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マリリンと僕29 〜不自然な自然体〜

ドラマの撮影が始まると、それは予想以上に目まぐるしい日々だった。

スケジュールは事前にもらっているし、萱森さんもこまめに連絡をくれるが、時間も早朝撮影や頻繁に調整が入り、合間に急な取材が入ることも多かった。

僕は取材が苦手だったから、山村さんと会った時にどんな話をするのが良いのかを聞いた。小さな出版社に勤務する山村さんは、インタビューする方のプロなのだ。

「そんなに深く考えずに、聞かれたことに答えるだけで良いの。ファンは素の月野さんを知りたいんだから」
それが山村さんからのアドバイスだった。ユーモアは求められてる人がやれば良くて、僕には必要ないと山村さんは言った。「アナタはそこにいるだけで良い」と。
自分ではその意味を感覚的に捉えることは出来ないが、山村さんは信頼出来る人だから、その言葉を信じることにした。

慣れないバラエティ番組にも苦戦した。番宣の為に、主要キャストは出演しなければならない。僕のような駆け出しには選択の余地などありはしない。

現場に入ってみると、ドラマの撮影とは全く違う世界に驚いた。番組を仕切る司会者や、番組を盛り上げるタレントや芸人の対応力に、僕は尊敬の念を抱いた。スタッフやカメラマンの動きも激しい。進行の大枠が決まっている以外は大半がアドリブで、実際に放送を観るまでどう編集されているのか想像もつかない。

ほとんど素人の僕は、ただクイズや企画に参加するのが精一杯だったのに、主演の影山朔夜は他のタレントや芸人と一緒になって番組を盛り上げていた。彼は僕と違って場慣れしているのだ。

僕が出演するドラマのタイトルは『恋人たちの教室』。都内の私立高校を舞台に教師同士に加えて生徒まで巻き込むラブコメディだ。

主演の影山は人気アイドルグループのメンバーで、ドラマの主演は初めてだったがデビュー以来ヒット曲を連発しているし、バラエティ番組では既に名の知れた存在。僕とは場数が違う。頭の回転が早く、自分が何を求められているかを察知して、それを行動に移せる。誰が見ても格好良いのに、あっさりとそれを崩すことも出来るフットワークの軽さ。僕は何一つとして、自分の方が秀でている部分があると思えなかった。

「オーディションも出来レースだったらしいぜ」
撮影が始まる前、桜井がそう言っていた。
「元々監督とプロデューサーの中で、影山主演のドラマが撮りたいってところから話が始まってたんだって。ディレクターから聞いたから、たぶん本当だと思う」
共演してみてすぐに納得した。バラエティ番組での立ち回りもそうだが、演技力にも長けていた。共演者への気遣いも忘れない。僕が女性だったらきっと意識してしまうだろうと感じさせられるオーラ。
「ちなみも好きだって言ってたよ」
ちなみとは、マネージャーの萱森さんのこと。僕はその瞬間、胸の奥に表現の難しい疼きのようなものを感じた。
「でもな」
桜井が続ける。
「影山の次にお前が気になってたらしいぜ。だから主人公のライバルに起用したんだ。だって影山の恋人の気持ちを揺らす役だぞ?誰にでも出来る役じゃねぇよ。他の参加者だって、それなりに名の知れた俳優ばっかだった中での抜擢だ」
「まぁ、そうかもな」
僕は実感を持てず、曖昧な返事をした。
「相変わらずだな。お前だって短期間でどんどん注目集めるようになってんのに、全然自覚無いもんな。謙虚っていうのとも違うし…それがお前の良さなんだけどさ。他の誰とも違う、掴みどころの無い魅力と言うか」
桜井には申し訳ないけど、話を聞いているようで、その実僕は萱森さんのことを考えていた。
「自分ではよくわからないんだ、そういうのは」
また曖昧な返事。ただ、自分ではよくわからないというのは本当だった。マリリンと出会うまでと出会ってからとで、自分が特別に変わったわけではない。強いて言えば、芝居に対する姿勢ぐらいなものだろう。

影山と自分の差は歴然としていると思う一方で、不思議と焦りのような感情は無かった。自分は自分のやることをやるだけと、良い意味で開き直ることが出来ていた。

影山の裏表の無い性格にも救われた。年齢的には僕の方が3歳上になるが、上下関係に厳しい世界を生きてきた影山は、業界では明らかに格下の僕にも傲ることなく自分から挨拶に来た。撮影の合間にも話し掛けて来てくれて、打ち解けるまでに時間は掛からなかった。そして「俺、陽太君みたいになりたかったなー」なんて言うものだから、こちらの撮影へのモチベーションも自然と上がる。自分には無い落ち着いた雰囲気が僕には有って、それを羨ましいと言ってくれるのだ。お世辞だとしても、嬉しくないはずがない。

