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バタフライマン 第17話 大鴉、堕ちる。

レイブンはついにブルーシャーク以外の部下を全て失った。もはや玉座にふんぞり返っている場合ではなかった。
「吾輩は行くぞ。」
レイブンは立ち上がった。
「ご武運を祈っております。レイブン様。」
ブルーシャークは一言そう言った。彼女はレイブンの勝利を確信していた。彼を神格化していたからだ。彼の絶対的な強さの前には「繭」の戦士もかなうはずがない。それが彼女の揺らぐことのない確信だった。
(まずは貴様からだ‥カラスマ・ミドリ!)
 
街のはずれの国防軍基地にはいくつもの戦車や戦闘機が保管されていた。これらは全て先の大戦の時から使われていたものだ。戦争が終わり、特に有事もないため、いまは倉庫内で眠っている。その倉庫の近くに軍服を着た男は舞い降りた。男は翼をたたみ、倉庫の方に歩いていく。倉庫の前に立っていた警備員はその姿を見て、
「その恰好‥もしかして軍事マニアの方ですか?悪いけど一般公開はしてないんですよ。」
「喧しい。」
男はそう一言言うと、腕の形を変形させた。黒く鋭い爪が生え、黒い羽毛と鱗に覆われた鳥類の脚と同じ質感の腕。
「え?」
警備員が戸惑う。その刹那、男はその腕で警備員の頭を鷲掴みにし、そのままもぎ取って地面に投げ捨てた。そして鉄のシャッターを凄まじい怪力でこじ開け、倉庫の中に入った。そして並ぶ戦車や戦闘機を見つめると、背中から黒い翼を展開し、いくつかの羽を飛ばした。羽は次々と戦車や戦闘機に刺さっていく。そして数秒後、羽が刺さった兵器たちはひとりでに動き出し、倉庫の壁や天井を突き破り、外へと繰り出していった。
「これでいい。」
レイブンはそれを見ながら冷徹に呟いた。
 
夜のメタモル・シティに突如として何台もの戦車が現れたのは20時ごろのことだった。まだ人通りの多い繁華街に突如として現れた黒鉄の戦闘兵器は凄まじい存在感を放っていた。何かの催しかと思った人々は沸いていたが、突如として戦車の砲頭が動き、火を噴いた。建物の一部が吹き飛び、それを見た人々は逃げ惑った。さらに先の大戦が終わり、役目を終えたはずの戦闘機が空に現れ、低空飛行をしながら怪鳥のごとく暴れ回る。火の手が上がり、繁華街は戦場のようになった。
「いいぞ‥人間どもは自らの生み出した兵器により滅ぶことになるのだ‥」  
軍服を着た男ーレイブンはその様子をビルの屋上から見つめていた。そして黒い羽を広げる。腕と顔が鳥類のそれに変化し、レイブンは空高く舞い上がる。
「さぁ来いカラスマ・ミドリ!吾輩が完膚なきまでに叩き潰してくれる!」
レイブンは夜空に向かって高らかにそう叫んだ。

戦車や戦闘機がひとりでに動き、暴れ回っているとの情報を聞きつけ、「繭」の戦士たちはすぐに動き出した。そして軍服を着た鳥のカイジンはカラスマ・ミドリの名をしきりに呼んでいるという。他の戦士たちは暴れ回る戦車や飛行機の対処を行うこととし、ミドリは装身し一人、敵が待つ街の上空へと向かった。ビルの頂点あたりには黒い鴉の姿をした大柄なカイジンが腕組みをして滞空している。
「やっと来たようだな。カラスマ・ミドリ。吾輩の名はレイブン。よくも我が配下を今まで無下に倒してくれたな。」
レイブンという名にミドリは聞き覚えがあった。カイジンたちの群れのリーダーである。ついに前線に姿を現したのだ。
「お前がレイブンか。悪いがここてくたばってもらうぞ。」
「ついてこい!」
レイブンはそう言うと空に舞い上がった。ミドリも後を追って上昇する。両者は黒雲が立ち込める夜の空で相対した。満月を背にレイブンが翼を広げミドリに向かって突撃してくる。
「クワァァァァッ!」
ミドリは慌てて避けるが、レイブンは叫びながら方向転換し、突撃してくる。ミドリはレイブンの体を両手で受け止めるが、背中の巨大な黒い翼に叩かれ、下に落とされる。
「くっ!」
ミドリは翅を使ってなんとか体勢を立て直す。レイブンは再びこちらに向かってくる。緑はその胴体に拳を打ち込み、レイブンを後ろに吹き飛ばす。両者は上空で激しい戦いを繰り広げた。レイブンはキャメルなどと違って自然を操るほどの能力は持っていない。しかし飛行能力と格闘力は群れのリーダーだけあってずば抜けていた。その実力はミドリと同等かそれ以上であった。やがて雨が降り出し、雷鳴が轟き始めた。レイブンとミドリはそれでも格闘を続けた。レイブンが翼でミドリを叩いて後ろに吹き飛ばし、ミドリは拳を振り上げレイブンの顔を殴りつける。レイブンは実力者ではあったが長いこと玉座に座り、自ら動くことがほとんどなかったため、実戦にはさほど慣れていなかった。戦いが長引くほどレイブンの力は弱まっていく。レイブンは自分の格闘術では勝てないと予測し、機械を操る能力を持つ羽根で制御された戦闘機を呼び出した。戦闘機は雲を突き抜け、ミドリの方に向かってくる。ミドリの力であっても旧式とはいえ戦闘機に立ち向かうのは難しい。戦闘機はミドリの周囲を旋回し、レイブンはそれに乗じて攻撃を仕掛けてくる。ミドリは戦闘機をどうにか退けなければならないと感じ、一か八か渾身の力をこめた手刀をその翼に叩きつけた。戦闘機の翼にヒビが入り、バランスを失って下に落ちる。下に人がいることを危惧したミドリは一旦下に降り、飛行機が地面に叩きつけられる前にその道を掴み、なんとか阻止する。そして再び上空に舞い上がり、レイブンとの格闘を再開する。ここに来て戦いは最終局面に入った。両者は取っ組み合い、そして激しく回転しながら下に落ちていく。そして建設中のビルの壁面にレイブンの体が擦れ、火花を散らしながら耳障りな音が響く。そしてビルの壁から突き出た鉄の棒がレイブンの胸に突き刺さった。
「ぐっ!」
これを好機と見たミドリは動けなくなったレイブン目がけて勢いよく拳を打ち込んだ。
「太揚羽正拳突き!」
その瞬間、レイブンの胸で何かが砕ける音がした。愚かで傲慢な大鴉は自らの経験の不足と思慮の浅さで、今ここに敗北した。彼は確かに強かったがミドリを侮っていた。ミドリが強いのではなく、自分の部下が役立たずで弱いのだと思っていたのだ。その油断が敗因となった。暴れ回っていた兵器たちが止まり、事態は収束を見せた。戦士たちの奮闘のお陰で建造物の被害は出たが、犠牲者は出ずに済んだ。ミドリはレイブンの死を見届けると仲間たちの待つ方へと歩いて行った。

レイブンは串刺しになった体を引き抜き、ほうほうの体で巣に帰った。ブルーシャークが駆け寄る。
「レイブン様!」
「よく聞け‥吾輩は間も無くこの世から消えるだろう‥‥憎き『繭』の戦士によってな‥ブルーシャーク‥お前は良き右腕だった‥」
レイブンはそう言い残すと灰になった。
ブルーシャークはその光景を見るや否や、体をわなわなと震わせ、いつも布で隠している鋭い牙が生え揃った裂けた口を露わにして泣き叫ぶのだった。



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