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物価とプロレス……プロレスラーを取り巻く超リアルタイムな欧米物価事情、そこから考えられる我々の未来

欧州5か国を巡ってからのアメリカに到着。今回の旅、オレにとっては物価との激しい闘いというか。コロナが落ち着いたと思ったら世界のあちこちで戦争がはじまり、いま地球は大変なことになっているなというのが正直な実感。これなら巷で噂される世界大恐慌だって必然的に起きてしまうかもしれないと、いまそのように感じている。異常なものを正常な状態へとリセットするために。

今回の旅はイタリアから始まった。到着初日はお金を使う機会がなく。翌朝はデンマークへ移動。コペンハーゲンに到着して同行者のイタリア人レスラー、レッド・スコーピオンが空港内のセブンイレブンに入った。サンドイッチとコーヒーを買い、なにやら顔色悪く、呆然として戻ってくる。どうしたのか尋ねると

「これだけで(邦貨換算)1700円もしたでゴザル……」

と、小さなサンドイッチとカプチーノを見せてきたのだ。ちなみにどうして彼が「ゴザル」なんて言葉を口にしているのかは拙著『プロレス深夜特急』(徳間書店刊)の第1章をご参照くださいませ。

しかし、イタリアだって物価が安いというわけでは決してない。それでもそんな顔色になってしまうほどの北欧の物価高。その後、街を歩いてビッグマックくらいの大きさのサンドイッチ(欧米ではパンにはさんだものは何でもサンドイッチと呼ぶ。フィレオフィッシュだってフィッシュサンドイッチ)を買ったらやはり1700円。食うのが惜しまれ、二つに割って昼と夕方に分け貧乏臭く食ってしまった。

しかし、北欧諸国では物価が高い代わりに社会保障が超充実しているという。人々には「貯金をしよう」という概念が希薄らしい。どうしてかというと、十分すぎる年金をもらえるので貯金をしておく必要がないのだとか。そのうえ教育費も医療費もタダ。それであれば物価が高くとも国民は納得できるであろう。日本とはちがい、成熟した大人のシステムで一国が機能しているわけである。

デンマークからイタリアへ戻り5日間滞在した。1日だけセミナーやらなんやらでバタバタしたが、あとは何をしていてもかまわない自由な日程。なので特に誰かと会うこともせず。ということはメシも必然的に自腹。街までは距離があったので、ホテルのレストランを利用することが多かった。スパゲティと野菜を頼み、ビール2本とワイン1杯で邦貨だいたい4000円ほど。そのうちプロレス好きなレストランのお姉ちゃんに交渉して、酒の持ち込みを許可してもらった。ダメならダメでよかったのだが、冗談半分に尋ねるとOKしてくれたのでそれならお言葉に甘えましょうかと。イタリアの酒はスーパーで買えば日本と同じ程度の値段。これには本当に助かりました。そんな感じで過ごすことができたので、イタリアでは特に物価が高いという印象はなかった。日本よりもちょっと高いな、程度。街はずれの食堂であれば700円ほどでスパゲティだって食えた。

で、フランスへ。ここでもそれほどお金を使う機会がなかったというか、ホテルの周囲に店がないので会場売店のピザだとか、そんなものばかりを食っていた。ただ、一度プロモーターに連れていってもらったバーガーキングのドライブスルーで「好きなものを頼んでくれ」とメニューを見たら、ワッパーのセットが12ユーロ(約2000円)だったのには「いよいよ物価が変わり始めたな」という予感を抱いた。それは、この後のイギリスで大爆発する。

