うな重
沙代子には二人の娘がいる。
三人暮らしの母子家庭であった。
沙代子は女手ひとつで、二人の娘を立派に育て上げた。
現在では、二人とも結婚し幸せな家庭を築いている。
必然的に沙代子は現在一人暮らしである。
幸い、二人の娘は車で10分程度のところに居を構えているので、会おうと思えばいつでも会える。
次女は何事もマイペースなタイプで滅多に連絡してくることはない。
その点、長女は定期的に連絡してきては近況を知らせてくれ、2〜3ヶ月に一度は食事に誘ってくれる。
ある日、その長女から連絡があり、
「お母さん、今度の日曜日お昼ご飯でも食べない?」
「いいわよ、仕事は休みだから」
「どこに何を食べに行こうか?」
「どこでもいいわよ、私は‥」
「私、鰻を食べたいんだけど‥
お母さん、鰻は嫌いだったよね」
「えーっ!どうして?」
「だって、昔から私達には鰻丼を作ってくれてたけど、お母さんはタレだけご飯にかけて食べてたじゃない・・・」
二人の娘は子供の頃から鰻が大好きであった。
沙代子は二人の誕生日の時だけ奮発して、スーパーの鮮魚コーナーから鰻を一尾買って来ては二人に鰻丼を作った。
バースデーケーキなどは無い。
しかし、二人の娘はその鰻丼を満面の笑みを浮かべて美味しそうに食べるのであった。
沙代子も大好物の鰻であったが、二人の娘にすこしでもたくさん食べさせようと、自分は我慢し、タレだけをかけた丼を漬物で食べたのである。
子供の頃から、そうしてきた為、娘達は何の疑問も持たず、お母さんは鰻が嫌いなんだと思っていた。
沙代子も娘二人が喜んで食べるのを眺めるだけで充分だった。
「どう?お母さん
やっぱり他のものを食べに行こうか?」
「いつものように、奢ってくれるんだよね?」
「そりゃそうよ、親孝行のつもりなんだから」
「そう、だったら鰻重をご馳走になろうかな」
「えっ?お母さん、嫌いな鰻でいいの?」
「私は子供の頃から鰻は大好きなの」
「えっ?だって昔からタレだけ・・・」
その後、長女は言葉を続けられなかった・・・
沙代子は鼻をすするような長女の声が聞こえたような気がした。
完
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