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春泥棒 #シロクマ文芸部 お題「月めくり」


月めくりのカレンダーをパラパラとめくっていると、4月が欠けていることに気づいた。

切り取った形跡は無い。

よくよく記憶を辿ってみるが、4月のことがとんと思い出せない。

はてどうしたものかと独り呟いて、考えても仕方がないので外に出ることにした。

商店街をぶらぶらと歩きながら4月について思いを巡らせるが何も得られず、目の前にあった肉屋でメンチカツを買い腹ごしらえをした。ザクザクの衣に、肉汁たっぷりの粗挽き肉がたまらなく美味い。

食べながら肉屋の大将に「今年は4月はあったかね」と聞くと、「アンタ今年は4月は無かったろ」と言われてしまった。「そんなことあるかね」と問うた分際で言い返したが、「長く生きてりゃそういうこともあるよ」と大将が笑う。こっちも笑ってしまい、お土産用のコロッケを買って店を出た。

「長く生きてりゃねぇ」とぶつぶつ唱えながら途方に暮れかけたが、両案を思いつく。学校の先生をやっている幼馴染のケンちゃんに聞いてみよう。4月なんて先生の為にあるようなもんだ。忘れるわきゃあない。

15分程歩いてケンちゃんの勤める中学校へ。「ケンちゃんに用がある」と事務員のおばちゃんに言うと、「はいはい」と言って通してくれた。手元にあったコロッケを渡すとたいそう喜んでくれ、こちらも嬉しくなった。

放課後とは言え学校は賑やかだ。校庭では野球部員たちが言葉にならない言葉をオイオイ喚きながら、汗を垂らして走り回っている。

「4月は無かったよ」
4月について問うなりケンちゃんが言った。
「こっち来てみ」
そう言って歩き出したケンちゃんの後をついて行くと、1年生がいるはずの教室はガランとしており、本来なら書道や美術の作品、諸々の掲示物が貼られていそうな壁には何も貼られておらず、黒板には日直の名前も書かれていない。
「こりゃどういうこっちゃ」
ケンちゃんに聞いたが、
「どうもこうもない。そういうこっちゃ」
とにべも無い。それじゃしょうがないと諦めて、学校を後にした。

その後も4月を探して公園やら河川敷を歩き回るが、今は10月、季節はもう秋だ。春などコロコロ転がっちゃいない。春はいったい何処へ言ってしまったのか。

そうか、あそこなら。

そう考えて向かったのは、町はずれの図書館だ。あそこならきっと春があるだろう。

受付の黒縁眼鏡の兄ちゃんに「図鑑はどこだい」と聞くと、目も合わさず「あっち」と指差した。

閉館時間も近く小走りで目的の棚へ。

だが、春が無い。図鑑は夏秋冬ばかりで、春が一つも見当たらない。

「春はどうした」とさっきの兄ちゃんに確認すると、「春は去年から返って来ない」と今度は眼光鋭くハッキリ言われた。「全部か」と問うと「全部ら」と兄ちゃん。「ら」が気になったがそれどころじゃない。「なるほど、春泥棒の仕業だな」とこっちがいうと、「はあ」と兄ちゃんはまた目を逸らした。一万円を握らせて「春泥棒は何処に住んでるんだい」と尋ねると、名簿を出し、一行を無言で指差した。なるほど奴さんの住処は2駅先らしい。

若い頃なら韋駄天飛ばして走ったかも知れないが、こっちももう40過ぎだ。膝が笑ったら顔は笑えん。兄ちゃんにもう一万円握らせて自転車を借りることにした。春を取り戻す為なら安いもんだ。

ママチャリを飛ばして大通りをビュンビュン走ること30分。目的地に到着した。

そこは二階建ての洒落た一軒家で、表札には澤田と書いてある。ヨッシャと意気込みインターホンを鳴らすと、「どなた様ですか」と老婆の声。「春泥棒さんはこちらにお住まいですか」と聞いてみたところ「あら、ミヨちゃんのことかしら」。どうやら心当たりがあるようだった。

家の中で老婆の「ミーヨーちゃーん」と呼ぶ声が響き、間も無く老婆と小さな女の子が揃って玄関から出て来た。

「この人がミヨちゃんに用があるんだそうだよ」と老婆が言うと、女の子はムスッとした顔で「なーに」とこっちに言った。この子に用があるとはひと言も言っちゃいないが、他に春泥棒の当てがあるわけでもない。仕方がないから話すことにした。

