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恋ブランコとマンガkiss


「公園でなら会ってもいいよ」

君がそう言ってくれたから、会うようになった。

今夜も二人。誰もいない静かな小さい公園。ブランコに並んで座って乗ってる。

僕は仕事で大きなミスをして一日中駆けずり回ったその帰り。

在籍してた大学のジャージを着た君は明日のための準備をあらかた済ませたそのついで。

だから自然と二人のブランコの揺れの大きさに差が出る。

洗いたての君の髪の毛のいい匂いが大きく揺れる。

君は僕の会社の取引先の受付嬢をしていて、それで知り合った。

誘われ慣れていて、いつでも「これなもんで」と、すぐに見せられるように薬指に指輪をはめているのだと僕に一番最初に説明してくれた。

僕は人に見せ慣れている手がこんなに綺麗なものなんだとその時知った。

ブランコを止めて僕は、遅い昼食を食べた。

君と夜ランチできてよかった。

思い切りブランコをこぎながら「それで足りるの?」と君が聞いてきた。

少し昔なら、マンガ盛りしたご飯をおかずにご飯が食べれたけど、今は胃腸が弱っているのでこんなちょっとしか食べれない。

冷めた味がして、今日の地獄のような一日を思い出してため息が出た。

仕事のミスのことを君に話したら、君は励ましの意味でいすゞのトラックのCMソングを歌ってくれた。
へんに歌唱力があって笑ってしまった。

君の住むアパートがここらへんなのは知ってたけど、詳しくは知らなかった。

いろいろなことを知る前の方がいろいろと悩みを打ち明けられるもんだなと、最近知った。

君はいつも不思議なルートでこの公園に入ってきた。灌木の間が多かった。「お久しぶりです、どうも」と言いながら。

君にはずっと不思議なままでいてほしい気がした。

「ひよこまめみたいね」

ブランコを止めた君は、僕の横顔を見て言った。

「なにが?俺そんなの食ってないよ」

「今日のあなたの顔、あは」

「まめかよ」

まー、僕はまめだな、前世はきっと。

僕らはそれぞれ責任世代の少し手前くらいで、これから徐々に、大事な何かを見失っていく段階だから、その前に君に出会えてよかった。

君がさらにじっと覗き込んでくる。いつものことだ。

君は僕の耳の穴の中がすごく気になるみたいでスマホのライトで照らしてのぞいたりしていた。

あなたの耳の穴は見えやすすぎると文句をいながら。

ごちそうさまでした。僕の夜ランチが終わった。


ブランコが再び揺れだす。

空中ですれ違いながら、僕はいつもの空想の話をした。

君がこのまえ中華街のおみやげにくれたパンダせんべいにちなんで、『パンダ男たちの仕事とその苦悩』なる珍妙な話を作って披露した。

途中から熱が入った僕はブランコから降りてパンダ男の動き其の1から其の5までをも披露して君の笑いを誘った。

公園の外灯に集まって飛んでる小さな虫たちもきっと恋しくてそうしてるんだと今なら思えた。

恋って何リテラシーもいらない。無駄だから。

恋の前に人は無力。無力だと知ったら活力が湧いてくるという素敵な矛盾。恋の不思議。

不思議といえばこの公園はいつも僕たち二人におみやげを置いといてくれたりした。

それはただ単に昼間この公園で遊んでいた子供たちの忘れ物なんだろうけど。

それにしてもラインナップがすごくて、とび縄、フラフープに、竹馬、水鉄砲、バトン、ホッピング、ヨーヨー、ケン玉、ブタミントン(⁉︎)という、今時の子達らしからぬモノばかりで、いったいどういう子供たちなんだろうとか思いながらも、それを見て懐かしさを堪えられなくなって僕らは少しだけ借りで遊んだ。

そのうち本気の勝負になってしまい、「もう一回、もう一回」と君は負けず嫌いで、最終的には僕に体当たりで妨害までしてきた。「うー、うー」と可愛いく唸り声をあげながら。

今日もひと勝負を終えた。引き分け。

「またシャワー浴びなきゃだ」

「そうだね」

借りてたものを元に戻してブランコへ戻る。

君が揺れ始め、僕も揺れ始める。

戻りたいあの頃とかが遠くになっちゃう前に君に出会えてよかった。
 
「あなたってすごく誤解されたがってる」

君は前を向いたまま空中でのすれ違いざまに言った。

夜の向こう側もきっと  夜だ。

「君だけが味方だよ」

僕のブランコは大きく揺れていたからこの声が君に届いただろうか。

どうせ聞こえないならもう一つ言ってみようと思った。

君と僕とはキスはまだだった。

どんな化学反応が起こるかって意味で聞いてみた。

「今ここでキスしたらどうなるかな?」

君は黙ってブランコの上で立ち上がった。聞こえたかどうかはわからなかった。

僕も立ち上がってこいでみた。

君は僕からいちばん顔の見えない高さのところで言った。

「少なくともブランコは止まるわね」

「ん?」

そのあとブランコは止まった。

マンガでしかありえないようなキスの準備が整いそうだった。



                      終

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