見出し画像

マリリンと僕32 〜包み込むように〜

『恋する教室』3話目あらすじ
放課後、学校近くの公園に影山と優麻が一緒いるのを目撃してしまった三原。疑念と不信を募らせた三原は月野に相談を持ちかける。元々月野に交換を抱いていた三原は、話をしている間にその想いを高めていくのだった。  

「お忙しいのに時間を作って頂いてごめんなさい。撮影の方は如何ですか」
撮影後、ホテル内のバーで山村さんと会った。名目上は取材だから、事務所から疑われることもない。
「順調です。キャストの距離感も近くなったし、スタッフさんも含めて雰囲気が良くて、とてもやりやすいですね」
三原は相変わらず仕事以外の話はしてくれないが、それも慣れたし、本当に良い現場だと思う。
「充実がお顔に出ていますね。初めてお会いした時とは感じるオーラが違いますし」
「そうなんですか。それは自分では全然わからないですけど」

それから1時間程ドラマの話を中心に話をした。いつもならなんとなく、そのまま山村に連れられて予め予約してある部屋に移動して、シャワーを浴び、セックスをした。だけど、今日はそうすべきではないと感じていた。萱森さんに対する想いが、自分の中で明確になってきたからだ。

山村さんとの関係を続けたまま、萱森さんに行くことは出来ない。今までは僕が受け身でいても周りが上手くやってくれていたけれど、萱森さんに対してだけは、僕は受け身ではいられない。

「すみません、今日はこれで帰ります」
僕がそう告げると山村さんは残念そうな表情を浮かべた。
「あら、お疲れ気味かしら。アタシ気がつかなくて、ごめんなさい」
「いえ、そういうわけではなくて」
「何か理由があるなら素直に言ってほしい。アタシは月野さんに損はさせないって、始めに約束したはずです」

山村さんにそう言われ、少し躊躇ったが今の自分の心の内を正直に話した。今までのような関係を続けるのは難しいと伝えた。

「…そうなのね、とっても残念です。じゃあ今までのこと、全部こと細かに記事にして公にしないといけないわ」
山村さんは僕の目をしっかりと見つめてそう言った。
「…僕には、それを止める権利がありません」
少し逡巡して、そう答えた。

山村さんは女性として人間として魅力的で、一緒にいる時間は僕にとって幸せだったし、世界を拡げてくれた。こちらからは何も与えていない。それなのにもらった物が多くて、この一方的な申し出に対して山村さんがどう考えようと、強く反発する権利は僕には無いと思う。

山村さんは、しばらくの間僕の目を見つめたまま反らさなかった。僕も同じように、見つめ返していた。

「あぁ、本当に残念」
堅かった表情を緩め、わかりやすく肩を落として山村さんが言った。
「アタシは月野さんに本命の恋人がいたって全然良いの。既婚だし、生活も困ってないし、それに子どもを作る予定も無いから」
それは初めて聞く話だった。
「でも、月野さんはそうはいかないわよね。素敵な女性を見つけて、子どもも欲しいでしょうし。私の存在を認めてくれるはずはない」
「すみません」
言う通り、理解してもらえるとは思えない。
「僕が悪いんです。山村さんの言葉に甘えてしまって。今度は勝手にやめたいって言って。本当にすみません」
「うんうん、良いの。謝らないで。アタシも幸せな時間を過ごさせてもらったし、十分よ。でもね、月野さんみたいに、何も考えずに一緒にいられる相手って少ないの。イケメンだし、優しく包み込んでくれて、何の負担も感じない。また別の人を探そうと思っても、大体の男は面倒だから。支配欲が強くて、奉仕の心を持たない。自己中心的だし、不倫相手にすら理想を求めるの。だから、月野さんと出会えて良かったけど、しばらく他の人のこと、考えられないわ」
山村さんの目からは、涙が溢れ出ていた。
「心配しないで。誰にも話したりしないから。だって、誰にも知られたくないもの。素敵な思い出を、汚したくない」

気づいたら、僕は山村さんを抱きしめていた。華奢な身体を包み込むように。

「ダメよ月野さん。そんなことされたら離れたくなくなっちゃうじゃない」
「わかってるんですけど、体が勝手に。すみません、これしか僕には出来なくて」

山村さんの方から優しく手を解き、体を離した。

「ありがとう。もしその恋が上手くいかなかったら、いつでも連絡をお待ちしてます。それと、仕事でご一緒させて頂くことがあったら、その時は冷たくしないで、普通に接して下さいね」
にっこり微笑んだ山村さんは、やはり魅力的だった。
「はい。山村さんの方こそ、赤の他人みたいにしないで下さいね」
僕も笑って言うことが出来た。
「これからはくれぐれも気をつけて下さいね。芸能界は落とし穴だらけだから」
最後に付け足すように、山村さんは何か暗示めいたことを言った。

そして僕は、ホテルを後にした。

結局最後は山村さんに任せてしまったような気がして、一人になった後、しばらくモヤモヤとしていた。

帰り道、萱森さんから着信があった。
「陽太さん、松岡さんが出来るだけ早めに一度事務所に来てって言ってたんで、明後日の撮影終わりに一緒に行けますか」
明後日は撮影が夕方で終わる予定だ。
「問題無いと思います。引っ越しの話とかですか」
「そうですそうです。あと、マリリンちゃんの話もあるっぽいですよー。アタシは内容聞いてませんけど」
マリリンのこと?なんだろうか。
「その後も予定空けておいて下さい。明日は仕事入れてないんで」
そう言うと、萱森さんは一方的に電話を切った。

ただでさえ心が落ち着かない状態の中だ。個人的なことなのか業務のことなのかぐらい教えてくれても良いのにと、心中でボヤキながら、それでも会えることは嬉しい。

まずは明日の撮影に備えるべく、帰路に就いた。

つづく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?