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女、ひとまずスパーリングだ

スパーリングとは、防具を身につけた状態で行う、格闘技の実戦形式の練習のことである。


キックボクシングを練習していた時期がある。
ちょっと事情があって、友人の女の子と戦うことになった。どちらも格闘技未経験のド素人。負けたくない。
試合まで3ヶ月足らず。そもそもキックボクシングのルールすら知らない状態である。とりあえず自宅から一番近い格闘技のジムに入会を決めた。そう、それが運命の分かれ目であった。

自宅から一番近いジムが、偶然にも世界王者を輩出しており、現役の有名選手が練習に訪れるようなジムだった。

もちろん入会したそのときには、格闘技のことなど全く知らず、そのジムについて知っていることは自宅から一番近いということと、ジムのある建物にはエレベーターがないということくらいだった。

まずは体験入会をさせてもらった。そもそもジムってなにをするところなの?
本当になにもわからずに、とりあえず動きやすい格好に着替えた。ジムは床全面に怪我をしないためのフロアマットが敷き詰められており、奥にはシャワールームとトイレがあり、その手前にサンドバッグが吊られているのが見えた。常連とおぼしき複数の男性が、シャドーをしたり、筋トレをしたり、サンドバッグを蹴ったり殴ったりしていた。
会長と呼ばれる人が対応してくれて、まずはデカい鏡の前に立たされた。

「じゃあパンチしてみて」

えっ!?と思った。生まれて初めて言われた言葉である。「パンチしてみて」???生まれてこの方パンチをしたことのないわたしは、どうすることもできない。すると会長が、足はこう、手はこう、と教えてくれた。
そのままあれよあれよと、ジャブ、ストレート、フック、ストレートの基本の型(?)を教えてもらった。そのシャドー(素振り)を何セットかこなす。その後、右キック、左キックを教えてもらう。そしてまたシャドー。
その後は会長がミットを持って、わたしは生まれて初めてボクシンググローブをつけて、パンチしたり、キックしたりした。ミット打ちというやつ。情けない音がした。練習に来ている他の男性会員のミット打ちだと、「パァン!」という小気味いい音がする。ちくしょー!
その後ちょっとした筋トレとストレッチ。ここまでで1時間ほど。会長に「初回なんでこのへんにしときましょうか!」と言われ、この日は帰ることに。
こんなへにゃへにゃな初回であったが、とにもかくにも負けたくない!という気持ちのみに突き動かされ、いつも通り仕事をしながら週3〜4でギリギリ通っていた。というのも、いつ行ってもこの人居るな、という会員の方が5〜6人、本当にいつもいるので、(うぅ、、週3程度でヒィヒィ言ってる雑魚で悔しい、、週5とかでガチれないなんて情けない、、)みたいな気持ちになっていた。
そうしてさらに恐ろしいことに、会長は必ず帰り際に「昴さぁん!つぎはいつ来ますか!」と聞いてくださるのである。そのため、その時点で口約束が交わされる。会長とLINE交換してるわけでもないので、気軽に「すみません今日休みます」と言うことも出来ず、言われるがままに週3〜4出動していた。
その上、ジムに行く回数を重ねるごとに、最初のうちは会長が1時間くらいで「昴さん、今日はこのへんにしときますか」と言ってくださり、なんとなく帰るタイミングがあったのだが、だんだん聞かれなくなった。ジムの入っている建物にはエレベーターがないので、うっかり下半身の筋トレを頑張りすぎると階段を降りられず帰れなくなる危険性があった。このことをいつもいる会員さんに伝えると、「じゃあ帰んなきゃいいですよお!ずっと練習しよ!笑」と元気に言われたので、恐ろしいなと思った。気づくと3時間くらい滞在していたりした。
その頃にはわたしはミット打ちでも、「パァン!」といい感じの音が出るようになっていたし、バンテージも自分で巻けるようになっていた。シャドーとミット打ち以外にも、サンドバッグ等できる練習も増えていた。そしてそのころから、恐ろしい練習が始まった。そう、スパーリングである。

冒頭にも書いたが、スパーリングとは、防具を身につけた状態で行う、格闘技の実戦形式の練習のことである。

つまり実際の試合と同じ時間、怪我をしないようにしつつ、実戦形式で練習をする。たたかう、ということ。
ジムの会員さんには男性が多く、女性会員もいるにはいるが、試合に出るための練習をしている人はほぼおらず、大体はダイエット目的で通っている方だった。
そのため、わたしは男性会員さんたちとスパーリング練習をしなければならなかった。

これは格闘技の経験がある方は実感としてわかると思うが、目の前の敵と対峙した状態で過ごす3分間、めちゃくちゃ長い。そしてめちゃくちゃ疲れる。

敵を目の前にした緊張状態、やらなきゃやられる状態で3分間ってすごい。気力も体力も持っていかれる。初めての感覚。ミット打ち練習では、向こうから攻撃が来ることはなく、ひたすら打ち込んでいれば良いだけだ。しかしスパーリングでは、相手から攻撃が来るかもしれない緊張状態のまま、こちらからも仕掛けていかなければならない。手を出さなければ負けてしまう。細マッチョ好青年の男性会員さんは、「思いっきり打ってきて大丈夫ですよ!僕男の子なんで!」と爽やかに笑っている。しかしド素人がこなれた男性会員を相手に、隙をみつけることも隙をつくることも難しい。相手の攻撃がくるかもしれない緊張状態で、ファイティングポーズをしているだけでスタミナがじりじり削られてゆく。パンチをしてもキックをしても、当たらなかったりうまくガードされたりして、長い長い3分間が過ぎてゆく。
そんなスパーリング練習をはじめてからしばらく経ったころ、ある男性会員さんの素晴らしいボディブローがわたしの腹部を直撃した。
「…〜〜ッッ!!!!???」わたしは声も出ず息も出来ずにその場にうずくまった。そのときわたしの脳裏をよぎったのは(女の子なのに……)という感情であった。そして同時に悟った。

弱肉強食の戦いの場に於いては、性別など関係ない。そしてここはそういう練習の場なのだ。

「女だから優しくされるのが当たり前」「手加減されるのが当たり前」という感覚に自分が慣れているのを、強烈に自覚した。それは格闘技に限らず日常に於いても、無自覚のまま、そういったバイアスにかかっていたんだ。そんなことが数秒の間に脳内を駆け巡った。甘えていた。女であるということに。

この悟りは現在のわたしにも強く影響しており、自分が女であることに甘えすぎないよう、ときどき思い出しては自分を律している。例えば人類が何の違いもない、すべて同じ見た目の生き物であったなら、現在と同じ境遇にはならないと思う。男性も女性もそうだ。


そんな、気づきのエピソードでした。
因みに試合当日、わたしは病に倒れたので不戦敗でした。戦ったら絶対勝ってたもん!!!!!!


お読みくださりありがとうございます。


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