触れるだけの口づけにしよう
東京から少し離れた夜。
時間外の恋。
二人だけの夜景を見に来た。
会社では並んで歩くこともできない。
民法で定められた家と家の最小距離だって50センチだっていうのに……。
高台に着いて、手すりに手を置いて二人で並んだ。
別々の場所で育った僕らの、同じ何かが詰まったような街の明かりが見えた。
寒さで息が白くて、君のしてるマフラーの赤が際立った。
会社の誰と誰にはもう僕らの仲がバレてるとかそういう話も少しした。ときどき爪先立ちになって君は話した。
あったかいコーヒーを買って飲んだ。時間を大切にするみたいにふたりでコーヒーを飲んだ。
君のコーヒーの飲み方が好きだ。たった今そう思った。
「来年がいい年でありますように」と君は夜景に見惚れながら言った。
「そうだね」と僕は君の横顔を見て。
「来年、も、ね。来年もいい年でありますようにと君は言い直した。はじめからそうするつもりだったみたいに聞こえた。
「うん、来年も君といたいよ」
「来年だけ?」
「それは……、もちろん……、それって“何年問題”?」
「ふふ、今夜はあなたを困らせないつもりで来たの」
君の背景の夜空でたくさんの星が瞬いていた。
きっと、
君座の近くに僕座があるはずだ。
そういう夜空だと信じていたい。
「なんにでも流麗に答えてみせるよ」僕は胸を張った。
君はそこで、一度だけ自分の指先を見つめてからまた僕を見た。
「じゃあ、答えて、さて、わたしは今あなたといったいどんなキスがしたいでしょう」
「僕はキスの専門家じゃないけど、それならわかるよ。長持ちするキスだろ」
「何それダサい言い方」
「ダサいか試せばわかるさ」
僕らはそのあとで
触れるだけの口づけを交わした。
その影響で、夜空ではきっと君座と僕座同士が何年周期とか無視でくっついてるはずで、だから、どこかの天文学者と、あと会社の誰かがきっとそれを観測してるはずだ。
終
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