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【徒然草 現代語訳】第九十九段

神奈川県大磯の仏像専門店、仏光です。思い立ってはじめた徒然草の現代語訳、週一度程度で更新予定です。全244段の長旅となりますが、お好きなところからお楽しみいただければ幸いです。


原文

堀川相国は、美男のたのしき人にて、そのこととなく過差を好み給ひけり。御子基俊卿を大理になして、庁務行はれけるに、庁屋の唐櫃見ぐるしとて、めでたく作り改めらるべきよし仰せられけるに、この唐櫃は、上古より伝はりて、その始めをしらず、数百年をへたり。累代の公物、古弊をもちて規模とす、たやすく改められがたきよし、故実の諸官等申しければ、そのことやみにけり。

翻訳

堀川の太政大臣基具公は、美男の上に大金持ちで、何事につけても華美で豪奢なものをお好みになられる方であった。ご子息の基俊卿を検非違使の別当に就け、実務を執られた折、庁舎の唐櫃が実にみすぼらしい、この際だから立派な新品に取り替えてはどうかと仰ったところ、この唐櫃は遥か昔より伝わる、そのいわれすら判然とせぬほど数百年の時を経たものです、代々受け継がれてきた公用の品々は、古めかしいものほどよしとされます、と妄りに作り替えることの出来ない旨を、有識故事実に通じている役人たちが申し上げたので、唐櫃新調の件は沙汰やみとなった。

註釈

○堀川相国
ほりかわのしょうこく。久我基具(もととも)。相国は太政大臣の唐名。

○基俊卿
久我基具の次男。兼好は基具の長男具守に仕えていた。

○上古
読みは「しょうこ」。

○公物
読みは「くもつ」。


元主筋の悪口も堂々と書き残す兼好を称賛する向きもありますが、ここはハンサム&リッチ&政界トップと三拍子揃った堀川相国ですら意のままにならないこともあった、という逸話として読んでいただきたいところです。引いては(渋々)引き下がった相国の分別態度を褒める意味合いもあったかと思います。
いささか細かいことを云うと、基具の久我家は大臣となれる家格の清華家でしたが、当時大臣の地位を摂関家の者達が占めていたため昇進が滞り、長年大納言どまりでした。それなりに苦渋を舐めさせられた経歴が、忍の一字を学ぶことになったのかもしれません。
それにつけても政治の第一人者にも臆せず意見するお役人は、なかなか見上げたもの。これ黙って見過ごしてたら後々大事になると慌てたんでしょうけどね。

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