一方で、影山の恋人役である三原エリカは、ただ笑顔でちょこんと座っていた。本業はモデルだが、500名以上が参加したオーディションで今回の役を勝ち取った。僕と同じでバラエティ慣れしていないというのもあるだろうが、彼女は普段からあまり会話に入らない。ただただ笑顔でそこにいるのだ。それでいて本番が始まると、スイッチが一気に切り替わり俳優モードになる。表情が別人のようになり、声色すら変わる。僕が言われたのと同じ“憑依型”ということなんだろう。

ドラマの中では黒髪を後ろに束ねて眼鏡をかけ、服装も落ち着いた格好をしているが、今日はバラエティということもあり、髪を鮮やかなオレンジ色に染め、カーキ色のタンクトップにデニムのホットパンツ、透け感のあるカーディガンを羽織った華やかな出立ちだ。このギャップも視聴者に与えるインパクトは大きいだろう。

4時間強に及んだ収録が終わる頃には、僕はずいぶんと気疲れをしていたが、影山は終始高いテンションを維持していたし、三原は終始笑顔でちょこんと座っていた。

「これで少しはドラマに興味持ってもらえますかね」
収録が終わった帰り掛け、影山が言った。
「初主演だからって、事務所からプレッシャー掛けられてるんすよぉ。先輩方からもLINEとかもらっちゃって、本当にありがた迷惑です」
笑いながら言う影山だったが、所属する事務所は錚々たるアイドルグループを擁する大手だから、重圧も半端では無いだろう。
「ごめん」
ほとんど何も考えずに参加していた僕は、なんだか居た堪れなくなって、影山に謝った。
「えー、なんで謝るんすか。陽太君はそのままで良いんですよ。監督も『視聴者はギャップが大好きなんだ』って言ってたし。陽太君は自然体でいて下さい。その方が俺が目立てるんで」
最後はおどけて言ったが、眼差しは真剣だった。僕も彼の真剣に応えようと思うが、ここでもまた“そのまま”を求められた。山村さんからは「そこにいるだけで良い」と言われた。考えれば考えるほどわからないが、要するに、考えるな、ということなのだろう。

深夜放送のドラマだから1話30分で全10話と短い。その分展開も早いから、1話目から物語に動きがあった。

舞台は都内にある、自由な校風の私立女子高校。主演の影山はチャラいノリの理科の教師で、3年1組の担任。髪型も長めの金髪にパーマを掛けている。恋人役の三原はオーバーオールに大きめのメガネがトレードマークの美術教師。三原はタメ口で馴れ馴れしく接する女子生徒を相手に喜んでデレデレしている影山に不満を抱いていた。僕はそこに新年度から赴任した、優しさと熱さを併せ持つ体育教師(コメディだからか竹刀を持たされている)。生徒と接する影山と僕の姿にギャップを感じて、三原の影山への想いが揺らぐ。これが初回のあらすじだ。絵莉は僕の恋人として、次の回から登場する。

帰りの車の中で「影山さん本当良いですよねっ」と萱森さんに言われたが、僕は素直に返事を返せなかった。影山は間違いなく好青年だけど、萱森さんに言われるとなんだかモヤッとする。「あれっ?嫉妬ですかぁ」なんて軽く言われると、余計に困って「そんなんじゃありません」とテンプレな返答をしてしまった。そんな僕の気持ちと関係なく「大丈夫てすよ、アタシは陽太さんだけだからっ」そうふざけて言うものだから「僕も萱森さんだけですよ」と萱森さんのノリに合わせて返した。

「アタシ、本気ですからね」
急に真顔になり、僕の目を見て萱森さんが言った。
「えっ」
戸惑った僕は言葉が出ない。そのまま数秒の沈黙が続いた。そして沈黙を破ったのも萱森さんだった。
「……うっそっですよーっ。本当に陽太さんは真面目ですねー。すーぐ信じちゃうんだもんなぁ」
ニコニコしながら萱森さんが言った。それはいつものことだったけれど、僕の方はいつも通りではなかったのかも知れない。
「えっ…陽太…さん…?」
自然と体が動き、僕は萱森さんの小さな体を、上から包み込むように抱きしめていた。

自分でも、何をしているのかわからなかった。


つづく

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