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雪解けアルペジオ #毎週ショートショートnote裏お題

川村は100年に1人の天才ギタリストと呼ばれていた。

愛用のGibson Humming birdを爪弾けば、聴衆はその音色に酔いしれるしかない。時に繊細で時に力強い彼のアルペジオは聴く者を虜にし、その空間を支配する。
たった一本のギターで、3万人の観衆と対峙した伝説の野外ライブは今や語り草だ。

しかし多くの天才がそうであったように、川村も人間として大きな欠落を抱えていた。
頭の中でフレーズが鳴り始めると、時も場も関係なく作曲を始めてしまう。それが我が子の出産や冠婚葬祭の最中であってもだ。

「ギターは天才かもしれないけど、夫としては最低よ」そう妻に言われ、家庭を失った。

それから彼は出来るだけ人のいない場所にと、とある山の麓に1人移住した。

その年の冬が終わる頃、外でギターを弾いている時に、川村を雪崩れが襲った。それから3年が経つが、遺体は今も見つからない。

春の晴れた日にその山の麓で耳を澄ますと、雪解けの川の音と共に彼のアルペジオが聴こえてくると、ファンの間では噂されている。


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