イギリス。もともと物価が高いという印象のあった国。それが今回はハンパなかった。空港からホテルに到着してすぐ、ルームサービスのメニューに目を通して戦慄が走ったのだ。どんなに安いものでも1500円はする。それも付け合わせのようなもので、である。本メニューともなるとどれも4000円から。これで心が満足するように普通にメシを食い、酒を飲んだらエッれえことになってしまう。ビビッたオレはスーパーへ連れていってもらい、パンとチーズとハムとビールにワインに水という、TAJIRI的生きていく上での必需品を買い揃えた。お会計をすると、4000円。まあまあ、だと思った。しかし、日本で同じものを買い揃えたらおそらく半分ですむであろう。それでも「まあまあ」と感じたのはすでに金銭感覚が欧州化していたのだ。結局イギリスでは、このときに買い揃えたもの以外に何ひとつ口にしていない。プロモーターも忙しい人だったので「メシ食いに行きますか」なんてこともとうとうなかった。しかし滞在最終日の夜。もう最後なのでどうせならばと、ホテルのレストランでメシを食ってみた。ビール2杯、ワイン1杯。チーズのかかったマカロニ、そして小さな野菜。それで8000円もした。いや、別にいいのだ。仕事で来ているのだから。飲食代がいくらかかろうとも。それは仕方がないことなのだ。しかし「そんなもんにそんなに払えるか!」という、いうなれば価値に対する常識感覚が上回ってしまうのだ。だってさ、マカロニが8000円もするなんてボッたくりバーどころの話じゃないでしょ!そんなギャグ漫画の世界に付き合っていられるかと、そういう気持ちになってしまうのだ。そしてアメリカへ向かうヒースロー空港でサンドイッチとコーラ1本を買ったら1700円もした。膝の上に落ちるパンくずでも惜しくなる。

そして、アメリカへやってきた。2年ぶり。前回来たのは斎藤兄弟をNYのジェイ・フレッディに預けることと、MLWミドル級の防衛戦をしにきた、あのとき。拙著『戦争とプロレス』に詳しく書いた、あのときである。あのときは、だいぶ物価は上がったと聞いてはいたが、それほど高いとも感じなかった。斎藤兄弟を連れて飲みにいっても「ま、こんなもんかな」というお会計だった。しかし、到着したデトロイト空港でいきなりやばかった。待ち時間が5時間もあったのでレストランに入った。CHILLI`sという、アメリカに住んでいた当時は「まあまあの格式の割には安い」と感じていた店。鉄板で焼いた鶏、ビール1本、マルガリータを頼んだら……7000円。いっておくが、そんなもんでは全然食い足りていないし、酔っぱらってもいないのである。つまり、満足度なんてゼロに等しいのだ。それで7000円。しかもチップの額があらかじめ設定されており「いくらのチップにしますか?」と、たいした働きをしたわけでもない若いアンちゃんのウエイターが「もらって当然」のような顔で催促してくる。もちろんいちばん安い設定のを選んだのだが、そんなもんだけで6ドルだから900円。ただ運んできて「Everything OK?」と聞いてきただけの野郎に、なんで900円やらなきゃいけねえんだよ!!??そして、まだ4時間もあったのでペットボトルの水を1本買ったら3.5ドル。500円以上もしたのであった。

デトロイトからノースカロライナに到着し。かつてWCWで日本人選手のマネージャーとして活躍したサニー・オノオさんが迎えに来てくれていた。今回のアメリカはそもそもサニーさんのブッキングであり、移動や宿泊の交渉などでオレの面倒を色々と見てくださる。ちなみにサニーさんと同じ団体に所属したことはないのだが、そこはオレもアメリカ生活が長かったのであちこちで何度も会っているし、お互いそこそこ知った関係。空港を出ると、セダンのレンタカーで待っていてくれた。オレもサニーさんも合計6泊。

「このレンタカー、6日で800ドルですよ。主催者が払ってくれるからいいですけど、いまのアメリカは本当に物価が高い」

そんな話をいきなり振ってくる。しかし、サニーさんは実業家としてかなりの成功を収めている人なので、つねに余裕があり泰然自若としている。誰かアメリカの物価高に四苦八苦している人の声が聞きたいななんて考えていたら翌朝、ロサンゼルスに住む元AAAのルチャドールにして現週刊プロレス・アメリカ特派員でもあるGOKUからちょうど電話がかかってきたのだ。ヤボ用で昨日から日本にいるという。オレとちょうど行き違い。それはさておき。

「GOKUさ、アメリカの物価やばくない?」

「そうだろ!うちはいつも自炊だけど、きのうロスの空港でユキ(嫁さん)と二人でサンドイッチとコーラ買ったら6000円もしたんだよ!」

「自炊してる分には物価高はそれほど感じないの?」

「いや、以前と比べるとかなり高いぞ。だけど久々に外で食い物買ってみてビビッてしまってな」

「こんなんで普通の人はどうやって生活してんの?」

「できないヤツらが増えてるんだよ、ホームレスがどんどん増えてる。貧富の二極化。ガソリンなんてこのまえまで1ガロン6ドル(900円)もしてたんだぞ!(ロス限定だが)」

