未来に生き続けるキャラクターたち/ドラマ『不適切にもほどがある!』第10話
3ヵ月弱追いかけたドラマが最終回を迎えた。
(以下、ドラマの内容を含みます)
パワハラを訴えられて落ち込む渚を連れて、小川は昭和に戻ることを決心。令和での身辺整理をして、カウンセラー職をサカエに託す。なるほど、これは適任じゃないの。
最終回は意外に淡々と進んだが、渚と純子が「すきゃんだる」のナポリタンを食べるシーンは涙を誘った。本物の親子のように(本物の親子なんだけど)純子が「渚」呼びし、渚の相談相手に。渚は母との少ない思い出と重ねあわせる。いい大人の仲里依紗ちゃんがナポリタンをほおばり、ケチャップで口の周りをベトベトにしながら涙をためる。それが5歳の渚っちそのもので、彼女の役は難役だったのだと思い知らされる。
令和でさまざまな価値観を知ることになった小川は、昭和に戻って「地獄のオガワ」から「仏のオガワ」ヘ。このドラマ、主人公の教師設定が後半からジワジワ効いてきたと思うのは私だけ? 教頭となった小川が、「面白い未来が待っている」と卒業生たちに語りかけるシーンは胸に刺さる。今月卒業したばかりの皆さん、大人は時代に文句ばかり言うけれど、君たちには面白い未来が待っている。待っているよ。
先日、今さらながらクドカンをウィキってみたら、お父上は教師だった。その環境、クドカンに影響を与えていないわけがない。しかも余談だけどクドカン末っ子長男だって。ああああ、これ腑に落ちる。末っ子長男研究員の私としては、腑に落ちる(笑)。
メインキャスト総出のミュージカルは「寛容になりましょう♪」。
寛容が肝要。
少しだけ大目にみる。
寛容って難しいよね。相手を「ゆるす」ってことだから。でも時代で価値観や正解は変わると思えば許しやすい。令和の常識や正解だって、30年後はどうなっているか分からないのだから。昭和を「あり得ない!」とサカエが吠えたように、バッサリ切られているかもしれない。
深く考えさせられながらも、小ネタは最後まで健在。ムッチ先輩がいつの間にか大江千里風になっていて「誰?」状態だったし、ポスターで阿部ちゃん(あべ一座仲間!)登場、佐高くんが令和で井上の救世主になるくだりにはびっくり。八嶋さんは最後まで八嶋さんだったし、小川とゆずる(古田さん、どうぞお大事に!)のやり取りも最高。純子は見た目も生活もすっかり変わったが、気だるそうに父親にせびる「カネくれー」だけは同じなのも笑った。
小川も純子もサカエもキヨシも、佐高くんもムッチ先輩も、昭和と令和の価値観に触れて生き方を変えた。しかも秋津くんと渚を心配した小川の妙案(と、小川自身は絶対思ってる)で、カップル誕生。タイムパラドックスはどうなった? 小川は(もちろん私も)未来の純子を救いたい気持ちはあるけれど、“今”を充実させることを選択した。
井上が将来タイムマシンの研究・開発に携わらなかったら元も子もないので、世界が広がり過ぎても困る!と、一瞬小川同様に困惑した。しかし、しっかり2054年まで研究していて安堵。エンドロールで小野武彦さんの名前を見たとき、「いやいや、小野さん出てないよ、どこに出てた?」と訝しげにテレビを眺めていたら、ラストのラストに30年後の井上としてご登場。
ドラマでは小川父娘の“あの日のこと”について深く言及せず、「すきゃんだる」のタイムトンネルの謎を持ってくるあたり、「最終回が決まってないなんて最高じゃん!」に繋がっていてうれしかった。登場人物たちにだって、面白い未来が待っているはず。そして小川のタイムトラベルはまだ続いているんだよね、きっと。
最後に流れた粋なテロップ。令和の時代も、いつかそんな風に語られる日が来るのかもしれない。
ありがとうクドカン、そして制作陣や役者の皆さん。3ヵ月弱、このドラマのおかげでたくさん笑って、たくさん友達と話して、ちょっと考えさせられて楽しかった。市郎と純子父娘、そこにゆずるや渚が加わった家族の物語に、やさしい気持ちになれた。
またいつか登場人物たちに会いたい。小川がわが家のトイレに落ちて来ても、快く迎え入れる気満々です。
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