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マリリンと僕35 〜夜明け前〜

『恋する教室』 第6話あらすじ
絵莉の疑いを晴らしたい月野だったが、三原にハッキリと断る言葉をかけることが出来ない。一方で、影山への想いが叶わなかった優麻の次なるターゲットは月野。優麻からの積極的なアプローチに困惑しながらも、LINEだけならと応じてしまい…。

僕の葛藤を抱えているとしても、時間の流れが止まるわけじゃない。これまでの人生の中で、最も多くの事と対峙している現実に、気づかぬ内にその濁流に飲み込まれそうだった。流れに身を任せてもなんとかなってきた過去とは違う。自分の意思という楔を打たないと、このまま何かが瓦解してしまいそうな、そんな危機感を抱いていた。

三原さんにもマリリンのこと、ちゃんと話さないといけない。

三原さんとはドラマ中の役柄としては親密だけど、個人的に話すことはほとんどない。彼女は演技以外の、撮影と関わりの無いシチュエーションにおいて、ほとんど誰とも会話をしない。その場にいて、その輪の中にあって、しっかりと存在はしているのに、実際はほぼしゃべっていなかったりする。決して孤立しているわけではなく、その輪の中で、にこにこと独立しているのだ。

だから、いざ話さなければと意識をすると、目の前にとても高い跳び箱を置かれたような感覚になっていた。その話の内容も難解だから、なおのことだ。

「アタシは大丈夫ですよ」

三原さんのマネージャーに声を掛け、経緯は説明しておいた。その上で三原さん本人に説明する時間をもらい、撮影の合間に直接話をした。
「マリリンちゃんに会ってみたいです。すごい楽しそう」
意外なほど明るい反応に、僕の方が戸惑った。

普段モデルとして活動している時は、カラフルな髪色で、ファッションもヴィヴィッドな色合いの物が多い。ファン層も10代の流行に敏感な女の子が中心だ。仕事じゃなければ、間違いなく僕が関わりを持つことのないタイプ。だけど、今回のドラマでは髪を黒く染め、シンプルな髪ゴムで一つにまとめただけのヘアスタイルと、大きな丸いフレームのメガネ。教師らしい地味さを演出しようとした結果、親しみやすくなった上に、彼女の天性の素材の良さが際立ち、演技力も併せて、年齢問わず新しいファン層を獲得し始めている。

「相談してくださってありがとうございます。アタシ、月野さんのこと好きなんです」
唐突な言葉に、僕は一瞬何を言われたのか理解出来なかった。
「えっ?」
「影山さんもですけど、私が上手く話せなくても気にしないでくれるから」
「あぁ、そういうことか。でも、本番になると別人みたいになるから、すごいなって思ってるよ」
好きという言葉の意味に安堵した。
「月野さんと同じだって監督さんに言われて、アタシ嬉しかったんです。憑依型って言うんですか。自分ではわからないから」
「でも、今日は全然話してくれる」
「あの、一対一なら大丈夫なんです。人数が多ければ多いほど、いろいろ考え過ぎて話せなくなってしまって。それに、月野さんとはドラマで話していたから、余計に話しやすいのもあります」
「そう言ってくれるのは嬉しいな。マリリンのこと、どうなるかわからないけど、よろしくお願いします」
そう言って、僕は深く頭を下げた。
「楽しみにしてます」
三原さんが笑顔で言った。

影山も三原さんも受け入れてくれて良かったけど、たぶんマリリンは二人の想像を軽く超えていくだろうから、予めお詫びの意味も含めて頭を下げた。

撮影の時間が押し、予定の20時を大幅に超えて、終了したのは22時を回った頃だった。

「遅いですよぉ、どれだけ待たせるんですか」
今日は何故か萱森さんを焼肉に連れて行く約束だった。ほとんど一方的な。そして相変わらずマネージャーとは思えない物言いだ。ドラマの終了時刻なんて、僕にはどうしようもない。
「すみません」
結局謝ってしまった。思いと言葉は裏腹なものだ。

深夜まで開いている、個室のある焼肉屋を探して入った。移動はタクシーチケットがあるし、明日の撮影はスタートが遅い。それを知っているからこそ、萱森さんは僕を待っていた。

店に入り、二人分のビールと一番高い食べ放題のコースを頼んだ。
「ドラマ、順調ですねぇ」
届いたビールをひと口飲んで、萱森さんがさも感慨深いという顔で言った。
「主演のお二人の力です。影山くんのスター性と、三原さんの意外性。桜井の脚本も面白いし、本当に恵まれてますよね」
深夜ドラマの視聴率は公表されないが、反響は上々なのは間違いないようだ。
「陽太さん、正気ですか?一番注目されてるの、陽太さんですよ。そんなに実績無い分、あの俳優さん誰?って、過去の情報とかめっちゃ検索されてますから」
過去と言われると、どうしてもスキャンダルを気にしてビクビクしてしまう。だから僕は、エゴサーチはしないことにしている。
「そう…なんですか?嬉しいけど、あまり実感は無いな」
顔バレし始めているから、全く無いと言うと、それは嘘になる。
「引っ越しの準備、もう出来てますか?来週ですからね。今のおうちじゃアタシもおちおち出入り出来ないですから。あ、合鍵ちゃんとくださいね」
どう捉えて良いかわからないことを、いつも通りニコニコと話す。僕は翻弄されてばかりだが、それを楽しんでいるのも事実だ。やり直しの機会はいつ訪れるのかな。

「たまには陽太さんからも誘ってください」
帰り際、萱森さんにそう言われ、なんだかんだで自分から誘ったことが無いと気づく。そして、自分のダメさを思い知るのだ。相変わらず受け身な自分。それがもう通用しない段階に入ったことは、さすがにわかっている。それでも踏み出そうとしない自分のダメさを、思い知るのだ。

タクシーで帰宅する途中、留守電が入っていることに気づいた。部屋に入り、シャワーを浴びて着替え、インスタントコーヒーを入れた後、留守電を再生した。
「ご無沙汰してます。真里亜です。マリリンのこと、よろしくね」
マリリンのお母さんからだった。

マリリンの撮影日も、僕の引っ越しも、来週に控えている。この部屋ともお別れだ。後戻り出来ない状況に、軽い吐き気を感じた。

近い内に、マリリンにも一度会わないといけないな。

窓の外、白白明けの空を感じながら、僕は眠りについた。

つづく

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