい。春先に声帯の手術を受けたんだ。それでしばらく歌ってなかったんさ。でも、そろそろ歌っても良いってお医者に言われてね。良かったらリハビリがてら歌おうか」
元の目的はそれだからな、期待出来ないとは言え断る理由もあるめぇ。
「そんじゃリクエストして良いかい、百恵ちゃんの秋桜が聴きてぇな」
何の気無しにこっちが言うと、少し悩んでいるようで、返事までに変な間があった。
「あぁ、良いよ」

ママがカラオケの電源を点け、曲を入れる。間も無くイントロが流れ始めた。

淡紅の秋桜が秋の日の
何気ない陽溜まりに揺れている…

こいつぁ驚いた。さっきまでの嗄れ声が嘘みてぇに透き通って美しい。澄んだ裏声は切なさと力強さが同居して、まるで玄人の歌手のようだ。

こんな小春日和の穏やかな日は
あなたの優しさが浸みて来る…

サビに入ると、ママさん涙を流してる。

「亡くした夫との思い出の歌なんだ」
歌い終えるとママさんが話してくれた。
「百恵ちゃんが大好きでさ、秋桜歌うと喜んでくれたんだ。死んだ後も歌い続けようと思って、それでこのスナック始めたんだよ」
なんだかこっちも泣けてきちまうな。
「また歌えるようになって良かった」
そう言うと、ママがまた泣いた。
「そうかいそうかい、こっちも飛び切りの歌聴かせてもらって感動しちまったぜ」
本当に良い歌だった。

その後もしばらく飲んでしゃべった。客が入り始めた頃合いを見て、色付けてお代を払い、ついでに肉屋のコロッケも置き「また来るよ」と言って店を出た。その頃にゃすっかりスナックに来た目的もすっ飛んじまった。楽しい時間が過ごせて満足しちまったんだ。

次の朝は、ジリリリリリリンとけたたましい電話の音で叩き起こされた。

「誰だい朝っぱらからよぅ」
「いやいや何を言ってんだい君、校庭の秋桜が全部揃って綺麗に咲いてるんだ」
電話の主はケンちゃんだった。
「おうそうかい、そいつぁめでてぇな。きっとアキちゃんのおかげだな」
「ん、なんだいアキちゃんってなぁ」
「まぁなんだって良いじゃあねーか。これにて一件落着ってこった」

今夜は大将誘って「さくら」に行こうかね。

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