見出し画像

あの人だって、この人だって、皆なにかしら事情があるんだよ。立ち止まって、誰かに優しくしたくなる本『ひそかに胸にやどる悔いあり』

読むとはっとさせられる。上原隆のノンフィクション・コラム

 身の回りに嫌いな人、いますか?会社の同僚、上司に学校の先生、先輩、後輩、親戚の誰々とか。気の合う人がいる以上気に合わない人もいる。仕事だ家事だで疲れていれば、身近な相手に対してもささくれだった気持ちになる。
 そんなとき、アイドルだ、推しだと何かしらキラキラしたものに救いを求めるときもある。
 けれど、あまりに疲れると眩しいものにうんざりすることもある。この本はキラキラしたものに疲れてしまったときに効くかもしれない。
 
 登場するのは普通の人々だ、毎日の出勤で駅で一緒になるサラリーマンや、帰りによるスーパーで居合わせる近所の人たち。顔は知ってるけど、どんな人か全く知らない。これはそういう身近な人達のことを淡々と記録した本だ。
 著者の上原隆が取材相手に会いに行き、相手と行動をともにし、淡々と対象を描いていく。
 読んでいると、文章なのに映像が頭の中で再生される感覚を覚える。あくまでも主張を抑えた低いトーンとテンションに、どこかドキュメンタリー番組の想起させる。

 普通のノンフィクション以上に著者のコメントや、主張がないために完全に記録的な印象を抱いてしまう。しかし、それでも読んではっとさせられるのは、この黒子に徹する著者の真摯さがあるからではないか。
 ここまで黒子に徹した本も珍しい、だからこそ読んでいると一つ一つの話に登場する人達に近づいて自分が話を聞いているような親密さを覚えるのだ。ときには近すぎて、胸が詰まってしまうような距離とでも言うか。
 胸が救われるような劇的なイベントはない、けれども読んでてはっとする。誰にだって、人には言えない事情がある。そう思い至るとき、人間の視野って少し広がるんじゃないかなとそう思わせてくれる本でした。

エピソード紹介

 この本には19の小編によって構成されている。自分にとって印象的なエピソードを下記に紹介しておきたい。

「恋し川さんの川柳」
 恋し川という俳名を持つ男性のそれまでの人生を振り返りつつ、川柳が差し込まれるどこかユーモアラスな話。

「新聞配達六十年」
 生活のためにバイトのつもりで始めた新聞配達を結果として、本職と掛け持ちしつつも六十年続けている男性が登場する。

「未練」
 傍目に見てれば、おいお前さんそんなんじゃ上手くいかないよと声をかけたくなるような恋の話だけれども、自分が当事者ならこんなもんかもなぁと思っちゃう。

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?