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井坂勝之助 その23

抜刀術
 
早いもので、勝之助が長時の世話になって半年の歳月が流れた。

長時のたっての願いで、二月ほど前から勝之助は村の男達に剣術の指南をしていた。
毎回、子供から大人まで七〜八十人は集まっていたであろう。

素振り、竹刀での打ち合い、真剣での型等々、多岐にわたる。

長時の話では、この集落から山を三つほど超えた奥まったところに山賊のような輩が暮らす集落があるという。
これまでに数回、襲撃してきたが全て返り討ちにしたという。

一朝、事あった時のために日頃より戦に備えての準備は怠りなくやってきてはいるものの、勝之助の滞在中に是非にも一族の者を鍛えて欲しいと頭を下げられては、一宿一飯どころか長期の恩義もあり断れるものではない。
 
ある日、虎千代の頼みで、是非勝之助のこれまでの修行の集大成として真剣での型の演武を見せて欲しいとせがまれた。
おそらく、長時の意向もあってのことだろう。
そして、
村の者ほぼ全てが集められた・・・
 
勝之助は全身黒ずくめの戦闘用の衣装で村民の前に姿を現した。

野袴の足元は脚半で巻き上げ、黒ずくめの衣装に真っ白な木綿の襷掛け、白鉢巻、父直弼より拝領の長曾祢虎徹(新選組 近藤勇の佩刀で名高い)の一本差し。
勝之助は、丸に万の字の甘糟家家紋の染め抜かれた幔幕が張り巡らされた広場中央へ進み出る。
正面には長時を中央に重臣が床几に腰を据えずらりと居並ぶ。
勝之助はその方へ静かに目礼をする。
長時をはじめ重臣達も同様に目礼でかえす。
 
勝之助、中央に敷かれた緋毛氈のうえに端坐し眼を閉じる。
静寂の時が流れる‥
と、勝之助右脚を一歩踏み出すが早いか、片膝、立てたままに右へ払うと同時に刀を反転させたかと思うと刀は鞘に収まっている。
 
流れるような流麗さと空気を切り裂く真剣の音に見ていた者全員がしばし息をすることすら忘れたかのようである。
 
勝之助は再び元の位置に端坐し眼を閉じる。
 
このようにして、端座からの抜刀術をはじめ、立った姿勢から、仮想敵が一人、二人、三人と複数人相手の抜刀から納刀までの型を約半刻の時間をかけて披露した。
 
全てを終えて、正面の席に向かい一礼すると床几に着座していた者全員が立ち上がり、上気した顔で深く頭を下げた。
その時、期せずして村人全員からわーっという歓声が起こり、山々に響き渡った。
 
「か、刀がしなるなんてことがあるのか?・・・」

「あるわけない・・・そう見えただけだ・・」

「まるで舞っているかのようだ‥」

「あれでは、鬼神さえ敵わないだろう・・・」


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