「こんなアメリカで暮らしてたら、日本の物価が超安く感じるでしょ?」

「そこなんだよ!もうな、日本はヤバいぞ!外に出たことのない人には全然ピンとこないだろうけど、もう完全にヤバいんだよ!」

このnoteにオレが書いたいくつかの話の中でけっこう頻繁に出てくる「日本はすでに完全に発展途上国レベル」と、まったく同じことを口にしていた。これはもう、なんというのか、実際に海外でしばらく過ごせばどんな人にでも実感できると思うのだが、日本はもう先進国なんかでは全然ないのだ。このnoteでもあちこちにそう書いているが、もう本当に、全然そんな範疇になんて入れていないのである。ウソだと思うのであれば、試しに韓国かタイにいってみるといいのだ。どうしてかは、オレのnoteの関連していそうなタイトルの記事を買ってみてくれ。いくつか詳しく書いているはずだから。とにかく日本の経済力と、それにともなう国力の衰退っぷりったらハンパない。いま、欧米の物価の洗礼を浴びてきたオレにはわかる。いまの日本はもう完全に、かつてオレたちが「フィリピンはなんでも安い国」と思っていた、あの感じに完全に思われている。そして、アメリカのこの物価高について。

「2年前に来たときはそうでもなかった記憶があるんだけど」

と尋ねてみたら

「コロナ明けまではなんとか抑えられていたんだよ。だけどあれからいくつかの戦争が起きるたび、ウソみたいになんでも高くなった。信じられない早さで」

「だけど給料も上がってるんでしょ?」

「多少な、だけど物価上昇にはとても追いつかないから国民の不満はどんどん溜まってってるよ」

とのことだった。

オレは思った。あのさあ、これじゃあさあ……次回から欧米に来るときはギャラとは別にメシ代もらわないとやっていけないじゃん、と。そうでなくてはムリです、こんなの。それはつまり、まだ経済大国で円も高かったあのころの日本のプロレスに、フィリピンから来たレスラーがメシ代は自腹で滞在するのが難しいようなものなのである。ほら、こうするとわかりやすいでしょ。日本が発展途上国レベルだという事実。だけどいまではフィリピンですら「安い」とは感じにくいほど日本の経済力は弱いのである。どうしてそうなったのか?それはちょっと考えれば誰にでも理由の10個くらいは即座に思い浮かぶであろう。

そして昨日、オレは筑前さんにラインを送った。いまや海外のプロレスのギャラはPAYPALでの振り込みが当たり前。なのでオレの手元にまとまった現金はない。あるのは会社から預けられた100枚のポートレートを売ってきたテキ屋家業の現金のみ。それに手を付けないことにはメシを食えなくなってしまったのである。ナメていたので、旅に出るさい財布の中には大した金額は持っていなかったのだが、それらはイギリスでとうとう全部なくなっていた。もちろんクレジットカードはあるのだが、こんな国々で普通に4週間も使っていたらとんでもない請求書が来てしまう。それでもすでに何度か使ってしまっている。そういった事情を伝えると筑前さんは

【twitter見ていますので物価が高いのは重々理解しております!どうかタジリさんの負担にならないよう、どんなお金でも自由にされてとにかくご無事に戻ってきてください!】

と、まさしく九州のキリスト様のお返事が即座に帰ってきたのである。素晴らしすぎます。

で、さらに今朝、サニーさんとワッフルハウスにいってきた。日本でいえば松屋のような、廉価で何でも食える庶民派代表のような店。全米各地に展開しており、どこも24時間営業なのでWWEスーパースターズでも誰もが愛用している店。さて、値段は。

オレがWWEにいたころ6ドル程度だった、なんでもありの朝定みたいなALL STAR PLATEが11ドルになっていた。邦貨にしてだいたい1600円。なんだかもう、安く感じてきてしまう。この感覚に、アメリカ国民たちも日々飼い慣らされてしまうのだろうと思った。いまのオレは日本へ戻ったらすべてを「むちゃくちゃ安い!」と感じてしまうであろうこと間違いない。その感覚はきっとすぐに元に戻ってしまうのだろうけれども、少なくともその間は幸せな日々を送れそうである。今回、結局何を言いたいのかはあえてまとめとして書かない。ただ、少しでも仕事で海外と関わる方には何かの参考になることがきっと書かれていると思うので、そのあたりを各人が汲み取っていただけたら幸いである。それにしても、いまの世の中いろいろと異常だ。こういうふうになってくると、地球の浄化能力がそろそろ作動し始めるような気がする。一度めちゃくちゃにして、すべてを正常に戻すために。


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