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恋文絵

その著書の刊行物は全て欲しい、蒐めたい、そのような時、車谷長吉の本は比較的イージーな部類に入るだろう。

全集も3冊だけ(死後、4冊目を刊行するという話だったが……)、それでも全部で30,000円いかないし、あとは文庫やハードカバーなどで蒐めても、それほど法外な値段にはならない。
その中でも、いくつか限定本が存在していて、難関の一つは句集である『蜘蛛の巣』、それから『抜髪』の特装版限定100部。

『抜髪』は車谷長吉の母をモデルとした人物が延々と説教をする作品で
その言葉の並びは圧巻であり、凄まじい技量を感じられる1作。耳元で、婆さんに呪詛を吹き込まれ続ける、まさに特級呪物のごとき、そのような作品だ。
日本の古本屋から引用させて頂く。

そして、最難関であり、なかなかお目にかかれないのが、表題にもある限定100部本の『車谷長吉 恋文絵』である。

踏み絵ではないし、文枝でもない。文絵なので絵手紙である。
車谷長吉が書いてきた絵手紙を95作品収録した本で、その絵の醸し出すなんともいえない朴訥さ、味わい、そして文字の妙味。

これはなかなか、なかなかに手に入らない本で、私も何回か欲しい時に探していたが、だいたい出ていなかった。多分、5年くらい探していた。で、欲しい熱が冷めた今、ふとネットを見たら、10万円で出品されていた!

ウルトラにレア!な本であるが、まぁ、10万円であるので、なかなか手が出ない。一応、全集にも掲載されているため、この本は余程の車谷長吉フリークが購入するわけだ(無論、順番は逆だが)。
全集は天金仕様で大変に美しい本だ。まぁ、1冊8,000円以上するので、普通の本ではないが。


つまり、まぁ、これも含めると、やはり20万〜25万円くらいあれば、車谷長吉本は全て揃いそうである。

限定本、というのは、何部から限定なんだ、という思いもあるが、まぁ、個人的には300部切ってからくらいのイメージがある。
100部とかだとなかなか手に入らないし、まさに限定本という感じ、20部とかだとウルトラの二乗のレア度である。
1000部限定、とかだと、あんまり限定感はない。まぁ、需要と共有によるので、100万人が欲しがれば1000部でもファン垂涎の限定ものだが、大抵のものは1000人に配ればコアファンにまで届くものだ。
初版3000部の作家も普通なので、1000部とか最早十分すぎるくらい十分な感じだ。

まぁ、とにかく、こういうのは、一期一会であり、誰かがかっさらう前に購入しないと二度と手に入らないことがある。

そういえば、車谷長吉と言えば、川端康成文学賞を受賞した『武蔵丸』というカブトムシを育てる小品があって、これは比較的読みやすい。読みやすいが、やはりそこは反時代的毒蟲を自称する車谷、ちゃんとカブトムシの性に関してもきちんと描いている。それは性と生と聖が同一であることと同義だから、命を描くうえでは書かなければならないものなのだ。

そういえば、川端康成文学賞といえば、短編を対象にしている賞で、これは西村賢太がめちゃくちゃ欲しがっていた賞だった。第35回川端康成文学賞で、『廃疾かかえて』が候補になるも選外。この顛末を書いた作品に、『落ちぶれて涙の袖にふりかかる』がある。今作では、川端康成文学賞候補になったことを識らされて、普段は買わない康成本を古書店で購入してゲン担ぎするような話だ。

然し、車谷長吉は思えば思うほどに天才であるし、私は、小説においては一番は車谷長吉だと思っているから、この天才の作品がそれほど語られないところに不満がある。

この『恋文絵』は魔道を行く車谷長吉の優しさと芸術家的センスが溢れ出さんばかりで、とても素晴らしい。まぁ、こういう、悪態をつく人ほど、根が優しいのは世の中の常だ。然し、実際には結構ヤバいらしいので、それもまた幻想か。




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