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秋田の冬祭り 金沢八幡宮梵天(金沢のぼんでん)観覧記②

 前回の記事↓の続き。

 実家にてお昼ご飯を食べながら、梵天(=ぼんでん、と濁る)奉納までの時間を待つ。
 中学1年のとき以来、何年も、奉納する側として (参加する/しない)のどちらかだったので、観客としてお祭りに行くまでの時間をどう過ごしていいかがよく分からないまま、長男とテレビゲームなどをして時間を潰す。

 小学生の頃、梵天の日は特別に午前授業だった。(当時は2/18固定開催だから平日の場合も多々あった。今は確か2/17の次の土曜日固定開催)
 その頃は、昼食を食べたら出かけていって、貰った小遣いでチョコバナナを買って食べたり、保育園児や小中学生による金沢八幡太鼓を聞いたり、大鳥居のある急坂でケツ滑りをしたりして時間を潰していたように思う。
(そういえば、「お祭りを見に来て下さい」と招待し合うような文化があって、親戚を招いていた時期もあった)

 秋田県内各地では、1月から3月にかけて様々な伝統行事が開催され、2月にはピークを迎える。
 雪あかりが幻想的なかまくら祭り(横手市)や奇祭として知られる竹うち(美郷町)も2月に開かれる。
 そうしたものの多くは小正月行事だ。小正月とは1月15日(=旧暦ではその年の初めての満月になる)のことで、秋田では無病息災や作物の豊作を願う行事が、時を超えて様々な形で今なお続いているのが尊い。 

 そんな小正月行事の一つである、我が金沢の梵天の歴史は古く、関ヶ原合戦後の国替えで佐竹氏が秋田に入った際に始まった火防の祭りに起源を持つと聞いた。(金澤八幡宮は佐竹氏、ひいては源氏ゆかりの神社よ)
…ってことは420年以上の伝統(!)があるということになる。
 
 そんないわれを裏付けるように、金澤八幡宮の神事としては今もなお「梵天祭り」ではなく、「鎮火祭」の名で執り行われている。

 時刻は13:30。長男もいい加減ゲームに飽きてきた様子。お祭りの開始の目安は2時からなのだが、そろそろ会場に向かっても悪くはない時間だ。

 梵天と聞いてもピンとこず、露店にもまるで興味がないため、テンションの上がらない長男には雪遊びに行こう!と誘って家を出る。
 いとこのお下がりのスキーズボンを履いた長男は少しだけ気分が上がったように見えた。

 メイン会場の「金澤八幡宮 一の鳥居」↓

 に向かう道すがら、梵天が家々に門付のラストスパートをしつつ会場に近づいてくるのが見える。
 梵天の頂点の飾りを「頭飾り」というが、今年はどの団体がどんな頭飾りなんだろうと初めて知るのもこの瞬間からで、ワクワクが1段上がる。

家々をまわって、梵天を披露し、予祝の梵天唄を唄う。
梵天の高さは4〜5メートルほどにもなる。

 上の写真の道路を振り返った通りからは一時車両通行止めとなる。そこに露店も並び、一層の賑わいが感じられるようになって、こちらのテンションも否応なく上がる。
 消防団やら警察官やらも配備されて、非日常感が高まるのも祭りらしくて良い。

左に曲がると八幡宮の大鳥居がある。
こちらの道路は車両通行止めで、道路沿いには露店が立ち並ぶ。

 会場にさらに近付く。
 露天からは発電機の油臭さと飴やチョコレートの甘い匂いが漂う。
 太鼓の音も気分を高めよ、とばかりに弾む。
 
 ふと振り返ると、鎌倉権五郎景政の伝説の川としても知られる厨川(くりやがわ)を渡って梵天が「ジョヤサ、ジョヤサ」の掛け声とともに近づいてくる。先導する笛の音や、法螺貝の音も響く。
 街が、「さあ、祭りが始まるぞ!」って雰囲気に包まれる。

 歩行者天国となったこの道は、平日の昼間なら5分に1台の車が通るかどうかというほど静かな場所だ。自動車社会のこの地では、歩行者なんて言わずもがなほどに少ないし、雪に閉ざされる冬となればそれに輪をかける。
 
 でも、今日は、今日だけは、こんなにも沢山の人が集って、子どもたちの賑やかな声や久しぶりの再開を懐かしむ声に溢れている。

「厨川をわたるぼんでん」と街の賑わい。
ハレの日、みんな明るい良い顔をしている。

 最近、秋田に関しては人口減少とか少子化とか、ポジティブではないニュースが多いけど、地元のこんなに元気な姿が見られて、本当に嬉しい。

 お祭りの本番が始まる前だけど、俺は思った。

「ぼんでんさ来て、いがったなあ」って。

(↓③につづく)

↓奉納前の仙南菖蒲太鼓の様子を少しだけ。


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