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マリリンと僕31 〜幸運の女神様〜

「ちょっと話があるんですけど…」
僕はそう切り出して、ディレクターの武内さんにマリリンのことを説明した。
「月野君の紹介なら、エキストラとかなら考えられるけど。一応どんな子なのか教えてもらえる?」
内心断ってほしかったのだが、すんなり話が通りそうだったので、マリリンが個性的な子であること細かく説明し、断られるように仕向けた。
「めちゃくちゃ面白いじゃん。このドラマもコメディだからね。ちょっと会ってみたい。良いポジションで使えるかも知れないよ」
どんどん想定外の方向に話が流れていく。
「まだご両親に話していないと思うので、また改めて相談しますね」
そう伝えて、一旦話を終わらせた。

まさかこんなに前向きに受け入れられるとは思っていなかった。後はマリリンのご両親が止めるのを期待するしかない。

「ええんちゃう言うとったで」
翌日はまた夕方で撮影が終わり、いつもの公園に行った。マリリンがドラマに出たいと真里亜さん(母)に話したところ、僕の期待は裏切られ、あっさりOKの返事が返って来たらしい。
「お父さんも良いって言ってたの?」
誰か反対してくれないか。
「メール送ったら、笑顔でOK言うてポーズ決めてる写メ返って来たで」
あ、そう…。
「兄ちゃんいるなら安心や言うて、オトンもオカンもええ言うてんで」
全く望む方向に話が進まない。みんなマリリンがおとなしくエキストラをやってくれると思っているんだろうか。
「ウチももう6年生やからな、監督さんやディレクターさんの言うことちゃんと聞きます」
よく知ってるね。でも、全然安心出来ないよ。しかし気づけばマリリンも6年生なのか。
「じゃあまた話しておくよ。連絡は真里亜さんにすれば良い?」
「うん、それでええよ」
「そう言えば、付き添いは誰が来るの?」
聞くまでもないが、一応聞いた。
「オカンやと思う」
やっぱり。エキストラの付き添いが世界的デザイナーって、もう騒ぎの予感しかしないんだけど。
「夢のハリウッドデビューやな」
違うって。
「まぁ、あまり期待せずに待っててね」
僕の言葉は届いていないようで、マリリンは遠く、おそらくハリウッドの方を見つめていた。

マリリンと別れた後、同じ劇団の親友、桜井に電話した。桜井は今回のドラマの脚本に携わっていて、マリリンのことを唯一話している相手だ。出演する方向に話が進んでいるが、僕は気が進まないと説明した。
「そりゃあお前が悪いな」
「えっ、なんで」
「お前のマリリンちゃんの説明、魅力的過ぎるんだよ。テレビマンにとってはさ」
「そうなのか」
「テレビの仕事に関わってる連中は常に個性を求めてるんだよ。バラエティならなおさらだけど、今回のドラマはコメディだろ?ディレクターと監督が気に入っちゃったら、下手すりゃ脚本も直し入るぜ」
「なるほどなぁ。もしそうなったらすまない」
「まぁ、俺は別に良いけどね」

みんなマリリンのことを知らないから簡単に言うんだろうなと、ほんの少し不満に思った。想像すればするほど現場が荒れる想像しか出来ない。素直に指示を守るとは思えないし、ロリータ系の服を着たぽっちゃり少女はエキストラには全く向いてない。普通の服を着ろと言っても、きっと親子揃って反発するに決まっている。僕が考えても仕方ないのだが、やはり不安が募るばかりだ。

翌日の朝現場に着くと、僕を見つけたディレクターが駆け寄って来た。

「月野君が言ってた子ってさ…、城山真里凛って名前で合ってる?」
そう言った武内さんは、なんだか怪訝な表情を浮かべている。
「はい、合ってます」
「やっぱりかぁ」
やっぱり?
「月野君さ、自分が契約してる事務所の名前、知ってる?」
「はい、それは勿論。キャッスル・エンターテイメントです」
言いながら、何とも言えない、嫌な感じがあった。
「うん。じゃあ親会社、知ってる?」
「親会社…ですか。知らないです」
親会社があることも、僕は知らなかった。
「城山グループだよ。城山真里凛のお父さんが、親会社のトップなんだ。こんなのもう断りようないだろう」
一瞬頭が真っ白になった。そして、契約している会社のことを何も知らない自分を責めた。なんとなく生きているにもほどがある。キャッスル=城。少し考えて、ようやく腑に落ちた。
「断りよう、無いですね…」
「あぁ。エキストラじゃ許されない気がするよ」
「どう…ですかね」
思考が定まらない。
「まぁ、他のスポンサーのこともあるし、プロデューサーと監督と話し合って、どうするか決めるから」
そう言って武内さんは去って行った。その日は出番が少なかったから良かったが、ずっと落ち着かず、集中力を欠いた。

帰りの車の中で、萱森さんにマリリンの話をした。マリリンと出会う前のこと、出会ってからのこと、マリリンがどんな女の子なのか、どんな家庭なのか。全てを話した。そこまで話す必要は無かったかも知れないが、萱森さんには話しておきたいと思った。運転しながらうなづいたり笑ったり、驚いたり真剣な表情で聞いたりして、最後に「なんだかドラマみたいですね。陽太さんは複雑な気持ちなのかも知れないですけど、マリリンちゃんは陽太さんにとって幸運の女神じゃないですか。そんな子と共演出来るなんて、大きな何かのきっかけなんじゃないですかね」と言ってくれた。

家の側に着き、車を降りた。いつもならそのまま走り去る萱森さんが降りて来て「大切な話を聞かせてくれて、ありがとうございました」と言って、背伸びをしながらハグをした。なんだかとても良い匂いがして、いろいろ落ち着かなかった想いが静まり、安心した。

「特別サービスですからね」
いつもの笑顔でそう言って、車に戻り、走り去った。このまま一緒にいたいと思ったけれど、言葉にならなかった。だが、それが自分の本心であることは確信出来た。

部屋に戻ると1件のメールが届いていた。

「近い内にお会い出来ませんか」

山村さんからだった。

つづく

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