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井坂勝之助 その19

少年に後に従い山中をしばらく歩くと、突然視界が開ける。

緩やかな山腹に田畑が開墾され、数十件の民家が点在し、それぞれから夕餉の炊煙が立ち上っている。

その一番高い位置に城郭のような建物が威容を誇っている。

少年は、その建物に向かって驚くような速さで駆け上っていく。勝之助はついて行くのが精一杯であった。

「じじ様、虎千代ただ今戻りましてござります」

「そうか、この少年は虎千代という名なのか、
ただの地元の子供ではないと思ってはいたが・・・」
勝之助、心の中で名前を反芻する。

「これなるは、虎千代が友、人品卑しからぬ故お連れ致しました」

勝之助、思わず苦笑する。

じじ様と呼ばれた老人は、無言で勝之助を暫く観察しているようであったが、虎千代の報告を聴き、
「虎、決して怪しい方ではない‥と言うことだな」

「そうだよ・・・いえ、左様にござりまする」

「ははは、そうか。あいわかった」

「失礼仕る。拙者、井坂勝之助と申します」

「して、ご貴殿は何ゆえかような、山奥を旅しておられるのかな?
どうみても、このあたりの者とも思えぬが‥」

「拙者、師を持たず、剣の道を極めようとする者。
一宿一飯、地付きの方々の世話になっていたのでは修行になりませぬ。
それゆえ、あえて道無き道を流浪しております。道無き道を歩むは、剣の道を極むるに似たり‥‥と。
しかし、本日は妙なことから虎千代殿と出会い、あつかましくも好意に甘え申した。申し訳もござらぬ」

「ほぅ、これはこれは‥剣の道をなぁ‥
身共は甘粕長時と申すものでござる」

「あまかす‥もしや上杉謙信公の四天王と言われた甘粕影持殿ゆかりのご一統でござるか」

「いかにも、その甘粕の流れをくむ者。
この地にて一朝事あらば決起すべく一族郎党こうして山中に閑居しておりまする。
ま、しかし、徳川殿の治世、もはや揺るぎないものになっておりまする。
乱世のようなことはありますまいて・・・
ところで御貴殿・・・
虎千代の申す通り、人品卑しからぬゆえ‥」

長時、ここまで言ってにこりと微笑む。

「何も無いところじゃが、ゆるりとしてゆくがよかろう。多少は剣の修行になるやもしれぬ・・・」

虎千代、満面の笑みをうかべ、
「じじ様、かたじけなく存じまする!」

勝之助、ふたたび苦笑しつつも、

「かたじけなく存じます」

と丁重に頭を下げる。

つづく

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