「君が春泥棒かい」と、まんま聞いてみた。何せ小さな子どもだ、回りくどい言葉は伝わらないと思ったからだ。

「知らないそんなの」
「そうかい、知らないのかい。そいつは困ったもんだ。でもミヨちゃん、春の図鑑をずうっと借りっぱなしは君なんだろ」
「借りっぱなしじゃないもん」
「へぇ、図書館では返って来ないと言われたがね」
「ちゃんと返して、そのまま借りてるもん」
「それを1年以上も」
「うん」
「一体全体どういうことなんだい。どうかおじさんに教えてくれないか」
「なんで」
「なんでってなんでもだい。春がなけりゃみんな困るだろう」

うんともすんとも言わなかったが、会話の意味もわからずニコニコしている老婆を尻目にミヨちゃんの部屋に連れて行かれた。そこには何冊もの春の図鑑が積み重なっていた。

「この辺の図書館のやつ全部」
呟くようにミヨちゃんが言った。
「なんでだい」
なんでこんなことをしでかしたのか、こっちにゃ皆目見当もつかない。
「だってミヨ、春嫌だもん」
「いやいや、春はだんだんと暖かくなって、桜も綺麗で良いじゃないか。学年も新しくなることだしよ」
諭すように言ってみたが、目の前の少女は腕組みをして不機嫌さを表現している。
「ミヨはそれが嫌なの」
「それってのは何のことだい」
「4月になるとね、幼稚園が終わって小学校になっちゃうの。幼稚園が終わるとね、会えなくなるお友達もいるから。ハナちゃんと会えなくなるの、嫌だもん」
「なるほどそれじゃあハナちゃんと別々の学校になるのが嫌で、君は春泥棒になったのか」
「泥棒は知らないけど、全部借りたら春無くなるかもと思ったら、本当に4月が無くなったの」
信じられない話だが、実際この町の春は失われてしまっている。この子の行動にで何かのスイッチが入ってしまったのか。
「それでハナちゃんはどうしたんだい」
「ハナちゃん、夏に引っ越しちゃった」
「なんだい、それじゃあ結局意味ないじゃねーか」
「うん、そうなんだ」
「ミヨちゃんよ、そいつぁ運命っつってな、神さんが決めてることなんだ。だからきっと、春が無くなってもハナちゃんと離れるのは変わらなかったんだな」
「お隣の駅にね」
今まで黙っていた老婆が言った。
「お隣?じゃあ会おうと思ったら全然会えるだろう」
「この間も遊んだよ」
なんでもないかのように言う。
「おいおい、じゃあなんで本を返さないんだい」
「んー、わかんない。どうしたら良いかわからなくなっちゃったの。おばあちゃんもいっぺんに返すはの大変だって言ってたし」
「お父さんとお母さんは?」
「2人とも忙しいんだって。だから図鑑たくさん借りてるのも知らないよ」
「そうかい」
なんだか寂しい話だな。
「そしたらミヨちゃんよ、おじさんが返しに行っても良いかい。図書館なら閉まった後もポストに返せらぁ」
「うーん、うん。良いよ」

かくして10冊以上の「春」を、ママチャリ漕いであちこちの図書館に、えっちらおっちら返して回した。全部ポストに入れ終えた時には夜10時を回っていた。

「ミヨちゃんもうこんなことするんじゃないよ」こっちがそう言うと、「もうしない」とミヨちゃんは頷いた。「とりあえずやるこたやったし、後は神さんに祈って寝るだけだ」そうしてミヨちゃんと老婆に手を振って、やっとこさ家に帰った。

風呂に入り、ビールを飲みながら即席ラーメンを食べる。「ひと仕事した後のビールは格別だなぁ」独り言を言ってはみたが、今のところ何も変わらないことに、些か不安を感じている。まぁ考えて仕方がないなと渋々床に就いた。

目が覚めると春だった。

何がって、空気が明らかに春めいている。窓の外を覗くと桜が咲いていた。

テレビじゃニュースキャスターが「今日は季節外れの春です」なんて、なんだかよくわからないことを言っている。

そういえばと思い月めくりのカレンダーを見ると、何事も無かったかのように4月があった。12枚揃ってこそのカレンダーだなと思いながらも、しかし帳尻合わせに今春になる必要も無かろうと、お天道様にツッコミを入れる。

腹が減ったので肉屋に行ってメンチカツを買い、その場で食う。「大将今日は10月だってのに、なんだか春めいてるねぇ」と声をかけると「長く生きてりゃそういうこともあるよ」笑っている。「そういうもんかねぇ」と言ってこっちも笑い、お土産用のコロッケを買って、桜並木の下を借りたままのママチャリで走り抜けた。

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