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《連載ファンタジーノベル》ブロークン・コンソート:魂の歌声

前回

6.寵愛ー(1)

  今日もカルフォルニアの空は高く、日差しが綿のシャツを抜けてスザンナの白い肌に貼りついてくる。助手席のジミーはパナマ帽を深めに被り、フレームが細い真っ黒なサングラスをかけている。サングラスのせいで目元が見えず、彼が寝ているのか起きているのか、スザンナには確認できない。運転に集中しているせいもあるが、何時間も会話もなく走り続けるというのは、よほど運転が好きか車を愛しているかの人間でしかできないことだとスザンナ自身も思う。
 スザンナは眠気覚ましにラジオのスイッチを入れた。何十局とあるラジオの電波の中から彼女はお気に入りの曲が流れていたので、そのダイヤルで留めた。生き別れた父親が好んで聴いていたエイミー・ワインハウスの<バック・トゥ・ブラック>だった。
「俺、この歌好きだ」
 スザンナにはジミーが発した最後の“好きだ”しか聞き取れなかった。
「え?」
「かなり古いし暗い歌だけど、いい曲だ。彼女の歌声、好きだよ」
 ジミーは身動きせずに言った。
 スザンナは自分の気持ちを落ち着かせようと、ヒラヒラとなびくスカーフを軽く押さえた。
「私もエイミーの歌、好きよ」
「この歌詞は、好きになれないけどな」
 ジミーの声が風に乗って聞こえた。
「私は、嫌いじゃないわ」
 それからしばらくの間、沈黙のまま二人は車を走らせた。

「バラード?」
 スザンナはセスから午前の早い時間に呼び出されていた。
「彼にしちゃあ、珍しいだろ?」
「昨日は歌っていなかったじゃない」
 セスが意味深な笑みを浮かべた。
「君には聴かせたくなかったみたいだよ」
 セスの言葉を受けて眉間にしわを寄せるスザンナ。
「ちょっと訳ありみたいでさ。君にはまだ知られたくないらしい」
 スザンナからの反応はなかった。
「でも、これが凄くいい曲なんだよ。情緒的かつ情熱的っていうのかな」
 セスに渡された譜面のタイトルには〈ダンデライオン〉と書かれている。
「最初はさ、君のことを歌っているんだと思ったよ」
 ジミーを迎えに行く前にデモテープを一人聴くスザンナ。
 セス、あなたは初めからわかっていたんでしょ? 私のための歌ではないってこと。私は〈ダンデライオン〉たんぽぽのような花じゃない。たんぽぽのように強い根も可憐さも持ち合わせていない。
 この気持ちは、何だろうと自分に問いかけているスザンナ。
 ジミーの才能を羨んでいるの?
 それとも〈ダンデライオン〉とジミーに詠われた“彼”に嫉妬しているの?
スザンナは助手席で微かな寝息を立てているジミーに少し腹を立て、ハンドルを握り返した。
 1966年型サンダーバード・コンバーチブルは、サンフランシスコの急勾配な坂道へ差し掛かろうとしていた。

                               つづく

 


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