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ランキングについて思うこと

音楽番組が好きだった。

昔(25〜30年くらい前ね)は音楽番組と言えばランキング形式で、その中でも私が好きだったのはTBSのカウントダウンTV。

現在も番組を変えてゴールデンタイムに放送されているけれど、以前は土曜日の深夜に放送されていた。

他の番組との違いは、アーティストライブ中心の歌番組ではなく、オリコンの週間ランキング(主にシングル)を、PV映像と共に毎週50位まで紹介する形式。その中から2〜3組がライブをやり、その他に特集コーナーがあったりする。

その頃はまだCD全盛で、ランキングは結構重要なものだった。自分の好きなアーティストの順位で一喜一憂したものだ。

私は中学生の頃からメジャーじゃなかったりデビュー間もないアーティストを好んで聴いていて、それらがランキング上位に入ったりすると勝手に誇らしく思っていた。

既に売れているアーティストは初週にバーンッと売れて少しずつ落ちて行くが、何かのきっかけでブレイクするアーティストは微妙なランキングから急上昇したりもする。川本真琴やPUFFYなんかはそうだった。そういった動きの楽しみ方は、今でも無いわけではないけれど。

中学生の頃、既に『ランキング上位=良い曲』では無いと思っていた。これは音楽に限った話ではない。ランキングはあくまで“その時何が売れているかの指標”であって、品質とは直接的に関係のない物。そう思っていた。というか、今でもそう思っているし、事実そうだと思う。

それでも当時はまだ、ランキングがランキングとして、ある程度機能していた。

ランキングの意味合いが崩れ始めたのは、avex系のアーティストがランキングを席巻し始めた頃、90年代後半辺りからだ。

一つのアーティストのシングルに対して、カップリング曲や特典を変えて、3パターンも4パターンもリリースする。ファンは買わざるを得ない(実家嬉しいのかも知れないが)。そしてランキングの集計は、1つの曲として扱われる。元々人気のあるアーティストだから、当然のように1位になり、ランキング同様に重要な販売枚数も、必然的に大きな数字になる。

この流れを加速したのがAKB48だった。特典として総選挙の投票券が入っていて、推しに投票する為に同じCDを1人が何枚も何十枚も買う。巨大なムーブメントだったから、海外の方が大量に買ったりもしていたようだ。

ランキングと品質は関係ない。そうわかっていても、多くのアーティストがセールスに苦戦して消えて行くのを見てきたから、なんだかやるせない気持ちにもなった。資本主義社会において、売る方法を考えて成功させること、そして需要と供給が成立しているのであれば、それは正しい。全く間違ってはいない。けれど、どうにも素直に受け止めることは、私には出来なかった。

そうこうしている内にデジタル化が進み、配信に押されて、CDはどんどん売れなくなっていった。AKBブームも去った。ランキングは販売枚数から再生数やダウンロード数に移り変わり、“どれだけ売れたか”から“どれだけ聴かれているか”に変わった。ある意味でそれは、とても健全な姿なのかも知れない。今何が流行っているかの指標として。

ちなみにランキングの純粋性の崩壊は、映画業界でも発生した。歴代興行収入で『千と千尋の神隠し』を『鬼滅の刃』が抜いたが、やはりこれも来場者特典欲しさに同じ人が何度も足を運んだのだ。勿論純粋に何回も観たくて、という方もいたと思う。とは言え、それまでのランキングの在り方からは明らかに外れている。

最後に。

今回の記事はランキングという存在の変化について書いたもので、私は売り方を否定するつもりも無いし、AKB48は全然嫌いじゃないし、鬼滅の刃も好きだ。それは付け加えておきたい。そして何より、特典商法でどれだけ頑張っても、遠く先に1位として君臨する『およげ!たいやきくん』や『First Love/宇多田ヒカル』は偉大だと思わずにはいられない。

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